辛いものを食べると汗が止まらないのはなぜか。カプサイシンが押すのは43度を超える熱に反応する受容体である。メントールに足して肌に塗ると汗は増えたが体温に差はなく、乳牛の研究でも体温に差はなかった。鼻の下の汗と、誤配線で耳の前に出る汗の話まで読む。
口の中の話なのに、なぜ額と鼻の下が濡れるのか。
短い答えはこうだ。唐辛子の辛味成分カプサイシンが押すのは、43度を超える熱にも反応する受容体TRPV1である[5]。この受容体は体温の調節にも関わっている[2]。体は、実際には熱くないものを、熱に近い信号として受け取っていると読める。そして食べものに反応して出る汗は、体温調節の汗や感情の汗とは別に「味覚性発汗」として分類されている[16]。
ただ、この説明には続きがある。メントールとカプサイシンのクリームを肌に塗って暑い部屋で自転車をこいだ実験では、メントールだけの条件より汗の量が増えたのに、体温は条件の間で動かなかった[3]。暑い季節に唐辛子を含む添加物を与えた乳牛でも、対照と比べて体温に差はなかった[17]。少なくともこの試験では、汗の差は体温の差を伴わなかった。
唐辛子と体脂肪の距離は「唐辛子とダイエットの科学 カプサイシンの熱さと体脂肪が減ることの距離を知る」が、辛さへの慣れは「ダイエットに辛いもの、慣れの実験は何を測った?ラットの餌選びと人の感覚」が先に書いている。こちらが追うのは汗だけである。

カプサイシンは、43度のボタンを押している
TRPV1は、43度を超える温度と、pH6を下回る酸に反応する、イオンを通す通路である[5]。皮膚と内臓に伸びる感覚神経の線維に多く、痛みと温度の情報を伝える[5]。カプサイシンは、この通路を開く物質として最初に見つかった[5]。
面白いのは、この通路を開くものが唐辛子だけではないことだ。植物、微生物、毒を持つ動物の神経毒にも、同じ通路を標的にするものがある。毒を持つ動物は、この痛みを敵を退けるのに使っている[5]。担々麺と毒をもつ生きものが、同じボタンを押しているわけである。
逆に、この痛みそのものが薬にもなる。低用量と高用量のカプサイシン製剤は、神経の痛みや手術後の痛みなどに向けた薬の候補として開発が続いている[2]。痛いものを当てて痛みを抑えるという、少し不思議な治療である。TRPV1の変異が痛みの感じやすさや体温調節の異常に結びつく病気も報告されている[5]。同じ担々麺で汗の量が人によって違う理由の候補の一つかもしれないが、辛いものの汗で直接測った話ではない。
もっとも、カプサイシンが人の体で何をするかの全部が分かっているわけではない。2020年のレビューは、この神経が体温調節と熱の感覚で果たす正確な役割を、未解決の謎の一つに挙げている[19]。汗の話を読むときは、ここが仮の地面だと思っておくほうがいい。
この神経を調べ続けたハンガリーの研究者ヤーノシュ・ソルチャーニ(1938〜2018)の教え子たちは、この神経には三つの仕事があると整理した。情報を中枢へ送る仕事、その場で反応を返す仕事、離れた場所でホルモンのように炎症と痛みを抑える仕事である[13]。感じるだけの神経ではないのだ。この研究室は、熱の痛みの閾値を測るために、温度の上がる熱板と水槽まで自作している[13]。辛さの研究の土台には、熱い板の温度を上げながら測る、地道な道具作りがある。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
TRPV1を止める薬では、高体温が副作用になった
この通路が体温に関わるという話には、証拠として説得力のある失敗がある。
痛みの薬として、TRPV1を塞ぐ物質の開発が製薬会社で盛んに進められた。ところが高体温とやけどという副作用のために、2020年の時点で第2相試験より先に進んだ化合物はなかった[19]。熱さを感じる通路を塞げば痛みは減るかもしれないが、体は熱に気づけなくなる。やけどは理屈に合う副作用だ、と私は読む。
逆の側の実験もある。スナネズミ20匹の試験では、カプサイシンを注射された個体は、対照の個体より低い温度の場所を選んだ[6]。体を動かして涼しい場所へ移ったのである。ネズミの親戚の話だから人にそのまま移せないが、絵としては分かりやすい。信号を受けた体が、暑さから逃げているようにも見える。

