連載「老化と運動」全10回の第1回です。
この連載の狙いを最初に書いておきます。加齢と運動をめぐる話題には、期待をあおる言葉と、それを裏づけるはずの数字が大量に流れています。この10回では、その数字がどこから来て、何を測っていて、どこまでのことしか言えないのかを、一つずつ確かめていきます。扱うのは有酸素能力、筋、ミトコンドリア、テロメア、炎症、骨と関節、脳、そして死亡率です。結論を先取りすれば、運動で確かに動く指標はいくつもありますが、指標が動いたことと、その人の寿命や健康寿命が延びたことは別の話です。この区別を最後まで手放さないことが、この連載の背骨になります。
第1回では、その物差しそのものを扱います。「生物学的年齢」という言葉を目にしたことがある方は多いと思います。暦の上の年齢とは別に、体の内側の年齢がある——そう聞けば自然に響きますし、実際に血液から推定してくれる検査も販売されています。しかし、その推定値が何を根拠にしているかを知っている人は多くありません。
結論から書きます。生物学的年齢の推定値は、集団を比べる研究の道具としては有用ですが、一人の人間の状態を判定して行動を決めるための道具としては、まだ精度が足りません。同じ人の同じ血液から取った検体でも、測り直すと年単位でずれることがあります。この回でその根拠を見ていきます。

暦年齢と生物学的年齢
同窓会に行くと、同じ年に生まれたはずの人たちの見た目や動きがずいぶん違うことに気づきます。この観察を数量化しようという発想が、生物学的年齢という概念の出発点です。暦年齢は誰にとっても1年に1歳ずつ進みますが、体の内側で起きている変化の速さには個人差がある。だとすれば、その速さを測る指標があってもよいはずだ、という考え方です。
問題は「何を測れば内側の年齢になるのか」です。歩行速度でしょうか、握力でしょうか、血圧でしょうか。どれも加齢とともに変わりますが、どれも単独では体全体を代表しません。そこで研究者が探してきたのが、細胞や分子のレベルで加齢とともに規則的に変わる指標でした。
ここで一つ、言葉づかいの注意をしておきます。「生物学的年齢が実年齢より若い」という表現は、年齢という馴染みのある単位に翻訳されているぶん、実態よりも確かなことを言っているように聞こえます。実際には、その数値は特定の集団で特定の測定法を使って作られた推定式の出力であり、体温や血圧のように直接測った量ではありません。推定式が変われば数値も変わりますし、比較の基準になった集団が自分と違えば、ずれも大きくなります。年齢という単位で表示されていることが、その数値を身近な測定値と同じように扱ってよい理由にはなりません。
老化の生物学的特徴という枠組み
加齢で何が起きているのかを整理した枠組みとして、最も広く参照されているのが「老化の特徴(hallmarks of aging)」です。2013年に9項目として提案され、2023年に12項目へ更新されました。
López-Otín C, Blasco MA, Partridge L, Serrano M, Kroemer G. Hallmarks of aging: An expanding universe. Cell. 2023;186(2):243-278.
挙げられているのは、ゲノムの不安定化、テロメアの短縮、エピジェネティックな変化、タンパク質恒常性の破綻、マクロオートファジーの機能低下、栄養感知の調節不全、ミトコンドリア機能不全、細胞老化、幹細胞の枯渇、細胞間コミュニケーションの変化、慢性炎症、腸内細菌叢の乱れの12項目です。著者らは、特徴として認めるための条件を3つ挙げています——加齢とともに現れること、実験的に強めると老化が加速すること、そして治療的な介入で遅らせたり止めたり戻したりできる可能性があること。この連載で扱う題材の多く(テロメア、ミトコンドリア、慢性炎症)は、ここに並んだ項目です。
ただし、この枠組みは万能ではありません。ジェムズ(Gems)とデ・マガリャンイス(de Magalhães)は、がんの特徴(hallmarks of cancer)が原因の説明として強い力を持つのに対し、老化の特徴はそうではないと批判しています。彼らの表現を借りれば、これは研究の主要な焦点を並べた一覧表としては有用だが、老化の病態がなぜ生じるのかを説明する理論の代わりにはならない、ということです。項目が並んでいることと、その項目が老化を引き起こしていることは違います。この区別も、連載を通して効いてきます。

エピジェネティック時計は何を測っているのか
12項目のうち、年齢の推定に最もよく使われてきたのが「エピジェネティックな変化」です。DNAそのものの配列は生涯ほとんど変わりませんが、DNAの特定の場所(CpGサイト)に付くメチル基の量は、加齢とともに規則的に増減します。この規則性を機械学習で拾い、年齢を推定する式にしたものがエピジェネティック時計です。
Horvath S, Raj K. DNA methylation-based biomarkers and the epigenetic clock theory of ageing. Nature Reviews Genetics. 2018;19(6):371-384.
