東日本大震災の後、福島県の健診では避難した人の体重が平均1.2kg増え、避難しなかった人の0.3kgを上回った。仮設住宅の子どもの体格、飲酒、代謝症候群の10年の推移を、県と年齢を添えて読み、本人の努力の問題に戻さない読み方を、数字で確かめる。
「避難」という言葉には、数日で終わるような響きがある。体育館の床と毛布、配られるおにぎり。ニュースの映像を思い出して、災害の後は食べる物が足りず、人は痩せるものだと考える人もいるだろう。
論文の中の避難は、年の単位で数えられている。福島県の13の市町村で、平均67歳の人たちの健診を震災の前後で比べた研究では、追跡は平均1.6年で、避難した人の体重は平均1.2kg増えた。避難しなかった人の増え方は0.3kgだった[9]。言葉の印象と数字は、向きが逆である。
増えた、という語が責める響きを帯びないように書いておく。研究の舞台は政府が避難を命じた地域で、本人が選んだ暮らしの変化とは違う[9]。住まいと歩く道と台所が一度に変わった後の体重は、節制の成績表ではない。

福島の健診が捉えた、避難した人としなかった人の差
東日本大震災は2011年3月11日に起き、福島第一原子力発電所の事故が続いた。政府は放射線量の高い地域からの避難を命じ、多くの人が暮らしの細部を変えることになったと考えられる[9]。
Ohiraらは、2008〜2010年に13の市町村で健診を受けた41,633人のデータを起点に、2011年6月〜2013年3月の健診と比べた。震災の前の測定値が残っていたので、同じ人の前後を比べられたことが、この研究の強みである。追跡できたのは男性12,432人、女性15,054人の計27,486人で、追跡率は66%だった。内訳は、避難した9,671人と、避難しなかった17,815人である[9]。
体重の平均は両方の群で有意に増え、増え方は避難した人のほうが大きかった。年齢などの別の要因を調整しても、避難は過体重になる危険の高さと関連した[9]。1.2kgは、服の上から見て分かる差とは言えない。しかし、これは1人の体験ではなく、9,671人の平均である。多くの人の平均が同じ向きに動いたという事実のほうが、kgの数字より重い。転居で台所と通勤の道が同時に変わった年の体重の動きなら、想像できる人もいるだろう。避難は、それとは比べものにならない変化が、選べない形で地域全体に起きた出来事である。
読むときの条件も書いておく。対象は平均67歳で、若い世代の数字とは違う。また、追跡率が66%なので、震災の後の健診に戻らなかった人の体重は、この数字に入っていない。避難の負担が大きかった人ほど健診に来られなかった、という場合も考えられるが、要約からは確かめられない。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
仮設住宅の子どもは、歩いて通う時間が2分減っていた
子どもの研究は、さらに具体的である。Moriyamaらは、多くの建物が流され、壊された陸前高田市の小学校8校で、2010年に1〜3年生、2013年に4〜6年生だった526人の身長と体重を調べた。32%が仮設住宅に住んでいた[2]。
肥満の割合は、仮設住宅の群で上がり、常設の住まいの群ではほとんど動かなかった。仮設住宅の群ではBMI(体格指数)の指標も上がった[2]。この研究は過去の記録をさかのぼる後ろ向きの形で、別に1校の親にも2013年に調査をした。仮設住宅の子どもは漫画を読む時間が長く、歩いて通う時間が震災前より2分短くなっていた[2]。
2分という短さに、拍子抜けする人もいるかもしれない。けれども論文は、この小さな変化を手がかりに、座って過ごす暮らしへの傾きが増加を説明するかもしれないと書く[2]。著者らが注意を向けるのは、仮設住宅に長く住むこと自体の影響で、政策と医療の側がその結果を認識する必要があると結んでいる[2]。親の努力の問題として読む研究とは言えない。
