競技をやめた後、鍛えた体はどう変わるのか。フィンランドの代表選手と兄弟の追跡、引退後に体重が増えた男性の調査、元選手94人の無作為化試験と代謝の適応を読み、種目やけがによる引退で何が違ったのかまで、過去の運動が守るものと守らないものを確かめる。
「学生のころは毎日走っていたのに」。スカートのホックを留めながら、そうつぶやく人は代表選手でなくてもいるだろう。あれだけ動いていた体の貯金は、今の体重をどこまで守ってくれるのか。
元選手の研究は、特別な人の話に見えて、運動の主役を降りた後の体に何が起きるかを見せてくれる材料でもある。競技をやめた後の体重で男性150人を分けた調査には、20歳のころより10kg超増えた人たちの群があり[10]、太り気味か肥満の元選手94人を無作為に分けた1年の減量の試験もある[4]。
ただし対象の多くは男性で、競技の水準も部活とは違う。女性が3割ほど入った試験は、後半に1つ出てくる程度だ。その差を頭に置いて読みたい。

元代表は長く生きた、ただし種目で差がある
国の代表だった人の体の記録は、まず寿命から始まる。フィンランドの研究者たちは、1920〜1965年に代表を務めた男性900人と、年齢を合わせた兄弟900人を、2015年の末まで追いかけた[1]。兄弟を並べれば、家族に由来する条件をある程度そろえたまま、競技の跡を見られるという発想である。兄弟と比べた元代表選手の、すべての死因を合わせた死亡のハザード比は0.75(95%信頼区間0.65〜0.87)だった[1]。ハザード比は、比べる相手に対して死亡の起こりやすさが何倍かを示す値である。死亡時の年齢の中央値は持久系で79.9歳、混合の種目で75.9歳、筋力系で72.2歳、それぞれの兄弟は77.5歳、73.7歳、72.2歳だった[1]。
持久系は兄弟より2年あまり長く生き、筋力系は兄弟とぴたりと同じ年齢に並んだ。「代表選手」と一括りにすると、この差が消えてしまう。
著者らは、遺伝の違い、持久系の訓練、より健康的な暮らしのいずれもが関わる可能性を挙げている[1]。観察研究なので、競技そのものが寿命を延ばしたとまでは言えない。代表に選ばれる体をもともと持っていた人たちの記録でもある。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
体格の話になると、筋力系の種目に重さが残る
別の調査では、1985年に質問票に答えた元代表の男性1,282人と、20歳のときに完全に健康とされた男性777人を比べている[20]。その時点の余暇の活動量は、元選手のほうが多かった[20]。持久系と混合の種目の元選手は、糖尿病、高血圧、虚血性心疾患(心臓の血管の病気)のいずれも、年齢を調整したオッズ比が対照より低かった[20]。年齢、BMI(身長と体重から求める体格の指標)、喫煙、職業を調整しても、持久系の元選手の糖尿病のオッズ比は対照に対して0.24、虚血性心疾患は0.33である[20]。
筋力系の元選手は別の形をとる。BMIが高い状態のリスクは対照より高かったのに、虚血性心疾患のリスクは低かった[20]。BMIが高い人は、3つの病気のどれでもリスクが高かった[20]。体格の数字と心臓の病気の関係が、種目によって一本の線に乗らないことになる。
喫煙者では糖尿病と虚血性心疾患のリスクが高かったことも記されていて、体格だけで話が閉じるわけでもない[20]。なぜ筋力系でこの組み合わせになるのかは、要約には書かれていない。筋肉の多い体のBMIをふつうの物差しで読めるのかという疑問は浮かぶが、そこから先は推測になる。

引退後に10kg超増えた人に、何が重なっていたのか
体重の変化に正面から向き合った研究がある。35〜60歳の元トップ選手の男性150人を、競技をやめた後の体重の動きで4つの群に分けた[10]。体重が減った群、一定の群、3kg超増えた群、10kg超増えた群である[10]。基準は練習日誌に残っていた20歳のときの体重で、過去を振り返る形の調査だ[10]。10kg超増えた群は、BMI、体脂肪率、皮下脂肪の厚さ、血圧、LDLコレステロール、中性脂肪が高く、HDLコレステロールと体の作業能力が低かった[10]。他の要因を調整した後も、体重が一定の群と比べた高血圧のオッズ比は6.65、腹部に脂肪がつく型は10.51、LDLコレステロールが高い状態は1.88、中性脂肪が高い状態は3.52だった[10]。