この総説が整理しているとおり、初期の時計(HorvathやHannum)は暦年齢そのものをよく当てるように作られました。その後、死亡率や健康状態の指標を教師データに使った第二世代(PhenoAge、GrimAge)、加齢の「速さ」を推定する指標(DunedinPACE)が登場します。名前は似ていますが、作られ方が違えば測っているものも違います。「エピジェネティック年齢」と一括りにされる数値が、実は互いに別物であることは、後で効いてくる重要な事実です。
この分野の課題を早い段階で整理したのが、ベル(Bell)らによる提言です。彼らは、時計が何によって動かされているのかを細胞・組織・疾患ごとに切り分ける必要があること、縦断的な研究と多様な集団での検証が足りないことを挙げ、さらに個人の老化の軌道を予測することに伴う倫理的な問題にも注意を促しました。提言から数年が経ちましたが、指摘された課題の多くはまだ残っています。
では、この時計は老化の何を捉えているのでしょうか。ヒトの初代培養細胞を使ってこの問いに正面から取り組んだ研究があります。
Kabacik S, Lowe D, Fransen L, et al. The relationship between epigenetic age and the hallmarks of aging in human cells. Nature Aging. 2022;2(6):484-493.
著者らは、エピジェネティックな加齢が、細胞老化・テロメアの短縮・ゲノムの不安定化とは区別される現象であることを示しました。一方で、栄養感知、ミトコンドリアの活性、幹細胞の構成とは関連していました。つまり時計は、老化の特徴のすべてを合算した総合点ではなく、いくつかの特徴だけを拾った部分的な指標だということです。テロメアが短くなっていても時計が進むとは限らず、その逆もあります。
同じ血液を2回測ると、答えが変わる
指標として使えるかどうかを決めるのは、当たりやすさよりも再現性です。同じ検体を2回測って違う答えが出るなら、その差が本人の変化なのか測定のぶれなのかを区別できません。
Higgins-Chen AT, Thrush KL, Wang Y, et al. A computational solution for bolstering reliability of epigenetic clocks: Implications for clinical trials and longitudinal tracking. Nature Aging. 2022;2(7):644-661.
著者らは、よく使われる6つの時計について、技術的なノイズが複製検体間で最大9年の差を生むことを示しました。40代と50代を区別できない程度のぶれがある、ということです。そのうえで、CpG単位のデータから主成分を取り出して入力にする方法を提案し、作り直した版では複製検体の大半が1.5年以内で一致するようになったと報告しています。問題は解決可能ですが、裏を返せば、この処理をしていない旧来の時計の数値には、この大きさのぶれが乗っているということです。
時計そのものの正体を問い直した報告もあります。ポーター(Porter)らは、9,699検体・450,000か所超のメチル化データを調べ、測定された部位のおよそ20%が、単独で年齢を予測する時計を作れるほどの規則性を持っていたと述べています。生涯を通じたメチル化の平均変化はごく小さく(約1.5%)、しかも予測に使われる部位は、遺伝子の働きを制御する典型的な領域にはむしろ少なかった。加えて、「加速した」エピジェネティック年齢と疾患との関連は弱いものでした。著者らは、現行の設計のままでは老化の分子生物学を理解する道具としての有用性は限られ、抗老化介入の代替評価項目としても適さないかもしれない、と結論しています。

集団の研究と、個人の判定は別の問題
ここまでの話は、時計が役に立たないという意味ではありません。数万人規模の集団で、生活習慣や環境と健康転帰の関係を探る道具としては、実際に多くの発見を生んできました。問題は、その成功を個人の判定にそのまま持ち込めるかです。
Apsley AT, Etzel L, Ye Q, Shalev I. From population science to the clinic? Limits of epigenetic clocks as personal biomarkers. Epigenomics. 2025;17(18):1447-1461.
