人見知りは目が合うとなぜ気になる?目の下を見る大人と対面で学ぶ場面を読む

人見知りで相手の目を見るのが難しいとき、視線の置き方と人前で課題をすることを分けて考える。成人の顔認識、大学生の発表、動画と対面の語彙学習を比べた研究から、目を避ける行動だけで気持ちや能力を決められない理由と、日常で確かめたい場面の違いを読み解く。

職場の打ち合わせで、向かいの同僚に資料を渡す。用件を話し始めると、相手の目より少し下を見ている自分に気づく。成人の顔認識課題では、人見知りの得点が高い人ほど目の領域を見つめる時間の割合が低く、目のすぐ下を見る傾向が報告されている。目から外れた視線の行き先も、この研究の見どころである。[6]

ただし、この視線の違いから「目が合うと体が疲れる」とまでは結びつけられない。研究が示したのは人見知りと見る場所の関連であり、疲労の原因や程度ではない。ここで答えたいのは、目を避ける大人の顔の見方と、人が目の前にいる状況で課題を行うことを、どう読み分けるかである。[5][6]

人見知りの成り立ちや子どもの頃からの変化は、既存記事「人見知りはなぜなる?2歳でとても慎重だった子の多くが7歳でも静かだった研究と、変わる部分」に譲る。こちらでは成人の顔の見方と語彙学習、大学生の発表を中心に、相手を見る行動と自分への評価を切り分けていく。[3][5][6]

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相手の目を見ない大人は、どこを見ているのか

成人を対象とした観察研究では、人見知りの質問票への回答と、顔を見分ける課題の最中の眼球運動が調べられた。18〜39歳の女性にそのまま当てはめられるかは、この成人集団の結果だけでは確定できない。眼球運動の記録は、本人が「目を見たつもりだった」と答える方法とは異なり、実際に顔のどこへ視線を向けたかを扱う。人見知りの得点と、目の領域に視線を止めている時間の割合には負の相関があった。人見知りが強いほど、その割合が低かったのである。[6]

注目したいのは、目を避けた視線にも行き先があった点だ。人見知りが強い群は弱い群よりも、目のすぐ下の領域をよく見ていた。著者らは、目を直接見ることを避けるという仮説を支持する結果だと考えている。相手の顔を捉えることと、その目を正面から見つめることは、ここでは同じ行動になっていない。[6]

研究では、自分と同じ人種の顔と異なる人種の顔が使われた。目の領域を見る割合と人見知りの関連は、どちらの顔でも見られた。「見慣れない種類の顔だから目を見られなかった」という説明だけには収まらない結果である。一方、顔を認識する課題での関連を、知人との会話や仕事の面談での振る舞いすべてへ広げることもできない。[6]

この結果を日常へ置くなら、顔を見ていないように感じたときも、見る位置をもう少し細かく言葉にする余地がある。「相手を全然見られない」と「目の下を見て話している」では、起きている行動の描写が違う。これは視線を矯正する訓練の提案ではなく、研究の測り方を借りた観察の工夫である。目の下を見ることが人見知りを改善するという効果を、この研究は試していない。[6]

また、この研究は人見知りの得点が高い人と低い人を比較している。目を見る時間を減らせば人見知りが強くなる、あるいは増やせば弱くなるという方向を決めた実験ではない。目線を動かすことができた日に、性格まで変わったと採点する必要はない。まずは、視線の割合という行動の指標と、人見知りという本人の傾向を別々に扱うのが筋である。[6]

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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顔を覚える難しさと、人への関心は同じではない

同じ成人研究では、以前に示された顔かどうかを判断する傾向も調べられた。自分と同じ人種の顔を見分ける場面では、人見知りの得点が高いほど、顔を「新しい」と判断しやすかった。それは実際に前に見た顔でも、初めて示された顔でも見られた。単純に忘れた顔が増えたという話だけでなく、回答の選び方にも違いがあったのである。[6]

ここには、正答の数と判断の傾向を分ける面白さがある。「この顔は見た」と答えやすい人と、「初めての顔だ」と答えやすい人では、同じ顔を前にしても回答の偏りが違う。著者らの分析は、人見知りと後者の傾向との関連を示した。顔の認識を、相手に関心があるかどうかという気持ちの採点に置き換えることはできない。[6]

