乳がんの手術を受けたあと、肩が上がりにくい、腕が重い、以前のように動かせない——こうした状態は珍しくありません。腋窩リンパ節の郭清や放射線治療の影響で、肩関節の可動域が制限され、リンパ浮腫のリスクも伴います。

この領域でピラティスが検討されるのは、動作を細かくコントロールでき、負荷を段階的に調整でき、上肢と体幹を同時に扱えるためです。では実際の結果はどうか。結論から言えば、痛みには改善が示された一方、倦怠感と睡眠には有意な改善が示されず、肩関節可動域と生活の質については他の運動プログラムを上回っていません。

術後に何が起きているのか

まず身体に起きている変化を整理します。

手術による影響:乳房の手術に加えて、がんの広がりを調べるために腋窩のリンパ節を切除することがあります。この領域には肩の動きに関わる組織と神経が通っており、術後の瘢痕や癒着が可動域を制限します。腋窩に索状の硬い組織が触れる「腋窩ウェブ症候群」が生じることもあります。

放射線治療の影響:照射部位の組織が線維化し、時間をかけて硬さが増していくことがあります。手術直後より、むしろ数か月以降に可動域制限が目立つ場合もあります。

リンパ浮腫:リンパ節の切除や照射によってリンパ液の流れが滞り、腕がむくむ状態です。発症時期は術後数か月から数年後まで幅があり、一度生じると長期の管理を要します。

薬物療法の影響:ホルモン療法では関節のこわばりや痛み、化学療法では末梢神経障害や持続する倦怠感が生じることがあります。

これらが重なるため、術後の運動療法には可動域の回復、上肢機能の改善、倦怠感への対処、生活の質の維持という複数の目標が同時に存在します。

2026年のメタアナリシス——6試験531名

Ryu S, Im A, Kim S. The Impact of Pilates Exercise on the Overall Health of Patients With Breast Cancer: A Systematic Review and Meta-Analysis. Oncology Nursing Forum. 2026;53(3):1–11.

2017年1月から2024年5月までに公表された無作為化比較試験6件、531名を統合した解析です。

評価項目効果量(95%信頼区間)p値解釈
痛みHedges’ g = −0.634(−1.2〜−0.07)0.027中程度の効果・有意
倦怠感Hedges’ g = −0.182(−0.47〜0.10)0.208有意差なし
睡眠の質Hedges’ g = 0.335(−0.20〜0.87)0.216有意差なし

抑うつについては結果が一貫していません。

この3項目の並びが示すこと

痛みには中程度の効果があり、倦怠感と睡眠には示されなかった——この組み合わせには一定の筋が通ります。

痛みと可動域制限は、瘢痕・癒着・筋の短縮といった局所の物理的な状態と結びついています。動かすことで直接働きかけられる領域です。

一方、がん治療後の倦怠感は、炎症、貧血、内分泌の変化、睡眠障害、抑うつ、活動量の低下など複数の要因が絡む複合的な症状です。週数回の運動で動かすには、要因が多すぎるのかもしれません。

ただし、これは結果に整合する説明であって、この研究が検証した機序ではありません。倦怠感と睡眠の信頼区間は0をまたいでおり(−0.47〜0.10、−0.20〜0.87)、これは「効果がない」ことの証明ではなく「精確に推定できていない」ことを意味します。 とくに睡眠の点推定値 0.335 は小〜中程度にあたる大きさで、研究数が増えれば有意になる可能性は残ります。

Hedges’ g という指標

ここで使われている Hedges’ g は、標準化された効果量の一種です。研究ごとに異なる尺度を共通の物差しに乗せるという点では SMD と同じ考え方で、標本が小さいときの偏りを補正した形になっています。

目安は 0.2 で小、0.5 で中、0.8 で大。したがって痛みの −0.634 は中程度、倦怠感の −0.182 は小、睡眠の 0.335 は小〜中にあたります。

