高齢者の転倒予防といえば、バランス訓練や筋力訓練で「転ばないようにする」のが定石です。ところが柔道を土台にした一群のプログラムは、発想を少しずらしています。転倒そのものをゼロにはできない以上、転んだときの落ち方を訓練して、頭や腰への衝撃を減らそうというのです。柔道でいう受け身(ukemi)を、畳の上で高齢者に教える試みです。

スウェーデンの Judo4Balance、スペインの適応実用柔道(JUA)、オーストラリアの柔道ベース運動、米国の FAST と、複数の研究グループが独立に試験を行い、無作為化比較試験も2本あります。ここではその数字を、都合の良い部分だけを抜かずに読みます。

結論を先に述べると、受け身の技術は高齢者でも6〜9週間で身につき、20か月後も一部が残る。しかし、それで実際の転倒や骨折が減ったことを示した試験はまだ一つもない——これが現時点での最も正確な要約です。

「転ばない」訓練と「上手に転ぶ」訓練は別の問い

運動が転倒を減らすこと自体は、すでに確かな証拠があります。コクラン共同計画が2019年に統合した108試験・23,407名のレビューでは、運動は転倒の発生率を23%減らし(率比0.77、95%CI 0.71〜0.83)、この結果の確実性は「高」と評価されています。太極拳を含むバランス系の運動が中心です(Sherrington ら、2019年)。

ただし同じレビューで、転倒に伴う骨折は「減らすかもしれない」(RR 0.73、95%CI 0.56〜0.95、10試験4,047名)にとどまり、確実性は「低」です。転倒の回数が減っても、一度の転倒で骨折するかどうかは別の問題だからです。受け身の訓練が狙うのは、この後者の隙間です。

Judo4Balance 無作為化比較試験——技術は身につくのか

この分野で最大の試験は、スウェーデンの地域在住高齢者200名を対象にした Judo4Balance の無作為化比較試験です。

Arkkukangas M, Strömqvist Bååthe K, Ekholm A, Tonkonogi M. High Challenge Exercise and Learning Safe Landing Strategies among Community-Dwelling Older Adults: A Randomized Controlled Trial. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2022;19(12):7370.

参加者は平均72歳、女性79%・男性21%で、運動群100名と対照群100名に無作為に割り付けられました。運動群は専門の指導者のもと、週1回・12週間、バランスや筋力の課題と後方・前方・側方への受け身の練習を組み合わせたプログラムを行いました。受け身の到達度は、段階的な課題で採点する専用のテストで測っています。

6〜9週で身につき、20か月後も残った

主な結果は3つです。第一に、運動群では受け身の技術が6〜9週で習得され、20か月後の追跡でもその能力が維持されていました。第二に、12週間の介入後、身体機能(SPPB)の有意な改善が見られました(運動群 p = 0.009)。第三に、対照群は20か月後に身体活動量が有意に低下していましたが(夏 p = 0.002、冬 p = 0.003)、運動群ではその低下が見られませんでした。介入による有害事象は観察されていません。

読み方の注意——対照群も「上がった」

ただし注意の要る点があります。試験は2020年1月の開始直後に新型コロナウイルスの流行で中断され、2021年9月に再開されました。その結果、当初の対照群も後から同じ12週間のプログラムを受けており、受け身の技術は「両群で」有意に向上しています(p < 0.001)。比較の構造は途中で崩れており、著者ら自身も、維持は「部分的(partially sustained)」で、転倒や転倒外傷への効果は「今後さらに評価が必要」と書いています。追跡で評価できたのは79名でした。

頭を守れるか——FAST パイロット試験

受け身の意味は、床に当たる瞬間の衝撃を減らすことにあります。それを直接測ったのが米国のパイロット試験です。

Zanotto T, Chen L, Fang JR, et al. Strategies to Minimize Fall-related Injuries in Older Adults at Risk of Falls: The Falling Safely Training Study. The Journals of Gerontology: Series A. 2025;80(7):glaf076.

