ピラティスは「呼吸が深くなる」「肺活量が上がる」と説明されることの多いエクササイズです。息を吐きながら動き、胸郭を横に広げる独特の呼吸法を使うので、呼吸機能への効果が期待されるのは自然でしょう。ただし「呼吸機能」が何を指すのかで、研究の答えはまったく変わります。
呼吸の研究には、呼吸筋がどれだけ強い圧を出せるか(最大吸気圧・最大呼気圧)と、肺がどれだけの空気を出し入れできるか(スパイロメトリーで測る肺活量や1秒量)という2つの物差しがあり、ピラティスの試験はこの2つで結果がきれいに分かれます。
結論を先に述べると、ピラティスは呼吸筋の筋力を健康な人でも COPD の人でも高めるが、肺活量や1秒量といった換気量そのものはほとんど動かない。COPD の基準となる治療は呼吸リハビリテーションであり、ピラティスはその代わりではなく上乗せの位置にある——これが現時点の試験から読み取れる最も正確な要約です。
呼吸機能の2つの物差し——「筋力」と「換気量」は別物
スパイロメトリーは、思い切り吸ってから一気に吐き出す検査です。吐き出せた総量が努力性肺活量(FVC)、最初の1秒で吐けた量が1秒量(FEV1)、その比が1秒率(FEV1/FVC)で、1秒率が低いと COPD や喘息のように気道が狭い状態を示します。測っているのは肺・気道・胸郭の「器としての容量と通りやすさ」です。
一方、最大吸気圧(MIP)と最大呼気圧(MEP)は、口にセンサーをつけて全力で吸う・吐くときの圧力です。測っているのは横隔膜や腹筋、肋間筋といった「呼吸筋の力」です。筋肉は訓練で強くなりますが、肺の容量や気道の径は筋トレでは変わりません。ピラティスが筋力の指標に効き、換気量の指標に効かないのは、この違いからすれば意外ではありません。
ピラティスの呼吸「ラテラル・ブリージング」とは何か
ピラティスの呼吸法は、一般に勧められる腹式呼吸(横隔膜呼吸)とは目的が異なります。腹式呼吸はお腹を膨らませて横隔膜を大きく下げますが、ピラティスの呼吸は腹横筋と骨盤底筋を収縮させて腹部を引き込んだまま、胸郭を横に広げて深く吸います。これが「ラテラル・ブリージング(側方呼吸)」で、腹部を動かさないのは動作中に腰椎を守るためです。横隔膜は換気の筋であると同時に、腰椎の安定化装置として使われます。
Cancelliero-Gaiad KM, Ike D, Pantoni CB, Borghi-Silva A, Costa D. Respiratory pattern of diaphragmatic breathing and pilates breathing in COPD subjects. Brazilian Journal of Physical Therapy. 2014;18(4):291-299.
腹部の動きを制限するので、横隔膜の上下動で換気量を稼ぐ腹式呼吸ほど1回の呼吸で空気が入りません。この特徴が、後で見る COPD での結果を左右します。
健康な成人での試験——吸気圧は上がり、肺活量は動かない
健康な人を対象にした無作為化比較試験は数本あり、結果の方向はそろっています。代表的なものが、18〜44歳の座位中心の女性62名を、週2回・計16回のピラティス群33名と介入なしの対照群29名に分けた単盲検の試験です。
Vieira KJV, Carvalho LC, Borges JBC, Reis CJD, Iunes DH. The respiratory effects of a Pilates method protocol: Randomized clinical trial. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2022;32:149-155.