オッズ比が大きく見えるが、信頼区間も広く、150人の調査である。測ったのは一時点の状態なので、増えた体重がこれらを招いたと言い切ることもできない。著者らの結論も「関連していた」という形にとどまる[10]。気になるのは、もう1つの結果だ。体重が減った群と、増えた幅が10kgに満たない群でも、腹部に脂肪がつく型のリスクが有意に高かった[10]。競技をやめて体重が減ることも、体の中身が変わらないことを意味しない。体重計の数字だけでは見えない変化が、引退の後に起きている可能性がある。
昔の部活は、今の運動量を保証しない
では競技の経験は、その後の運動の習慣を残すのか。ここは対象によって答えが違う。フィンランドの元代表1,633人と対照1,099人を1985年から2008年まで追った研究では、元選手のほうが運動量が多く、喫煙が少なかった[11]。それでも、見つかった5つの生活の型のうち4つで、運動量は下がっていった[11]。喫煙はどの型でも減っていた[11]。代表級の人でも、運動は年齢とともに減る。
学校のスポーツになると、差はさらに薄れる。白人男性265人を調べた1988年の研究では、学校でスポーツをしていた人としていなかった人の間に、大人になってからの運動量の差は見られなかった[5]。自由な暮らしの場面でも、監督のついた運動の場面でも同じで、年齢、BMI、皮下脂肪、運動の能力、心臓の状態を統計で調整しても結果は変わらなかった[5]。部活と大人の運動の関連を示したそれまでの報告は、対象の偏りや紛れの要因を十分に扱っていなかった、と著者は指摘している[5]。
もちろん男性だけの、古い研究である。それでも「部活をやっていたから大丈夫」という安心には、あまり根拠がない。逆に言えば、運動部の経験がない人が不利だとも言えない。同窓会で現役時代の話に花が咲いても、今週何分動いたかは別の数字である。数週間から数か月の休止で体がどう戻るかは「運動をやめると体はどう戻るか 休止後の筋力と体脂肪、再開で変わること」の記事に譲り、ここでは競技を離れた後の長い年月を見る。
やめ方が、その後に影を落とす
競技の終わり方に目を向けた研究もある。先の追跡では、元選手の飲酒量は1985年の時点で対照より多く、とくに、けがで競技が突然終わった人で多かった[11]。ほかの時点では差が無かった[11]。運動量が減ることが後の飲酒を予測する、という関係も見られず、23年の間に運動と飲酒が互いに与えた影響は弱いものだった[11]。
同じ年の質問票を、別の解析で詳しく見ると、飲酒量は1か月あたり元選手で417g、対照で397gだった[15]。持久系の元選手は対照より少なく、団体競技の元選手は多く、とくにビールが多かった[15]。余暇の運動をやめた元選手は、続けている元選手より飲酒量が多かった[15]。ただし、飲酒に関連する病気や死亡のリスクは、全体では対照と差が無かった(ハザード比0.93、95%信頼区間0.73〜1.20)[15]。格闘技と重量挙げの元選手では、持久系などの元選手より高かった[15]。
けがで競技を失う出来事と飲む量の増加が重なることは、本人の意志の強さとは別の問題として考えたい。生活の質を調べたレビューでも、悪さと関連した要因として、望まない形での引退が挙がっている[14]。ほかに、接触の多い種目、3回以上の脳しんとう、BMIの増加、関節の問題が並ぶ[14]。
数字で読む元アスリートの体
0.75:元代表選手の、年齢を合わせた兄弟に対する全死亡のハザード比。95%信頼区間は0.65〜0.87である[1]。
0.24:年齢、BMI、喫煙、職業を調整した、持久系の元選手の糖尿病のオッズ比。比べる相手は20歳のときに健康とされた男性である[20]。
6.65:引退後に体重が10kg超増えた元選手の高血圧のオッズ比。比べる相手は体重が一定だった元選手である[10]。
417gと397g:1985年の1か月あたりの飲酒量。順に元選手、対照である[15]。
−5.3kg:元選手の減量の試験で、12か月後の介入群と対照群の体重の変化の差。95%信頼区間は−6.9〜−3.8である[4]。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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