医者の不養生という言葉の先に、論文は別の姿を見せる。見た目のBMI判定の正答率は52%、研修医の98.5%が重要と答えた肥満は記録に残りにくく、患者は責任を自分に置いていた。医師自身の運動が助言に映るという報告まで、診察室の体重の話を数字で確かめる。
医者の不養生、という言い回しがある。人には健康を説きながら、自分の体には手が回らない。少しからかいの混じった言葉だ。体重の話になると、この言葉はもう一段ややこしくなる。診察室で「少し痩せましょう」と言われた人は、言った本人の体形をつい見てしまう。何も言われなかった人は、問題がないのだと受け取って帰る。
ところが論文を開くと、話の中心は不養生の有無から外れていく。医師の体重そのものを調べた研究は、この題で集めた中にほとんどない。多いのは、医師が患者の体重をどう見積もり、どう記録し、どう切り出しているかを調べた研究だ。少数だが、医師自身の運動の習慣が助言に表れるという報告もある[7]。
「説教する先生」も「言うだけの先生」も、数字の中にはあまり出てこない。出てくるのは、問題の重さを分かっていながら、限られた診察の流れの中で言葉にしにくい人たちの姿である[2][4]。

見た目の判定は、半分ほどしか当たらない
内科、家庭医療、産婦人科で最初の診療を担う人たちを調べた調査がある。280人のうち206人(74%)が回答し、患者のBMI(身長と体重から求める体格の指標)を見た目で判定した正答率は52%だった。外し方には偏りがあり、低く見積もる誤りが36%、高く見積もる誤りが12%である[4]。目の前の人を実際より細く見る方向に、判定がずれやすい。
日々患者を診ている専門家でも、目で測ると精度はこの程度にとどまる。著者らの結論は「見た目の判定は当てにならない」で、これは医師の腕を問う言葉というより、見た目に頼らず測る理由を示す言葉である[4]。朝の鏡の前で自分の体形を判定している私たちの目も、たぶん同じくらい怪しい。
測れば話は変わる。ジュネーブで12人のプライマリケア医(最初の相談先となる医師)が24人のボランティアを繰り返し測った研究では、測る人が変わっても、体重、身長、BMIの一致は極めて高かった(信頼性の係数Rは0.99超)。一方、腹囲のRは0.92、腰回りは0.76、腹囲と腰回りの比は0.51にとどまった。体形の区分の取り違えも、BMIでは1%なのに、腹囲では6%、腹囲と腰回りの比では23%あった[13]。
1時間の講習を受けると、一致は腹囲0.97、腰回り0.92、比0.89まで上がった。それでも区分の取り違えは腹囲で5%、比で9%残っている。著者らは、医療の場で肥満を見つける物差しとしてはBMIが最も確かで、腹囲や比に頼る勧告には再検討の余地があると述べた[13]。測る人の手が違えば、巻き尺の数字は違ってくる。健診の腹囲が去年より1 cm増えた年に、測った人まで同じだったかを思い出す人はあまりいない。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
重要だと答えた人が、書き残せるとは限らない
研修医への調査と診療記録を突き合わせた研究がある。内科の入院1,765件について、研修医が書いた入院時の記録と退院時の要約を調べ、あわせて研修医全員に肥満の認識を尋ねた。研修医の98.5%は肥満を極めて重要な医学の問題と考え、90%は肥満2度の体形図を正しく見分け、80%はBMIを正確に計算できた[2]。知識の欠けた人たちの話とは違う。
ところが、入院時の記録や退院時の要約にBMIや現在の体重が書かれていた例は、1,765件のうち1件もなかった。肥満のある患者のうち、入院時か退院時の評価や計画の欄に肥満が書かれた人は6%である。研修医の見込みと実際の間にも開きがあり、入院患者に占める肥満の割合は推定75%に対し実際35%、入院時の記録に肥満が書かれた割合は推定94%に対し実際49.5%だった[2]。
著者らはこの差を、適切な紹介や治療を始める機会を逃している状態と表現した[2]。入院には別の理由があり、目の前の急な病気が先に立つのは自然なことだろう。なぜ書かれなかったのかは、論文の要約からは分からない。分かるのは、大事だと思うことと書き残すことの間に工程が一つあり、その工程が思いのほか細いということである。