MIP、MEP、ピークフロー、緩徐肺活量など7項目のうち、対照群に対して有意差が出たのはMIP(p=0.001)と1回換気量(p=0.047)の2項目だけで、肺活量やピークフロー、呼気圧には有意差が報告されていません。著者の結論も「呼吸筋力に有効な可能性がある」という、換気量には踏み込まない書き方です。
器具を使う場合も同じ構図です。Adıgüzel らは健康な若年女性40名を器具ピラティス群、緩徐呼吸法群、両方を組み合わせる群、対照群に分けて10週間追いました。ピラティス単独群で増えたのは肺活量(VC)と1回換気量のみで、FVC と FEV1 は有意に変わっていません。FVC や FEV1 まで改善したのは、5秒吸って5秒吐く呼吸法を1回15分足した群だけでした。
姿勢不良の女子大学生66名を3群に分けた2025年の試験でも、ピラティス+呼吸法群はピラティス単独群より FVC の改善が大きく(平均差 0.43、p<0.05)、単独群では換気量の明確な改善が示されていません。スパイロメトリーの数値を動かしたのは、ピラティスそのものではなく、そこに足した呼吸訓練だと読むのが妥当です。
Zhang J, Zhang J, Zhao Y, Wang Q. Effects of Pilates combined with breathing exercise on lung function, body posture and postural stability among female college students: A randomized controlled trial. PLoS One. 2025;20(8):e0330874.
| 試験 | 対象・期間 | 呼吸筋の指標 | スパイロメトリー |
|---|---|---|---|
| Vieira 2022 | 健康女性62名、週2回・16回 | MIP 上昇 | 緩徐肺活量・ピークフローに有意差なし |
| Adıgüzel 2023 | 健康女性40名、10週間 | (未測定) | ピラティス単独では FVC・FEV1 に変化なし |
| Zhang 2025 | 女子大学生66名、16週間 | 呼吸法併用群で改善 | FVC の改善は呼吸法併用群が単独群を上回る |
| Barbosa 2024 | COPD 35名、6か月 | MIP・MEP が対照を上回る | FVC・FEV1・FEV1/FVC に一貫した群間差なし |
COPD での急性比較——横隔膜呼吸との違い
先に挙げたブラジルの研究は、中等症〜重症の COPD 患者15名(FEV1 は予測値の 46.9%)と健康成人15名に、自然呼吸・横隔膜呼吸・ピラティス呼吸をその場で行ってもらい、胸と腹の動きから換気量を推定する装置で2分ずつ記録しました。訓練の効果ではなく、呼吸法を変えた瞬間に何が起きるかの比較です。
COPD 群では、横隔膜呼吸で1回の吸気量が 397.9 から 880.5 へと2倍以上に増え、呼吸数は 34% 減りました。ところがピラティス呼吸では吸気量が 591.4 にとどまり、自然呼吸との統計的な差はなく、換気量と呼吸時間のどの指標も変わりませんでした。健康群では、ピラティス呼吸でも吸気量が 361.9 から 948.6 へ有意に増えています。
| 群 | 自然呼吸 | 横隔膜呼吸 | ピラティス呼吸 |
|---|---|---|---|
| COPD 15名 吸気量 | 397.9 | 880.5(有意) | 591.4(有意差なし) |
| 健康 15名 吸気量 | 361.9 | 1347.8(有意) | 948.6(有意) |
| COPD 15名 SpO2(%) | 95.4 | 99.4(有意) | 99.3(有意) |
経皮的酸素飽和度(SpO2)は、COPD 群でも横隔膜呼吸(4.2% 上昇)とピラティス呼吸(4.1% 上昇)の両方で有意に上がっています。著者の解釈は、COPD では胸郭が過膨張して硬いため、腹部を締めて胸郭の側方拡張に頼るピラティス呼吸では換気量が稼げない、というものです。COPD の対照群がないことと標本の小ささが限界として明記され、続けたときの効果はこの研究からは分かりません。
COPD で6か月続けた結果——呼吸筋圧は上がり、肺機能は変わらない
継続効果を追ったのが、ポルトガルの地域リハビリテーションで行われた前向きコホート研究です。GOLD B の COPD 患者35名がまず全員3か月の呼吸リハビリテーション(週2回・1回60分)を受け、その後、介入群14名は6か月間ピラティス(週2回・1回45分、理学療法士が監督)を追加し、対照群21名は自宅運動を続けました。
Barbosa M, de Melo CA, Torres R. The effects of adding a six-month Pilates exercise program to three months of traditional community-based pulmonary rehabilitation in individuals with COPD: a prospective cohort study. Canadian Journal of Respiratory Therapy. 2024;60:68-85.
