「武道を習うと子どもが落ち着く」「集中力がつく」という話は、道場や保護者のあいだで長く語られてきました。心理学ではこの「落ち着き」や「集中」を、実行機能(executive function)と自己調整(self-regulation)という言葉で扱います。そして武道がそれを伸ばすのかどうかは、2004年に米国で行われた無作為化比較試験をきっかけに、実際に検証の対象になりました。

この記事では、その2004年の試験と、2021年に英国で行われた再検証、そして子どもの運動介入全般を統合したメタアナリシスを順に読みます。結論を先に述べると、武道の指導を受けた子どもは、教師や観察者による「行動の評価」では改善を示すが、コンピュータで行う実行機能の「検査課題」では注意の一部を除いてほとんど変わらない——これが現時点で最も正確な要約です。この食い違いは研究の欠陥ではなく、「実行機能」という言葉が二つの異なるものを指している事実の反映です。

「実行機能」は何を測っているのか

実行機能とは、衝動のままに動くのではなく、考えてから行動するために必要な認知の制御機能を指します。中核は三つで、情報を保持して操作する作業記憶、不適切な反応を抑える抑制、課題を切り替える柔軟性です。学業成績との関連が繰り返し報告され、幼少期の介入対象として注目されてきました。

問題は測り方です。実行機能の評価には大きく二種類あります。一つは、画面に並んだ魚の向きを答えるフランカー課題や、数字を逆順に言う課題のような「検査課題」で、反応時間や正答率を数値化します。もう一つは、教師や保護者が「この子は気が散りやすい」「最後までやり通す」といった項目に答える「評価尺度」です。両者は同じ構成概念を測っているはずですが、実際の相関は驚くほど低いことが知られています。

Toplak ME, West RF, Stanovich KE. Practitioner review: do performance-based measures and ratings of executive function assess the same construct? Journal of Child Psychology and Psychiatry. 2013;54(2):131–143.

この総説は、検査課題と評価尺度の相関を報告した20研究(子どもの標本13、成人の標本7)を集めました。286の相関のうち統計的に有意だったのは68(24%)にすぎず、相関係数の中央値は0.19でした。著者らは、検査課題は「認知能力の効率」を、評価尺度は「目標追求の成功」を測っており、別の構成概念だと結論しています。武道の試験を読むときは、どちらの物差しで何が変わったのかを分けて見る必要があります。

2004年:私立校207名のテコンドー試験

出発点となった試験は、米国の私立学校で行われました。幼稚園年長から5年生までの207名を、学級単位でテコンドー群か通常の体育群に無作為に割り付け、3か月後に比較したものです。

Lakes KD, Hoyt WT. Promoting self-regulation through school-based martial arts training. Journal of Applied Developmental Psychology. 2004;25(3):283–302.

テコンドー群は、認知的自己調整、情動的自己調整、向社会的行動、教室での行動、暗算課題の成績で、体育群より大きな改善を示しました。評価の一部は、割り付けを知らされていない観察者が障害物コースでの子どもの振る舞いを採点する形式で行われており、教師評価だけに頼った設計ではありません。性別との交互作用があり、認知的自己調整と教室行動の改善は男子で大きく、年齢では4〜5年生で最大、幼稚園〜1年生で最小でした。

ただし効果の大きさは控えめです。後年この試験を再検証した研究者の計算では、全体の平均効果量はCohen’s d=0.26(範囲0.06〜0.49)で、「小」に分類される水準でした。またこのプログラムは自己調整の育成を狙って特別に設計されたもので、各回の冒頭で「今どこにいるか、何をしているか、何をすべきか」と自問させる手順を含んでいました。手順書として公開されておらず、一般の道場の指導とも異なるため、再現は難しいと指摘されています。

2021年:英国公立校240名の再検証

この試験は広く引用されましたが、同規模の追試は17年間ありませんでした。2021年に公表された英国の試験がその空白を埋めます。

Ng-Knight T, Gilligan-Lee KA, Massonnié J, Gaspard H, Gooch D, Querstret D, Johnstone N. Does Taekwondo improve children’s self-regulation? If so, how? A randomized field experiment. Developmental Psychology. 2022;58(3):522–534.

対象は選抜のない公立小学校の7〜11歳240名で、学級内で個人単位に無作為化されました(テコンドー群122名、対照群118名)。介入は特別に設計されたものではなく、地域の道場で初心者が受けるのと同じ標準的な11週間の入門コースで、週2回・1回45分、合計16.5時間です。指導したのは約20年間専業で教えてきた指導者でした。対照群は同じ時間数の通常の体育を受けています。結果を物差しごとに分けると、次のようになります。

物差し項目結果
教師評価行為の問題(SDQ)改善(IRR 0.79、p=0.03)
注意の集中改善(p=0.02)
抑制、活性化制御、衝動性、向社会的行動差なし
検査課題実行注意(フランカー課題)改善(p<0.001、d換算で約0.28)
反応抑制、言語性作業記憶、切り替え差なし

