春に眠いのは睡眠が増えるからなのか。成人の季節差のメタ分析で睡眠が長く見えたのは秋、脳波まで測った研究では冬で、どちらも有意差なし。工業化以前の社会の夏冬の1時間近い差、夏時間、メラトニンの誤解を論文で読み、春の眠気を何のせいにできるかを確かめる。
12分。成人の1年の活動を追った研究を束ねたメタ分析(複数の研究を統合する解析)で、睡眠がいちばん長く見えた季節と年間平均との差である[10]。そして、その季節は春ではなく秋だった。
春はなぜ眠いのか。答えの芯を先に書く。「春は睡眠が長くなる季節だから眠い」という説明を、ここで読んだ研究は支えていない。成人を束ねたこの解析で長く見えたのは秋で[10]、脳波まで測った睡眠検査の研究で長く見えたのは冬で[22]、どちらも統計的に確かな差とは言えなかった。春が1位になる数字は、ここで読んだ論文には出てこない。春に限った悪化として論文が挙げているのは夏時間への切り替えで、これは日本に無い制度であり、著者も確定的な結論は出せないとしている[2]。
それでも、4月の朝の中央線であくびをかみ殺している自分は嘘ではない。眠いという感覚と、測った眠りは別のものでありうるからだ。この記事は、春の眠気を季節のせいにできる範囲を数字で削っていく。削ったあとに残る候補は、眠りの中身、光、朝の予定、そして夜型かどうかである。

いちばん長く見えた季節は、春ではなかった
このメタ分析は、18〜65歳の健康な成人を対象に、1年の中で日々の活動がどう動くかを追ったコホート研究(同じ人を時間を追って調べる研究)を集めたものだ。7,009本の論文をふるいにかけて残ったのは17本で、季節を扱ったのは11本しかない[10]。人が1年を通してどう眠っているかは、思われているほど調べられていない。
結果を年間平均との差で並べると、睡眠は秋が+12分、座っている時間は冬が+19分、軽い身体活動は夏が+19分、中高強度の活動も夏が+2分だった[10]。春はどの項目でも1位に入っていない。春眠の季節は、睡眠の1位ではなかったのである。
ここで「秋がいちばん寝ている」と言い切るのも違う。統計的に有意だったのは冬の軽い身体活動だけで、睡眠の12分はその水準に届いていない[10]。正確に書けば「春に睡眠が増える傾向は見えず、いちばん多く見えたのは秋で、その秋の差も確かとは言えない」となる。長い文だが、このメタ分析から言えることはこれで全部だ。17本全体でも14か国・1,951人で、季節を扱った11本に絞れば、人数はさらに少ない[10]。
では12分が季節差のすべてかというと、そうでもない。工業化以前の暮らしを続ける3つの社会で睡眠を測った研究では、夏と冬の睡眠に1時間近い差があった[21]。都市に住む患者の睡眠を検査室で測った研究でも、総睡眠時間は夏より冬に長く、差は最大60分だった。ただしこれも有意差なしである[22]。比べている季節も対象も違うので、数字をそのまま並べることはできない。それでも、どの数字でも話題は秋か冬か夏であって、春は主役になっていない。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
春の眠りは、長さより中身が違うのかもしれない
先ほどの睡眠検査の研究を、もう少し読む。対象は都市に住み、神経精神の領域の睡眠の問題で受診した292人のうち、眠りに影響する薬を使う人などを除いた188人(平均46.6歳、女性52%)である。1人につき3晩測り、2晩目の値を月ごとに平均して1年の変化を見た。目覚まし時計は禁止だった[22]。
長さに有意差は出なかったが、中身には出た。レム睡眠(眠りの段階の1つ)は春より冬に約30分長く(p=0.009)、レム睡眠に入るまでの時間は春より秋に約25分短かった(p=0.010)[22]。徐波睡眠(深い眠り)は冬から夏まで60〜70分で安定し、秋に30〜50分短くなった。ただし有意なのは総睡眠時間に占める割合で見たときだけである[22]。
春だけ取り出すと、レム睡眠は冬より短く、レム睡眠にたどり着くまでの時間は秋より長い。量を測っても見えない違いが、春の眠りにはあるのかもしれない。ただし、これで春の眠気が説明できたわけではない。昼の眠気を測った結果ではなく、対象は睡眠に問題を抱える患者で、同じ人を1年追ったものでもない。著者も、健康な人で再現されれば、季節に合わせた睡眠習慣の必要を示す最初の証拠になる、と条件をつけている[22]。いまのところは、春の眠気の候補の1つとして持っておくのがちょうどいい。