主要評価項目の肺機能(FVC・FEV1・FEV1/FVC)には、群間で一貫した有意差がありませんでした。一方、MIP と MEP は最初の3か月で両群とも上がり、ピラティスを続けた群では MIP が9か月時点(p=0.005)、MEP が6か月(p=0.027)と9か月(p<0.001)で対照群を有意に上回りました。運動時の疲労への耐性と平衡機能も介入群が優位でしたが、膝伸展や握力は同等でした。
ただし割付は無作為ではなく、必要と計算された各群10名に対し脱落を見込んで14名を割り付けた規模です。著者自身が、差が出なかった指標について第二種の過誤(実際には差があるのに見逃す誤り)の可能性を認めています。呼吸筋圧の改善は複数の時点で再現されているので方向は信頼できますが、効果の大きさを確定できる規模ではありません。
基準となる治療は呼吸リハビリテーション
COPD の人が運動を考えるとき、比較の基準になるのは呼吸リハビリテーションです。コクラン・レビューは65本の無作為化比較試験・3822名を統合し、4週間以上の運動訓練を中心とするプログラムが通常ケアと比べて何を変えるかを評価しました。
McCarthy B, Casey D, Devane D, Murphy K, Murphy E, Lacasse Y. Pulmonary rehabilitation for chronic obstructive pulmonary disease. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2015;(2):CD003793.
呼吸困難の質問票(CRQ)は平均差 0.79(95%信頼区間 0.56〜1.03、19試験、中等度の質)で、臨床的に意味のある最小差 0.5 を超えています。6分間歩行距離は平均 43.93 m(32.64〜55.21、38試験)延び、こちらも臨床的な閾値を超えました。著者は「通常ケアと比べる試験はもう不要」と述べるほど、効果は確立しています。
評価されたのは生活の質と運動耐容能であって、肺活量や1秒量ではありません。確立した治療である呼吸リハビリテーションですら、狙いは「肺を大きくする」ことではなく「息切れを減らし、動ける距離を延ばす」ことです。ピラティスは呼吸筋圧の上乗せと平衡機能の改善が期待できる補助手段であり、リハビリの代替と考える根拠は今のところありません。
有害事象と安全性
ピラティスの呼吸研究で有害事象が明示的に記録されているものは少数です。女子大学生66名の試験は「介入期間中に有害事象の報告なし」と明記しています。COPD の6か月研究は本文に有害事象の項目そのものがなく、報告がないことと起きなかったことは区別できません。
呼吸法全般については、重い呼吸器疾患を持つ人を対象にした73本の無作為化比較試験・5479名の系統的レビューがあり、口すぼめ呼吸や横隔膜呼吸に関連した有害事象は報告されていません。同じレビューで、呼吸法が息切れ(mMRC)を改善した平均差は −0.40 点(95%信頼区間 −0.70〜−0.11)で最小重要差に届かず、生活の質は複数の尺度で最小重要差を超えて改善しました。
Burge AT, Gadowski AM, Jones A, et al. Breathing techniques to reduce symptoms in people with serious respiratory illness: a systematic review. European Respiratory Review. 2024;33(174):240012.