子どもの入院でも形は似ている。高度な医療を担う小児病院で、過体重や肥満のある2〜18歳の入院300人の記録を調べると、医師、研修中の医師、医学生が過体重や肥満を記録に挙げたのは8.3%にあたる25人、対応の計画に挙げたのは4%にあたる12人だった[6]。指導医が身体診察、評価、計画の欄に書いた割合が最も高く、医学生が最も低かった。著者らはこの結果も、診療と教育の両方の機会を逃していると位置づけている。

外来で肥満に手が届くのは、3回に1回
National Ambulatory Medical Care Surveyという全国の外来診療の調査(2006〜2007年)を分析した横断研究では、20歳以上の肥満の人の受診のうち、肥満への対応につながったのは32.66%だった[14]。起きやすさには条件がある。最初の相談先となる医師は他の医師よりオッズ比で2.37倍(95%信頼区間1.69〜3.36)対応しやすく、急な不調の受診に比べ、予防の受診はオッズ比2.23、慢性の病気の受診は1.93だった。診察の時間が長い受診、持病が多い人、BMIが40以上の人でも、対応を受ける見込みが高かった。
これは横断の調査なので、診察を長くすれば必ず話が増えるとまでは言えない。ただ、急な腹痛で駆け込んだ朝に体重の話が出にくいのは、数字の上でも見えている。予定を立てて来る受診のほうが、体重の話が入り込む余地が広いのかもしれない。これは数字からの私の読みで、論文の結論ではない。
先の調査でも似た形が見える。91%が日常的にBMIを計算すると答えた一方で、日常的にBMIについて話すと答えたのは61%だった[4]。計算する工程と話す工程の間に、30ポイントの開きがある。著者らは、肥満について患者と一貫して話し合えていないこと、治療の選択肢について知識が足りないと感じる医師が多いことを挙げ、医療以外の職種との協力が医師の負担を減らせるかを調べる必要があると述べた[4]。診察室の問題を、診察室にいる一人の努力だけに負わせない視点である。
医師は患者の関心を見積もり、患者は責任を自分に置いていた
ACTION-IOは11か国で行われたオンライン調査で、イスラエルの回答は肥満のある人750人と医師169人である。肥満を慢性の病気と見る人は、肥満のある人で70%、医師で95%だった。数字が大きく開くのは責任の置き場所である。肥満のある人の88%は減量の責任がすべて自分にあると考えていたのに対し、責任を患者に置く医師は19%だった[19]。数字だけを見れば、責任を患者に置く医師の割合は、責任を自分に置く本人の割合よりずっと低い。少なくともこの調査では、減量の責任を本人に置く見方は、医師より本人の側に強かった。
切り出しの場面では、すれ違いも見える。医師が体重の話を切り出さない主な理由は、患者の関心が薄い(71%)、動機が乏しい(70%)と見ていることだった。ところが肥満のある人の69%は医療者から切り出されることを好ましいと答え、まだ話したことのない人の68%は切り出してほしいと答えた[19]。医師は相手の関心を低めに見積もり、本人は言われるのを待っている。
ただし、切り出せば解決するわけでもない。体重について話したことのある人の59%は、その話が少し役に立った程度か、全く役に立たなかったと答えた[19]。医師の82%は減量の支えとして最も有効な職種に管理栄養士を挙げ、肥満のある人の80%、医師の90%は治療を複数の職種のチームで行うべきだと考えていた。一人の医師の言葉に全部を載せる形には、医師の側も無理を感じているのかもしれない。イスラエルの自己申告の調査なので、日本の診察室にそのまま当てはめることはできないが、確かめてみたい問いは残る。
数字で読む診察室の体重
52%:最初の診療を担う人たちが、患者のBMIを見た目で判定したときの正答率[4]。
23%と1%:12人の医師の測定で、24人のボランティアの体形の区分を取り違えた割合。順に腹囲と腰回りの比を使った場合、BMIを使った場合[13]。
75%と35%:入院患者のうち肥満の人の割合。順に研修医の推定、実際の値[2]。
32.66%:肥満のある20歳以上の外来受診のうち、肥満への対応につながった受診の割合。2006〜2007年のNational Ambulatory Medical Care Surveyの値[14]。
59%:イスラエルの調査で、体重について医療者と話したことのある肥満の人のうち、その話が少し役に立った程度か全く役に立たなかったと答えた人の割合[19]。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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