この論考は、技術面(時計の作り方、検体の採取と処理、データの前処理、計算の実装)と生物面(メチル化の性質と変動、発達段階による違い、組織特異性、環境や社会経済的背景への感受性)の両方を挙げ、現状の時計は確立された臨床検査に求められる水準を満たしておらず、個人の意思決定に用いることは有益でないばかりか害になりうると述べています。著者らは、仮に技術的・生物学的な障壁がすべて解消されたとしても、現在理解されている限りでのエピジェネティック時計を個人の判断に使うべきではない、とまで書いています。
市販されている「生物学的年齢検査」を考えるときの土台がここにあります。検査が返す数値は、科学的な根拠のない作り話ではありません。しかし、その数値が個人にとって何を意味するのかは、研究の側でもまだ決着していません。組織による違いも無視できず、血液で測った時計が脳や筋の状態を代表する保証はありません。数値が下がったから健康になった、上がったから何かが悪化した、と読むには早すぎるということです。
| 確認すること | なぜ必要か |
|---|---|
| どの時計を使ったか | 第一世代と第二世代では教師データが違い、測っているものが違う |
| どの組織で測ったか | 血液の値が筋や脳を代表するとは限らない |
| 再現性の処理をしているか | 処理の有無で、複製検体間のぶれの大きさが変わる |
| 横断か、縦断か | 横断の関連は、逆の因果(健康な人がよく動く)と区別できない |
| 数値の差が何年分か | 統計的に有意でも、測定のぶれの範囲に収まることがある |
運動は生物学的年齢を動かすのか
では、運動とこれらの指標の関係はどう報告されているのでしょうか。近年の統合結果を見てみます。
Shan J, Tay JH, Wang W, et al. Physical activity and biological age measured by DNA methylation clocks: a systematic review and meta-analysis. The Lancet Healthy Longevity. 2026;7(4):100835.
44件の研究・合計145,465名を対象とした統合では、身体活動が多いほどメチル化年齢が低い傾向が全体として見られたものの、個々の関連の多くは統計的有意に達していませんでした。統合可能だった7件はいずれも横断研究で、身体活動量が1標準偏差多いことは、Horvath時計の年齢加速で0.03標準偏差(95%信頼区間 -0.05〜-0.01)、GrimAgeで0.09標準偏差(-0.12〜-0.05)低いことと関連していました。HannumとPhenoAgeでは有意な関連が見られませんでした。著者らは、証拠が主に横断研究に由来するため因果の推論が制限されると明記しています。
読み方の要点は2つあります。第一に、効果の大きさが小さいこと。0.09標準偏差という差は、集団を比べれば検出できても、一人の人が自分の検査値で確かめられる大きさではありません。第二に、横断研究では因果の向きが決まらないこと。よく動く人のメチル化年齢が低いのか、体の状態がよい人がよく動けるのか、この設計では区別できません。時計が違えば結論も変わるという点も、先に見た「時計は互いに別物」という事実の現れです。
この連載で使う物差し
最後に、連載全体を貫く考え方を整理します。エピジェネティック年齢もテロメア長もミトコンドリアの指標も、すべて代理指標(サロゲート)です。代理指標とは、本当に知りたいこと——この場合は寿命や健康寿命——の代わりに測る、扱いやすい中間の指標を指します。扱いやすいからこそ研究が進みますが、同時に読み違いも生みます。
代理指標がやっかいなのは、それが商品の根拠として使いやすいからでもあります。検査、栄養補助食品、施術——いずれも「この指標が動いた」という形の証拠を示せば、効果があるように見せられます。しかし指標が動いたことは、その介入が本当に知りたいことを動かした証拠にはなりません。この連載では、そうした主張について効くか効かないかを断定するのではなく、証拠がどの水準にあるのかを見ます。動物実験なのかヒトの研究なのか、横断か縦断か介入か、対照群は何をしていたのか、測っているのは中間指標か最終的な転帰か。この順で並べ替えるだけで、同じ主張の見え方はかなり変わります。
統計の言葉の扱いも、あらかじめ決めておきます。「有意差があった」は「差がゼロではなさそうだ」という意味であって、「差が大きい」という意味ではありません。参加者が数万人いる研究では、日常生活では気づきようのない小さな差でも有意になります。逆に、参加者が数十人の研究で有意差が出なかったことは、効果がないことの証明にはなりません。この連載では、有意かどうかとあわせて、差の大きさと信頼区間の幅を見るようにします。
代理指標を読むときの問いは3つです。その指標は本当に知りたいことと結びついているか。その指標を動かす介入は、本当に知りたいことも動かすか。そして、指標の変化は測定のぶれより大きいか。エピジェネティック時計について言えば、1つ目には部分的な答えがあり、2つ目には答えがなく、3つ目は時計と処理の仕方に依存します。