幼児を追った研究は、3県に広げている。Zhengらは、岩手、宮城、福島の保育所に通い、4〜5歳で震災を経験した子どもを、同じ県で2年早く生まれた子どもと比べた。少し上の世代を、「震災がなかった場合」の代わりに置く工夫である。震災の後、経験した子どものほうがBMIが高く、過体重の割合も高かった。個別の被災の経験があった子どもに絞ると、差はよりはっきりした。解析の対象は9,722人で、著者らは災害の後の子どもの体格の問題に大きな注意を向けるよう求めている[8]。
別のデータでは、見え方が少し違う。全国の2つのコホートを使ったIsojimaらの研究は、震災のときに47〜59か月だった幼児を、BMIの標準偏差スコア(同じ年齢の標準からどれだけ離れているかを示す値)で追った。持続的な上昇は福島の子どもにだけ検出され、福島の成長曲線で見直すと男の子にだけ見られた。原子力発電所の近くに住む子どもでは上がり続け、離れた地域では変わらなかった。身長の値は変わらなかった[7]。背の伸びが止まったのではなく、身長に対する体重の位置が上がったという形である。
2本は矛盾しているというより、比べる相手と物差しが違う。前者は同じ県の少し上の世代と比べ、後者は全国と地域の対照を置いている。どちらも原因まで特定した研究とは言えず、背景の候補として、避難と住まいの乱れ[8]、原子力事故の間接的な影響[7]を挙げるにとどまる。
血圧と飲酒にも、避難の跡が残る
体重の話は、血圧や酒の話と一緒に出てくる。福島の13の市町村で、39〜89歳の人を最長7年追った研究がある。29,025人のうち10,861人が追跡の健診を受け、中央値4.3年の間に、男性1,588人(41.4%)、女性2,156人(30.7%)の計3,744人が新たに高血圧になった[13]。
新たな高血圧と関連していたのは、多量の飲酒(調整後のハザード比1.38)、肥満(同1.27)、そして男性では避難の経験(同1.14)だった[13]。ハザード比は、時間を追って起きる出来事の起こりやすさを比べた数字で、それぞれの条件のない人に対する値である。避難の経験そのものの数字より、飲酒と肥満の数字のほうが大きい。暮らしの変化が、血圧に届くまでの途中に体重と酒が挟まっている、と読むこともできるが、因果の順番まで確かめた研究とは言えない。
酒についてはSatoらの研究が詳しい。福島県を避難区域、沿岸、中央、山間の4つに分けて、2008〜2017年の延べ3,497,576人のデータを見たところ、女性では、飲みすぎる人の割合がどの地域でも震災の後に増えていた[14]。
震災の前後に特定健診を受けた136,404人では、飲みすぎと高血圧の関連が男女とも、どの地域でも見られた。避難区域の女性で関連が強く、前後どちらも飲みすぎなかった人に対するハザード比は、震災前だけ飲みすぎた人で1.41、震災後だけで2.34、前後とも飲みすぎた人で3.98だった[14]。性別と年齢を調整した数字である。
数字で読む避難と体重
31.8%から39.4%へ:福島県の13の市町村の健診(平均67歳、追跡は平均1.6年)で、避難した人のうち過体重か肥満の人の割合。震災前から震災後への変化[9]。
28.3%から30.3%へ:同じ健診で、避難しなかった人のうち過体重か肥満の人の割合。震災前から震災後への変化[9]。
5.3%から7.8%へ:陸前高田市の小学生の、仮設住宅の群の肥満の割合。2010年から2013年への変化で、常設の住まいの群は7.6%から7.8%で、2013年には同じ値に並んだ[2]。
0.102:同じ小学生の、仮設住宅の群のBMIのzスコアが2010年から2013年に増えた幅。zスコアは、同じ年齢の子どもの中での位置を示す値である[2]。
0.13と0.14:福島の幼児の、震災の1.5年後のBMIの標準偏差スコアの差。順に、過去の世代の対照に対して、地域の対照に対して[7]。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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