連載「痛みをほどく」全10回の第1回です。
この連載は、肩こりと腰痛を「どう治すか」ではなく「そもそも何なのか」から扱います。全10回で、痛みの定義、画像所見と症状のずれ、筋電図が捉えた肩こりの実態、姿勢との関連、腰痛の自然経過、運動療法の効果量、慢性化の仕組み、職場での介入、安静と恐怖回避、そして受診すべき兆候までを、公表された研究だけを材料に順に見ていきます。特定の施術や器具を勧めることはしません。読み終えたときに、自分の身体に起きていることを説明する言葉が増えている——それがこの連載の目標です。
最初に扱うのは、いちばん根本にある問いです。痛みとは何か。「どこかが壊れているから痛い」という説明は、日常の感覚にはよく合います。指を切れば痛い、足をひねれば痛い。だから腰が痛ければ腰のどこかが壊れているはずだ——そう考えるのは自然です。
けれども、痛みを研究してきた分野が到達した結論は、これとは違います。痛みは組織の損傷の量を測る計器ではなく、神経系が出す一つの出力です。損傷があっても痛まないことがあり、損傷が見つからなくても痛むことがあります。この二つはどちらも珍しい例外ではなく、痛みの標準的な説明の一部になっています。
ただし、ここから「では痛みは気のせいなのか」と進むのは誤りです。この回では、痛みの定義がどう書き換えられたか、専門家が痛みをどう三つに分けているか、その分け方にどんな批判があるか、そして「損傷がない痛み」を本物として扱うとはどういうことかを順に見ていきます。

定義が書き換えられた——2020年の改訂
国際疼痛学会(IASP: International Association for the Study of Pain)は、痛みの定義を長く「組織の実際の、あるいは潜在的な損傷に関連した、またはそのような損傷の観点から述べられる、不快な感覚的・情動的経験」としてきました。この定義が学会の理事会で採択されたのは1979年で、以来、研究者にも医療者にも、また世界保健機関を含む複数の組織にも広く受け入れられてきました。
Raja SN, Carr DB, Cohen M, et al. The revised International Association for the Study of Pain definition of pain: concepts, challenges, and compromises. Pain. 2020;161(9):1976-1982.
その定義が改訂されました。IASPは2018年に多国籍の特別委員会を設け、2年にわたる検討を経て、定義を「組織の実際の、あるいは潜在的な損傷に関連した、またはそれに似た、不快な感覚的・情動的経験」へ改めることを勧告しました。改訂版は理事会で全会一致で承認されています。
変わったのは一箇所だけに見えますが、意味は小さくありません。旧定義の後半は「そのような損傷の観点から述べられる」でした。つまり、損傷が見つからない痛みは言葉の上で損傷に例えられているにすぎない、と読めてしまう。新定義はそこを「損傷に関連したものに似た経験」と言い換え、損傷の有無にかかわらず、経験そのものを痛みとして認める形にしました。あわせて付記も箇条書きに整理され、痛みは常に個人的な経験であること、そして痛みと侵害受容は別の現象であることが明示されています。
侵害受容と痛みは同じではない
侵害受容(nociception)とは、組織を傷つけうる刺激を末梢の受容器が捉え、その信号が神経を通って中枢へ伝わる過程のことです。これは測定できる生理学的な事象です。一方で痛みは、その人が感じている経験です。両者はふつう一緒に起きますが、必ず一緒とは限りません。
この区別は、痛みの分類をめぐる議論の中心にあります。侵害受容の信号がないのに痛みがある状態を、現在の定義でどう位置づけるのか。専門家の間でも決着がついていません。
Cohen M, Quintner J, Weisman A. “Nociplastic Pain”: A Challenge to Nosology and to Nociception. The Journal of Pain. 2023;24(12):2131-2139.
コーエンらは、この問題を「予期しない行き詰まり」と呼んでいます。損傷がなく侵害受容も確認できない痛みは、IASPの痛みの定義には合致する——「損傷に関連したものに似た経験」だからです。ところが同時に、現在定義されている意味での侵害受容は起きていない。つまり痛みと組織損傷を結びつけてきた定義上の前提そのものが、この現象によって揺さぶられている。著者らは解決策として、侵害受容を「侵害受容装置の活性化」として捉え直し、その活性化は痛みの経験にとって必要だが十分ではない、と考えることを提案しています。

三つの言葉——侵害受容性・神経障害性・痛覚変調性
臨床と研究の現場では、痛みを仕組みによって三つに分けます。組織の炎症や損傷によるものを侵害受容性疼痛、神経そのものの病変や損傷によるものを神経障害性疼痛、そしてそのどちらでも十分に説明できないものを痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)と呼びます。三つ目の言葉は2017年にIASPが採用した比較的新しいものです。
Kosek E, Clauw D, Nijs J, et al. Chronic nociplastic pain affecting the musculoskeletal system: clinical criteria and grading system. Pain. 2021;162(11):2629-2634.
