記憶は香りだと幼い頃まで戻る?言葉で思い出す場合と年代の分布を比べる

香りで突然思い出すのは、なぜ子どもの頃の場面なのか。言葉や音を手掛かりにした記憶との年代の違いを読み、香りに名前を添えると幼少期への偏りが弱まった実験を紹介する。思い出した出来事の年代と、思い出す本人の年齢、感情の強さを分け、日常の懐かしさを研究と照らして考える。

鍋のふたを開けた瞬間、料理の匂いで昔の台所が浮かぶ。昨日の夕飯より先に、子どもの頃の椅子や窓を思い出す。そんな経験を研究の言葉に置き換えると、香りは、自分の過去の出来事を思い出すときの年代分布を幼少期の側へ寄せる手掛かりになりうる。[2][4]

香りの名前を知ることも、思い出す年代を左右する。高齢者を対象にした実験では、香りだけを示したときに見られた幼少期の記憶の山が、その香りの名前も示すと弱まった。何を嗅ぐかだけでなく、それをどう捉えて思い出すかが関わるのである。高齢者の結果が18〜39歳の女性にもそのまま当てはまるかは、この比較だけでは判断できない。[4]

既存記事「香りで記憶がよみがえるのはなぜ?プルースト現象を18本の研究で試すと鮮明さは有利に入らない」は、香りの優位がどの特徴にあるかを扱う。ここでは問いを年代に絞る。同じ人生を振り返っていても、言葉、音、香りで、どの時期の場面が集まりやすいのか。その違いを、思い出す人の年齢とも分けて見ていく。

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香りで戻るのは「遠い昔」か「幼い頃」か

研究でいう自伝的記憶とは、自分の人生に関わる出来事の記憶である。香りや言葉などを手掛かりとして過去を振り返る実験では、思い出された場面の特徴に加え、その出来事が人生のいつ起きたかを調べる。香りによって引き出される自伝的記憶を、ほかの手掛かりによる記憶と比較するのが、この分野の基本的な問いである。[8]

年代の分布は、古い記憶があるかないかを尋ねるだけでは見えてこない。たとえば、ある人が学校の遠足と就職後の旅行を思い出したとする。どちらも過去の出来事だが、経験した時期は違う。研究が見るのは、そのような場面を集めたとき、どの年齢の時期に思い出が多くなるかである。一般に、言葉、写真、音などを手掛かりにすると、思春期から成人初期の出来事が不釣り合いに多く報告される。この偏りはレミニセンス・バンプと呼ばれる。[2]

バンプは、分布にできる山のことだ。ある年代の記憶しかない、という意味ではない。そして香りを手掛かりにすると、その山が幼少期へ移るという知見がある。懐かしい匂いを嗅いだとき、学生時代や社会人になってからの出来事を思い出しても、この結果と矛盾しない。個々の体験を禁止する法則ではなく、集めた記憶に表れる偏りを述べたものだからだ。[2]

ここで「古い」と「幼い」を同じにしないことが大切になる。出来事からどれだけ時間がたったかと、その出来事を経験したとき何歳だったかは、別の軸である。若い読者が幼い頃の家を思い出す場合と、高齢の読者が幼い頃の家を思い出す場合では、経過した時間は違う。年代の山を理解するには、思い出す現在地だけでなく、出来事が起きた人生の位置に目を向けたい。

また、山が幼い時期にあることは、その記憶がほかの年代より正確だという意味でもない。年代の分布、情動の強さ、鮮明さは、比較のために分けて測られる特徴である。実験・準実験を統合したメタ分析でも、香りの優位はすべての特徴に一律には現れなかった。[5]「昔のことなのにはっきりしている」という感想には、昔であることと、はっきり感じることが同居する。研究を読むときは、その同居をいったんほどく必要がある。

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名前を添えるだけで、幼少期の山が弱まった

香りが幼い頃の場面を呼ぶなら、その香りが何か分かるほど、さらに幼い頃へ戻れそうに思える。ところが、名前を与えたときの結果は単純ではなかった。WillanderとLarssonによる実験では、高齢者72人を、香りだけ、名前だけ、香りと名前の組み合わせという3条件に無作為に割り付け、それぞれの手掛かりから自分の過去の出来事を話してもらった。高齢者の実験なので、18〜39歳の女性にも同じ年代分布の変化が起こるかは別に検証する必要がある。[4]

香りだけの場合に見られた幼少期の記憶のピークは、香りの名前に関する知識が加わることで弱まった。さらに、名前を伴って香りが示されたときには、心地よさや、当時へ連れ戻されたような感覚も低くなった。著者らは、香りからの想起は、言葉の意味や概念としての処理の影響を受けると考察している。[4]

