猫舌はなぜ起きるのか。猫舌そのものを試した研究は見当たらないが、健康な若い男性30人の口と顔を測った研究では熱さが嫌になる温度に人による大きな差があり、別の研究では口の中で舌の先がいちばん敏感だった。触れる面の広さ、直前の温度、年齢で動く範囲も読む。
立川駅北口の改札を出て、買ったばかりのカップのコーヒーに口をつける。ひと口目で舌の先がびくりとして、カップを離す。隣の同僚は、同じ店の同じコーヒーを平気ですすっている。同じ温度のはずなのに、と思う。
「猫舌」という言葉や、熱い飲み物そのものを使って試した研究は、この記事で読んだ論文の中にはない。だから「猫舌の人はこういう理由でそうなる」とは言い切れない。研究で分かるのは、その周りである。健康な若い男性30人で、顔と口に感覚を届ける三叉神経の領域の5か所を測った研究では、熱さを「不快」と感じ始める温度にも、「痛い」と感じ始める温度にも、人によって大きな差があった[8]。口の中では、舌の先がいちばん低い温度で温かさや熱さの痛みを感じる場所だった[3]。
もう一つの芯は、同じ人の同じ舌でも、条件で感じ方が動くことだ。舌の先に当てる面を広くすると、温かさと熱さの痛みを感じる温度が下がり[3]、舌の先の出発の温度を32℃にするか36℃にするかで、熱さの痛みの境目に差が出た[6]。年齢による差は、研究によって出たり出なかったりする[2][11]。猫舌は、体質の一言で片づけるより、「どこに、どれだけの広さで、どんな状態の舌に熱が当たったか」で読むほうが研究に近い、と私は考える。

研究の参加者は、熱いお茶を飲んでいない
この記事で読む研究の多くは、口や顔の温度の感じ方を、定量的感覚検査と呼ばれる決まった手順で測っている[2][10]。温度を上げ下げできる装置を皮膚や粘膜に当て[7]、冷たさに気づいた所、温かさに気づいた所、冷たさが痛みになった所、熱さが痛みになった所を記録する[2][6]。それぞれを冷たさと温かさの検出のしきい値、冷たさと熱さの痛みのしきい値と呼ぶ。しきい値とは、感じ始める境目のことである。
参加者が感じていたのは、舌の先や下唇、あご、頬、額、手に当てられた装置の温度だった[2][6]。カップもスープも出てこない。この記事で読む数字は、熱い飲み物を口に含んだときの「熱い」と同じものではない。その違いを頭に置いて読み進めたい。
参加者の顔ぶれも見ておく。健康な人を対象にした研究ばかりだが、人数は10人から70人ほどで[4][10]、男性だけを集めた研究も少なくない[4][6][8]。この記事の読者に多い若い女性だけを調べた研究は、ここにはない。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
熱さは「痛い」より先に「嫌」になる
2018年の研究は、健康な若い男性30人(平均26.1歳、23〜32歳)で、三叉神経の領域の5か所の温度の感じ方を測った[8]。三叉神経は、顔と頭の皮膚や粘膜、そして口の中から、温度、触れたこと、痛みの情報を運ぶ神経である[18]。まず温度の気づきと痛みのしきい値を測り、続いて冷たさと熱さを「不快」と感じ始める温度を測った[8]。
結果の一つ目は、不快や痛みを最初に感じた温度が、人によって大きく違ったことだ[8]。二つ目は、熱さの不快のしきい値が、熱さの痛みのしきい値より平均で低かったことである[8]。熱は、痛くなる前に、まず嫌になる。冷たさでも、不快のしきい値は痛みのしきい値より平均で高い温度にあり、ばらつきは小さかった[8]。冷えていく途中の、早い段階で嫌になるということだ。
熱さの不快と熱さの痛みは強く相関し、どちらも場所による差があった[8]。冷たさの不快と痛みの相関は中くらいで、冷たさの不快には、冷たさの痛みと同じく場所の差がなかった[8]。著者らは、健康な若い男性で温度の不快と痛みのしきい値は違い、とくに冷たさと熱さでは、不快から痛みへ移る温度の関係が違うと結論している[8]。
猫舌の人が熱い一口で顔をしかめるとき、多くはこの「不快」の段にいるのかもしれない。飲み物で確かめた研究ではないので、読み方の一つとして置いておく。
熱さと痛みが近いのには、神経の側の理由もある。2019年の総説によれば、皮膚や粘膜の化学的な刺激と温度への敏感さを担う神経の末端は、痛みを担う神経と同じだというのが今の科学の合意である[18]。総説によれば、この化学的な感覚のおかげで、多くの脊椎動物は「触れる・焼ける・刺す・ぴりぴりする・温度が変わる」といった感じを起こす物質を感じ取れる[18]。口や鼻に刺激の強い物質が触れると、なぜそうした感じが生まれるのかが、長く調べられてきた[18]。そうした物質は味やにおいの感じ方も変え、食べ物や飲み物の風味に影響する[18]。受け手として、一過性受容体電位チャネルや酸感受性イオンチャネルが詳しく論じられている[18]。

口の中でいちばん敏感なのは舌の先、いちばん鈍いのは歯ぐき