注意すべきは符号です。痛みと倦怠感は「低いほど良い」尺度なのでマイナスが改善を意味しますが、睡眠の質は用いる尺度によって向きが変わります。ここでは 0.335 がプラスで報告されており、改善の方向として扱われています。符号の意味は尺度ごとに確認しないと、正反対に読み違えます。

6試験531名という規模

531名は、この領域のメタアナリシスとしては比較的しっかりした規模です。前稿までに扱ってきたピラティス研究(265名、322名、476名)と比べても大きい。

それでも、倦怠感と睡眠で有意差が出なかったことには2つの読み方があります。ひとつは本当に効果が小さいという読み方。もうひとつは、これらの症状のばらつきが大きく、531名でも検出に足りなかったという読み方です。

倦怠感の信頼区間は −0.47〜0.10 で、下限は中程度の改善を、上限はわずかな悪化を含みます。睡眠は −0.20〜0.87 とさらに広く、上限は大きな改善にあたります。この幅の広さは、結論を出すには早いことを示しています。

2018年のメタアナリシス——他の運動と比べると

もう1件、より早い時期のレビューが、比較の相手という観点で重要な情報を持っています。

Pilates for women with breast cancer: A systematic review and meta-analysis. Complementary Therapies in Medicine. 2018.(著者名は確認できていないため記載しない)

5件の無作為化比較試験と2件の非対照研究を採用し、うち4件の無作為化比較試験をメタ分析に統合しています。評価されたのは肩関節可動域、生活の質、痛み、自己報告による上肢機能です。

報告されている内容は次の通りです。

  • 肩関節可動域、生活の質、痛み、機能的状態、気分、体力、上肢周径のいずれにも、肯定的かつ有意な効果が認められた
  • ただし、肩関節可動域と生活の質については、他の運動プログラムより有意に優れてはいなかった
  • 上肢の痛みと機能については、他の理学療法より統計的に優れていた

ここでも、この series で繰り返し現れる構図になっています。何もしないより良い。しかし他の運動と比べたとき、優位性は項目によって分かれる。

なお、このレビューの効果量と信頼区間の詳細は、公開されている範囲では確認できませんでした。確認できていない数値は書きません。 ここで示せるのは、有意差の有無という方向までです。

なぜ肩の可動域が「回復しきらない」ことがあるのか

可動域の話をもう少し具体的にします。術後しばらくして日常生活に支障がなくなると、多くの人は運動を続ける理由を見失います。ところが、そこで止まってしまった可動域が、数か月後に問題として戻ってくることがあります。

理由のひとつは、放射線治療による組織の線維化が時間をかけて進むことです。照射が終わった時点が終わりではなく、その後も硬さが増していく経過をたどる場合があります。

もうひとつは、日常生活の動作が意外に狭い範囲で完結していることです。着替え、食事、パソコン作業——これらはいずれも肩を大きく上げなくてもできます。「困っていない」状態と「可動域が保たれている」状態は同じではなく、意識して動かさなければ範囲は静かに狭まります。

ピラティスのように、肩甲帯と胸郭を含めて全身を大きく動かす形式が役に立ちうるのは、この点においてです。ただし繰り返しになりますが、2018年のレビューは肩関節可動域について他の運動プログラムに対する優位性を示していません。 大きく動かす機会を作ることに意味があるのであって、ピラティスでなければならない理由が示されているわけではありません。

「運動」としての推奨は既に確立している

ピラティスの位置づけを考える前に、前提を確認しておきます。がんサバイバーが運動を行うことについては、既に明確な推奨があります。

Bower JE, et al. Management of Fatigue in Adult Survivors of Cancer: ASCO–Society for Integrative Oncology Guideline Update. Journal of Clinical Oncology. 2024.