つまり、教師は「授業中の問題行動が減り、注意が向くようになった」と評価し、検査でも注意の一項目は改善した。しかし実行機能の中核とされる抑制・作業記憶・切り替えは、検査課題では何も変わらなかったのです。行為の問題については、テコンドー群の得点が下がったのではなく、対照群で学期中に増えた分をテコンドー群が免れた、という形でした。なお、この研究は d=0.36 以上の効果を80%の検出力で捉える設計であり、それより小さな効果が存在した可能性は否定されていません。

なぜ評価と検査は食い違うのか

二つの試験を並べると、同じ構図が繰り返されています。行動の評価では改善が出て、検査課題では出ない。この二つの物差しは相関の中央値が0.19しかない別物であり、一方が動いて他方が動かないのは不思議ではありません。稽古で子どもが練習しているのは「号令を待つ」「順番を守る」「叱られても続ける」といった目標追求の行動であって、画面上の魚の向きを速く判断する能力ではないからです。

ただし、評価尺度が改善する理由には、より慎重に考えるべき別の可能性もあります。英国の試験では、検査課題を実施した研究者は割り付けを知りませんでしたが、教師は知っていました。テコンドーを受けている子どもを教師がそれと知って評価すれば、期待が採点に混ざります。また対照群は「いつも通りの体育」であり、新しい活動を与えられたこと自体が行動を変える効果(ホーソン効果)を著者らも認めています。2004年の試験が盲検化された観察者を置いたのはこの弱点への対処でしたが、学級単位の割り付けである以上、学級ごとの差は残ります。

先行する小規模な予備試験では、この構図がさらに極端に出ています。9か月のテコンドー指導を受けた群で保護者評価の自己調整は d=0.95 という大きな改善を示した一方、実行機能の検査では有意な結果が得られず、しかも検査を完了したのは対象の半数だけでした。評価尺度の大きな数字だけを見て「武道で実行機能が伸びた」と言うのは、この分野では特に危ういのです。

運動全般の統合値と比べる

武道に固有の効果を考える前に、子どもの運動介入が実行機能に及ぼす効果の全体像を押さえておきます。

Xue Y, Yang Y, Huang T. Effects of chronic exercise interventions on executive function among children and adolescents: a systematic review with meta-analysis. British Journal of Sports Medicine. 2019;53(22):1397–1404.

このメタアナリシスは、健康な6〜17歳を対象に週複数回・おおむね6週以上続けた運動介入の無作為化比較試験19本、5,038名を統合しました。実行機能全体への効果は標準化平均差(SMD)0.20(95%CI 0.09〜0.30)、抑制制御では0.26(0.08〜0.45)です。著者ら自身が「小さな効果量」と記しています。2025年に発表されたベイズ流の用量反応ネットワークメタアナリシス(Li ら)は、2025年4月までの試験を統合してHedges’ g=0.14(95%CrI 0.08〜0.19)という、さらに小さな値を報告しました。

統合解析対象実行機能への効果
Xue 201919試験・5,038名SMD 0.20(0.09〜0.30)
Li 20252025年4月までのRCTg 0.14(0.08〜0.19)
Chen 2025(テコンドー限定)14試験・906名SMD 0.49(0.17〜0.81)

テコンドーに限定した2025年のメタアナリシス(Chen ら)は、認知機能でSMD 0.49(95%CI 0.17〜0.81)という一段大きな値を出しています。しかしこの解析は子ども・青年・成人・高齢者・ADHDのある人を区別せずに統合したもので、対照群には待機リストや無介入も含まれ、14試験のうち4試験がバイアスリスク「高」、5試験が「懸念あり」と評価されています。異質性も中程度(I²=51.4%)で、この数字を「子どもの武道の効果」として読むことはできません。運動全般の0.14〜0.20という統合値が、現時点で最も信頼できる目安です。

用量と指導者の問題

効果があるとして、どれだけやれば良いのか。この問いに直接答えた研究はありません。テコンドーの統合解析に含まれた試験の介入は、期間が8〜78週間、頻度が週1〜7回、1回30〜70分と幅があり、認知機能に関しては週3回以上・1回30〜50分・16週間超の条件で効果が大きい傾向が報告されています。ただしこれは事後的なサブグループ解析で、対象年齢が混在しているため、子どもに当てはまるかは分かりません。運動全般の解析でも、1回90分未満の介入は効果を示し(SMD 0.24)、90分以上では示さなかった(0.05)という、長ければ良いわけではない結果が出ています。

指導者の要因はさらに検証が乏しい領域です。英国の試験の指導者は約20年の専業経験を持ち、初段の取得には最低4.5年を要すると著者らは記しています。学校で広く行うなら教員が教えるほうが安価ですが、同じ結果が出るかは未検証です。設計されたプログラムを用いた2004年の試験と、標準的な入門コースを用いた2021年の試験が似た結果を得たことは、内容の細部よりも「経験のある指導者が規律を求める環境」が共通要因である可能性を示唆しますが、直接比較されたわけではありません。

Diamond A, Lee K. Interventions shown to aid executive function development in children 4 to 12 years old. Science. 2011;333(6045):959–964.