「止まらない」のはなぜか
検索窓に打たれる言葉は「止まらない」である。ここは正直に書くしかない。辛いものの汗が食後どれだけ続くかを、確かな数字で示すことはできない。
手がかりは二つだけある。カプサイシンの刺激は、焼けるような痛みのあとに、その神経がカプサイシンにも熱にも反応しなくなる長い不応の時間を連れてくる。この「脱感作」の仕組みも未解決の謎の一つである[19]。神経の側がむしろ黙るのに汗が続くのなら、汗の持続は別の場所の話なのかもしれない。もう一つは、熱さの感じと汗が、実際の体温とは別に動くらしいということだ。体温を下げれば止まるという種類の汗ではないのかもしれない。扇風機の前で汗が引かないあの感じに、説明の入口があるとすれば、ここである。
カプサイシンを足して塗ると汗は増え、体温に差は出なかった。牛の体温にも差はなかった
人の実験では、10人が気温35度、湿度20%の部屋で最大出力の70%の自転車をこいだ試験がある。肌にメントールだけのクリーム、メントールとカプサイシンのクリーム、プラセボのクリームを塗り、限界まで続けた[3]。
メントールとカプサイシンを一緒に塗ると、メントールだけより熱い感じが強くなり、汗の量も多くなった[3]。ところが、限界までの時間(平均13.4分)、耳で測った体温、皮膚の温度、心拍数には、三つの条件で差がなかった[3]。
逆の面白さもある。メントールだけのクリームでは、運動のきつさの感じが下がり、涼しさも増したのに、限界までの時間は伸びなかった[3]。涼しいと感じることと、長く動けることは別なのである。
10人の小さな試験で、しかも食べたのではなく塗った実験である。それでも、感覚と汗は動くのに体の温度計は動かないという分かれ方は覚えておいていい。辛いものを食べたあとの「体が熱い」は、実際の体温の話とは限らない。
暑い季節に辛いものを食べると涼しくなる、という話はよく聞く。これに近い数字が乳牛の研究にある。目的は乳量などを調べることで、涼しくなるかの検証ではない。9週間の実験で、ホルスタイン36頭をカプセル入りの唐辛子を含む添加物が0、0.75、1.5g/日の3群に分け、体温も測った[17]。
呼吸数、直腸の温度、額や顔の皮膚の温度に差はなかった[17]。変わったのは別のところで、餌を食べる量が増え、脂肪補正乳と乳固形分の量も増えた[17]。体温に差はないが、食べる量は増えて乳はよく出る。牛の話を人にそのまま持ち込むことはできない。この論文の前置きには、カプサイシンは人とマウスで体温調節の性質を示してきたとあり[17]、動物によって話が同じではないことも分かる。涼しさの根拠を探しに行って牛乳の増産に出会うのは、研究を読む楽しみの一つである。
汗には、もともと三つの出どころがある
2015年のレビューは、人の汗を働きから三つに分けた。体温調節の汗、感情の汗、そして味覚の汗である[16]。それぞれに中枢と末梢の神経の構造が関わるので、汗の異常は神経の病気の場所を探る手がかりにもなる[16]。
つまり、辛いものの汗は暑さの汗の親戚とは限らない。汗の出どころが違えば、出る場所も違う可能性がある。ここが「なぜ鼻の下なのか」に一番近づける地点なのだが、鼻の下に集まる理由までは、確かな数字で説明できない。手がかりになるのは、配線の間違いで起きる極端な例である。
数字で読む辛いものの汗
- 43度: TRPV1が反応を始める温度。pH6を下回る酸にも反応する[5]
- 10人: メントールだけよりカプサイシン入りのクリームで汗が多く、体温に差がなかった試験の人数[3]
- 36頭: 唐辛子を含む添加物を0、0.75、1.5g/日で比べた乳牛の数。体温に差はなかった[17]
- 121例: 手術にも糖尿病にも関係しないフライ症候群の報告数。52%が鉗子分娩のあと[8]
- 24.42%: 赤面の手術のあとに味覚性発汗が出た人の統合割合[20]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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