虫の音を日本人は左脳で聞くのか?母語で比べた実験と聞き分けの条件を読む

言語と音楽で優位側が分かれる参加者を比べた実験では、日本語を母語とする群の80%で、虫の音が言語側と対応した。この数字の参加条件と母語による比較の意味を読み、音の目立ちやすさや注意の研究とも照らす。心地よさ、言葉としての処理、右脳派・左脳派という分類を分けて考える。

窓の外で虫が鳴いている。「日本人はこの音を言葉として左脳で聞き、外国人は雑音として右脳で聞く」と聞いた覚えがあるかもしれない。結論の芯は、母語によって虫の音への脳の反応が異なる可能性を示した実験はあるが、その結果を日本人全体の左右の使い方に広げることはできない、である。[15]

実験で比較されたのは、日本語の音声と西洋の音楽で優位になる側が反対だった33人である。日本語を母語とする群の80%は虫の音で言語と同じ側が優位になった。一方、日本語を母語としない群の62%は音楽と同じ側が優位になった。「左脳で聞く日本人の割合」として数字だけを持ち帰ると、参加条件と比較の基準が抜け落ちる。[15]

性格分類の問いは既存記事「右脳と左脳の性格診断にエビデンスはあるか、1,011人の脳画像が支持しなかった右脳派」に譲る。ここで追うのは、虫の音を聞くとき、何を測れば母語による違いを語れるのかという問いだ。虫の声が好きかどうかと、測定でどちらの側が優位かは、別々に確かめたい。

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母語を比べた実験は、何を測ったのか

2016年の研究は、近赤外分光法という方法を使い、日本語を母語とする人としない人の音への反応を比較した。近赤外の光を用いて脳活動を調べる方法であり、この実験では左右の活動を測る2チャンネルの装置が使われた。聞かせた刺激は日本語の音声、西洋のバイオリン音楽、虫の音の3種類である。対象は母語と音への左右の反応で選ばれた参加者であり、18〜39歳の女性全体にそのまま当てはめるには、同じ条件での検証が必要だ。[15]

ここで大切なのは、虫の音だけを聞かせて左右を決めたのではない点だ。音声と音楽への反応を物差しにして、虫の音への反応がどちらと同じ側に現れるかを調べている。著者らは、言語と音楽の処理で優位になる側が異なる人に焦点を当てた。その条件に当てはまる33人からデータを得ている。[15]

この条件を、学校や職場の人を無作為に集めた調査と置き換えてはいけない。たとえば「虫の音を日本人はどう聞くか」と「言語と音楽で左右の優位が分かれる人は虫の音をどちら側で処理するか」では、入口が異なる。後者の条件で得た結果が、この研究の答えである。[15]

研究の著者らは、日本語を母語とするかどうかで、とくに虫の音など自然界の音を聞くときの優位のパターンが異なることを示唆すると結論している。また、先行する知見を強く支持する結果だと位置づけている。この肯定的な結論も読み落とすべきではない。ただし、著者の結論を尊重することと、対象条件を外して全国民の特徴にすることは別だ。[15]

この論文が面白いのは、虫の声を特別扱いする物語を添えなくても、比較そのものに問いがあることだ。同じ種類の刺激への反応が、言語の背景によって同じようにはまとまらないかもしれない。その可能性を示す研究として読むなら、数字を大きく見せる必要はない。[15]

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80%は「日本人の左脳率」ではない

日本語を母語とする群では、虫の音に対して、言語で優位になる側と同じ側が優位だった人が80%だった。日本語を母語としない群では、音楽で優位になる側と同じ側が優位だった人が62%だった。基準は「言語側」「音楽側」であり、数字が説明しているのは、その対応関係である。[15]

まず、33人は研究でデータを得た参加者の総数である。80%の母数を33人と読み、人数を逆算してはいけない。日本語を母語とする群の割合と、比較対象の群の割合は別々の集団を分母にしている。全体の人数、群ごとの割合、左右の基準を同じ文章に置いて初めて、数字が元の形を保つ。[15]

次に、80%も62%も全員を意味しない。群として多いパターンがあったことと、母語を知れば個人の結果が必ず当たることは異なる。研究で示されたのは群での優位の傾向であり、個人を一律に分類する規則ではない。[15]

さらに、「日本語を母語とする」と「日本国籍である」は同じ分類ではない。この研究の比較軸は母語である。「日本人対外国人」という短い言葉にすると、研究が扱った軸が変わってしまう。日常会話の省略としては便利でも、結果を説明する文章では省かないほうがよい。[15]