痛覚変調性疼痛は「末梢の侵害受容器を活性化させるような組織損傷の明らかな証拠も、痛みを生じさせる体性感覚系の疾患や病変の証拠もないにもかかわらず、変化した侵害受容から生じる痛み」と定義されています。組織が見たところ正常で、神経障害の徴候もない領域に、痛みと過敏が存在する人を指す言葉です。中枢性感作がその主要な仕組みと考えられていますが、「痛覚変調性疼痛」と「中枢性感作」は同義語ではありません。前者は臨床で使う分類の言葉、後者は神経生理学の現象を指す言葉で、末梢性感作の関与も除外されていません。
重要なのは、この三つが排他的ではないことです。腰椎椎間板ヘルニアの人が、腰に侵害受容性の痛みを、脚に神経障害性の痛み(放散痛)を同時に持つことは珍しくありません。痛覚変調性の成分は、侵害受容性の痛みと重なって現れることも多い。実際、侵害受容性の痛みが続いていること自体が痛覚変調性疼痛の危険因子になりうると考えられています。過敏は痛みの持続期間の長さと関連し、変形性関節症や関節リウマチのように侵害受容性の病態を持つ人に、線維筋痛症のような痛覚変調性の状態が高い頻度で見られるためです。
痛覚変調性疼痛はどう現れるか
この型の痛みには、痛み以外の症状が伴うことが知られています。
Fitzcharles MA, Cohen SP, Clauw DJ, Littlejohn G, Usui C, Häuser W. Nociplastic pain: towards an understanding of prevalent pain conditions. Lancet. 2021;397(10289):2098-2110.
ランセットの総説は、特定できる組織や神経の損傷の量から予想されるより広範だったり強かったりする多巣性の痛みに加えて、疲労、睡眠、記憶、気分の問題といった中枢神経系由来の症状が現れると述べています。線維筋痛症や緊張型頭痛のように単独で生じることもあれば、慢性腰痛のように侵害受容性・神経障害性の痛みと混在した状態として現れることもあります。そして実務上重要な指摘として、この型の痛みは抗炎症薬・オピオイド・手術・注射といった末梢に向けた治療への反応が乏しいと書かれています。
神経学の総説(Kaplan ら, Nature Reviews Neurology, 2024)も、同じ像を描いています。挙げられているのは、複数の身体部位の痛み、疲労、睡眠障害、認知機能の低下、抑うつ、不安。診察では、痛覚過敏やアロディニア(本来は痛くない刺激で痛みを感じること)を示すびまん性の圧痛が見られることが多い。さらに、光・におい・音といった痛みではない感覚刺激に対しても、他の人より敏感であることが多いとされています。「肩や腰だけの問題」に見えていたものが、感覚処理全体の調整の問題だった、という読み替えがここで起きます。

この分類への批判
新しい分類は歓迎されただけではありません。むしろ、導入から数年たった今も論争が続いています。
Macionis V. Nociplastic pain: controversy of the concept. The Korean Journal of Pain. 2025;38(1):4-13.
マキオニスは、この概念の最も議論を呼ぶ特徴として「自律的な持続」——原因となる組織損傷なしに痛みが続くという想定——を挙げます。しかし痛覚変調性疼痛には持続的な中枢性感作が伴うとされ、その中枢性感作自体は神経損傷のような侵害刺激の入力が続くことを必要とする、という研究がある。ここに矛盾があるという指摘です。さらに、生物学で「可塑的(plastic)」は不適応ではなく適応を指す語である、という語法上の問題も挙げています。
より実務的な懸念は、診断の網が広くなりすぎることです。この概念を誤って当てはめると、まだ見つかっていない原因への警戒がゆるむ。マキオニスは、痛覚変調性疼痛は診断名ではなく痛みの仕組みを指す言葉であると理解することで、この種の診断の誤りは避けられるはずだと書いています。この点は、この連載の最終回で扱う「受診すべき兆候」と直結します。
基準を実地で試すと何が起きたか
基準の良し悪しは、実際に患者に当ててみないと分かりません。ドイツのグループが、2021年の等級づけ基準が慢性一次性疼痛と慢性二次性疼痛をどれだけ区別できるかを調べています。
Schmidt H, Drusko A, Renz MP, et al. Application of the grading system for “nociplastic pain” in chronic primary and chronic secondary pain conditions: a field study. Pain. 2025;166(1):196-211.
