甲状腺の薬を飲めば代謝が上がって痩せるのか。カロリー制限中の肥満の人に足した研究のレビュー、飲む量を二重盲検で変えた138人の試験、潜在性機能低下症の研究から体重と体組成の答えを確かめ、痩せる目的で使わない理由と、減量で薬の必要量が変わる話まで読む。
「甲状腺の薬は代謝を上げるから、飲めば痩せるらしい」。健診の紙にTSHの高値を見つけた日にも、体重が止まったまま月が変わった日にも、この言い方は頼もしく聞こえる。筋書きはこうだ。甲状腺ホルモンが足りないと代謝が落ちる。薬で補えば戻る。ならば足りている人がさらに足せば、もっと燃えるはずだ。
論文は、この筋書きの途中で道を折れる。カロリーを減らしている肥満の人に甲状腺ホルモンを足した研究を集めたレビューは、体重の減りに一貫した効果を確認できなかった[9]。すでに薬を飲んでいる138人の量を、本人にも担当者にも分からない形で変えた試験でも、消費エネルギーと体組成に大きな違いは出なかった[12]。それでも参加者は、多いと感じた量のほうを好んだ[12]。測定器の針がそろっているのに、好みだけが片寄った。
体重が気になって薬に目が向く人と、治療としてすでに飲んでいる人とでは、読むべき数字が違う。この二つを混ぜると話はすぐに濁る。甲状腺ホルモン薬は痩せる目的で使わず、処方は医師が判断する。

TSHが高いとは、何がどうなった状態か
血液検査の甲状腺の欄で、まず目に入るのはTSHだ。名前のとおり甲状腺を刺激するホルモンで、もう一方のFT4は血液中の遊離サイロキシン、つまり甲状腺ホルモンの値である[7]。TSHが高く、FT4は正常。この組み合わせを潜在性甲状腺機能低下症と呼ぶ[7]。ここからは潜在性機能低下症と書く。
レボチロキシン(略称LT4)は、甲状腺機能低下症の治療に広く使われている薬である[2]。研究によっては、別の甲状腺ホルモンであるT3も使われた[9]。「甲状腺の薬」とひとまとめに呼ばれるものの中に、飲む人の状態も、薬の種類も、いくつかの場合が混じっている。
ややこしいのは、体重のほうがTSHに関わる点である。2023年の総説によると、肥満の人では潜在性機能低下症の割合が肥満でない人より高い。甲状腺が正常とされる人どうしで比べても、肥満の人はTSHとFT3(血液中のT3の値)が高かった[1]。脂肪組織ではTSHの受容体の発現が少なく、脱ヨウ素酵素という酵素の働きも変わっていたという[1]。
つまりTSHの高値は、甲状腺の側の出来事とも、体脂肪の側の出来事とも読める。検査の紙に、どちらが先かは書かれていない。甲状腺機能低下症そのものと体重の関係は「甲状腺機能低下と体重増加の関係 治療で減る重さと脂肪の違いを知るために」の記事で扱った。ここでは薬を足すと体重がどう動くかに絞る。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
カロリー制限に甲状腺ホルモンを足した研究を集めると
甲状腺ホルモンをカロリー制限の減量に足す試みは、2009年の系統的レビューの時点で、なお議論の的だった。レビューはT3やT4を偽薬と比べた無作為化比較試験と、比べる組のある前向きの観察研究を集めている。結果は片側だけが動いた。カロリーを減らしている肥満の人にT3を使うと、血液中のTSHとT4は下がった。ところが体重の減り、たんぱく質の分解、代謝率、心拍数については、T3でもT4でも一貫した効果を確認できなかった[9]。ホルモンの欄は確かに書き換わり、体重の欄は「確認できず」のまま残った。
読み違えやすいのは、「確認できず」と「効かない」の距離である。使える研究は少なく、一つひとつの人数も足りず、無作為化試験も少なかった。著者らは、結論を出すにはより大きな試験が要るとしている。だからといって「試す余地がある」と読むのは、逆向きの読み方になる。同じレビューは、この治療が潜在性の甲状腺機能亢進症、つまり補いすぎの側へ振れた状態を招くことをデータが支持すると書いた[9]。甲状腺の病気ではない重い病気の人を見ると、急性腎不全の患者ではT4の投与で死亡が3.3倍に増えていた。心臓の患者、重症の患者、やけどの患者では影響を確定できなかった[9]。減量の試験の数字ではないが、甲状腺の病気がない人に足すことが無害と確かめられたわけでもない。

飲む量を伏せて変えた138人の6か月
甲状腺機能低下症でLT4を飲み、TSHが正常だった138人を無作為に分け、量をそのままにする、増やす、減らすのいずれかを二重盲検で割り付けた試験がある[12]。二重盲検とは、本人にも担当者にもどの組か分からない形で進める方法だ。目標のTSHは0.34〜2.50、2.51〜5.60、5.61〜12.0 mU/Lの3つである。6か月後、3組の間に代謝の大きな違いは見つからなかった。著者らの結論は、体重や体組成の改善を狙ってLT4の量を調整することを、このデータは支持しない、というものである[12]。6か月後のTSHの平均は、いちばん低い組といちばん高い組で数倍開いていた。それだけ開いても、体の中身の測定は横並びだった。
