手書きは記憶に残るのか、有名な実験を再現したら手書きの優位は支持されなかった

手書きは記憶に残るのか。2014年の有名な実験を同じ雑誌で再現すると、手書きが直後の学習を高めるという説明は支持されなかった。脳波では差が出ても成績に出ない研究、子どもの文字学習では手書きが勝った研究まで、タイピングと比べながら順に読み進めていく。

「ペンはキーボードより強し」。2014年、心理学の専門誌にこの題の論文が載った。ノートパソコンで講義のメモを取った学生は、手で書いた学生より概念を問う問題の成績が悪かった、という内容である[19]。7年後、同じ雑誌に別の論文が載る。題は「まだノートパソコンを捨てるな」。その研究1をやり直したら、手書きが直後の学習を高めるという説明が支持されなかったのだ[4]。

手書きは記憶に残るのか。答えの芯は、誰が何を覚えるかで分かれる。学生の講義ノートに限れば、手書きが勝つとはもう言いにくい[4][8]。脳波には差が出るが、覚えた成績にはつながらないことがある[17]。差が出ているのは、文字そのものを覚え始める子どもの実験である[9]。

被引用の数も書いておく。論文データベース上で、元の論文は144、再現の論文は6である[19][4]。「手書きのほうが頭に入る」という話のほうをよく耳にすることと、この比は釣り合っている。店のサイトにある「ヨガの方法をメモするなら手書きか入力か、書く速さと理解を分けて選ぶ視点」はヨガのメモの選び方の話なのでそちらに譲り、ここでは覚えたかどうかを比べた実験だけを追う。

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2014年の実験が見つけたもの

元の論文は3つの研究からなる。ノートパソコンでメモを取った学生は、手書きの学生より概念を問う問題で成績が低かった[19]。それまでの研究の多くは、パソコンでは別のことをしてしまう、つまり気が散ることを問題にしていた。この論文が新しかったのは、メモ以外に何もしていなくても差が出るとした点である[19]。

概念の問題とは、事実そのものではなく、なぜそうなるかを問う問題である。著者の説明はこうだ。たくさんメモを取ること自体は役に立つ。ところがパソコンの学生は講義をそのまま写し取る傾向があり、内容を処理して自分の言葉に言い換えないので、学習に不利になる[19]。処理が浅くなる、という説明である。

筋の通った話で、題も覚えやすい。文房具屋の店先に貼りたくなる。ただ、1本の実験が筋の通った話を見つけたことと、その話が正しいことは、別の問題である。

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同じ雑誌の再現実験で、手書きの優位は支持されなかった

2021年の再現実験は、元の論文の研究1を、できるだけ同じ形でやり直した。講義の映像を見ながら、ノートパソコン(74人)か手書き(68人)でメモを取り、短い気晴らしの課題のあと、見直しの時間なしで小テストを受ける[4]。

メモの中身は、元の論文と同じ結果になった。パソコンの学生のほうが語数が多く、講師の言葉をそのまま写した語も多い[4]。ここまでは再現している。ところが小テストの結論は続かなかった。パソコンの学生が手書きの学生を上回ったわけではないものの、手書きが情報を頭に入れる段階(符号化)を良くして直後の学習を高める、という考えを結果は支持しなかった[4]。よく似た8つの研究を探索的に統合した小さなメタ分析(複数の研究を統合する解析)も、同じ傾向を示している[4]。

注意したいのは、ここで問われているのが書いた直後の学習だという点だ[4]。見直しの時間は与えられていない。現実の試験は何週間も先にあって、そのあいだにノートを読み返す。どちらのノートが読み返しに向くかは、この実験とは別の問いとして残っている。

語数との関係は少し細かい。元の論文でも再現でも、語数が多いほど小テストの点は高く、そのまま写した割合が高いほど点は低かった。ただし後者は再現実験では頑健ではなかった[4]。どちらも語数や写した割合と点の関連を見たもので、語数や写し方をくじで割り付けて比べた結果ではない。つまり「言い換えないと損をする」という部分は、再現では確かめきれなかった。

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打てば2倍以上書けるのに、点に有意な差は無かった

別の観察研究でも似た結果が出ている。米国の医学生68人を手書き、ノートパソコン、タブレットに振り分け、同じ発表を見てメモを取らせた。事実の記憶も概念の理解も、3群に有意な差は無かった(P=0.61)[8]。メモの語数の中央値は手書きが121語、タブレットが131.5語、パソコンが297語である[8]。2倍以上の語数を打っても、点数に有意な差は出なかった。