対象は線維筋痛症41名、複合性局所疼痛症候群11名、変形性関節症21名、末梢神経損傷8名です。まず病歴・痛みの描画・定量的感覚検査・質問票から、痛みを「possible(可能性あり)」「probable(おそらく)」の痛覚変調性へ分類しました。慢性一次性疼痛の患者は全員、侵害受容性でも神経障害性でも説明できない広範または領域性の痛みを示しました。変形性関節症の12名にも広範な痛みがありましたが、うち11名は侵害受容性と判定されています。この段階での感度は100%、特異度は93%でした。
ところが次の段階——定量的感覚検査による過敏の確認と、過敏の既往・精神的併存症の聴取——は、一次性と二次性を区別しませんでした。検査での過敏は一次性の69%、二次性の69%に見られ、既往の聴取では83%と83%でした。結果として特異度は93%のまま高く保たれた一方、感度は60%へ大きく落ちました。線維筋痛症の多くで過敏の証拠が得られなかったためです。著者らは、この等級づけはふるい分け(スクリーニング)の用途には向かないと結論し、順序の入れ替えなどの修正を提案しています。
検査そのものの限界も指摘されています。クラウ(Clauw DJ, Pain, 2025)は、痛覚変調性疼痛の典型とされる線維筋痛症でさえ、定量的感覚検査の値がしばしば正常であることを挙げ、臨床診断のある人の30%から70%で中枢性感作の証拠が得られないと書いています。時間的加重や条件づけ疼痛調節といった動的な検査はさらに識別力が低く、健常対照と有意差がないとする研究もある。したがって、痛覚過敏やアロディニアが検査で見つかれば有用だが、診断の必須条件にすべきではない、というのが主張です。「検査で異常が出ないこと」は「痛みがないこと」を意味しません。
予期が痛みを変える——それでも「気のせい」ではない
痛みが神経系の出力であるなら、入力が同じでも出力は変わりうるはずです。実験室ではそれが繰り返し確かめられています。
Camerone EM, Tosi G, Romano D. The role of pain expectancy and its confidence in placebo hypoalgesia and nocebo hyperalgesia. Pain. 2025;166(7):1577-1586.
健常な成人60名に、痛みを伴う電気刺激を与える検査を行い、その前後で偽の治療を施した研究です。参加者は、痛みが弱まるという説明(プラセボ群)、強まるという説明(ノセボ群)、中立の説明(対照群)のいずれかを受けました。試行ごとに、予期した痛み、その予期にどれだけ自信があるか、実際に感じた痛みが記録されています。解析の結果、プラセボでもノセボでも、感じた痛みは予期そのものと、予期と「予期の確かさ」の相互作用によって予測されました。さらに、予期した痛みと感じた痛みのずれは、予期の確かさが高いほど小さくなりました。同じ刺激でも、何が起きると思っているかによって痛みは変わる、ということです。
ここで大切なのは、この事実の読み方です。予期で痛みが変わるからといって、痛みが意思で消せるわけでも、想像の産物であるわけでもありません。むしろ逆で、予期は痛みの処理そのものに影響する実在の要因です。IASPの改訂定義に添えられた付記には、ある人が自分の経験を痛みだと述べたなら、その訴えは尊重されるべきだ、という趣旨のことが書かれています。「損傷が見つからない」は「痛くない」の言い換えではありません。そして、この二つを混同しない態度が、次回以降に扱う画像所見や姿勢の話を読むときの土台になります。
読み手にとって何が変わるか
| よくある言い方 | 研究の言葉で言い直すと |
|---|---|
| 痛い=どこかが壊れている | 痛みは損傷の量を測る計器ではない。損傷と痛みは一致しないことがある |
| 検査で異常がない=気のせい | 検査の感度には限界がある。訴えは経験として尊重される |
| 原因を特定すれば治る | 仕組みが複数重なっていることが多く、末梢への治療が効きにくい型がある |
| 慢性の痛みは心の問題 | 心理社会的要因は関与するが、それは「実在しない」という意味ではない |
実務的な含みは二つあります。一つは、痛みの強さから損傷の大きさを逆算しないこと。もう一つは、損傷が見つからないことを理由に痛みを否定しないこと。この二つは矛盾しません。どちらも「痛みと組織損傷は別の変数である」という同じ一つの事実から出ています。
ただし、これは受診を先延ばしにしてよいという話ではありません。痛みの中には、組織や神経の具体的な問題がはっきりと背景にあるものが確実に存在します。その見分け方は最終回でまとめます。次回からは、この連載でくり返し出てくる「損傷と痛みのずれ」が、具体的にどれくらいの大きさなのかを数字で見ていきます。ヨガやピラティスと痛みの転帰については、腰痛の研究をまとめた記事と首の痛みの研究をまとめた記事が別にあります。
次回予告