ここまでの試験で使われたピラティスの呼吸は、いずれも吸う・吐くを止めずに続ける方式で、息を止める操作は含まれていません。COPD の人は、先の急性比較が示すとおりピラティス呼吸では換気量が増えない可能性があり、息苦しさが出たときに腹式呼吸へ切り替えられる余地を残しておくことが現実的です。
研究の限界——小さな標本、短い期間、女性中心
共通する限界を整理します。第一に規模で、健康成人の試験は62名・40名・66名、COPD は15名と35名と、小さな効果を検出できる規模ではありません。第二に期間で、最長でも9か月、多くは8〜16週間です。第三に対象の偏りで、健康成人の試験はすべて女性のみで、男性への一般化は保留が必要です。第四に盲検化で、参加者と指導者の盲検はできず、評価者盲検があるのは一部です。
さらに、有意差が出た項目だけが抄録に並ぶ傾向があり、小さな試験ほど効果が大きく出やすい出版バイアスの影響も否定できません。呼吸筋圧の改善は方向としては一貫していますが、効果の大きさを確定できる段階ではないと考えておくのが安全です。
まとめ——わかっていることと、わかっていないこと
わかっていること
- ピラティスは最大吸気圧(MIP)を健康な女性で上げる(Vieira 2022)。COPD では呼吸リハビリテーションに上乗せすると MIP・MEP が対照群を上回る(Barbosa 2024)
- スパイロメトリー(FVC・FEV1・FEV1/FVC)は、健康成人でも COPD でも、ピラティス単独では一貫した改善が示されていない。改善した試験は呼吸訓練を併用している
- ピラティス呼吸は腹部を締めて胸郭を横に広げる方式で、COPD の人ではその場の換気量を増やさない(Cancelliero-Gaiad 2014)
- COPD の基準治療は呼吸リハビリテーションで、息切れと歩行距離への効果は確立している(McCarthy 2015)
- 報告のある範囲で、ピラティスや呼吸法に関連する有害事象は記録されていない
わかっていないこと
- 呼吸筋圧の上昇が、息切れの軽減や日常生活の改善にどの程度つながるか
- 男性や、喘息など COPD 以外の呼吸器疾患での効果
- 9か月を超えて続けたときの効果と、やめた後の持続
- 有害事象の系統的な記録がほとんどなく、安全性の全体像
「呼吸が深くなる」という体感と「肺活量が増える」という測定値は別のものです。ピラティスで期待できるのは前者を支える呼吸筋の力であり、後者を目的にするなら呼吸訓練や医療的なリハビリテーションを組み合わせる必要があります。
出典
- Cancelliero-Gaiad KM, Ike D, Pantoni CB, Borghi-Silva A, Costa D. Respiratory pattern of diaphragmatic breathing and pilates breathing in COPD subjects. Brazilian Journal of Physical Therapy. 2014;18(4):291-299.
- Vieira KJV, Carvalho LC, Borges JBC, Reis CJD, Iunes DH. The respiratory effects of a Pilates method protocol: Randomized clinical trial. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2022;32:149-155.
- Adıgüzel S, Aras D, Gülü M, Aldhahi MI, Alqahtani AS, Al-Mhanna SB. Comparative effectiveness of 10-week equipment-based pilates and diaphragmatic breathing exercise on heart rate variability and pulmonary function in young adult healthy women with normal BMI – a quasi-experimental study. BMC Sports Science, Medicine and Rehabilitation. 2023;15(1):82.
- Zhang J, Zhang J, Zhao Y, Wang Q. Effects of Pilates combined with breathing exercise on lung function, body posture and postural stability among female college students: A randomized controlled trial. PLoS One. 2025;20(8):e0330874.
- Barbosa M, de Melo CA, Torres R. The effects of adding a six-month Pilates exercise program to three months of traditional community-based pulmonary rehabilitation in individuals with COPD: a prospective cohort study. Canadian Journal of Respiratory Therapy. 2024;60:68-85.
- McCarthy B, Casey D, Devane D, Murphy K, Murphy E, Lacasse Y. Pulmonary rehabilitation for chronic obstructive pulmonary disease. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2015;(2):CD003793.
- Burge AT, Gadowski AM, Jones A, et al. Breathing techniques to reduce symptoms in people with serious respiratory illness: a systematic review. European Respiratory Review. 2024;33(174):240012.
この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。COPD や喘息などの呼吸器疾患をお持ちの方が運動を始める場合、また階段や平地の歩行で息切れが強くなってきた、咳や痰が長く続く、運動中に胸の痛みや強い息苦しさが出るといった症状がある場合は、運動より先に医療機関にご相談ください。

