ナルコレプシーでは肥満が多いが、食べる量や代謝の差だけでは説明がつかない。オレキシンを失った脳で満腹の合図がどう働くかを調べた実験、血糖や血圧を測った研究、動物の研究とレビューを並べ、本人を責めない形で、体重について今わかることと、主治医と確かめたい数字を整理する。
ほぼ4倍。ナルコレプシー1型の患者24人に、塩味と甘味の菓子を手に入れる選択の課題を覚えてもらい、そのうち一方の菓子だけを飽きるまで食べてもらってから、好きなだけ菓子を取れる時間を設けた実験で、患者が自分から口にしたカロリーは、比べた人たちのほぼ4倍に達した[14]。
比べた相手は、年齢などをそろえた健康な19人と、同じく日中の強い眠気に悩む特発性過眠症の患者14人である。飽きるまで食べた後、全員が、空腹感は減り、飽きた菓子を欲しい気持ちも下がったと答えていた[14]。答えの上では満たされてきているのに、手の動きだけが止まらなかったことになる。
ところが、この病気と褐色脂肪の関係をまとめた別のレビューは、患者のふだんの食べる量は人並みか、むしろ少ないと書いている[15]。少なく食べるのに太りやすく、満腹の後にはよく食べる。この二つの結果を、どうつなげて読めばよいのか。鍵になるのは、オレキシンという脳の物質である。

ナルコレプシーは、脳のオレキシンを失う病気
オレキシンは、ヒポクレチンとも呼ばれる脳の視床下部で作られる物質だ。眠りと目覚めの切り替えを支えるほか、エネルギーの使い方、食べる行動、気分にも関わり、受け取る側の受容体は2種類ある。ナルコレプシー1型では、このオレキシンを作る神経細胞が失われ、日中の強い眠気と、カタプレキシー(情動脱力発作と訳される、体の力が急に抜ける発作)が起きる[7]。
2002年のレビューによると、患者の大半でオレキシンの一種が欠けており、脳を包む液でその欠乏を測ると、ナルコレプシーとカタプレキシーを見分ける目印として感度も特異度も高かった。一方で、昼間の眠りやすさを調べる反復睡眠潜時検査では陰性だったのに、オレキシンが低い患者が15%いたとも書かれている[19]。眠気の検査とオレキシンの値は、いつも同じ答えを出すとは限らない。
この病気は、起き続けていたいのに眠りに引き込まれる病気として語られることが多い。けれども、オレキシンが受け持つ仕事の一覧を見ると、眠りの話だけで済まないことがわかる。食べる、エネルギーを使う、気分を保つ。体重にかかわる仕事のいくつもに、同じ物質が顔を出している。
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
肥満はどのくらい多いのか
同じ2002年のレビューは、患者の最大で3分の1が、BMI(体重を身長の2乗で割った体格の指標)30を超える肥満だったと述べた。オレキシンの仕組みがエネルギーの釣り合いにも関わるためだとし、診療では病気に伴う肥満に目を向けるよう求めている[19]。
2022年のレビューも、対照の人に比べて患者は肥満が多く、BMIも腹囲も大きいとまとめた。最近の研究では、体重の増え方は病気の始まりの頃に大きいかもしれないという。発作や眠気で毎日が揺れ始めた時期と、体重が動き始めた時期が重なっている可能性がある。ただし、なぜその時期に増えるのかという仕組みは、まだわかっていない[2]。
ここで一つ区別しておきたい。肥満が多いという事実は、患者の集団を健康な人の集団と比べた結果である。ナルコレプシーの人が必ず太るという意味ではないし、太っている人の眠気がナルコレプシーだという意味でもない。体重の話は、診断を受けた人の体に何が起きやすいかを知るための材料として読む。

少なく食べるのに太る、という逆説
食べる量の話に戻る。2025年のレビューは、1型の患者がカロリーの摂取は少ないのに体重が増えることを「逆説的」と表現した。オレキシンは、血糖や、脂肪の量を知らせるレプチン、空腹の合図になるグレリンといった代謝の信号を受け取り、食べる行動とエネルギーの消費を促す物質である。それを失った人の体重が増えることは、まだ説明のついていない問いとして残っている[7]。
