剣道の体力をつけるには、走り込みだけでよいのか。大学剣道選手の掛かり稽古と呼吸の研究、フェンシングのエネルギー供給の研究を手掛かりに、打つ瞬間と運動全体を分けて考える。気合による呼吸の変化、暑さや疲労の見方も、競技と対象の違いを確かめながら読み解く。
掛かり稽古が終わって面を外す。走る練習はしているのに、打ち込むと別のきつさが来る。まず確かめたいのは、剣道そのものを測った結果だ。大学剣道選手8人の実験では、気合を伴う掛かり稽古で息の吐き方が変わったが、気合のない条件との酸素摂取量の有意差はなかった。18〜39歳の女性の稽古にも同じ変化が生じるかは、この大学選手の結果だけでは判断できない。[5]
剣道の体力づくりを有酸素運動だけで十分とする答えは、この試験からは出ない。調べたのは呼吸への気合の影響であり、走り込みと別の練習の効果を比べた試験ではないからだ。ここで得られる手掛かりは、声の出し方、呼吸の形、酸素摂取量を区別して稽古を見ることにある。[5]
本記事ではこの剣道の実験を軸に、どの稽古のどの場面で困るかを整理する。フェンシングの研究は、測定値の読み方を考える参考比較として扱う。ルールや用具、動作が異なるため、そのエネルギー配分を剣道の配分へ置き換えない。ラウンドと燃料の一般論は既存記事「キックボクシングは短いラウンドなら無酸素?打つ瞬間と全体の供給を読み分ける」に譲る。

気合があると、息の吐き方そのものが変わる
剣道を直接扱った研究では、大学剣道選手8人について、トレッドミルで測った最大酸素摂取量と、剣道の3種類の運動中の酸素摂取量を比較した。そのうえで最も強度の高かった掛かり稽古を取り上げ、気合を伴う条件と伴わない条件で呼吸を調べている。[5] 同じ剣道の中でも、稽古の種類を分けて測った実験だ。18〜39歳の女性一般に適用するには、大学の競技選手と日常の稽古を行う人との違いを考える必要がある。
掛かり稽古では、気合の有無にかかわらず呼吸数が増えた。しかし、気合のある条件は、ない条件より呼吸数と換気量が有意に低く、息を吐く時間が有意に長かった。酸素摂取量には有意差がなかった一方、二酸化炭素の排出量は減り、呼気の終わりの二酸化炭素の割合は増えた。[5]
つまり、気合で呼吸の形は変わっても、同じ方向に酸素摂取量まで変わったわけではない。[5] 声が出ているから楽に呼吸できている、声が大きいほど有酸素の負荷が高い、と単純には読めない。道場によく響いた声を、そのまま代謝の測定器にするわけにはいかない。
研究では、掛かり稽古の反復に伴って二酸化炭素の排出量が減り、呼気終末の二酸化炭素の割合と体内の二酸化炭素貯留が増えたとも報告されている。著者は持続的で強い発声が脳血流を増やす可能性にも言及しているが、ここは可能性としての考察である。[5] 気合で脳の働きが改善すると言い切る根拠にはしない。
この実験を、気合を減らせばよいという指示に変えるのも飛躍だ。調べたのは呼吸変数の違いであり、初心者に適した発声法の優劣を決める試験ではない。[5] 稽古のきつさを指導者に伝えるなら、「呼吸が苦しい」という言葉に、どの稽古で、発声を続けるどの場面だったかを添えたい。研究の数値を暗記するより、場面を特定するほうが相談の入口になる。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
参考比較:フェンシングでは時間幅で供給の見え方が違う
有酸素か無酸素かという言葉は、競技を仕分ける札として使われがちだ。だが、格闘競技の試合シミュレーションを扱ったナラティブレビューは、同じ競技の中に複数の供給経路を置いている。ナラティブレビューとは、研究を整理して論点を説明する形式の総説である。この総説は打撃、組み技、武器を使うオリンピック格闘競技の選手を扱い、全体の供給と決定的な動作の供給を区別した。剣道の研究ではなく、18〜39歳の女性の剣道の稽古へ配分を直接当てはめることはできない。[2]
酸化系は酸素を利用するエネルギー供給、ATP-PCr系は筋に蓄えられたエネルギーとクレアチンリン酸を利用する系、解糖系は糖を分解して供給する経路として読めばよい。総説では、エペの試合を模した運動で、酸化系の寄与が81〜90%、ATP-PCr系が9〜12%、解糖系が0.6〜7%と整理されている。[2] ここでエペとはフェンシングの種目名だ。
全体の大半を酸化系が担うことと、鋭い動作が無酸素の経路に支えられることは両立する。著者も、主要な得点動作は無酸素の経路で賄われる可能性が高いと述べている。[2] したがって、供給の割合が大きい系だけを練習すれば競技の要求を満たす、と数字から直結させることはできない。
