食べ物を見て欲しくなる反応と、食べておいしいと感じる反応は、脳の研究でどう測られているのか。ドーパミン受容体の画像、甘さの好み、睡眠を短くした試験、胃バイパス手術後の実験をたどる。肥満を意志の弱さやドーパミン不足だけで説明できない理由と、日常で確かめる指標を整理する。
菓子の袋を開ける前には強く食べたかったのに、口に入れてみると、思ったほどの満足はない。反対に、食べ始めてから味に気づくこともある。「食べたい」と「おいしい」は普段の言葉ではひと続きだが、食べ物の報酬を調べる研究では、食べる予期と実際の摂取を分けて測っている。[11]
脳の報酬とは、食べ物に向かう動機や、得られる楽しさなどに関わる働きである。ドーパミンはその研究で注目される神経伝達物質だ。食べ物を求める動機、感覚、制御に関わる回路が検討されているからだ。[1][15]
食べ物への依存という概念の整理は、「食べ物への依存はあるのか」の記事に譲る。ここで確かめたいのは、脳のどこを、どんな課題で測った結果なのかである。肥満との関係を調べた研究でも、受容体の指標、食べ物の画像への反応、食べるために払う努力では、得られる答えの意味が異なる。[11][13][20]

見る時の期待と、食べる時の反応を分ける
Sticeらのレビューは、肥満のある人と痩せた人を比較した自己報告、行動、脳画像の研究を整理した。自己報告と行動のデータでは、肥満のある人のほうが、予期する食物報酬も、食べた時の報酬も高いという結果がある。ところが画像では、すべての領域が同じ方向に動いているわけではなかった。[11]
食べることを予期した時や、おいしい食品を摂取した時に、味覚や口の感覚に関わる領域の活動が大きいという知見がある一方、食べている最中の背側線条体の活動は小さいという知見もあった。線条体は、ドーパミンをめぐる食物報酬の研究で調べられる脳領域である。活動が大きい領域だけを拾えば「反応し過ぎ」、小さい領域だけなら「反応が足りない」という説明になってしまう。[11]
この組み合わせは、矛盾として片づけるより、測っている段階と場所の違いとして読むほうが正確だ。欲しくなる段階の反応と、摂取した際の反応を同じ欄に入れると、食べたいのに満足が伸びない、という可能性を見落とす。レビューが論じるのも、感覚に関わる領域の強い反応と、摂取中の線条体の弱い反応が重なる人の過食リスクである。[11]
このレビューは、将来の体重増加を追ったデータも取り上げている。味覚や口の感覚に関わる領域と線条体の活動の組み合わせが、その後の体重増加を予測するという知見である。ドーパミンの信号が弱いことに関わる遺伝型では、この予測の関係が強まる可能性も示された。食物を口にする前後の反応に、遺伝的な違いを重ねて検討している。[11]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
ドーパミン受容体は、肥満なら必ず少ないのか
Wangらがまとめた画像研究では、標準的な体重で絶食中の人に、食べられない食物を提示すると、線条体の細胞外ドーパミンの増加がみられた。実際には食べていなくても反応が生じることから、ドーパミンが食べ物に向かう動機に関与する根拠とされた。口に入れた快感だけを映す物質、とする説明には収まらない。[15]
同じレビューは、病的な肥満の人で線条体のD2受容体の利用可能性が低く、体重と逆方向の関連があった研究も紹介している。D2受容体はドーパミンの信号を受ける仕組みの一つである。この知見から、ドーパミン活動の低さが食べ過ぎにつながるという仮説が生まれた。画像研究から生まれた、過食の仕組みを探る仮説である。[15]
Pepinoらの研究では、肥満のない20人と肥満のある24人に、甘さの好みの検査と、陽電子放射断層撮影という脳画像検査を行った。内因性のドーパミンの影響を受けにくい、D2受容体に選択的な標識物質を使い、線条体の結合能を評価した。受容体にどの程度結びつくかを表す測定指標であり、日常の気分の点数とは違う。[13]
この研究の両群では、ショ糖の好み、甘さの強さの知覚、D2受容体の結合能が同程度だった。年齢に伴う結合能の低下も同様だったのである。肥満なら必ず受容体の測定値が低い、という一律の説明を支えない結果だ。今回の比較で使った指標は、内因性ドーパミンの影響を受けにくい標識物質による結合能だった。[13][15]