著者の結論は「好きな方法を選ぶよう学生に勧めるべきだ」である[8]。1日だけ1か所で行った観察研究なので一般化はできないが、語数をどれだけ稼いでも点が伸びるとは限らないことは分かる。

手書きに有利な現場の報告もある。薬学の専門職課程で、希望者11人がノートパソコンをやめて手書きにしたところ、以降の試験でパソコンの学生より約3.5ポイント高く、授業中に気が散りにくかった[13]。ただし11人は自分から手書きを選んだ学生で、くじで分けていない。もともと真面目だった可能性を消せないし、著者もさらなる研究が必要だと書いている[13]。

脳波では手書きに広いつながりが出る。ただし成績は別である

では手書きの優位を示す論文は何を見ているのか。よく引かれるのは脳波である。大学生36人が、デジタルペンで書くときとキーボードで打つときの脳波を256個のセンサーで記録した研究では、手書きのほうが脳の部位どうしのつながりがはるかに広かった[12]。著者は、これらの領域と周波数のつながりが記憶の形成に重要だとする既存の文献を引き、子どもの手書きの機会を守るよう訴えている[12]。ただ、この実験が比べたのは書いている最中の脳波である。

2025年の総説も、手書きは運動、感覚、認知に関わる広い回路を動かし、タイピングはより少ない回路しか使わないと整理し、手書きは学習と記憶の保持の大切な道具だとしている[2]。ここまでは手書きの完勝に見える。

では脳波と成績を同時に測るとどうなるか。インクのペン、デジタルペン、キーボードで外国語の単語を学ばせた2021年の実験がある。単語の意味処理に関わるN400という脳波の指標では、ペンで学んだ単語のほうがキーボードより大きな効果を示した[17]。著者はこの効果が大きいほど学習が進んだと仮定している。そして、行動の成績は書く道具によって変わらなかった[17]。脳は違う反応をした。成績は変わらなかった。著者は手書きの動きが新しい単語の記憶を助けると結論しているが[17]、その根拠は脳波のほうである。

脳が忙しく働くことと、あとで思い出せることは、同じ話ではない。広いつながりが学習に有利だという読みは魅力的だが、それは推論であって、点数で確かめた結果ではない。

文字を覚え始める子どもでは、話が変わる

大学生では揺れる話が、文字を習い始める子どもの実験では違う結果になる。文字を読み始める前の子ども50人に、9つの文字と、その文字でできた16の無意味語を学ばせた実験がある。手で写す、なぞる、複数の字体で打つ、1つの字体で打つ、の4条件を比べると、手を使った群は読み上げ、書き取り、見分けのどの課題でも正答率が高かった[9]。著者は、読み書きを身につける時期に紙と鉛筆をデジタル機器に置き換えることに慎重であるよう求めている[9]。

大人が単語の意味を覚える場面と、子どもが文字の形を覚える場面は、同じ「記憶」でも別の仕事である。著者は手を動かす経験が文字の学習に大切だと解釈している[9]。この50人の実験の範囲では、字の形を覚える時期に手書きの群の成績がよかった、と言ってよさそうだ。

ただし、ここにも例外がある。書字障害と診断された日本の9歳の男児に、キーボードの指導をした症例報告では、書くときより打つときのほうが負担の評価がはっきり低く、打つ速さは手書きの速さを追い越し、誤りや書き直しも減った[11]。1人の報告で一般化はできないが、手書きの負担が大きい子どもがいることは、忘れないほうがいい。

数字で読む手書きと記憶

  • 144と6: 元の論文と再現の論文の被引用数。発表の年が違うので単純には比べられない[19][4]
  • 74人と68人: 再現実験のパソコン群と手書き群。手書きの優位は支持されなかった[4]
  • 297語と121語: 医学生のメモの語数の中央値。点数に有意差なし(P=0.61)[8]
  • 256個: 脳波のセンサーの数。大学生36人で手書きのつながりが広かった[12]
  • 50人: 読み始める前の子どもの実験。手を使った群はどの課題でも正答率が高かった[9]
  • 3.5ポイント: 手書きを選んだ11人の差。くじで分けていない[13]

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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宮川涼 Founder

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