減量手術やGLP-1薬のあとに髪が抜けるのはなぜか。手術のあとの抜け毛を数えた2本のメタ分析、GLP-1薬の試験で偽薬と比べた危険の大きさ、急な減量が引き金になる休止期脱毛、亜鉛・葉酸・フェリチンなどの不足、髪のサプリの証拠の質を、研究の型と対象を添えて確かめる。
風呂上がりに髪を乾かし終え、洗面台の前の床をウェットシートで拭く。白い面に、黒い線が何本も残る。排水口のネットは、前より早く目が詰まるようになった。スカートのホックが楽に留まるようになったのは、季節が一つ前のことだ。
抜けた本数を数えている人は、まずいない。それでも、指先に絡む髪の手触りは、体重計の数字より先に何かを知らせてくる。体重が落ち始めたことと、この黒い線とを結びつけて考え始めるのは、たいていこのあたりからである。
減量と抜け毛の関係を、最も多くの人数で数えてきたのは、減量手術の研究だ。手術のあとの抜け毛を扱った18本の研究、2,538人を統合した分析では、抜け毛の起こる割合は57%だった[1]。一方、糖尿病や肥満に使われるGLP-1受容体作動薬の介入研究9本をまとめた分析では、薬を使った人の3.9%に抜け毛が起き、それでも偽薬と比べた危険は3倍を超えた[15]。手術で半数前後、薬で100人に4人足らず。この開きは、髪が抜ける理由について何を語っているのだろうか。
手術のあと、半数前後に抜け毛が出ていた
最初に挙げた数字は、Zhangらが2021年に発表した系統的レビューとメタ分析による。系統的レビューは、決めた手順で論文を漏れなく集める方法で、メタ分析はその結果を統合して全体の値を推定する。PubMedなどの論文の目録に加え、中国語の四つの目録まで探し、18本の研究、2,538人を集めた[1]。
統合した抜け毛の割合は57%で、95%信頼区間は42〜71%だった[1]。信頼区間は、推定した値がどの範囲に収まりそうかを示す幅である。下限と上限が30ポイント近く離れているのは、研究によって数字がかなり違うことの表れだ。著者らは、追跡の期間が長い研究ほど抜け毛の割合が低かったことも報告している[1]。
誰に多いのかも調べられた。抜け毛のあった人はなかった人より若く、年齢の平均の差は−2.45、95%信頼区間は−4.26〜−0.64で、統計的に意味のある差だった[1]。女性については、抜け毛の起こりやすさを表すオッズ比が3.87と大きい[1]。ところが95%信頼区間は0.59〜17.59と1をまたぎ、p値も0.08だった[1]。著者らは結論で「特に若い女性に多い」とまとめているが、数字の上で固いのは年齢の差のほうで、男女の差はまだ確かめきれていない。結論の一文だけを読むと、この違いは見えない。
2025年には、同じ問いを広げて集め直した更新版が出た。Taghizadehらは41本の論文、7,044人を統合し、抜け毛の割合を47%と推定した[2]。手術の方法による違いも比べられている。食べ物の通り道を小腸へつなぎ替える胃バイパス術は、胃を細長く切り取るスリーブ状胃切除術より抜け毛が多く、オッズ比は1.91だった[2]。一方、十二指腸スイッチ術と呼ばれる別の術式と比べると、胃バイパス術のほうが少なく、オッズ比は0.41だった[2]。術式によって、髪への影響の大きさが違う。
スリーブ状胃切除術を受けた50人を手術の前から追った前向きの研究もある。Katsogridakiらの報告では、手術の6か月後に、50人の56%で抜け毛が確かめられた[18]。報告では、50人全体に対して女性で46%、男性で10%という内訳になっている[18]。抜け毛のあった人の多くが女性だったことになる。
ここで線を引いておく。手術のあとの数字を、ふだんの食事制限にそのまま当てはめることはできない。手術は、体重を大きく、速く落とし、食べられる量と吸収の仕方まで変える治療だからだ。この記事で使う論文の中に、手術も薬も使わない食事制限で抜け毛の頻度を数えた研究は無い。手術の研究は、何が髪に響くのかを探るための、条件の強い実験場として読むのがよい。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
GLP-1薬の試験では、少数でも偽薬の3倍を超えた
手術ほど大きくはないが、薬でも体重は減る。GLP-1受容体作動薬と呼ばれる薬は、2型糖尿病と肥満の治療に広く使われるようになった[15]。この薬と抜け毛の関係を調べたChengらのメタ分析は、偽薬と比べたランダム化比較試験と、前もって計画した介入研究だけを集めた[15]。ランダム化比較試験では、薬と偽薬のどちらを受けるかを本人も医師も選べず、偶然で決まる。そのため、群のあいだに出た差を、薬の差として読みやすい。
対象は9本の研究で、そのうち7本がランダム化比較試験、2本がそうでない介入研究だった[15]。分析に入った薬の利用者は4,114人である[15]。抜け毛の危険は偽薬の利用者より高く、リスク比は3.252、95%信頼区間は1.437〜7.358だった[15]。過体重や肥満の人を対象にしたランダム化比較試験だけに絞っても、リスク比は3.587、信頼区間は2.100〜6.124で、結果は変わらなかった[15]。