2011年の研究は、健康な30人(女性15人、男性15人)で、口の外と中の6か所の温度のしきい値を測った[3]。口の中のしきい値は、冷たさの気づき、温かさの気づき、熱さの痛みのすべてで、舌の場所がいちばん低かった[3]。いくつもの場所の間で有意な差があり、著者らは、測る場所が口と顔の温度のしきい値に大きく影響すると結論している[3]。
2015年の研究は、16人の健康な人に、直径3mm、5mm、10mmの先をもつ簡単な温度の道具を使った[5]。室温、熱、冷の3つの温度を、舌、唇、上の前歯と小臼歯のそばの歯ぐき、口の外の左右の頬の9か所に順番を入れ替えて当て、感じた強さを0〜50〜100の数字で答えてもらった[5]。舌がいちばん敏感な場所で、歯ぐきがいちばん鈍い場所だった[5]。
同じ口の中でも、舌と歯ぐきでは、熱の受け止め方が違う。熱いものが舌の先に当たるか、歯ぐきの側へ流れるかで、同じ温度でも受け止める場所の敏感さが違うことになる。これは研究の数字からの読みで、飲み物で試されたわけではない。
この研究には、測り方の注意も書かれている。10人を同じ日に2回、別の日にもう一度測り直したときの一致の度合いは、小臼歯のそばの冷たさの0.09という低い値から、頬や舌の冷たさの0.92を超える高い値までばらついた[5]。著者らは、場所によって信頼性が大きく違うと断ったうえで、口の中の温度の感じ方を半定量的に測ることは、口の中の痛みの臨床の研究にも使えると結論している[5]。
舌の先も、あご先の皮膚よりは熱に強い
ここで一つ、意外な比べ方がある。2018年の研究は、中国の健康な人の20〜40歳の20人(男女10人ずつ)と41〜61歳の20人(男女10人ずつ)で、左手、左右のあご先の皮膚、舌の先、下唇の内側の粘膜の5か所を測った[2]。
温かさの気づきのしきい値は、舌の先のほうが唇の内側の粘膜より低かった[2]。ところが、温かさの気づきと熱さの痛みのしきい値は、舌の先と下唇の粘膜のほうが、あご先の皮膚より高かった[2]。別の研究で口の中でいちばん敏感だった舌の先も、すぐ下のあご先の皮膚と比べると、熱さが痛みになるまでに高い温度が要るのである。
別の70人の研究では、眼の下とあごの皮膚は、手と比べて、冷たさの気づき、熱さの痛み、温かさの気づきなどで敏感だった[10]。手で触った感じと、顔の皮膚の感じは同じではない。
中国の研究では、舌の先と唇の内側は、あご先の皮膚より熱さの痛みに強かった。そして口の中では、舌の先がいちばん敏感だった[3][5]。猫舌の一口は、熱に強い口の中の、いちばん敏感な一点で熱を受けている、という読み方ができる。
触れる面が広いほど、熱さの痛みは低い温度で来る
2011年の30人の研究には、もう一つの問いがあった[3]。舌の先で、刺激を当てる面の大きさを変えたのである。面が大きくなるほど、温かさの気づきと熱さの痛みのしきい値は下がり、冷たさの気づきは下がらなかった[3]。広く触れるほど、低い温度で温かさに気づき、熱さを痛みと感じた。ただし著者らは、舌でのこの面の足し算の影響は控えめだとしている[3]。2015年の研究でも、直径10mmの道具は3mmの道具より高い点数になった[5]。
広く触れるほど熱く感じる話は、肌について、同じサイトの「岩盤浴のマットは広く触れるほど熱い?着衣と温度だけで決まらない感覚の足し算」が扱っている。こちらは舌の先の話に絞る。
面だけでなく、時間の当て方でも点数は動く。2018年の研究は、健康な20人の眼の下と舌の先で、高価な温度の検査装置と、安価なアルミの簡単な道具を比べた[7]。温度は5〜50℃の間で変えた[7]。最初の実験では、温度を少しずつ変えていく装置のほうが点数が高く、平均の差は二つの場所で7.2と10.2だった[7]。刺激の時間的な積み重なりの影響を調べた10人の対照の実験では、差は−0.3と2.2に縮んだ[7]。
研究室の高価な装置と、アルミの道具。時間の積み重なりを避けると、眼の下でも舌の先でも、二つの答えの差は小さくなった。著者らは、簡単な道具は高価な装置のない診療の場で役立つが、しきい値の測定には高度な装置が要るとしている[7]。
数字で読む舌と熱さ
- 30人: 三叉神経の領域の5か所で熱さの不快と痛みのしきい値を測った若い男性。不快のしきい値は痛みより平均で低かった[8]。
- 6か所: 口の外と中で測った場所の数。口の中では舌がすべての刺激でいちばん低いしきい値だった[3]。
- 9か所: 簡単な道具で比べた場所の数。舌がいちばん敏感で、歯ぐきがいちばん鈍かった[5]。
- 0.610: 舌の先で、冷やされることに敏感な人が温められることにも敏感だった相関の強さ。あごは0.379、頬は0.431[6]。
- 32℃と36℃: 舌の先の出発の温度。熱さの痛みのしきい値に差が出た[6]。
- 38.07℃と39.85℃: 顔と手を測った研究の、若い群と年上の群の熱さの痛みのしきい値[10]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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