この結果の面白さは、同じ鼻を使っていても、言葉が加わることで記憶の現れ方が変わる点にある。香りか言葉かを、感覚と知識の完全な別世界として扱うことはできない。名前も分かる香りと、名前を探す前に触れた香りでは、手掛かりの組み合わせが違う。少なくともこの実験では、その違いが思い出す年代の偏りにも及んだ。[4]

ただし、「名前を知らないほどよい」「考えずに嗅げば幼少期へ戻れる」という方法論に飛ぶのは早い。この高齢者の実験は、18〜39歳の女性が日常で同じ変化を経験するかを直接確かめたものではない。示されたのは、香りに名前を加える操作が、年代分布や主観的な経験に関わったことだ。[4]生活の中で名札を隠す競争を始める必要はない。

むしろ日常で思い当たるのは、名前を答えることと、場面を思い出すことの違いだ。「何の匂いだろう」と原料を考えているときと、「この廊下を歩いた」と過去の場所が浮かんだときでは、自分が答えようとしている問いが違う。実験結果は、香りそのものの性質だけで記憶の年代を説明しきろうとする見方に、待ったをかける。[4]

この研究では、香りで引き出された記憶は言葉による記憶より情動の高まりも強く、その差は、ただ香りを知覚したことだけでは説明できなかった。[4]香りを嗅いでいる現在の刺激と、過去の出来事を思い出す経験を区別している点も大事である。懐かしさの話を、そのまま「よい香りなら何でも同じ」と読み替えることはできない。

音との比較でも、幼少期への偏りは現れた

別の研究は、早期から目が見えない人と、目が見える人の自伝的記憶を、音と香りの手掛かりで比べた。視覚経験に大きな違いがあっても、両群の記憶の年代分布は似ていた。音による山は人生の最初の20年間にまたがり、香りによる山は幼少期に見られた。[2]

ここでは、音と香りを「どちらも懐かしいもの」と一括りにしないほうがよい。懐かしさという日常語は共通していても、集まってくる出来事の時期まで同じとは限らない。同じ研究の中で、音と香りでは山の範囲が異なったのである。一方、早期からの視覚経験の違いを越えて、それぞれの手掛かりに対応する分布は似ていた。[2]

著者らは、この結果を、感覚経験に根本的な違いがあっても年代の山が頑健に現れる証拠と位置付けている。[2]ただし、それは、経験した生活環境が記憶に一切関係しないという意味ではない。比較の焦点は、音と香りで呼び出された記憶の年齢分布が、両群でどのような形を示したかにある。個々人がどの料理や場所を懐かしむかまで、共通だったという話ではない。

日常に戻せば、昔の曲を聴いて通学路を思い出すことと、台所の匂いで家の椅子を思い出すことは、似ていて別の入口になる。どちらが本物の思い出かを競う必要はない。手掛かりを変えると人生の別の時期に光が当たる、という読み方なら、この年代分布の研究が示す違いを保ったまま受け取れる。[2]

研究を生活へ持ち帰るときには、音の山がまたがる範囲と、香りの山が位置する時期の表現にも注意したい。音では人生の最初の20年間に山があったという結果であり、その間のすべての年齢で同じ数の記憶が出たという意味ではない。香りでは幼少期に山があったという結果であり、その外の時期の記憶が消えていたという意味ではない。[2]山の位置を示す説明を、記憶の保存期間や取り出せる期限へ変換しないことが大切だ。

同様に、年代分布が似ていることと、思い出した場面の内容が似ていることも分ける必要がある。学校や家の出来事でも、人によって登場する人物や場所は違う。年代の比較は、その違いを残したまま、人生のどの時期へ想起が集まるかを問える。自分には台所ではなく庭が浮かんだ、という違いを気にするより、出来事の時期に目を向けると、研究の問いへ近づける。[2]

数字で読む香りと記憶の比較

72人:高齢者を対象に、香りと名前の関わりを調べた実験の参加者数である。[4]

3条件:香りだけ、名前だけ、香りと名前を組み合わせる条件を比較した。[4]

20年間:音で引き出された記憶の山がまたがったのは、人生の最初のこの範囲である。[2]

170人:幼少期に関連する香りと画像などを比べた実験の参加者数である。[1]

18研究:香りによる自伝的記憶の特徴を統合したメタ分析に含まれた実験・準実験の数である。[5]

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宮川涼 Founder

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