甘くないプロテインを選んだら苦かった。その理由を、たんぱく質の分解で生じるペプチドと、甘味で苦味が目立ちにくくなる仕組みから読む。緑豆飲料の消費者試験や食品加工の研究を手がかりに、苦味の強さ、後味、飲料全体の好みを分け、味を選ぶときに原料と飲料の組み合わせから確かめたい点を整理する。
朝食の片づけを終え、甘い飲み物はもういいと思って開けたプロテイン。口にすると、甘さの代わりに苦さが残る。「甘くない」を選んだはずが、思っていた無味とは違う。そんな場面で知りたいのは、我慢の仕方より、どこからこの味が来るのかだ。
答えの芯は、たんぱく質を分解した原料には苦味に関わる成分が生じることがあり、飲料の甘味はその苦味の感じ方や受け入れやすさを変えうる、という点である。魚由来たんぱく質のレビューでは、苦味は分解の程度だけでなく、成分の性質や使う酵素などにも関係すると整理されている。苦さを左右するのは、甘味の有無と原料・加工の組み合わせだ。[5]
実際、緑豆由来の分解たんぱく質を加えた消費者試験では、甘味のある茶は無糖の茶より、受け入れられなくなる濃度の境目が高かった。甘味による苦味のマスキングとは、苦味を感じにくくし、飲料としての受け入れやすさを変える働きを指す。この試験では、その変化を消費者の評価で捉えた。[1]

苦味の出発点は、甘さより原料の分解にある
ここでいう加水分解は、たんぱく質を切り分けて、ペプチドなどにする加工である。ペプチドはアミノ酸がつながった成分で、分解たんぱく質にはさまざまなものが含まれる。魚由来原料を扱うレビューは、その苦味に、疎水性、分解度、分子量、プロリン残基、酵素の種類、アミノ酸の配列が関わると挙げている。疎水性とは、水となじみにくい性質のことだ。[5]
要するに、袋に書かれたたんぱく質の量だけでは、口の中の味まで説明できない。どの原料を、どのように切り分け、どんな成分の組み合わせにしたかが関わる。レビューで挙げられた要因が複数ある以上、「細かく分解されていれば必ず苦い」「分解が少なければ苦くない」という単純な見取り図にはならない。[5]
この点は、加工の実験からも見える。大豆などの分解たんぱく質を利用したキャロブのチョコレート研究では、原料と酵素の組み合わせを比較したうえで、分解物を加えた食品の苦味が強まった。短い苦味ペプチドの導入との関連が考えられている。ここでの苦味は、たんぱく質という栄養素の総量だけの話ではなく、加工で生まれた成分と食品の組み合わせの話なのだ。[9]
だから「無糖だから苦い」と感じたときも、原因を無糖という表示だけに押しつけない方がよい。原料にある苦味が甘さに覆われず目立つ場合と、原料そのものの味が違う場合は、分けて考えたい。レビューと食品実験が示すのは、苦味を左右する条件の多さであって、無糖製品をひとまとめにした味の判定ではない。[5][9]
日常の選び方に下ろすなら、同じ「甘くない」でも中身を見直す、という姿勢になる。加水分解された原料を使っているか、何を由来とする原料かを確認する。それは苦さの順位表を作るためではない。似た表示の飲料なのに飲んだ印象が違ったとき、比較する対象を少し具体的にするためだ。原料と加工の違いに目を向ける読み方は、苦味の要因を整理したレビューに沿っている。[5]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
甘味のある茶では、拒否される濃度の境目が動いた
甘さによって受け入れやすさがどれほど変わるのか。緑豆たんぱく質の加水分解物を調べた研究は、この問いに数字を与えている。消費者308人が、水、無糖の抽出茶、甘味のある抽出茶に原料を加えた試料を評価した。濃度の範囲は0.0〜1.2%で、飲料全体や苦味を受け入れられるか、どの程度好むかなどを確かめた官能評価の研究である。消費者集団の結果を18〜39歳の女性個人の好みにそのまま当てはめることはできず、飲料の条件による評価の違いとして読む。[1]
官能評価とは、人が実際に感じる味や好ましさを評価する方法だ。この研究で重要なのは、成分を測っただけでなく、飲む側の判断を調べたことにある。研究者は「消費者拒否閾値」、すなわち受け入れられなくなる濃度の境目を求めた。全体の受容に基づく値は、水で0.40%、無糖茶で0.48%、甘味のある茶で0.80%だった。[1]
甘味のある茶で境目が高いことは、この飲料の組み合わせでは、より高い濃度まで受け入れやすかったことを表す。一方で、甘味を足せば苦味成分が消えてしまう、と読んではいけない。測っているのは人の評価であり、飲料全体の構成と甘味の存在に伴って、その評価の境目が移ったという結果である。[1]