子どもの研究にも、顔の認識をひとまとめにしない結果がある。通常の発達をしている10歳の子ども40人を調べた研究であり、18〜39歳の女性への適用には年齢の違いを考慮する必要がある。この研究では、顔の部分そのもの、外側の輪郭、部分同士の間隔が異なる顔を比べさせた。人見知りの得点が高い子で誤りが多かったのは、部分同士の間隔を使って見分ける条件だった。違いが現れたのは、顔の部分同士の間隔を使う条件だった。[8]

続く研究では、その違いが顔に特有であり、単なる課題の難しさでは説明できないことも示された。著者らは、人見知りの子どもが顔を識別する一部の手がかりに敏感でない可能性を示し、顔の感情を区別する難しさとの関係も考察している。ただし、子どもの顔の間隔を見分ける結果を、そのまま大人の会話の読み方へ移すことはできない。[8]

駅で挨拶した相手の顔を後から思い浮かべようとして、曖昧だったとする。その出来事を研究に重ねるなら、どの特徴を見たか、前に見たと答える判断がどうだったか、という別の問いが生まれる。もちろん、個人の出来事をこの実験で説明し切ることはできない。それでも「顔を覚えられない自分は冷たい」という結論を急ぐ前に、研究が扱っているのは顔の情報処理であると確かめたい。[6][8]

目がこちらを向く映像で、語彙を覚えやすかった

他人の目が気になるなら、顔を見ない学習がいちばんよいのか。成人の語彙学習を比べた実験は、その予想を少し複雑にする。対象はスペイン語を母語とし、後から英語を学んだ成人である。18〜39歳の女性にそのまま当てはめられるかは、言語背景や学習課題の違いも含めて確かめる必要がある。物とその名前を結びつけて覚え、あとで思い出す課題が使われた。雑談の心地よさや疲れを測った実験ではなく、学習後の再生を比べた研究である。[5]

比べたのは、物と名前の音声だけを動画で示す条件、先生が物を見せながら名前を言う動画の条件、同じように先生が部屋で参加者と向かい合う条件だった。顔のない動画より、先生の顔があり視線がこちらに向く動画で、学習成績がよかった。著者らは、成人の社会的なコミュニケーションにおける、直視を伴う顔の表示の役割を支持すると解釈している。[5]

一方で、先生が部屋にいる対面の条件よりも、先生を動画で見た条件のほうがよく学べた。つまり、「顔の存在が助けになった」と「その人が同じ部屋にいるときには成績が低かった」が同じ研究の中で並んだのである。画面の向こうの目と、目の前の人の存在を、どちらもただのアイコンタクトとして扱うと、この違いを見落とす。[5]

実験は2つ行われた。英語の名前を学ぶ課題では両方の実験でこの結果が見られ、後の実験では母語であるスペイン語の名前にも結果が広がった。著者らは、他人のいる場で課題の出来が悪くなる社会的抑制として結果を論じている。ここで著者らが論じたのは、成人が語彙を覚える際の社会的抑制である。[5]

オンラインなら必ず楽で、対面なら必ず苦手になる、という選び方にはつながらない。語彙リストを覚える場面と、質問を交わして理解を深める場面は別の課題だ。ここでの意外さは、顔を消すことと、相手のいる場所を変えることが同じ結果にならなかった点にある。顔は情報の助けになりながら、人の同席とは異なる働きをしていたと読める。[5]

授業の動画を見ているとき、先生の顔が映る場面だけを切り取れば、こちらを向いた視線がある。対面でも同じように顔はこちらへ向く。しかし、実験で比較した条件には、先生が同じ部屋にいるかという違いも含まれていた。したがって、動画と対面の成績差を、目が合ったことだけの効果と呼ぶのは狭めすぎである。研究の条件を読者の生活に移すときほど、似ている部分と変わった部分をそろえて見る必要がある。[5]

また、語彙を覚えた成績は、本人が疲れたと感じた程度とは別である。成績がよかった条件を、体の負担が少なかった条件と呼び換えることもできない。対面が気になる人にとって興味深い実験ではあるが、自分の疲れの説明をここで完成させず、学ぶ課題の違いを考える材料として受け取るのがよい。[5]

数字で読む人見知りと視線の研究

1,124人:発表に関する自己評価と人見知りを調べた大学生の横断研究の対象数である。[3]

17〜63歳:その大学生調査の対象年齢であり、若い学生から中高年まで含む。[3]

2つの実験:成人の語彙学習で、顔のない動画、先生の動画、対面を比較した。[5]

40人:顔の部分同士の間隔などの識別を調べた、最初の子どもの研究の対象数である。[8]

10歳:上記の子どもの年齢であり、成人の結果とは分けて読む必要がある。[8]

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宮川涼 Founder

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