ただし全員をまとめて見ると、甲状腺の状態が下がるほど安静時の消費も下がる、という関連はあった。そして参加者は、自分の量がどう調整されたかを見分けられなかった一方で、多いと感じた量を好んだ[12]。採血の結果を前に「もう少し増やしてもらえないか」と言いたくなる日があるなら、その気持ちはこの試験の参加者と同じ側にある。体感は、測定器と同じものを測っていなかった。それだけのことで、気のせいと片づける話でも、量を増やす理由になる話でもない。
1997年の小さな試験は、もう少し動きのある絵を見せる。長く甲状腺ホルモンを飲んでいる9人で量を2度変え、TSHが正常、やや低い、やや高いの3つの状態を作り、測る側には量を伏せて調べた[18]。TSHが0.1から10 mU/Lへ上がると、除脂肪量(脂肪を除いた体の重さ)で補正した安静時の消費は約15%下がった[18]。著者らは、生理や行動の面の埋め合わせが起きなければ、この変化は臨床的に意味を持ちうる、と条件を付けている[18]。
9人の試験は安静時の消費という一点を測り、138人の試験は6か月後の体組成まで測った[12][18]。一点の数字が動いても、半年後の体の中身の違いにまで届くとは限らない。これは2本を並べた私の読みで、どちらの論文の結論でもない。どちらの対象も治療中の人であり、飲んでいる人が体重を理由に自分で量を増やしたり、やめたりしてよいという話にはならない。
潜在性機能低下症の人が飲むと、動いたのは別の数字だった
閉経前の女性25人(平均27歳)を、研究に入った直後、飲み始めて2か月後、TSHが基準範囲に整った後の3回測った研究がある。比べる組は無く、人数も少ない[2]。TSHは範囲の中まで下がったが、体重、BMI、筋肉量、脂肪量、エネルギー消費は変わらなかった[2]。
一方で、胸で押す力、脚を伸ばす力、右手の握力、肩の動く範囲は有意に改善した[2]。著者らは、体組成に良い影響がなくても、運動の能力のためにこの治療を勧めると結んでいる[2]。体重計だけを見ていれば、何も起きなかった研究に見える。
子どもの試験は、比べる組を置いた。肥満でTSHが4〜10 mIU/Lの6〜12歳の51人を、通常の体重管理だけの25人と、低用量のレボチロキシンを足した26人に分け、6か月追った[4]。BMI Zスコア(同じ年ごろの中での体格の位置)はどちらの組も下がり、下がり方に差はなかった。TSHの下がり方も、コレステロールと中性脂肪の下がり方も同じ程度だった。TSHが正常に戻った子は順に48%と57.6%で、体重管理だけの組でも半数近くが戻っている[4]。著者らは、肥満に伴う甲状腺の異常がある子どもに処方すべきでないと結論している[4]。大人の試験ではないので、そのまま読み替えることはできない。
2023年の総説は、二つの状況を分けて書く。甲状腺の働きが正常な肥満の人でTSHだけが高い場合、薬で直す必要を支持するデータはない。甲状腺ホルモンの治療で体重の減りは有意に良くならず、TSHの上昇は低カロリー食や減量手術の後に元へ戻りうるからだ[1]。一方で、肥満のある人の潜在性機能低下症は見つけたうえで、除脂肪量と体重に合った量で治療すべきだとも書く。その治療が予想されるリスクを打ち消すかどうかは、無作為化試験で確かめる必要があるという[1]。痩せるために飲む話と、病気の治療として飲む話は、同じ薬を扱っていても別の話である。
数字で読む甲状腺ホルモン薬と体重
- 1.50/1.32/0.78 μg/kg:飲む量を変えた試験の、6か月後のLT4の平均量。順にTSHの目標が低い組、中の組、高い組で、体重1 kgあたりの量[12]
- 1.85/3.93/9.49 mU/L:同じ3組の6か月後のTSHの平均。順序は上の行と同じ[12]
- 5.95から1.2 μIU/ml:閉経前の女性25人のTSHの平均。研究に入った直後と、TSHが整った後の値で、比べる組は無い[2]
- 約15%:TSHが0.1から10 mU/Lへ上がったときの、安静時の消費の低下。甲状腺ホルモンを飲んでいる9人の試験で、除脂肪量で補正した値[18]
- −0.80と−0.97:肥満の子ども51人の、6か月のBMI Zスコアの変化。順に体重管理だけの組、低用量のレボチロキシンを足した組で、組の差は有意でなかった[4]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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