転倒外傷のリスクが高い高齢者24名を、安全な転び方を段階的に教える FAST 群と、根拠のあるバランス訓練を行う対照群に割り付けました。参加者は実験室で実際に転倒を誘発され、腰と頭の加速度(衝撃力の代理指標)と、頭が床に当たった回数が記録されました。介入は4週間で、3か月後にも測定しています。

結果は、頭部の衝突回数が FAST 群で有意に減少し(オッズ比0.10、95%CI 0.02〜0.61、p = 0.012)、頭の加速度も対照群より低くなりました(群間差 −9.54 m/s2、p = 0.028)。一方、腰の加速度は両群とも同程度に低下しており(p < 0.001)、腰を守る効果は「受け身に固有」とは言えません。有害事象はなく、FAST 群12名中11名が介入を完了しました。

有望な結果ですが、24名のパイロット試験であり、信頼区間の上限0.61が示すように効果の大きさはまだ幅広く見積もられています。測っているのは実験室で誘発した転倒であって、日常の転倒ではありません。

主要な試験の一覧

試験対象設計主な結果
Arkkukangas 2022(スウェーデン)200名、平均72歳RCT、週1回・12週間受け身は6〜9週で習得、20か月後も維持。転倒は未評価
Zanotto 2025(米国)24名、転倒リスク高パイロットRCT、4週間頭部衝突 OR 0.10。腰の加速度は両群で低下
Ortiz-Molina 2025(スペイン)45名、全員女性準実験(非無作為化)、12セッション後方・側方の転倒能力が向上(V = 0.71、0.80)
Jadczak 2024(オーストラリア)17名、平均74.3歳前後比較、週2回・8週間移動・バランス改善。転倒恐怖は不変

転倒そのもの・骨折が減る証拠はない

ここまでの結果はすべて「受け身が上手になった」「衝撃が減った」という代理指標です。実際の転倒や骨折はどうか。五輪格闘技の系統的レビューがこの問いに答えています。

Valdés-Badilla P, Ramirez-Campillo R, Herrera-Valenzuela T, et al. Effectiveness of Olympic Combat Sports on Balance, Fall Risk or Falls in Older Adults: A Systematic Review. Biology. 2022;11(1):74.

1,496件の記録から8件・高齢者322名(平均71.1歳、女性64%)が採用されました。バランスを評価した6件のうち、対照群より改善したのは2件だけ。転倒リスクおよび転倒の発生については、介入群と対照群のあいだに差は見られませんでした。 研究数が少なくメタアナリシスは断念され、GRADE による確実性は「非常に低い」と評価されています。著者らは「賛成にも反対にも確定的な推奨はできない」と結んでいます。

これは、受け身の訓練が転倒や骨折に効かないという意味ではなく、効くかどうかを調べた試験がまだ無いという意味です。Judo4Balance の主要評価項目は転倒技術であって転倒件数ではなく、FAST は実験室の転倒を測っています。職場の成人142名の10週間の非無作為化研究(Arkkukangas ら、2021年)で受け身の習得にオッズ比124.1と98.9という極端な値が出ているのも、技術の採点であって転倒の減少ではありません。

研究の質——偏りのリスクが「深刻」な研究が70%

Palumbo F, Ciaccioni S, Guidotti F, et al. Risks and Benefits of Judo Training for Middle-Aged and Older People: A Systematic Review. Sports. 2023;11(3):68.

2022年12月までの文献から23件・1,392名(平均63±12歳、女性47%)を統合したこのレビューでは、実験研究10件のうち70%に「深刻な」偏りのリスクが認められました。観察研究は100%が、方法論研究は67%が「まずまず(fair)」の質でした。訓練の平均は週2±1回、1回61±17分、期間7±6か月です。著者らは「方法論的弱点があるものの、データは肯定的な効果を支持する」と述べていますが、この一文は前半を切り離さずに読む必要があります。

スコーピングレビュー(Chan ら、2023年)も、柔道未経験の45歳以上を対象にした15件・648名で、15件すべてが少なくとも1つの指標で有意な改善を報告していた一方、サンプルは小さく、転倒恐怖は5件で改善・4件で変化なしと結果が割れていると指摘しています。「すべてが肯定的」という状況は、出版バイアスの可能性も含めて慎重に見るべきものです。

骨粗鬆症のある人への注意——衝撃力の測定から

受け身の練習は、練習そのものが転倒です。骨がもろい人にとって、その一回一回が安全かは効果より先に問われます。これを衝撃力で検討したのがオランダの研究です。

Groen BE, Smulders E, Duysens J, van Lankveld W, Weerdesteyn V. Could martial arts fall training be safe for persons with osteoporosis?: a feasibility study. BMC Research Notes. 2010;3:111.