第2回は「画像所見と症状——MRIで見つかるものの意味」を扱います。痛みのない人の背骨をMRIで撮ると何が写るのか、その割合は年齢とともにどう変わるのか。そして、早い時期に画像を撮ることが、その後の経過にどう影響したかを調べた研究を見ていきます。今回述べた「損傷と痛みのずれ」が、最も数字になって現れている領域です。
この連載の全10回
- 第1回|痛みとは何か——組織の損傷と痛みの乖離(この記事)
- 第2回|画像所見と症状——MRIで見つかるものの意味
- 第3回|肩こりの正体——僧帽筋の持続的低強度活動
- 第4回|「悪い姿勢」は原因か——姿勢と痛みの関連
- 第5回|腰痛の自然経過——多くはどうなるのか
- 第6回|運動療法——様式による差はあるか
- 第7回|なぜ慢性化するのか——中枢性感作と心理社会的因子
- 第8回|職場での介入——何が効いたか
- 第9回|安静と恐怖回避——やらない方がよいこと
- 第10回|総括——研究の限界と、受診すべき兆候
出典
- Raja SN, Carr DB, Cohen M, Finnerup NB, Flor H, Gibson S, et al. The revised International Association for the Study of Pain definition of pain: concepts, challenges, and compromises. Pain. 2020;161(9):1976-1982.
- Cohen M, Quintner J, Weisman A. “Nociplastic Pain”: A Challenge to Nosology and to Nociception. The Journal of Pain. 2023;24(12):2131-2139.
- Kosek E, Clauw D, Nijs J, Baron R, Gilron I, Harris RE, et al. Chronic nociplastic pain affecting the musculoskeletal system: clinical criteria and grading system. Pain. 2021;162(11):2629-2634.
- Fitzcharles MA, Cohen SP, Clauw DJ, Littlejohn G, Usui C, Häuser W. Nociplastic pain: towards an understanding of prevalent pain conditions. Lancet. 2021;397(10289):2098-2110.
- Kaplan CM, Kelleher E, Irani A, Schrepf A, Clauw DJ, Harte SE. Deciphering nociplastic pain: clinical features, risk factors and potential mechanisms. Nature Reviews Neurology. 2024;20(6):347-363.
- Macionis V. Nociplastic pain: controversy of the concept. The Korean Journal of Pain. 2025;38(1):4-13.
- Schmidt H, Drusko A, Renz MP, Schlömp L, Tost H, Schuh-Hofer S, et al. Application of the grading system for “nociplastic pain” in chronic primary and chronic secondary pain conditions: a field study. Pain. 2025;166(1):196-211.
- Clauw DJ. Quantitative sensory testing in nociplastic pain: what should we be looking for and what does it tell us? Pain. 2025;166(10):2201-2202.
- Camerone EM, Tosi G, Romano D. The role of pain expectancy and its confidence in placebo hypoalgesia and nocebo hyperalgesia. Pain. 2025;166(7):1577-1586.
この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。個々の症状の原因を判断するものでもありません。脚のしびれや力が入らない感じ、排尿や排便の異常、原因の分からない体重減少、発熱、夜間や安静時に強くなる痛み、外傷のあとの痛み、がんの既往がある場合の新たな痛みは、速やかに医療機関にご相談ください。痛みが続いて日常生活に支障が出ている場合も、自己判断で対処を続けず医療機関にご相談ください。






