インナーマッスルを座りながら鍛えたいとき、足を床から離すほどよいのか。椅子で行う腹部の運動、揺れる座面、背中の支えを調べた研究から、その場の筋活動と長期の筋力向上を分けて読む。仕事中の座り方を変える目的と、運動として練習する目的を整理し、無理なく取り入れるための判断材料を示す。
机の下で両足を浮かせると、メールの返信よりお腹の震えが気になった。座りながらお腹を鍛える方法を探すと、仕事の時間まで運動に変えたくなる。だが、「足の支えを減らすほど、お腹の奥に効く」という順番で考えるのは早い。座った姿勢でも腹部の筋活動を高める運動はあるが、ただ座面を不安定にすることとは分けて読む必要がある。[3][16]
答えの芯は、座りながらでも筋肉を使う練習はできる、ただし足を浮かせたかどうかだけでは効果を決められない、である。健康な男性を対象にした椅子での運動では、腹横筋を相対的に使う割合が従来の運動より大きかった。この男性の結果を18〜39歳の女性へそのまま当てはめられるかは、女性を対象にした検証が必要だ。[16]
仕事用の椅子を難しい運動器具にする前に、何を増やしたいのかを決めたい。運動中の筋活動なのか、座っている間の快適さなのか、長く続けた後の筋力なのか。同じ「効く」の中に入れてしまうと、研究の答えも、椅子の選び方も変わってしまう。[2][3][11]

座るだけと、座って運動することは違う
椅子での腰部安定化運動を調べた研究には、健康な男性23人が参加した。腰部安定化運動とは、腰まわりを安定させることを狙った運動である。前向きの単一群研究で、新たに考案した椅子での運動と、ブリッジなど従来の運動中の筋活動を、表面筋電図と超音波画像で比べた。18〜39歳の女性に同じ活動の比率が現れるかは、この男性の比較だけでは確定できない。[16]
考案されたのは、腹部を横方向に広げる運動と、腕の抵抗を使って股関節を曲げる運動である。いずれも等尺性収縮、つまり筋肉に力を入れながら動きを止めておく課題だった。椅子という家具の効果を試したのではなく、椅子に座って特定の力を出す課題を試したのである。[16]
結果は、両方の椅子での運動で、腹横筋の優先的な活動を表す比率が、うつ伏せと横向きのブリッジより大きかった。腹横筋・内腹斜筋の活動も、腹部を広げる運動では比較した従来の運動すべてより大きく、腕で抵抗を加える運動では、うつ伏せと横向きのブリッジより大きかった。[16]
ここで腹横筋は、お腹の奥の筋肉として注目された筋である。ただし、背中側の多裂筋の活動は別の動きをした。椅子での運動では、ブリッジや、四つばいで手脚を伸ばす運動より小さく、お腹を引き込む運動やうつ伏せのブリッジよりは大きかった。ある筋を使いやすい運動が、体幹全体で最も強い運動とは限らない。[16]
読者が持ち帰れるのは「椅子でも運動は成立する」という可能性である。「座り仕事をしていれば同じ刺激になる」ではない。キーボードに手を置いている姿勢と、腕で抵抗を作る課題には、同じ座位という名前が付いていても違いがある。比較の軸は、腹部を広げるか、腕で抵抗を作るかという課題の内容にある。[16]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
足の支えは、難しさだけで評価しない
足を床に置くか、台に置くか、浮かせるか。座って行う運動を探す読者には、この違いが気になるはずだ。けれども、ここまでの椅子での研究から、足を浮かせる方法が最も腹横筋を鍛えるという順位は作れない。支持を減らす発想と、目的の筋を使う課題を作る発想を、いったん離して考えたい。[16]
机の高さを合わせたい場面と、運動の抵抗を増やしたい場面も別である。足を浮かせたまま仕事を続ける方法を、椅子での等尺性運動の代わりとして扱わない。研究で使われた腕の抵抗を伴う股関節の運動は、「足が床に着いていない時間が長ければよい」という考えを試したものではない。[16]
不安定さを加えると、狙った筋が必ず多く働くのか。その問いには、座面を変えた研究が参考になる。健康なオフィスワーカー30人が、膨らませ方の違う動的クッションと、クッションなしの条件で、それぞれ標準の文章を1時間入力した。順序を無作為に割り付け、姿勢の移り変わり、筋活動、背骨まわりの不快感を調べた試験である。[3]
姿勢の変化と筋活動について、条件と時間の組み合わせによる統計学的に有意な効果はなかった。一方、条件間を詳しく比較すると、片方のクッションでは姿勢の移り変わりと腰部多裂筋の活動が、クッションなしやもう片方のクッションより大きかった。不快感の軽減は、どちらのクッションでも確認された。[3]