それでも、この連載は悲観的な話ではありません。指標の話が煮詰まらないことと、運動の効果が確かめられていないことは、まったく別です。運動については、代理指標を経由せずに測れる転帰——歩ける距離、階段を上れるか、転ぶか、入院するか、そして死亡率——の研究が積み上がっています。第9回でその用量反応関係を扱います。中間指標は慎重に、最終的な転帰は正面から。これが以降9回の読み方です。
次回予告
第2回は「有酸素能力の低下——運動で取り戻せる幅」を扱います。VO2maxという、加齢研究のなかでは珍しく測定法が確立した指標を題材に、同じ現象でも横断研究と縦断研究で低下率の推定がなぜ食い違うのか、運動でどれだけ取り戻せて、何が取り戻せないのかを見ていきます。
この連載の全10回
- 第1回|老化とは何か——生物学的年齢という考え方(この記事)
- 第2回|有酸素能力の低下——運動で取り戻せる幅
- 第3回|筋はなぜ減るのか——加齢性筋減少の機序
- 第4回|ミトコンドリアと運動
- 第5回|テロメアと運動——期待と実測のずれ
- 第6回|慢性微小炎症——インフラメイジング
- 第7回|骨と関節の加齢——何が可逆で何が不可逆か
- 第8回|脳の加齢と運動——認知機能はどこまで守れるか
- 第9回|運動量と死亡率——用量反応の疫学
- 第10回|総括——「アンチエイジング」の主張をどう読むか
出典
- López-Otín C, Blasco MA, Partridge L, Serrano M, Kroemer G. Hallmarks of aging: An expanding universe. Cell. 2023;186(2):243-278.
- Gems D, de Magalhães JP. The hoverfly and the wasp: A critique of the hallmarks of aging as a paradigm. Ageing Research Reviews. 2021;70:101407.
- Horvath S, Raj K. DNA methylation-based biomarkers and the epigenetic clock theory of ageing. Nature Reviews Genetics. 2018;19(6):371-384.
- Kabacik S, Lowe D, Fransen L, et al. The relationship between epigenetic age and the hallmarks of aging in human cells. Nature Aging. 2022;2(6):484-493.
- Higgins-Chen AT, Thrush KL, Wang Y, et al. A computational solution for bolstering reliability of epigenetic clocks: Implications for clinical trials and longitudinal tracking. Nature Aging. 2022;2(7):644-661.
- Porter HL, Brown CA, Roopnarinesingh X, et al. Many chronological aging clocks can be found throughout the epigenome: Implications for quantifying biological aging. Aging Cell. 2021;20(11):e13492.
- Bell CG, Lowe R, Adams PD, et al. DNA methylation aging clocks: challenges and recommendations. Genome Biology. 2019;20(1):249.
- Apsley AT, Etzel L, Ye Q, Shalev I. From population science to the clinic? Limits of epigenetic clocks as personal biomarkers. Epigenomics. 2025;17(18):1447-1461.
- Shan J, Tay JH, Wang W, et al. Physical activity and biological age measured by DNA methylation clocks: a systematic review and meta-analysis. The Lancet Healthy Longevity. 2026;7(4):100835.
この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。生物学的年齢を推定する検査の結果を、病気の有無や治療の要否の判断に用いることはできません。気になる症状がある場合や、健康診断で指摘を受けた場合は医療機関にご相談ください。持病のある方、薬を服用中の方、高齢の方が新しい運動を始めるときは、開始前に主治医に相談してください。






