温泉はなぜ気持ちいい?同じ温かさの快さが体の中の温度で変わる仕組みを研究で読む

温泉はなぜ気持ちいいのか。同じ刺激でも体の中の状態で快さが変わる性質(アリエステジア)を軸に、体温の目標値と快さの研究、温かさと気分の仮説、30分の湯の試験、41℃の湯と80℃のサウナの比較、5か月の温泉の試験を読み、湯の快さと効き目の距離を考える。

十一月の夕方、中央線を降りて駅から歩くうちに指先がかじかむ。湯に足を入れた瞬間、思わず声が出る。同じ湯に真夏の昼に入っても、たぶんこうはならない。

湯の気持ちよさは、湯の温かさだけでは決まらない。受け取る側の体の中の状態でも決まる、というのが研究の古くからの見方である。1979年の総説は、同じ刺激が体の中の状態によって快くも不快にもなる性質をアリエステジアと呼び、体温が下がった人には温かい刺激が、体温が上がった人には冷たい刺激が快さを生むと書いた[19]。体温の調節の研究も、同じ刺激への温熱の快さが体の中の温度の状態で変わることを使って、体が守ろうとする温度の目標値を推し量れるとしている[1]。冬の夕方の指先の冷えをこの原理に重ねるのは、私の読みである。

もう一つの芯は、湯で気分の指標がどれだけ動くかを数字で見ておくことだ。39℃から始めて30分湯につかった20人の試験では、不安と唾液のコルチゾールが下がったが、その効果量は−0.20と−0.11で、同じ試験で心拍が上がった効果量1.38よりずっと小さかった[8]。温泉の成分で快さを比べた研究は、この記事で読んだ中にはない。湯の気持ちよさは、湯の中身より、湯と体の温度の関係で読むほうが研究に合っている、と私は読む。

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気持ちいいかどうかは、刺激と体の中の状態の両方で決まる

1979年の総説は、刺激への感覚を3つの面に分けた[19]。何の感覚か(質)、どれくらい強いか(量)、そして快いか不快か(情動の面)である[19]。快・不快は刺激の性質によるが、化学、温度、機械の刺激が快さを生めるのは、狭い強さの範囲の中でだという[19]。

そのうえで総説は、快さが受け取る人の体の中の状態にもよると書く[19]。温度ではこれが見やすく、体温が下がった人では温かい刺激が快さを生み、体温が上がった人では冷たい刺激が快さを生む[19]。同じ刺激が体の中の状態によって快にも不快にもなるこの性質を、アリエステジアと呼ぶ[19]。

アリエステジアは温度に限らず、化学や機械の刺激でも起きる[19]。食べ物の好き嫌いが後から身につくことも、その一つとされる[19]。総説の結論は、快さは体にとって役に立つ刺激のしるし、不快は危険のしるしで、その役立ちと危険を、中枢神経が体の恒常性と調節の目標値に照らして判断する、というものだ[19]。快と不快は、役に立つ行動へ体を動かす動機になるようだと総説は書く[19]。

この枠組みで読むと、湯の「ああ」という一声は、体が「いま温まることは役に立つ」と判断しているしるしと読める。熱すぎる湯が不快なのも、快さを生む強さの範囲を越えたしるしと読める。ただし、冬の帰り道で手足が冷えた程度の状態が、総説の言う体温の下がった状態にどこまで当たるのかを試した研究は、この記事で読んだ中にはない。

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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体が守ろうとする温度は、一日の時刻で動く

1984年の総説は、人の体温の調節は複雑でまだ解き明かされておらず、その「ブラックボックス」は体が守ろうとする目標値の性質だと書く[1]。そして、その目標値は実際には一日の時刻で律動的に変わる[1]。

体温を目標値の近くに保つ働きとしては、体が勝手に起こす自律的な反応よりも、体温を調える行動のほうが主で、効果的で、敏感だと確かめられてきた[1]。湯に入る、湯から出るという選び方も、そうした行動の一つと読める。総説は、目標値を温熱の快さという行動の手がかりで推定できるとし、同じ刺激への快さが体の中の温度の状態で変わる反応を使って目標値を決めた例を、いくつも論じている[1]。目標値を数字で表すことは、医学の研究と実地に意味があるという[1]。

目標値が時刻で動くなら、同じ温度の湯でも、朝と夜で快さが違うことがあってもおかしくない。これは総説からの推測で、時刻を変えて湯の快さを比べた研究は、この記事の中にない。

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温かさが気分に届く道すじは、まだ仮説の段階にある

2009年の総説は、カリブの島の浜辺で昼の日を浴びる、仕事の後にサウナやスパで数分を過ごす、夜に熱い風呂につかる、という場面を並べ、人は温かさを、くつろぎや満たされた感じと結びつけることが多いと書き出す[12]。汗をかく運動や庭仕事にも、それなりの報いがあるという[12]。