2020年のレビューも同じ点を指摘する。患者の食べる量は人並みか少なく、体の活動量も対照と同程度なのに、肥満が多い。そこで研究者たちは、筋肉、肝臓、白色脂肪、褐色脂肪といった、エネルギーを使う側の組織に目を向けた[15]。
では、冒頭の実験はこの逆説と矛盾するのか。実験が測ったのは、ふだんの食事の総量ではない。ある菓子を食べ飽きた後、その菓子を選ぶ回数がどれだけ減るかという、満腹への反応である。健康な人と特発性過眠症の患者は、飽きた菓子を選ぶ回数を減らした。ナルコレプシーの患者は満腹の前と同じくらい選び続け、その後の自由な時間にも菓子をよく食べた。特発性過眠症の患者を加えたのは、眠気そのものの影響を分けるためで、眠いから判断が鈍ったのであれば同じ傾向が出るはずだったが、そうはならなかった。研究者は、オレキシンが人の食べる行動で大切な役割を持つと考えている[14]。
2026年のレビューは、その筋道をこう描く。オレキシンの神経は、食欲を強める回路と抑える回路の両方とやり取りし、報酬や自制に関わる経路にもつながっている。これが失われると、満腹の合図が働きにくくなり、食べる量と体の活動とのつり合いが外れる。さらに、カタプレキシーを避けようとして体を動かす機会が減るという、病気ならではの壁もあるという[6]。発作から身を守る判断が、結果として活動を減らすことがある、という指摘である。
ふだん少なく食べることと、満腹の後に止まりにくいことは、別々の場面の話として両立しうる。三度の食事は控えめでも、食べ終えた後の菓子の時間に差が出る。そう読むと、二つの結果は食い違いではなく、同じ体の別の顔になる。
代謝は落ちているのか
太る理由として、まず浮かぶのは「代謝が低いのでは」という疑いだろう。2022年のレビューは、この点を慎重に扱う。限られたデータではあるが、基礎代謝や安静時の代謝に、患者と対照で差があるとは言えない。例外は病気が始まった頃だけだった。体重の増加と、脳を包む液のメラニン凝集ホルモン、血中と脳を包む液のレプチン、血中の成長ホルモンとの間にも、目立った変化は見つかっていない。候補として挙がっているのは、交感神経の働きの低下、ホルモンの変化、食べ方や活動量の変化、生まれつきの体質で、オレキシンそのものの役割も文献の中で議論が分かれている[2]。
レプチンについては、20年をはさんで書き方が違う。2002年のレビューは、太っていない患者でも太った患者でも、血中のレプチンが低いと書いていた[19]。2022年のレビューが見たのは体重の増加との関係で、2002年のレビューが書いたのは値そのものの低さだから、問いも少し違う。年の違うレビューから一文ずつ抜き出すと、同じ物質について別々の印象が残る例である。
褐色脂肪も候補の一つだ。褐色脂肪は、脂肪酸や糖を燃やして熱を作る、代謝の活発な組織である。交感神経が密に入り込み、寒さなどで働き出す。オレキシンを作れないように遺伝子を変えたマウスでは、褐色脂肪の働きにオレキシンが欠かせないことが示されている。ただし、人のナルコレプシーで褐色脂肪がどこまで肥満に関わるかは、レビューが問いとして立てている段階にある[15]。
数字で読むナルコレプシーと体重
- 3分の1:BMI30を超える肥満にあたる患者の割合の上限。2002年のレビューの記述である[19]。
- 15%:昼間の眠りやすさの検査では陰性だったのに、オレキシンが低かった患者の割合[19]。
- 24人と19人:満腹の後の菓子の選び方を調べた実験の参加者。順にナルコレプシー1型の患者、健康な対照である[14]。
- 17人ずつ:BMIなどをそろえて糖の検査を比べた研究の、患者と健康な対照の人数[18]。
- 120人:台湾のロックダウンの前後で症状と体格を比べた、ナルコレプシーの患者の数[12]。
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
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