さらに興味深いのは、平均値の差より、変数どうしの結びつきである。肥満のない群では、受容体結合能と年齢がショ糖の好みと関連したのに対し、肥満のある群ではその関連が認められなかった。似た平均値でも、甘さの好みとの関係まで同じとは限らない。研究の結論を「肥満の脳は鈍い」の一言に縮めると、この部分が抜け落ちる。[13]
食品の評価額と、おいしさの評価は同じか
Perszykらは、健康体重の30人と、過体重または肥満の30人に、一般的な菓子の写真を見せる実験を行った。写真は120 kcal分にそろえられ、好み、なじみ、食べる頻度、予想される満腹感、健康的かどうか、エネルギー量や価格などを評価した。その後、その食品を食べる機会にいくら払うかという入札課題を行っている。[14]
食品は主に炭水化物を含むもの、主に脂肪を含むもの、その両方をおよそ同じ割合で含むものに分けられた。健康体重の参加者では、脂肪と炭水化物を組み合わせた食品への入札額が最も高かった。一方、過体重・肥満の参加者では、この効果は認められなかった。肥満の人ほど、どんな報酬課題でも強く反応するという予想には合わない。[14]
入札額を使う理由は、口で「好き」と答えることとは別の形で、食べ物を得る価値を測れるからだ。ただし支払う金額には、食品の価格という要素も入り込む。この研究では、実際のエネルギー密度と入札額の負の関連が食品価格によって媒介される結果もあり、食物報酬を成分だけで説明する難しさが表れている。[14]
冷蔵庫の前で感じる魅力と、値札の前で感じる魅力を、同じ数字にするのは難しい。これは日常に引き寄せた例だが、研究を読む際にも「何を選んだか」だけでなく、写真を評定したのか、入札したのか、実際に食べたのかを確認したい。この実験が直接比較したのは課題での評価であり、その後の長期的な減量効果を示した試験としては扱えない。[14]
食べ物の評価をめぐっては、注意の向け方も検討されている。Rollsのレビューによると、眼窩前頭皮質の食物報酬の表現は、言葉による説明や注意といった認知的な要因で調節される。味、におい、見た目の入力が、学習を通じて結びつくことも論じられている。食品の成分だけを見れば脳の反応が決まる、という単純な関係では捉えにくい。[10]
例えば、同じ食品の写真でも、研究者が好みを尋ねるのか、満腹になりそうかを尋ねるのかで、参加者に求められる判断は違う。実際に菓子の入札研究では、これらの判断を別の項目として評価した。好み、予想される満腹感、健康的かどうか、エネルギー量の評価が、入札額とともに集められている。[14]
菓子の入札実験では、健康体重群の平均体格指数が21.92、過体重・肥満群が29.42だった。体格指数は体重と身長から体格を表す指標である。この実験は、以前に報告された成分構成と報酬の関係を、米国の参加者で再び調べる目的も持っていた。脂肪と炭水化物を組み合わせた食品への高い入札額は健康体重群で再現された一方、実際のエネルギー密度と入札額の関係は以前の報告と異なり、食品価格の影響が示された。[14]
両群は、参加者の体格の幅も異なる。体格指数の平均と標準偏差は、肥満のない群で22.5±2.4、肥満のある群で40.3±5.0だった。標準偏差は参加者どうしのばらつきの指標である。年齢では28.3±5.4歳と31.2±6.3歳だった。こうした成人の集団で、ショ糖の好みの検査と受容体の撮影を同じ人に行い、体格、年齢、好みの関係を探っている。[13]
数字で読む食べ物の報酬
20人と24人:肥満の有無でD2受容体の結合能とショ糖の好みを比較した人数である。[13]
52%:肥満のない群で、年齢と受容体結合能が説明したショ糖の好みのばらつき。減量の成功率を意味しない。[13]
120 kcal:菓子の写真をそろえた実験上の条件。間食の推奨量として設定された数字ではない。[14]
24人:睡眠を短くする条件と通常の条件を比較した試験を完了した、肥満のない女性の人数である。[12]
279人:食事とそれ以外の楽しみを日常で評価し、体重との関連を調べた過体重・肥満の成人の人数である。[18]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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