研究者らは若年成人に、柔道畳とマットレスの上で膝立ちおよび立位から側方・前方の受け身を取らせ、腰への最大衝撃力を大腿骨の骨折荷重に基づく安全基準と照合しました。骨粗鬆症の人を転ばせるわけにはいかないため、若年者からの外挿です。

条件最大腰部衝撃力安全基準
側方・膝立ち・マットレス1426 N満たす
側方・立位・マットレス2012 N満たす
側方・膝立ち・柔道畳2219 N満たさない
前方・膝立ち・マットレス2006 N満たす
前方・膝立ち・柔道畳2474 N満たさない
前方・立位・マットレス3132 N満たさない

結論は明確です。骨粗鬆症のある人が受け身を練習するなら、最大衝撃力を65%以上減らせるヒッププロテクターを着け、厚いマットレスの上で行い、立位からの前方受け身は避ける。標準的な柔道畳では、膝立ちからの側方受け身ですら基準を満たしませんでした。Palumbo らも前回り受け身は高齢者には複雑すぎるとしています。

有害事象と脱落

Judo4Balance の200名の試験では有害事象は観察されず、FAST でも報告はありませんでした。オーストラリアの実行可能性研究も同様です。

Jadczak AD, Verma M, Headland M, Tucker G, Visvanathan R. A Judo-Based Exercise Program to Reduce Falls and Frailty Risk in Community-Dwelling Older Adults: A Feasibility Study. The Journal of Frailty & Aging. 2024;13(1):1–9.

65歳以上の17名(平均74.3歳、66〜87歳、女性76.5%)が週2回・1回60分・8週間の柔道ベース運動を行い、出席率は81.2%以上、重篤な有害事象も脱落もありませんでした。移動能力(TUG)、バランス(BBS)、身体機能(SPPB)は有意に改善した一方、生活の質・転倒恐怖・身体活動量には変化がありませんでした。著者らは安全の条件として「近くでの監督」「体調に応じた個別調整」「適切な柔道畳」の3つを挙げています。

ただし、これらは「訓練中に何も起きなかった」という報告であって、系統的に監視した結果ではありません。参加者は併存疾患の少ない元気な高齢者に偏り、17名や24名の規模では、骨折のようなまれな事象は原理的に検出できません。Chan らのレビューで安全性を報告していたのは15件中5件です。

医師に相談したほうがよい人

研究の対象者は、地域で自立して暮らす併存疾患の少ない高齢者でした。次に当てはまる方は、始める前に主治医に相談することが勧められます。

  • 骨粗鬆症、または骨密度の低下を指摘されたことがある人(Groen らの3条件を満たせるかを確認する)
  • 過去に脆弱性骨折(軽い転倒での骨折)をした人
  • 人工股関節・人工膝関節の術後、脊椎の手術歴がある人
  • 抗凝固薬を服用している人(転倒時の出血リスク)
  • めまい・失神の既往がある人
  • 頸椎に疾患のある人(受け身では頭を持ち上げる動作を繰り返す)

この証拠から何が言えるか

  1. 受け身の技術は、高齢者でも6〜9週で習得でき、20か月後も部分的に維持される。これは200名の無作為化比較試験で示されている。
  2. パイロット試験では、実験室で誘発した転倒での頭部の衝突がオッズ比0.10に減った。ただし24名の結果で、腰の衝撃はバランス訓練でも同程度に減る。
  3. 実際の転倒や骨折が減ったことを示した試験はない。 系統的レビューでは転倒リスク・転倒件数に差がなく、確実性は「非常に低い」。
  4. 実験研究の70%に深刻な偏りのリスクがあり、対象は女性に偏る。「すべて肯定的」な結果は慎重に読む。
  5. 骨粗鬆症のある人は、標準的な柔道畳では側方受け身でも安全基準を満たさない。プロテクター・マットレス・立位前方受け身の回避が条件になる。