ただし、糖尿病の人も含めた薬の利用者全体で、抜け毛が起きた割合は3.9%だった[15]。過体重・肥満の試験に絞って示されているのは、先のリスク比のほうである[15]。危険が3倍を超えるという比と、100人のうち4人に届かないという割合は、別の解析から出た、物差しの違う数字である。リスク比は、薬の群で起きた割合を偽薬の群で起きた割合で割った値で、偽薬の群の割合が小さければ、薬の群の割合が数%でも比は大きくなる。手術のあとの半数前後とは、桁が一つ違う。ただ、試験で副作用を拾う方法と、手術の研究で抜け毛を確かめる方法は同じではないので、この差のすべてを体重の減り方の違いに帰すことはできない。
薬の種類による違いを探ったのが、Guptaらの系統的レビューである。133本の研究から24本を選び、セマグルチドとチルゼパチドで抜け毛の頻度が最も高く、副作用の報告を集める仕組みでも、この二つで抜け毛の信号がより多く検出されたと報告した[13]。抜け毛の型まで分類した研究は少なかったが、分類されたものでは男性型・女性型の脱毛と休止期脱毛が中心だった[13]。
このレビューには、体重の減り方とのつながりを示す観察がいくつか含まれている。体重を最も大きく減らすチルゼパチドは、休止期脱毛と最も多く結びついていた[13]。セマグルチドの抜け毛は量に応じて増えるように見え、週2mg未満で問題になることはまれで、肥満の治療に使われる多めの量で、より多く報告されていた[13]。女性に偏って多く、急な体重の減少が、特に休止期脱毛の一因として浮かび上がった[13]。リラグルチドなど他の薬を調べた研究は少なく、報告された危険は低めだった[13]。
著者らは、因果関係と、薬を使い始めてから抜け毛が出るまでの時間の関係は、大規模な前向きのランダム化試験で確かめる必要があると結んでいる[13]。わずか2年前の2024年には、別の著者らが、GLP-1受容体作動薬と抜け毛を結びつける臨床の証拠は乏しいと書いていた[8]。毛の周期を乱すという見方と、インスリンの効きや頭皮の血流が良くなるという見方が、まだ並んでいる段階だった[8]。証拠は短い間に積み上がりつつあるが、まだ決着してはいない。薬の量や続けるかどうかは、処方した医師が決めることで、抜け毛が気になったときに相談する相手もその医師になる。
休止期脱毛は、体への負担のあとに広く抜ける
手術でも薬でも名前が出てきた休止期脱毛とは、どんな抜け方なのか。2021年のレビューによれば、休止期脱毛は、頭の全体にわたって広く抜け、毛を作る組織に跡を残さない脱毛の、よくある原因の一つである[11]。引き金になるのは、たいてい出産や急な体重の減少のような、体への生理的な負担だ[11]。出産と同じ棚に、急な減量が並べられている。

写真: Crisco 1492 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
このレビューは、休止期脱毛は治まる率が高いと書いている[11]。手術の研究で、追跡の長い研究ほど抜け毛の割合が低かったことと、向きはそろう[1]。それでも、突然たくさん抜けるという出来事は、本人にとって強い心配の種になり、生活の質を大きく損なうことがある[11]。治まりやすいという事実と、抜けている最中のつらさは、別々に受け止めてよい。
分かっていないことも多い。休止期脱毛は原因も引き金も一つではないため、診断も対処も難しいとされる[11]。生理的な負担がどんな道筋で人の毛の周期に響くのかは分かっておらず、休止期脱毛を狙った治療も無い[11]。毛には伸びる時期と休む時期をくり返す周期がある、というところまでは語れても、体重が落ちる速さがその周期のどこにどう効くのかは、まだ論文が答えていない。
それでも、手術と薬の研究を並べると、一つの形が見えてくる。手術の研究では、抜け毛は手術の3か月後や6か月後の時点で数えられていた[3][18]。薬の研究では、体重を最も大きく減らす薬で休止期脱毛が最も多く報告された[13]。手術後の抜け毛を調べた別の研究は、その背景に栄養の不足と急な体重の減少の両方を挙げている[3]。体重が落ちるという出来事そのものの負担と、食べる量が減ったことによる不足。この二つは、研究の上でもまだきれいに切り分けられていない。次の節では、後者の手がかりを血液の数字で見ていく。
数字で読む減量と抜け毛
減量手術の後の抜け毛:18本の研究、2,538人の統合で57%(95%信頼区間42〜71%)[1]。
更新版の統合:41本の論文、7,044人で47%[2]。
スリーブ状胃切除術の6か月後:50人のうち56%[18]。
GLP-1薬と偽薬の比較:リスク比3.252。糖尿病の人も含む利用者全体で、抜け毛が起きた割合は3.9%[15]。
術式の差:胃バイパス術はスリーブ状胃切除術よりオッズ比1.91で抜け毛が多かった[2]。
薬の量:セマグルチドの抜け毛は、週2mg未満では問題になることがまれだった[13]。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2







