歌うことの健康効果は本物か、カラオケ前に読む唾液の試験。認知症の人では読書の会と差なし

歌うことの健康効果は本物か。カラオケのストレス発散を考える材料として、唾液を測った試験を読む。独唱でも合唱でも歌の前後で下がったコルチゾール、聴くだけの回でも下がった合唱団、介護施設で読書の会と差がつかなかった183人、合唱の後に下がったオキシトシンまで確かめる。

問題を一つ。歌の会と、本を読む会。ストレスの指標を下げるのはどちらか。

介護施設の183人で試した国際的な試験の答えは、引き分けだった。会の前後で、唾液のコルチゾールとアルファアミラーゼ、自分で感じるストレスはどの群でも有意に変わったが、群のあいだに有意な差はなかった[4]。対象は認知症とうつのある入居者で、若い人のカラオケにそのまま当てはめる話ではない。それでもこの結果は、問いの立て方を変えてくれる。

カラオケはストレス発散になるのか。先に答えると、ここで読む試験にカラオケ店を舞台にしたものは無く、カラオケについては、なるともならないともまだ言えない。言えるのは合唱や歌のプログラムの話までで、歌わない活動より有効だったとする試験はあるものの[3]、歌だから効いたと言い切れるところまでは来ていない。同じ人に合唱と独唱の両方をしてもらった試験では、どちらでも歌の前後で幸福感が増え、コルチゾールが下がった[23]。ところが合唱を聴くだけの回でもコルチゾールは下がり[21]、研究を並べると、気分は肯定する研究と効果を示さない研究がほぼ半々で、体の指標もそろわない[2]。歌の前後で何かは動いている。その何かが歌に固有なのかが、いま問われている。歌詞の意味と気分の関係は『ストレス発散のカラオケは意味の分かる歌がよい?歌詞の理解と気分を読み解く』に譲る。

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歌の会と本の会が引き分けた試験

もう少し詳しく見る。25の介護ユニットで行われた試験で、183人が音楽療法の小グループ(55人)、合唱(72人)、本を読む会(56人)に分かれた。音楽療法はよく知られた歌を歌って思い出を語る小さな集まり、合唱は10人以上で新旧の歌を練習する集まりである[4]。1か月目、3か月目、6か月目に、会の10分前と15分後、60分後に唾液を取った[4]。

数字で笑うのは失礼だが、唾液を測る研究の苦労がよく出ている。1,014の検体のうち、アルファアミラーゼに使えたのは671(66%)、コルチゾールに使えたのは633(62%)だった[4]。3分の1以上の唾液が測定に向かなかった計算になる。著者らは、唾液の出を促すなど、データの質を高める工夫が今後要ると書いている[4]。

著者らの結論は「音楽療法を含むグループの活動はストレスの水準に良い影響を与えうる」である[4]。主語は音楽ではなく、グループの活動だ。本人に求められる参加の度合いも効き方に関わるかもしれない、とも書いている[4]。

カラオケは、声を出す、曲を選ぶ、誰かと笑う、いつもの場所を離れる、の束である。歌の研究をカラオケに当てはめるとき、どの部分が効いたのかは分けられない。本を読む会と引き分けたという結果は、声を出す以外の部分にも目を向けさせる。金曜の夜の立川で、3曲目を入れる瞬間に唾液を集めに来る研究者はいない。

指標を3つ同時に見ている点は、この試験の良いところだ。コルチゾールとアルファアミラーゼはストレスに関わる物質で、そこに本人の感じるストレスの尺度を重ねている[4]。物質か実感のどちらか片方だけなら解釈に迷うが、3つとも群の差を示さなかった、という点に重みがある[4]。

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合唱でも独唱でも、聴くだけでもコルチゾールは下がった

カラオケに近い形の問いに触れるのが、2017年の試験である。同じ人たちに合唱と独唱の両方を順番をランダムにして行ってもらい、前、途中、後で気分と唾液を調べた。幸福感は増え、心配と悲しみは減り、コルチゾールも下がった。合唱でも独唱でも同じである[23]。一人カラオケの人には悪くない結果だ。もっとも前後の比較で、コルチゾールは同じ人でも日によって揺れていた[23]。一人か合唱かの細部は『ストレス発散に歌うなら一人でもよい?合唱で加わるつながりと気分の違いを読む』に譲る。

ところが2004年の試験が、話をややこしくする。アマチュア合唱団の団員に、1週間あけた2回の練習で歌う回と合唱を聴く回を体験してもらい、前と60分後を比べた。歌う回では前向きな気分と唾液の免疫グロブリンAが増え、否定的な気分は減った。聴く回では否定的な気分が増え、コルチゾールは下がった[21]。気分は歌う側に、コルチゾールの低下は聴く側に出たことになる。著者らも、主観と生理の反応の食い違いをさらに調べるべきだと書く[21]。コルチゾールが下がったから発散できた、と一対一では読めない。

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初回の下がり幅は、歌わないほうが大きかった

別の試験では、さらに意外な数字が出ている。産後うつの母親に10週間の地域の歌のプログラムを行った試験で、145人(歌の群110人、歌わない親子活動の群35人)の唾液を調べた[3]。コルチゾールはストレスに関わる指標で、綿棒で口の中から集めている[3]。採血がいらないので、歌の現場で使いやすい。