春の悪化として論文が挙げるのは、時計を動かす国の話である
春の睡眠の論文を探すと、いちばん目立つのは夏時間である。27本の研究を集めたシステマティックレビュー(基準を決めて研究を網羅的に集める総説)は、6〜85歳を対象に、夏時間への切り替えが睡眠時間と質の悪化、眠気の増加と関連していたと報告している。とくに春の切り替えと、夜型の人で目立った[2]。
ところが話はここで素直に終わらない。先ほどの12分のメタ分析は、1本の研究をもとに、春の切り替えのあとに睡眠が増え、秋の切り替えのあとに減ったと書いている[10]。同じ春の切り替えで、片方は悪化、片方は増加である。27本と1本なので重みは違うが、レビューの著者自身も、方法がそろっていないため確定的な結論は出せないとしている[2]。
日本に夏時間は無い。だからこの数字を立川にそのまま持ってくることはできない。持ってこられるのは、時刻が前へ動いたときの影響は夜型に出やすい、という読み方のほうだ。この読み方は記事の後半でもう一度使う。
メラトニンは「睡眠ホルモン」ではなかった
春の眠気の説明によく出てくるのが、日が長くなるとメラトニンの出方が変わるという話だ。ところがメラトニンの総説は、まず呼び名を訂正している。夜に分泌され、午前3時ごろにピークがあり(朝型か夜型かで前後する)、体に夜を知らせる使者であって、「睡眠ホルモンではない」[7]。働きは、昼と夜、活動と睡眠のコントラストを強めることだという[7]。
ややこしいのは、外から飲むと寝つきを促す作用はあることだ。飲む時刻によって体内のリズムを早めたり遅らせたりもする[7]。睡眠ホルモンではないが、飲めば眠りに入りやすい。説明に困る立場の物質である。
季節との関係も、主役は人ではない。この総説がメラトニンを季節のリズムの調節役と書いている相手は、日の長さに反応して体を切り替える動物である[7]。季節に体を合わせる仕組みの知識も、多くは植物、昆虫、哺乳類の繁殖の研究から来ている[16]。
では人に季節の針は無いのか。ある。別の総説によれば、人は季節の影響が小さい環境でほとんど暮らしているのに、免疫の活動、脳の働き、睡眠と覚醒には1年のリズムが見られる[16]。春の眠気を丸ごと否定できないのはここだ。ただし針があることと、針の振れ幅が朝の重さを生むほど大きいことは別の話である。振れ幅の目安は、現代の成人を束ねた解析で12分[10]、工業化以前の社会の夏と冬で1時間近く[21]と、かなり幅がある。そしてどちらも、春を山として示してはいない。

光は眠りに関わる。ただし春の光が眠りを足すとは限らない
光と眠りの関係を極端な条件で調べたのが、極地の研究である。極地で暮らす人を調べた18研究・986人のメタ分析では、夏の強い光は睡眠時間と睡眠効率を下げ、春と秋の中くらいの自然光は眠りを遅らせたものの、睡眠効率は上げなかった[8]。光の種類と睡眠時間のあいだに有意な関連は無く、青い光や白色光の補光にも有意な効果は見られていない[8]。極地の数字を立川に当てはめることはできない。それでも、春の光が眠りを足してくれるという素朴な話は、ここからは出てこない。
反対側の数字もある。オーストラリアで不眠症の治療を受けに来た成人100人を時期で読み直した解析では、治療開始時の日の長さは不眠の重さと関係しなかった。一方で、日が長い時期に始めた人ほど不眠の症状と不安が大きく改善した[17]。改善には日の入りの遅さや日の出の早さも関わっていて、著者は春と夏に改善が大きいとまとめている[17]。日の長さは割り付けられないので原因とは言えない。この100人の範囲で言えるのは、春と夏が治療の進みにくい時期ではなかった、というところまでである。
本人の感覚と測定器の数字は、同じ答えを出すとは限らない
夜型の傾向があるうつ病の成人93人を、1万ルクスの光を毎日30分あてる群と、50ルクスの暗い赤色光の群に分けた5週間の試験がある。日記に書いた寝つきと起床の時刻は光の群で大きく前へ進んだが、手首の活動量計で測ると2群に差は無かった[14]。症状が重い人ほど、自分の総睡眠時間を実際より少なく見積もる傾向も出ている[14]。
対象はうつ病の患者で、健康な人の春の話ではない。それでも、本人の感覚と機械の数字が同じ眠りについて別のことを言う、という事実は残る。季節の研究にも同じずれがある。1年を通した本人の申告では冬の睡眠がかなり長いとされるのに、検査室で測った総睡眠時間の冬と夏の差は有意にならなかった[22]。同じ人どうしの比較ではないが、感覚と測定が一致するとは限らないことは分かる。春の眠気を考えるときも、「眠いと感じている」と「睡眠が足りていない」は別の欄に書いたほうがいい。
数字で読む春の眠気
- +12分: 秋の睡眠と年間平均との差。春ではない。ただし統計的に確かとまでは言えない[10]
- 1時間近く: 工業化以前の3つの社会の夏と冬の睡眠の差[21]
- 最大60分: 都市の患者の総睡眠時間の冬と夏の差。有意差なし[22]
- 約30分: レム睡眠が春より冬に長かった差(p=0.009)。対象は睡眠に問題のある患者[22]
- 27本: 夏時間と睡眠のレビューの研究数。悪化は春の切り替えと夜型で目立つ[2]
- 午前3時ごろ: メラトニンのピーク。睡眠ホルモンではなく夜を知らせる使者[7]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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