割合を読む際には、別々のラウンドの値をつなぎ合わせないことも大切だ。このレビューのエペでは、酸化系の81%は最初の試合区間、90%は次の区間であり、ATP-PCr系の12%と9%もそれぞれに対応している。[2] 範囲の上端だけを全部集めても、実際のある区間の内訳にはならない。数字の幅は、いつでも自由に選べる配合を表しているのではない。
また、この総説が扱ったエペは、3分の運動を3回行うシミュレーションである。[2] 「短い攻防」という言葉が共通していても、剣道の稽古すべてをこの形式で代表させることはできない。地稽古について相談したい人が掛かり稽古の感想だけを伝えれば、相談の対象がずれる。研究を自分の練習へ持ち込む際も、競技名に加え、実際に何をしていたかを先に確かめたい。
この見分け方を稽古日誌に持ち込むなら、問いを具体化したい。「稽古を終えられるか」と「狙った場面で動けるか」を別の欄にするのである。これは剣道の能力を判定する検査ではなく、指導者と話すための整理だ。終盤まで道場に立てたという記録だけでは、最後の攻防で望んだ動きができたかは分からない。逆に、よい打突があったという記録だけでも、稽古全体の負荷は分からない。
フェンシングの数字は、剣道の処方箋ではない
フェンシングの代謝を調べた実験では、女性2人、男性13人の計15人が競技のシミュレーションを行い、携帯型の呼気分析装置で酸素摂取量などを測定した。研究で示された試合形式は、3分の運動を3回行い、その間に1分の休息を入れるものだった。平均のエネルギー消費は毎分10.24±0.65 kcalであった。男性が多い競技選手の結果であり、18〜39歳の女性の剣道で同じ消費になるとは判断できない。[1]
この数字は、剣道の稽古時間に掛け算するための数字ではない。測られたのは、対象者と運動形式が定まったフェンシングのシミュレーションだ。[1] 自分の稽古に置き換えると、競技、動作、対象者を同時に入れ替えることになる。「武器を持つ競技」という共通点だけでは、その置き換えを正当化できない。
興味深いのは、研究中の酸素摂取量と心拍数が、事前の漸増運動試験で調べた無酸素性作業閾値を下回っていた一方で、血中乳酸の最大値が6.9±2.1 mmol/Lに達した点だ。最大値が出たのはラウンド間の最後の回復の分だった。[1] 無酸素性作業閾値は、運動強度の評価に使う境目として登場する指標である。
著者は、熟練したフェンシング選手にとって身体的要求は中等度で、有酸素性代謝と乳酸を伴う無酸素性代謝の両方が中等度に動員されると考察した。[1] 乳酸の数字だけを取り出して「全面的に無酸素」と呼ぶ読み方は、著者の結論と合わない。測定値は、それが得られた場面と一緒に読む必要がある。
平均とばらつきも区別しておきたい。毎分10.24±0.65 kcalという表記の後半は、この実験で報告された標準偏差であり、効果の信頼区間ではない。[1] これは練習を追加して消費がどれだけ増えたかという比較の結果でもない。対象者の測定値を、これから始める人に保証される消費量や、達成すべき課題へ読み替えないことが必要だ。
休息中の測定にも意味があることは、この実験が教えてくれる。[1] 稽古を振り返るときも、打っている最中の印象だけを書かず、区切りでどのように感じたかを残す余地がある。ただし、息の戻り方を記録することと、乳酸やエネルギー配分を測ることは別だ。日誌の言葉を検査値の代わりにしないことが、数字を役立てる出発点になる。
数字で読む攻防と呼吸
81〜90%:エペの模擬試合を扱ったレビューでの酸化系の寄与。剣道の割合ではない。[2]
9〜12%:同じ整理でのATP-PCr系の寄与。運動全体に占める割合と、決定的な動作の役割は分けて読む。[2]
15人:エネルギー消費と呼吸を調べたフェンシング実験の参加者。女性2人、男性13人だった。[1]
8人:気合の有無で掛かり稽古中の呼吸を比較した大学剣道選手。酸素摂取量には有意差がなかった。[5]
15件:剣道の暑熱負荷を整理したスコーピングレビューで選ばれた文献数。多くが男子大学生を対象としていた。[19]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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