初回の1時間で、コルチゾールは両群とも下がった。ただし歌わない群が41%減、歌の群が22%減で、下がり幅は歌わないほうが大きい[3]。初回だけを見れば、「歌ったから下がった」とは言いにくい。

話が変わるのは最終回である。10週目の会では、歌わない群は会の前後で4%増とほぼ動かず、歌の群は28%減と、下がる形が残った[3]。炎症の合図になる物質インターロイキン6も、初回の前後で歌の群だけ26%下がり、この物質には時間と群の交互作用が有意に出た(p=0.026)[3]。さらに家での夕方の測定で、赤ちゃんのコルチゾールは1週目から10週目にかけて歌の群で47%下がった。歌わない群は25%減で有意ではなかった[3]。母と子のコルチゾールの同調も10週目の歌の群で高まり(p=0.017)、赤ちゃんに向けた語りかけの多い母親ほど同調が近かった[3]。

このプログラムは、もとの試験で歌わない親子活動より有効で実施可能だったと著者らは述べている[3]。ここで読む血液と唾液の解析については、著者らの書き方は「関連する」で、産後うつの母親という限られた対象の話だ[3]。赤ちゃんの変化については、母と子のやりとりの改善を映しているのかもしれない、と控えめに書いている[3]。なお、群のあいだの違いとして有意だったのはインターロイキン6の交互作用で、コルチゾールの10週目の数字はそれぞれの群の中の前後の変化である[3]。続ければ差が開く、とまでは読めない。

つながりのホルモンは、増えなかった

良い人づきあいで分泌が増えるとされるオキシトシンは、合唱の研究でまず期待される物質だ[23]。ところが2017年の試験では、合唱のあとで唾液のオキシトシンは有意に下がり、独唱では変わらなかった[23]。著者らも「驚いたことに」と書き、合唱の社会的な体験は末梢のオキシトシン分泌を促さず、むしろストレスや覚醒が下がることで分泌が抑えられるのかもしれないと考えている[23]。

がんの患者と介護者の研究でも向きは同じだった。5つの合唱団で、介護者72人、死別した介護者66人、患者55人が1時間歌った前後を比べると、気分は良くなり、コルチゾール、ベータエンドルフィン、オキシトシンはそろって下がった[22]。対照のない単群の予備研究だが、「歌うと気持ちのいい物質が増える」という分かりやすい説明は、ここでは成り立っていない。気分が晴れることと、物質が増えることは別の話らしい。

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歌ってもらった赤ちゃんは機嫌が良くなり、歌った親は変わらない

「歌うと気分が晴れる」の反例として面白いのが、乳児への歌の試験である。平均で生後3.67か月の赤ちゃんがいる110家族で、10週間の探索的なランダム化試験を行い、親が歌う頻度を増やした。スマートフォンで日々の様子を記録してもらうと、赤ちゃんの機嫌は良くなったが、親の気分は良くならなかった[9]。日々の記録の回答率は74%、最後まで残った家族は92%だった[9]。著者らは、より長く強い関わりが乳児の健康を高める可能性に触れている[9]。

歌った本人はそのままで、聞いた側だけが上機嫌になる。カラオケで同じことが起きていないか、少し心配になる話だ。

研究を並べると、気分は肯定と効果なしがほぼ半々

1本ずつの試験ではなく全体を見ると、どうか。音楽活動と心身の良好さを調べた50本の系統的レビューによれば、研究の多くが合唱や独唱に偏っている。心理面の良好さは肯定する研究と効果を示さない研究がほぼ半々で、例外が若い世代と中年の合唱の研究だった。こちらは肯定が多い[2]。生理面の指標は結果がまちまちで、人とのつながりの面は合唱で肯定が多い[2]。

若い世代や中年の読者にとって、これは悪くない知らせである。ただし合唱の話で、カラオケではない。人とのつながりの面が肯定的なことと合わせて考えると、効いているのは声か、集まりか、という問いに戻ってくる。

歌うか聴くかで比べた研究は、歌う側に少し分がある。15本のランダム化試験と5本の準実験、12〜18歳の1,912人を含むレビューでは、歌や楽器など自分で動く音楽は、聴くだけより不安の減少が強く長く続く傾向があった[12]。65歳以上の85人を分けた試験でも、1回1時間を週3回、10週間という密度で、歌や楽器や動きを含む音楽療法は、聴くだけの群に比べて抑うつと睡眠の乱れを減らした[13]。認知の成績はどちらの群でも変わらなかった[13]。聴くだけで同じかという問いの細部は『ストレス発散の歌は聴くだけでも同じ?歌う動作と唾液の指標を分けて読む』に、離れた場所で歌う話は『ストレス解消に歌うならオンラインでもそろう?通信の遅れと一体感を分けて読む』に譲る。

数字で読む歌とストレス

  • 183人:歌の会と本の会を比べた試験の人数。唾液の指標で群の差はなかった[4]
  • 62〜66%:集めた唾液のうち測定に使えた割合。3分の1以上は使えなかった[4]
  • 41%減と22%減:初回のコルチゾールの変化。歌わない群が41%減、歌の群が22%減[3]
  • 4%増と28%減:10週目の会の前後の変化。歌わない群が4%増、歌の群が28%減で、どちらも群の中の比較[3]
  • 193人:がんの患者と介護者の1時間の合唱。単群の研究で、オキシトシンは下がった[22]
  • 50本:音楽活動のレビューの論文数。心理面は肯定と効果なしがほぼ半々[2]

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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宮川涼 Founder

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