受け身の訓練は「転倒予防の運動の代わり」ではなく、バランス訓練に「転んだときの備え」を足す補完的な選択肢として位置づけるのが、証拠に見合った評価です。技術が身につくことは示されました。骨折を減らすかどうかは、これからの試験が答える問いです。

出典

  1. Arkkukangas M, Strömqvist Bååthe K, Ekholm A, Tonkonogi M. High Challenge Exercise and Learning Safe Landing Strategies among Community-Dwelling Older Adults: A Randomized Controlled Trial. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2022;19(12):7370. doi:10.3390/ijerph19127370
  2. Zanotto T, Chen L, Fang JR, Tabatabaei A, He J, Bhattacharya SB, Alexander NB, Sosnoff JJ. Strategies to Minimize Fall-related Injuries in Older Adults at Risk of Falls: The Falling Safely Training Study. The Journals of Gerontology: Series A. 2025;80(7):glaf076. doi:10.1093/gerona/glaf076
  3. Valdés-Badilla P, Ramirez-Campillo R, Herrera-Valenzuela T, et al. Effectiveness of Olympic Combat Sports on Balance, Fall Risk or Falls in Older Adults: A Systematic Review. Biology. 2022;11(1):74. doi:10.3390/biology11010074
  4. Palumbo F, Ciaccioni S, Guidotti F, Forte R, Sacripanti A, Capranica L, Tessitore A. Risks and Benefits of Judo Training for Middle-Aged and Older People: A Systematic Review. Sports. 2023;11(3):68. doi:10.3390/sports11030068
  5. Groen BE, Smulders E, Duysens J, van Lankveld W, Weerdesteyn V. Could martial arts fall training be safe for persons with osteoporosis?: a feasibility study. BMC Research Notes. 2010;3:111. doi:10.1186/1756-0500-3-111
  6. Jadczak AD, Verma M, Headland M, Tucker G, Visvanathan R. A Judo-Based Exercise Program to Reduce Falls and Frailty Risk in Community-Dwelling Older Adults: A Feasibility Study. The Journal of Frailty & Aging. 2024;13(1):1–9. doi:10.14283/jfa.2023.17
  7. Chan U, Ayliffe L, Visvanathan R, Headland M, Verma M, Jadczak AD. Judo-based exercise programs to improve health outcomes in middle-aged and older adults with no judo experience: A scoping review. Geriatrics & Gerontology International. 2023;23(3):163–178. doi:10.1111/ggi.14553
  8. Ortiz-Molina M, Bååthe KS, DelCastillo-Andrés Ó, Campos-Mesa MDC. Evaluating the effectiveness of an exercise program based on the Adapted Utilitarian Judo program by analyzing fall competence in older adults. BMC Geriatrics. 2025;25(1):395. doi:10.1186/s12877-025-06058-6
  9. Arkkukangas M, Bååthe KS, Ekholm A, Tonkonogi M. A 10-week judo-based exercise programme improves physical functions such as balance, strength and falling techniques in working age adults. BMC Public Health. 2021;21(1):744. doi:10.1186/s12889-021-10775-z
  10. Sherrington C, Fairhall NJ, Wallbank GK, et al. Exercise for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2019;1:CD012424. doi:10.1002/14651858.CD012424.pub2

この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。骨粗鬆症や脆弱性骨折の既往がある方、関節の手術歴・抗凝固薬の服用・めまいや失神の既往がある方は、受け身を含む運動を始める前に医療機関にご相談ください。転倒して頭を打った場合や、痛みで体重をかけられない場合は速やかに受診してください。

author avatar
宮川涼 Founder
PAGE TOP
ご体験予約