総説は、いくつもの証拠が、温かさの感覚が体を冷やす回路だけでなく、認知や気分を調える神経回路、たとえばセロトニンの回路を変えうることを示唆しているとする[12]。一つの仕組みとして挙げるのが、27〜42℃という痛くない温度の範囲で働く、温度で開くイオンチャネル(TRPV3とTRPV4)の活性化と、それに続く脳幹のセロトニン神経の一部の活性化である[12]。

著者らはそのうえで、セロトニン神経の一部が温度に敏感で、体の働きと行動を調える温度の入力の経路の一部をなす、という仮説を探っている[12]。さらに、この温度に敏感な神経の調節の乱れが、ストレスにかかわる不安や気分の障害に重要な役割を果たすという新しい仮説も提案している[12]。総説が示すのは仮説で、確かめられた仕組みとして読むことはできない。

この記事で読んだ湯の試験の湯は、39℃、40℃、41℃前後だった[8][9][4]。総説の言う27〜42℃の範囲の、上の端に近い。

30分の湯で、不安とコルチゾールはどれだけ下がったか

2024年の試験は、20人(女性4人)に、39℃から始める30分の湯を3回、順番を入れ替えて受けてもらった[8]。空気の泡のマッサージ付き、水流のマッサージ付き、マッサージなしの3通りである[8]。

湯から出た後、心拍は31拍上がり、平均血圧は16mmHg下がったが、条件による差はなかった[8]。太ももの動脈の血流も増えたが、空気の泡の条件では増え方が鈍った[8]。不安と唾液のコルチゾールは下がり、効果量は−0.20と−0.11で、これも条件で違わなかった[8]。湯を楽しめた度合いも、条件で違わなかった[8]。

著者らは、湯につかることが心臓と血管の働き、不安、ストレスの指標に良い急性の反応を示したと結論している[8]。水流のマッサージに上乗せの効果はなく、空気の泡のマッサージは湯の熱が保たれにくい分、血管の反応の一部を鈍らせた[8]。

泡の出る浴槽は、気持ちの数字を上乗せしなかった。泡が湯の熱を逃がした分、むしろ血管の反応が弱まった。入浴後のだるさと血圧の下がり方は、同じ特集の別の記事で読むので、ここでは気持ちの側に絞る。

いちばん快適だったのは、体の中の温度がいちばん上がらなかった加温

2026年の試験は、健康な若い男性14人に、約50℃の砂むし、約41℃の湯、約80℃のサウナの3つの加温を、それぞれ20分、順番をランダムに入れ替えて受けてもらった[4]。

体の中の温度は、湯、サウナ、砂むしの順に高く上がった[4]。80℃のサウナより、41℃の湯のほうが体の中の温度を上げたのである。吐く息の二酸化炭素の分圧は、砂むしでは保たれ、湯とサウナでは下がった[4]。平均血圧と下の血圧は、回復の終わりに下がり、その反応は3つの間で似ていた[4]。温熱の快適さは、加温の終わりに砂むしがほかの2つよりも快適だった[4]。著者らは、砂むしが、湯やサウナより呼吸と感じ方の負担を小さく保ちながら、血圧を下げる利点をもたらしうると結論している[4]。

体の中の温度がいちばん上がらなかった砂むしが、終わりにいちばん快適だった。この並びは、快さが体の中の温度の状態で変わるというアリエステジアの枠組みと矛盾しない、という読み方ができる。ただし、測ったのは快適さで、後で読むように快さとは別の物差しである。14人の男性の試験で、アリエステジアを確かめるために組まれた試験でもない。

湯の熱さの感じ方には、まだ決まった物差しもない。2023年のスコーピングレビューは、18〜60歳の健康な人が全身を水につかる研究のうち、条件を満たした23本を集め、そのうち9本が行動の反応を測っていた[10]。水の中での温度の感じ方に特化した標準の物差しは、まだないという[10]。温度の感じ方はさまざまな水温の範囲でそろっていて、体の熱の出入りの釣り合いと強く結びつき、つかる時間の長さが、暑くも寒くもない範囲、快適な範囲、温度の感じ方に影響していた[10]。

サウナの後の快感は、同じサイトの「ととのうの科学的根拠はあるか、サウナ後の快感を脳と血液から読む」に譲る。汗をかいたときの気持ちよさは「汗をかくと気持ちいいのは汗の効果?暑さの解消と運動後の快感を読み分ける」が扱っている。こちらは湯につかる側の話を続ける。

数字で読む湯と快さ

  • 27〜42℃: 総説が挙げる、痛くない温度の範囲で働く温度のイオンチャネルの範囲[12]。
  • −0.20と−0.11: 39℃から始めた30分の湯で、不安と唾液のコルチゾールが下がった効果量[8]。
  • 31拍と16mmHg: 同じ試験で、湯から出た後に心拍が上がった数と、平均血圧が下がった幅[8]。
  • 41℃と80℃: 湯とサウナ。体の中の温度は41℃の湯のほうが高く上がった[4]。
  • 23本と9本: 全身を水につかる研究を集めたレビューの本数と、そのうち行動の反応を測った本数[10]。
  • 362人: 5か月の温泉の試験を終えた人。温泉の群223人、比べる群139人[11]。

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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宮川涼 Founder

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