このガイドラインでは、サバイバーシップ期の中核的な介入として運動・認知行動療法・マインドフルネスが挙げられています。治療中の患者に対しては、有酸素運動・レジスタンストレーニング・その両方を組み合わせた個別化された処方が推奨されています。

ここで想定されている「運動」は、有酸素運動とレジスタンストレーニングです。ピラティスはその枠には入っておらず、別枠で扱われます。

この事実と、本稿のメタアナリシスで倦怠感に有意差が出なかったことは、整合しています。倦怠感に対して根拠が厚いのは有酸素運動とレジスタンストレーニングであって、ピラティスではありません。 ピラティスに期待できるのは、可動域と上肢機能、そして痛みの側です。

目的によって選ぶべき運動が変わる——この当たり前のことが、この領域では特にはっきりしています。

リンパ浮腫と運動——かつての常識が変わった領域

この話題には、特筆すべき経緯があります。

かつては、リンパ浮腫を防ぐために術側の腕に負荷をかけないよう指導されるのが一般的でした。重い物を持たない、腕を使いすぎない——そうした制限が長く常識とされていました。

しかしその後の研究により、適切に監督され、段階的に負荷を上げる運動は、リンパ浮腫を悪化させないことが示されてきました。 現在では、運動を避けることによる体力低下や肩機能の悪化のほうが問題だと考えられています。

この転換は、患者にとって意味が大きいものです。ただし「だから自由に運動してよい」という結論ではありません。鍵は段階的であること監督されていることです。急に負荷を上げれば、腕の状態が変化する可能性は残ります。

また、リンパ浮腫の管理は運動だけで完結しません。圧迫療法、スキンケア、感染予防といった要素を含む包括的な管理が必要で、その設計は専門職の領域です。

この領域で運動を始めるときに要る確認

研究の数値からはやや離れますが、実務上必ず必要になる確認事項があります。

  • 術後の経過と可動域制限の程度:いつから、どの方向に、どこまで動かしてよいかは術式と経過によって変わります。
  • リンパ浮腫の有無と管理状況:発症している場合、圧迫着衣の使用や負荷の上げ方に条件がつきます。
  • 骨転移の有無:ある場合、脊柱への負荷や捻転、荷重に制限がかかります。これは自己判断できない領域です。
  • 治療中に生じている症状:末梢神経障害があればバランスに、貧血があれば強度に影響します。
  • ポートやドレーンの有無:留置物がある期間は動作が制限されます。

統合された研究で用いられた介入は、これらの条件を確認したうえで設計されたプログラムです。報告された効果は、その条件下での結果であり、一般のクラスにそのまま外挿できるものではありません。

整理

  1. 痛みには中程度の効果(g = −0.634、p = 0.027)。
  2. 倦怠感(p = 0.208)と睡眠の質(p = 0.216)には有意差なし。 ただし信頼区間が広く、「効果がない」ことの証明ではない。
  3. 肩関節可動域と生活の質は、他の運動プログラムより優れてはいなかった(2018年のレビュー)。
  4. 上肢の痛みと機能では、他の理学療法より優れていたと報告されている。
  5. 2018年レビューの効果量の詳細は確認できていないため、本稿では数値を示していない。

乳がん治療後に運動を行うことには、可動域と上肢機能の面で根拠があります。ピラティスはその選択肢のひとつですが、他の運動療法を置き換えるものではなく、また倦怠感や睡眠への効果を期待する根拠は現時点で示されていません。 何より、開始の可否と内容の設計は、治療の経過を把握している医療者の判断が前提になります。

出典

  1. Ryu S, Im A, Kim S. The Impact of Pilates Exercise on the Overall Health of Patients With Breast Cancer: A Systematic Review and Meta-Analysis. Oncology Nursing Forum. 2026;53(3):1–11.
  2. Pilates for women with breast cancer: A systematic review and meta-analysis. Complementary Therapies in Medicine. 2018.
  3. Bower JE, et al. Management of Fatigue in Adult Survivors of Cancer: ASCO–Society for Integrative Oncology Guideline Update. Journal of Clinical Oncology. 2024.

この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。がんの治療中・治療後の運動については、術式・経過・リンパ浮腫や骨転移の有無によって可否と内容が変わります。必ず担当の医療者にご相談のうえ判断してください。

author avatar
宮川涼 Founder
PAGE TOP
ご体験予約