この総説は、コンピュータ訓練、有酸素運動、武道、ヨガ、マインドフルネス、学校カリキュラムなど実行機能を伸ばしたとされる介入の共通条件として、反復練習と、段階的に難度を上げることの二つを挙げています。まれにしか行わない活動は最良のものでも効果が乏しく、もともと実行機能が低い子どもほど恩恵が大きい、というのが著者らの整理です。武道については、礼節や自制を重んじる伝統的な指導と競技として勝敗を競う指導とで結果が逆になった非行少年の研究に触れ、運動そのものより「人格形成の要素を加えること」が効いている可能性を論じています。ただしこの区別を子どもの実行機能で検証した無作為化試験はありません。

けがの数字

効果の議論と切り離せないのが安全性です。子どもの武道のけがについては、米国の救急外来の全国標本を集計した研究があります。

Yard EE, Knox CL, Smith GA, Comstock RD. Pediatric martial arts injuries presenting to Emergency Departments, United States 1990–2003. Journal of Science and Medicine in Sport. 2007;10(4):219–226.

1990〜2003年に武道関連のけがで救急外来を受診した17歳以下は推計12万8,400人でした。2004年に武道を実践していた米国の6〜17歳は推計650万人なので、受診に至るけがが日常的というわけではありませんが、無視できる数でもありません。受傷者の73.0%が男子で平均年齢は12.1歳、種目別では空手が79.5%を占めました。原因は「蹴られた」が25.6%で最多、次いで転倒20.6%、「蹴った」18.0%です。部位は下腿・足・足首が30.1%、手・手首が24.5%で、診断は捻挫・挫傷29.3%、打撲・擦過傷27.8%、骨折24.6%でした。柔道では肩・上腕と頸部のけがの割合が空手やテコンドーより有意に高く、種目によってけがの型が異なります。

なお、実行機能を調べた二つの試験はいずれも有害事象を項目として報告していません。英国の試験は脱落がなく欠測も少ないので、けがで続けられなくなった子どもが多数いたとは考えにくいものの、「けがが起きなかった」ことが確認されたわけではありません。

この証拠から何が言えるか

  1. 武道の指導を受けた子どもは、教師や観察者による行動評価で小さな改善を示す。2004年と2021年の二つの無作為化試験で一貫している。
  2. 実行機能の検査課題では、注意の一項目を除いて改善が確認されていない。抑制・作業記憶・切り替えは変わらなかった。
  3. 行動評価と検査課題は相関の中央値が0.19しかない別の物差しであり、「行動が変わった」ことを「認知能力が伸びた」と読み替えることはできない。
  4. 運動介入全般の実行機能への効果はSMD 0.14〜0.20の小さな水準で、武道がそれを上回るという信頼できる証拠はない。
  5. 頻度・期間・指導者の条件は直接検証されていない。反復と段階的な難度上昇が共通要因だという整理はあるが、仮説の段階にある。
  6. けがは救急受診の統計で下肢と手首の捻挫・打撲・骨折が中心で、種目によって型が異なる。効果を調べた試験は有害事象を系統的に報告していない。

研究が示しているのは、武道が子どもの「授業中の振る舞い」を少し良くする可能性があるという、地味だが二度確かめられた事実です。それが認知能力そのものの向上なのか、規律ある集団活動なら何でも同じなのかは分かっていません。最も欠けているのは、盲検化された評価者を置き、他の運動を対照とした、規模の大きい追試です。

出典

  1. Lakes KD, Hoyt WT. Promoting self-regulation through school-based martial arts training. Journal of Applied Developmental Psychology. 2004;25(3):283–302.
  2. Ng-Knight T, Gilligan-Lee KA, Massonnié J, Gaspard H, Gooch D, Querstret D, Johnstone N. Does Taekwondo improve children’s self-regulation? If so, how? A randomized field experiment. Developmental Psychology. 2022;58(3):522–534.
  3. Toplak ME, West RF, Stanovich KE. Practitioner review: do performance-based measures and ratings of executive function assess the same construct? Journal of Child Psychology and Psychiatry. 2013;54(2):131–143.
  4. Diamond A, Lee K. Interventions shown to aid executive function development in children 4 to 12 years old. Science. 2011;333(6045):959–964.
  5. Xue Y, Yang Y, Huang T. Effects of chronic exercise interventions on executive function among children and adolescents: a systematic review with meta-analysis. British Journal of Sports Medicine. 2019;53(22):1397–1404.
  6. Li J, Huang Z, Feng X, Liu Y. Effects of physical activity on executive function in children and adolescents: A Bayesian dose-response network meta-analysis. Complementary Therapies in Clinical Practice. 2025;61:102016.
  7. Chen A, Tian X, Ma X. The effects of taekwondo on depression symptoms and cognitive function: a systematic review and meta-analysis. Frontiers in Sports and Active Living. 2025;7:1735531.
  8. Yard EE, Knox CL, Smith GA, Comstock RD. Pediatric martial arts injuries presenting to Emergency Departments, United States 1990–2003. Journal of Science and Medicine in Sport. 2007;10(4):219–226.

この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。お子さんの注意や行動について発達上の心配がある場合、また稽古中のけがで痛みや腫れが続く場合は、医療機関にご相談ください。

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宮川涼 Founder
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