満員電車のストレスは戦場より上?比べた研究を探し、混んだ朝に増えたアドレナリンの研究を読む

満員電車のストレスは戦場より上という比較を医学論文の索引で探すと、通勤と兵士や戦闘を直接比べた研究は見つからなかった。代わりに、1974年のストックホルムの通勤電車で混んだ朝に増えたアドレナリン、東京の8,296人の混雑への慣れ、片道90分以上の人の心拍のゆらぎを読む。

「満員電車のストレスは、戦場の兵士より上らしい」。戦闘機のパイロットや機動隊員より上、という形で聞いた人もいるだろう。中央線の朝、ドアに肩を押しつけられながら思い出すと、妙に納得できる。けれど、誰がどこで何を測った数字なのかと聞かれると、たいていの人は答えに詰まる。

医学論文の索引で、通勤や満員電車と、兵士や戦闘、戦闘機のパイロット、機動隊を直接比べた研究を探したが、見つからなかった。無いと言い切ることはできない。ただ、「戦場より上」を査読論文の数字で裏づけることは、いまのところできない。

その代わり、混雑そのものが体に出ることは、別の研究で確かめられている。1974年のスウェーデンの通勤電車では、混んだ朝のほうが尿に出るアドレナリンが多かった[1]。ニューヨーク郊外から列車で通う208人では、通勤が長いほど唾液のコルチゾール(ストレスに関わるホルモン)の上がり方が大きかった[2]。研究が比べてきたのは、戦場と電車ではない。混んだ朝と空いた朝、長い通勤と短い通勤である。

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「戦場より上」を、論文の索引で探してみた

探し方は単純だ。通勤や満員電車を表す語と、兵士、戦闘、戦闘機のパイロット、機動隊を表す語を組み合わせて、医学論文の索引を引く。両者を直接比べた査読論文は、1本も見つからなかった。

論文の中で通勤が並べられている相手は、戦場ではなく仕事である。2006年の研究の著者らは、書き出しで米国の平日ごとの通勤者を1億人超とし、こう続けた。通勤は人によっては仕事の中でいちばんストレスの大きい部分かもしれないのに、健康への影響はほとんど分かっていない[2]。1988年の欧州の報告は、題名からして通勤を「働く人のもう1つのストレス要因」と呼ぶ[7]。

1972年以降の英語の研究から、条件を満たした47本を集めた系統的レビューがある。列車の通勤者に絞った分析では、唾液のコルチゾールの上昇、感じるストレス、混雑への感情的な反応が報告されていた[8]。同時に、自己報告の測定に偏っていると指摘し、より客観的な測定で理論を試すべきだと論じている[8]。

比べられない理由はもう1つある。この記事で読む研究は、尿のアドレナリン[1]、唾液のコルチゾール[2]、心拍のゆらぎ[5]、質問紙の点数[3]と、それぞれ違うものを測っている。ストレスを「上」「下」と並べるには、同じ指標を同じ手順で両方の人に測る必要がある。兵士の唾液と中央線の乗客の唾液を同じ手順で採った研究は、索引を引いた範囲では出てこなかった。この段落は私の読みである。

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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1974年、石油危機をはさんだ2回の朝

ストックホルムとニュネスハムンを結ぶ線で、ふだんから列車で通勤している男性の乗客を、ストックホルムへ向かう朝の2回の乗車で調べた、1976年に発表された研究がある[1]。1974年の石油危機でガソリンが配給制になった期間の前(1回目)と後(2回目)の列車で、混み具合が違い、2回目のほうが混んでいた[1]。

乗客には2つの群があった。始発のニュネスハムンから乗る群と、路線の中ほどのヴェステルハニンゲから乗る群である。体の反応は尿に出るアドレナリンとノルアドレナリン(まとめてカテコールアミンと呼ぶ)の排出の速さで、気持ちは自己評価で測った[1]。

結果の1つ目。不快感は、列車がストックホルムに近づき乗客が増えるにつれて強まった。混んでいるという感じは、乗客の数の2乗で増えた[1]。計算の上では、乗客が2倍になると、混んでいる感じは4倍になる。

2つ目。2回とも、始発から乗った群のほうが、途中から乗った群より、車内でのアドレナリンとノルアドレナリンの排出が少なかった[1]。長く乗っているのは始発の群なのに、である。3つ目。混んでいた2回目は、両方の群でアドレナリンの排出が多かった[1]。

そして、いちばん意外な点がある。2回とも、ほぼ全員に座席があった[1]。つり革も、ドアに押しつけられる肩もない。座れる電車でさえ、混んだ朝はアドレナリンの排出が多かった。

著者は、列車の通勤のストレスは、乗る時間の長さよりも、その移動の社会的・環境的な条件で変わるという先行の知見を支持する結果だと結んでいる[1]。始発の群の数字が低かったのは、空いた車内で席を選んで落ち着くか、埋まりかけた車内に入っていくかの違いかもしれない。これは推測である。

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乗っている時間か、車内の条件か

ところが2006年の研究は、時間の長さにも意味があるとする[2]。マンハッタンへ列車で通う郊外の男女208人を調べると、通勤が長いほど、安静時の基準から見た唾液のコルチゾールの上がり方が大きく、通勤の終わりに課した作業を粘る力が弱く、感じるストレスが強かった[2]。この効果は男女で変わらなかった[2]。著者らは、通勤のストレスは環境と健康の問題として重要で、しかも大きく見過ごされてきたと結論している[2]。