また、濃度が上がるにつれて、どの飲料でも受容は下がった。甘味のある茶も、この傾向から外れてはいない。「隠せることがある」と「どれほど加えても問題ない」は別の話になる。朝の支度の合間に飲める味を探すなら、甘さだけでなく、粉を加えた状態の飲料全体を確かめる必要があると読める。[1]
この試験は、緑豆の加水分解物を茶や水に入れた条件で行われた。したがって、数字をそのまま乳由来のプロテインや別の植物原料に移すことはできない。家庭で混ぜる量の基準として使う数字でもない。役立つのは、原料が同じでも飲料の土台が変わると受け入れやすさが変わる、という比較の考え方である。[1]
「苦くない」と「好き」は同じ評価ではない
緑豆飲料の研究は、味を評価する物差しが違うと答えも変わることを示した。苦味の好ましさから求めた拒否閾値は0.18〜0.64%で、味全体や全体的な好ましさに基づく0.24〜0.76%より低かった。苦味は、飲料が拒否される主な要因だと研究者は考えている。[1]
ただし、別の選び方では結果が違った。試料と対照を比べ、どちらを好むか選ぶ方法では、一貫して対照が好まれ、この方法では実験条件下の拒否閾値を決められなかった。「飲めるか」と聞かれたときの返事と、「こちらとどちらが好きか」と聞かれたときの返事は、交換できないということだ。[1]
自宅のコップにも、この違いを持ち込める。「苦さは少ないが甘さが好みではない」「苦さはあるが全体の風味には合う」といった感想は、矛盾ではない。研究が苦味、味、全体の好ましさを分けたのと同じように、自分の感想も分けて残せばよい。味の不満を全部「飲みにくい」と表現すると、次に何を変えるかが見えにくくなる。[1]
さらに、キャロブを使ったチョコレート研究では、ココアらしい風味に近づける目的で、苦味の増加が扱われていた。飲料で避けたい味が、別の食品では目指す風味の一部になりうる。苦味は常に取り除けばよい欠点、という見方だけでは、食品ごとの設計を捉えきれない。[9]
「プロテインはおいしい方が続く?女性が味で選ぶときに確かめたい飲みやすさと量」では、日常の続けやすさを扱っている。ここで絞るのは、その手前にある、分解した原料からなぜ苦味が生まれ、飲料の甘さや組み合わせでどう評価が変わるかという問いだ。
濃度の数字を読むときは、何に対する割合かも外せない。緑豆の研究にある濃度は、飲料に加えた緑豆たんぱく質加水分解物の割合である。「この濃度までは誰でも好きになる」と保証する値ではなく、集団の評価から求めた境目だ。飲む本人の好き嫌いを、そのまま代わりに決めてくれる数字ではない。[1]
全体の受容と苦味の好ましさで境目が違ったことには、実用上の意味がある。飲料として受け入れられる段階でも、苦味の部分だけには不満があるかもしれない。反対に、苦味が許容できても、風味全体は選びたいものと違うこともある。研究で評価項目を分けた理由を、自分の感想を整理する道具として使える。[1]
この研究では好ましさを9段階で評価する方法も使われた。受け入れられるかを答える評価、好ましさに段階を付ける評価、対照とどちらを選ぶかという評価は、似ていても問いが異なる。飲み物を誰かに勧めるときも、「苦くなかった」のか「全体として好きだった」のかを添える方が、感想の意味が伝わりやすい。[1]
味の感想が食い違ったとしても、すぐにどちらかを間違いにしなくてよい。緑豆の試験でも、評価の仕方によって得られる境目が違い、選択による方法では境目を求められなかった。比較する問いそのものをそろえることが、数字を読み違えないための足場になる。[1]
数字で読む苦味と甘味の評価
308人:緑豆由来の加水分解物を使った飲料の消費者評価に参加した人数である。[1]
0.0〜1.2%:その試験で調べた原料濃度の範囲。日常の摂取推奨量を表す数字ではない。[1]
0.40%:水に加えた場合の、全体の受容に基づく拒否閾値である。[1]
0.48%:無糖茶に加えた場合の同じ指標。水とは飲料の土台が違う。[1]
0.80%:甘味のある茶での同じ指標。甘味の存在と飲料構成に伴う評価の移動を示す。[1]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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