糖質制限中に走ったあと、血中ケトン体が高ければ運動の成果も大きいのか。作る働きと筋肉が使う働き、血液中の濃度の違いを研究で読み解く。走力が低くても濃度が高かったマウスの実験や、食事と運動の効果が足し算にならなかった結果から、日々の数字との付き合い方を考える。
走ったあとのケトン体は、高いほどよいのだろうか。測定値を上げるために主食をさらに減らしたり、走る距離を延ばしたりする前に、数字の意味を確かめたい。しかし、血液中に多くあることと、筋肉がよく使えていることは同じではない。実際にマウスでは、筋肉のケトン体利用が低下し、走る能力が低いのに、運動後の血中ケトン体が高くなる結果が出ている。[6]
糖質制限中に走れば必ずケトン体が増える、増えた分だけ成果がある、という読み方はできない。食事と運動を組み合わせたマウスの研究では、食事だけで起きた血中ケトン体の上昇が、運動を加えると小さくなった。[18] 数字の高低だけを採点表にすると、体の中で進む利用を見落とすことになる。
測る場所の違いは既存記事「糖質制限は尿で成果を測れる?尿と血液のケトン体で違う数字の意味を読む」に譲る。ここで追うのは、血液に出てきたケトン体を、作る側と使う側の関係でどう読むかである。中心になるのは動物実験だ。ケトン体は、飢餓や長時間の運動で糖が乏しくなった状況を支える代替燃料でもある。[20] 上昇を健康や脂肪減少の証拠として追い求めず、無理な糖質制限を追加しないことを前提に読む。人のランニングの献立や目標濃度を決める処方ではなく、測定値を成果に直結させないための読み物として進めたい。

血液中の濃度は、作った総量ではない
ケトン体は、糖を利用しにくい状況で使われる代替の燃料である。長い飢餓や消耗する運動では、肝臓が脂肪酸からケトン体を作り、末梢の組織がそれを使う。[6] 作る働きはケトン体生成、使うために分解する働きはケトン体利用と呼ばれ、研究ではそれぞれケトジェネシス、ケトリシスと表現される。[10]
この区別が、検索した疑問への入口になる。血液中にあるケトン体は、生成されて供給される一方で、組織に利用される。ある時点の濃度だけでは、供給が増えたのか、利用が減ったのかを切り分けられない。筋肉での利用が低いマウスの血中濃度が高かった実験は、その区別を具体的に示している。[6] 高い値が出たという事実に、直ちに「よく燃えた」という説明を足さないことが大切だ。
流れのある駅の改札を思い浮かべると理解しやすい。改札前に人が多い写真だけでは、到着する人が多いのか、改札を通るのに時間がかかっているのかは決まらない。濃度も、それだけでは通過する速さを示さない。これは仕組みを考えるためのたとえであり、体内の量を駅の混雑から計算できるわけではない。
ケトン体の測定法を開発した研究は、アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸を扱っている。どちらもエネルギー代謝に関わるケトン体であり、生成と利用は動的な過程として、安定同位体で標識した物質を使って追跡できると説明している。[10] βヒドロキシ酪酸という長い名前が測定結果に出ても、それを脂肪減少量の別名と読むわけにはいかない。
家庭で見た濃度と、研究で追跡する代謝の流れは、答えている問いが違う。濃度はその時に血液中にどれほどあるかを問う。追跡実験は、どこから来て、どのように使われたかに迫る。後者を調べるために専用の分析法が開発されていること自体、濃度だけで生成と利用の両方を読み切れない理由になる。[10]
測定法の研究では、標識したケトン体と標識していないケトン体を同時に定量する方法が検討されている。アセト酢酸は化学的に不安定で、測定に使う標準物質にも課題があるため、内部標準を工夫して精度や扱いやすさを改善した研究だ。[10] ここでの成果は測定技術の改善であり、走る前後に目指す濃度を決めたことではない。分析が精密になることと、数字が生活の採点に使えることを混同しないようにしたい。
たとえば「運動後に高かった」という文だけでは、筋肉の利用を調べたのか、血液を測ったのかが消えてしまう。論文の紹介を読むときは、その文の主語を確かめるとよい。血液中のケトン体なのか、取り出したミトコンドリアの利用なのか。両方を調べて異なる方向の結果を得た実験だからこそ、血液の数値を筋肉の働きの代わりにできないことが見える。[6]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
高いケトン体と低い走力が同時に起きた実験