クッションの比較で目立つのは、膨らませ方によって姿勢の移り変わりと腰部多裂筋の活動が異なった点だ。座面の圧力を測るマットで姿勢の変化を追い、表面筋電図で腹横筋・内腹斜筋と腰部多裂筋を測っている。体を支える道具を選ぶ場面では、座りやすさに加えて、どの部位の反応を評価した試験なのかを見る。一方、能動的な運動を選ぶ場面では、腕の抵抗など、本人が実行する課題の内容を確認する。この役割分担で読むと、道具と運動を比較する軸が定まる。[3][16]
お腹に力を入れ続けることが正解なのか
座り仕事では、筋活動を増やす話と、疲労を軽くする話が隣り合う。長時間座ることによる体幹筋の疲労と、体幹運動の関係をまとめたスコーピングレビューでは、最初に見つかった106報のうち8報が採用された。スコーピングレビューとは、研究の広がりと論点を整理するレビューである。[2]
運動中には、疲労した体幹筋の筋電図の振幅を表す値が増加していた。一方、運動介入後の評価では、脊柱起立筋の筋収縮の性質を調べる測定に改善がみられたものの、筋電図の結果は明確でなかった。筋活動の大きさ、疲労に関連する信号、筋収縮の性質は、同じ検査の別名ではない。[2]
レビューでは、長く座った後に低下した筋電図の中央周波数が、腹横筋と内腹斜筋では有意に増加した研究も取り上げられた。ただし、介入研究の中心は背中側の脊柱起立筋であり、それ以外の筋に関する研究は少なかった。体幹運動による疲労への利点は考えられるが、「勤務中ずっとお腹に力を入れればよい」という結論とは距離がある。[2]
背中を支えることを、筋肉を怠けさせる行為と決めつける必要もない。健康な30人を対象に、支えなし、フォーム素材の背当て、天然ゴム素材の背当てを比べた無作為化試験では、60分の座位を調べている。支えなしでは、座り始めに比べて終了時に腹横筋・内腹斜筋の疲労が大きくなった。[4]
この試験は、背当てによる深部体幹筋の疲労軽減を示し、支えを使う条件では満足度も高かった。ただし、不快感はどの条件でも座っている時間とともに増えた。支えがあれば座り続ける問題がすべて消えるわけでもない。背当てを外して我慢した時間を、腹筋の練習時間として数え直すのはやめたい。[4]
筋電図は筋肉の電気的な活動を捉える方法だが、同じ信号にも着目点がある。レビューが整理した振幅の値は、運動中の活動を捉える指標だった。中央周波数は、長時間座った後の疲労に関する変化として扱われた。さらに筋収縮の性質を調べる測定では、左右の脊柱起立筋の収縮時間がそろう方向への変化も報告されている。「筋肉を測った」とひとまとめにせず、信号の大きさを見たのか、周波数を見たのか、収縮時間を見たのかを追うと、結果の食い違いを読み解きやすい。[2]
評価の時間軸にも目を向けたい。長時間座位と体幹運動のレビューで扱われた介入後の評価は、9日から8週間に及んでいた。運動している最中の反応と、介入を続けた後の反応を区別したうえで、測定法ごとに結果を整理している。お腹に力が入った瞬間の感触だけで、続けた後の効果まで決めてしまわないための視点である。[2]
さらに、支えを使う試験の満足度は、筋の疲労そのものとは別に調べられていた。天然ゴムの背当てはフォーム素材より座位を通じた満足度が高かったが、素材への満足と腹横筋の活動量を同じものとして選ぶことはできない。家の椅子で試すときも、「座りやすかった」と「運動として練習した」を別の言葉で残すと、次に何を変えるかが見えやすくなる。[4]
運動のために力を出す時間と、作業のために支えを使う時間。それぞれに目的を置くほうが、筋活動と疲労の研究を暮らしへ結び付けやすい。[2][4][16]
数字で読む座位と腹部の研究
23人:椅子での新しい運動を従来の運動と比べた健康な男性が対象だった。[16]
30人・1時間:動的クッションを使い、文章入力中の筋活動や不快感を比べた試験の規模と課題時間に当たる。[3]
8報:長時間座位による筋疲労と体幹運動を整理したレビューに採用された論文数だ。[2]
24人・3.292mm:慢性腰痛のある人の試験で、お腹を引き込む課題を加えたときの、対照条件に対する座位での身長回復の改善量である。[6]
34人・8週間:ピラティスと筋力トレーニングを比較した予備的な無作為化試験の人数と期間である。[13]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2