長さの向きは、2本で逆に出た。1976年の研究で長く乗ったのは始発の群で、乗る駅の違いと重なっている[1]。2006年の研究は208人の通勤時間の長短を比べた[2]。測ったものも、尿のアドレナリンと唾液のコルチゾールで別物である。どちらかが間違いと決めるより、長さも車内の条件も効きうると読むのが、いまの時点で無理のないところだろう。

生活の側から見たのが、1988年の報告である。イタリアの工場で働く1,167人を、片道がふだん45分を下回らない「通勤者」と、20分を超えない「非通勤者」に分けて比べた[7]。通勤者はストレスの多い暮らしぶりで、自由時間と睡眠時間が削られていた。多くは費用の理由で公共交通を使い、乗り換えの多さ、待ち時間、遅れによる遅刻に悩み、車内では混雑、車内の気候、騒音、振動で不快を感じていた[7]。心理的ストレスの点は高く、主に心身症的な訴えが多く、病欠も多かった[7]。女性の通勤者は男性より不利で、家庭の困りごと、移動中の訴え、病欠がいずれも多かった[7]。

通勤時間と心の健康の曲線を、車と公共交通に分けて見た話は、同じ特集の「通勤時間と幸福度の関係を読み直す、公共交通と車で曲線が違う2万人の健康とストレスのデータ」に譲る。

東京の8,296人は、混雑に慣れたのか

交通の不快には慣れる、という考えがある。乗り始めは苦しくても、しばらく乗れば平気になる、というものだ。2021年の研究は、東京の列車通勤者8,296人で、これを確かめた[3]。

車内の混雑への不満が生活の満足度を下げる道を、2つに分けている。不満がそのまま満足度を下げる直接の道と、ストレスと健康を通して下げる間接の道である。そのうえで、列車を使ってきた期間が1年より長い人と短い人を比べた[3]。

直接の道で満足度が下がっていたのは、使い始めて日の浅い通勤者のうちの一部の群だけだった。間接の道は、1年より長くても短くても満足度を下げていた[3]。著者らは、直接の効果には慣れの可能性が示されたとし、混雑への不満がストレスを通して働く間接の効果に目を向ける大切さを示したと述べる[3]。

慣れたように見えるのは、混雑への不満が満足度に直接響く部分である。ストレスと健康を通る道は、1年を過ぎても残っていた[3]。「もう慣れた」と言える朝にも、帳尻は別の帳簿でついている。

223人のうち片道90分以上の人は、横になって休んでも交感神経の働きが高かった

1998年の研究は、首都圏で働く男性のホワイトカラー223人の、短時間の心拍変動を調べた[5]。心拍の間隔のゆらぎから心臓を調節する自律神経の昼間の働きを見る方法で、横になった姿勢と立った姿勢の安静時に測っている[5]。

片道90分以上の通勤の人は、横になった安静時に迷走神経の働きが低く、姿勢にかかわらず交感神経の働きが高かった。月60時間以上の残業の人は、立った安静時に迷走神経の働きが低く、交感神経の働きが高かった[5]。著者らは、長い通勤や長い残業による慢性的なストレスや疲れが、交感神経の優位な状態をもたらしたことが示唆されるとする[5]。

同時に著者らは、こうした自律神経の変化は病気の直接の指標ではないと書き、心臓の病につながる異常を招きうるという仮説を示すにとどめた[5]。通勤の長さで人を分けて比べた結果で、通勤を短くして測り直した試験ではない。

教員を調べた2本もある。東京の先生146人の横断研究では、通勤時間の平均が42.1分、週の労働時間の平均が50.4時間で、通勤が長いほど労働時間が短く、運動が少なく、睡眠が短かった[9]。通勤の長い人は働く時間が短い。1日が24時間しかないことを、統計がそのまま映しているように見える。

全国の公立小中学校の先生11,390人(女性47.4%、平均42.2歳)を分析した研究では、不眠に分類された人が男性で41.7%、女性で44.0%いた。長い労働時間、長い通勤時間、学校のある地域の都市の度合いが、統計的に有意に不眠と関連した[10]。ただし著者らが結論で強調したのは、不眠を防ぐために働く時間を減らすことの大切さである[10]。

数字で読む満員電車のストレス

  • 2乗: 1976年の研究で、混んでいるという感じが乗客の数に対して増えた形[1]
  • ほぼ全員: 同じ研究で、2回の乗車とも座席があった人。それでも混んだ朝はアドレナリンの排出が多かった[1]
  • 208人: マンハッタンへ列車で通う男女。通勤が長いほど唾液のコルチゾールの上がり方が大きかった[2]
  • 8,296人: 東京の列車通勤者。混雑への不満はストレスと健康を通して、使った期間によらず生活の満足度を下げた[3]
  • 90分: 男性のホワイトカラー223人を比べた研究で、片道この時間以上の人は交感神経の働きが高かった[5]
  • 1,167人: イタリアの工場の働き手。片道45分以上の通勤者は心理的ストレスの点が高かった[7]

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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宮川涼 Founder

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