筋肉で使う側を調べたのが、筋肉に特有のたんぱく質MEF2Dα2を扱ったマウスの実験である。このたんぱく質を作る遺伝子の一部を欠くマウスでは、通常のマウスに比べて走る能力が低く、筋肉にあるケトン体利用の酵素の発現も低かった。[6] 利用の仕組みに手を加えて確かめた動物実験であり、18〜39歳の女性で同じ関係が成り立つかは、この結果だけでは判断できない。
低下したのは、ケトン体利用に関わるBDH1、OXCT1、ACAT1という3つの酵素の発現である。[6] 酵素名を覚える必要はない。筋肉に燃料が届くだけでなく、それを処理する仕組みが働く必要がある、という関係を押さえればよい。燃料の名前が新しくなっても、利用する側の仕事は消えない。
このマウスは、ケトン体の負荷試験後、運動後、ケトン食を与えたときに、血中ケトン体が高かった。さらに骨格筋から取り出したミトコンドリアでは、ケトン体の利用が低下していた。[6] ミトコンドリアは細胞内で燃料の利用に関わる構造である。この実験では血液の数値だけで話を終えず、筋肉側で実際に使う能力も調べている。
ここで否定されたのは、「血中ケトン体が高いほど、必ずよく走れる」という単純な対応である。[6] 高い濃度と低い走力が同時に存在する以上、濃度の順位をそのまま走力の順位にはできない。ただし、普通に暮らす人で高い数値が出たときに、この遺伝子の問題があると推測する研究でもない。実験の仕組みと個人の診断は別である。
ランニングシューズを脱いだあと、走った記録より測定画面のほうが気になる日がある。そんな場面で使いたいのは、珍しい酵素名ではなく問いの置き方だ。「いくつだったか」のあとに「その数字は何を測ったものか」を置く。走り終えたという行動と、血液中の濃度を、同じ欄に書き込まないためである。
食事に運動を足しても、変化は足し算にならない
ケトン食は、脂質が多く、炭水化物が非常に少ない食事として研究されている。[20] 普段の主食を少し減らす食生活と、研究用に組まれたケトン食を同じ条件として扱うことはできない。特に動物実験では、食事の組成を確かめてから結果を読む必要がある。
健康で痩せた雄マウスを調べた実験では、通常量のたんぱく質を含むケトン食を6週間与えた。食事開始から3週間後、その一部に3週間のトレッドミル運動を加えた。運動は週5日、1日60分で、中程度から強い強度だった。[19] これは実験条件であり、18〜39歳の女性に適した食事や運動時間としてそのまま当てはめることはできない。
ケトン食のエネルギー比率は、たんぱく質16.1%、脂質83.9%で、炭水化物を欠く構成だった。[19] 糖質を控えた昼食のあとに軽く走る生活を、そのまま再現した試験ではない。数字の大きさは効果の約束ではなく、日常との距離を見積もる手がかりになる。
食事を与えたマウスでは、安静時と運動時に血中のβヒドロキシ酪酸が高く、血糖は維持されていた。肝臓では脂質などを分解する酸化の速度が高く、ケトン体を作る能力の変化が示された。[19] ここまでは、食事が燃料の扱いを変えるという結果である。
しかし、食事と運動の相互作用が見られた肝臓の指標では、両者の変化は加算的でも相乗的でもなかった。むしろ、それぞれの作用が逆方向になる組み合わせだった。[19] 食事も運動も代謝に関わるからといって、組み合わせれば同じ方向に強まるとは限らない。研究者が検証した仮説と、実際の結果を分けて読むところである。
別の雄マウスの研究は、ケトン食を4週間または12週間続け、長期間の群の一部に週5日の運動を加えた。ケトン食で血中ケトン体は増え、筋グリコーゲンという筋肉に蓄える糖は減ったが、運動を組み合わせた群ではこれらの変化が小さかった。[18] 食事を続けているのに濃度の上昇が小さいことを、単純に取り組みの失敗とは呼べない結果だ。雄マウスの変化であり、18〜39歳の女性でも同じように変化するかは別に検証する必要がある。
数字で読むケトン体と運動の実験
3つの利用酵素:遺伝子の一部を欠くマウスで、筋肉のケトン体利用に関わる酵素の発現が低下した。[6]
6週間:健康な雄マウスに、通常量のたんぱく質を含むケトン食を与えた期間である。[19]
83.9%:そのケトン食の脂質エネルギー比率であり、人の食事目標ではない。[19]
4週間と12週間:食事の短期と長期で、心臓と骨格筋の遺伝子発現を比較した期間である。[18]
8週間:別のマウス実験で、ケトン食による利用関連の変化と運動能力を検討した期間である。[15]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2