たとえば家族で虫の声を聞き、「自分は日本人なのにうるさく感じる」と心配する必要はない。この80%は、心地よいと答えた人の割合ではないからだ。音を好きかどうかという質問の答えを、脳活動の左右差を測った数字で代用することはできない。[15]

「日本語を話せるようになると必ず左右が切り替わる」とまで読むのも飛躍になる。この実験で行われたのは母語の異なる群の比較であり、言語を学ぶ前後を追った介入ではない。群の違いを見つけることと、何がその違いを生んだかを確かめることは、研究の仕事として分かれている。[15]

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言語と同じ側でも、虫が言葉になったとは限らない

「言語で優位な側と同じ」という説明は、つい「虫の音を言語として理解している」に変わりやすい。しかし、この実験が示したのは刺激に対する優位側の対応である。虫の音から文章を理解した、虫の音に文法を見つけた、という結果に読み替えることはできない。[15]

考えるときは、刺激、測定、解釈を順に並べるとよい。刺激は音声、音楽、虫の音である。測定は近赤外分光法による左右の活動の比較である。解釈は、日本語が母語かどうかによって自然音への優位のパターンが異なる可能性だ。この順番を守ると、測定から文化的な評価へ急に飛びにくくなる。[15]

「外国人には雑音にしか聞こえない」という説明も、この比較とは合わない。日本語を母語としない群について報告されたのは、過半数で虫の音が音楽の優位側と対応したという結果である。音楽と同じ側という結果を、無意味な雑音として処理されたと言い換える理由にはならない。[15]

また、虫の音を風情あるものと呼ぶか、寝るときには気になる音と呼ぶかは、左右の優位をそのまま言い直した言葉ではない。ここを混ぜると、脳の測定が感性の順位表になってしまう。母語群の違いを示唆した研究には価値があるが、どちらの文化の耳が優れているかという判定を付け加える必要はない。[15]

実験の読み方として残したいのは、「同じ音を、同じ条件で、何と比べたか」である。「日本人には虫が歌い、外国人にはただ鳴く」という一文は覚えやすい。だが、覚えやすさは測定項目ではない。言語側との対応という元の表現に戻すだけで、話の輪郭はかなり変わる。[15]

音が目立つ理由は、母語だけの問題ではない

虫の音を聞き分ける話には、左右差とは別の実験もある。2020年の研究では、62人が鳥の声18種類と虫の音16種類の目立ちやすさを評価した。音圧や大きさをそろえる条件を考えながら、音の物理的な特徴と主観的な目立ちやすさの関係を調べている。対象は音を評価した参加者62人であり、18〜39歳の女性にも同じ評価の傾向が現れるかは別に確かめる必要がある。[17]

この研究の背景には、駅で階段の位置を知らせる鳥の声を、必要な人には見つけやすく、周囲にはうるさくなりすぎない音にするという課題があった。自然音を聞く実験には、案内音の設計という目的もある。音が周囲から浮かび上がるかどうかも、日常で役立つ問いである。[17]

参加者は音同士を対にして比べた。その評価に関係したのは、音の高さの明瞭さを表す特徴、音源の広がりに関係する特徴、振幅の揺らぎ、周波数成分の特徴などだった。同じくらいの大きさにしても、目立ちやすさを考える物理的な軸が複数あるという結果である。[17]

ここで測った目立ちやすさを、母語による言語側との対応に足して、同じ効果だと考えてはいけない。前者は参加者がどの音を目立つと評価したか、後者は脳活動の優位側がどう対応したかである。どちらも虫の音の研究だが、答えている質問が違う。[15][17]

たとえば窓の外の鳴き声にすぐ気づいたとき、「日本語を母語にしているから」と決める前に、何を聞き取ったのかを分けてみる。音がくっきり立っていたのか、繰り返し方が気になったのか、単に好きだったのか。音の物理的な特徴と目立ちやすさの関係を考える研究は、その区別の手掛かりになる。[17]

数字で読む虫の音の実験

33人:言語と音楽で優位側が反対になる条件に当てはまった、母語比較の参加者総数。[15]

80%:日本語を母語とする群で、虫の音が言語の優位側と対応した割合。[15]

62%:日本語を母語としない群で、虫の音が音楽の優位側と対応した割合。[15]

62人:鳥の声と虫の音の目立ちやすさを評価した別の実験の参加者数。[17]

30人:6種類の虫の音への反応を脳波で調べた、大学生の実験の対象数。[7]

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宮川涼 Founder

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