ランニング後に靴がきつく感じても、足囲や足の体積が同じ割合で増えたとは限らない。26人の10kmと20kmでは寸法と自己評価が動き、足底の圧力は部位で増減が分かれた。10分の歩行、24時間の競技、8週間の走り込みと並べ、感覚と寸法を一つの数字にしない見方を示す。
立川駅北口の改札を出たところで、朝は気にならなかった靴が甲を押してきた。ひもを一段ゆるめても、指の付け根のあたりが残る。ロッカーの前で、走ったから足がむくみ、足囲も靴のきつさも同じだけ増えた、と一枚のメモにまとめたくなる夜だ。
そのメモは、寸法と感覚を一つの出来事にしている。かかとから着地するレクリエーション走者26人では、10kmと20kmのトラック走のあと、ボール幅、足囲、土踏まずの高さ、足の体積に有意な変化があった。自己評価も、全体、前足、かかとの快適さ、アーチの支え、前足の幅で有意だった。有意の基準は0.05に置かれている。[2]
ただし足の裏にかかる力のピークは、一方向ではなかった。かかと、内側の中足部、中足骨では大きく上がり、母趾では下がった。第1中足骨だけを追うと、静止、10kmのあと、20kmのあとの順に上がり続けている。足囲がどれだけ変わったかと、靴のどこがきついと感じるかは、この記録では同じ一行にならない。[2]
既存記事「有酸素運動のランニングは腕を小さく振る?動きを省くほど楽とは限らない理由」には、腕の動きを省くことと楽さの問いを譲る。同じ特集の「ランニング後の体重増減、汗と糖の蓄えを分けて補給前後の数字を読む記録法」には、体重計の増減の読み方を譲る。ここで分けるのは、走ったあとの足の形・体積と、靴がきついという感覚を、同じ変化として扱ってよいかである。

走ったあとの足は、全体が同じ方向に大きくなるわけではない
26人が走ったのはトラックの10kmと20kmだ。足の形は3次元のスキャナ、感じ方は視覚的アナログ尺度、足の裏の圧力はインソール型のセンサで見ている。安静時の形と、走ったあとの形を、同じ人の中で比べる手続きである。[2]
有意だった寸法は、前足部の幅にあたるボール幅、足囲、土踏まずの高さ、足の体積だ。足囲だけが動いて、ほかは止まった、という結果ではない。報告されているのは、複数の寸法が有意に変わった、というまとまりである。[2]
圧力の向きは、そのまとまりから外れる。かかと、内側の中足部、中足骨のピーク圧は大きく増加した。母趾は減少した。第1中足骨は、静止から10km、さらに20kmへと連続して増加している。前足が全体として同じ割合で床を押すようになった、という絵にはならない。[2]
著者らは、形のばらつきと前足への荷重の集中が不快につながり得て、皮膚の問題や中足骨への負荷、とくに第1中足骨を示唆し得ると結んでいる。今夜の甲のあたりを、この一文で病名にしない。測った形と、測った圧力の分布が、不快や骨への負荷の話へ接続され得る、という結論の範囲だ。[2]
仕事帰りの5kmを、この20kmの縮図として扱わない。距離で追えた圧力の例は、第1中足骨が静止、10km、20kmの順に上がったことである。ボール幅、足囲、体積は、10kmと20kmの走のあとで有意に変わった、という報告の単位で置かれている。距離に比例して足囲が伸びる換算表は、この26人の手続きからは作れない。[2]
着地も限定されている。対象はかかとから着く走者だ。前足部から着く人へ、母趾と第1中足骨の圧力の型をそのまま写さない。夜の甲の感覚から、自分の着地がヒールストライクだったかどうかも決めない。[2]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
靴のきつさは、足囲の増減と同じ記録ではない
自己評価で有意だったのは、靴全体の快適さ、前足の快適さ、かかとの快適さ、アーチサポート、前足の幅である。形の項目と名前が近いのは前足の幅くらいだ。快適さは寸法そのものではない。アーチの支えの感じ方は、土踏まずの高さのミリとは別の列に置かれている。[2]
かかとのミッドソール、靴の中底のかかと部分の材料特性は、20kmの前後で測られている。結論は、その特性の変化と、足の形、靴の知覚、足底圧を合わせて、レクリエーションの長距離走用の靴の設計と材料選びに使う価値がある、と述べる。きつく感じた夜に、事情を聞く相手は足だけではない。靴の側も、20kmの前後で調べる対象に入っている。[2]
朝の玄関で通った靴が、夜の改札で甲へ苦情を出す。苦情の宛先を足囲だけにすると、ミッドソールの変化も、母趾で圧力が下がり第1中足骨で上がったことも、同じ口供に溶ける。きつい、は一つの形容詞で、記録は形、知覚、圧力、靴の材料に分かれる。[2]
中央線の座席でひもをゆるめた回数は、その日の対処として残してよい。その回数を、足の体積が何ミリ増えたかの台帳に書き写さない。知覚の点数が有意に動いたことと、体積が有意に動いたことは、両方ともこの26人の研究にある。二つの有意を、同じ割合の変化だった、とは結んでいない。[2]
売り場で、走った日の感覚だけをサイズの根拠にするのも同じ飛躍だ。20kmの前後で中底のかかとが調べられている以上、足の外形だけを採って、靴は不変だと決める手続きにはならない。新しい一足が必要かどうかは、別の日の安静時にもう一度履いてみる、という生活上の確認と、研究の指標を混ぜずに置く話である。[2]
10分の歩行で体積は増えたが、女性では同じ結果にならなかった
ランニングの前に、もっと短い体重負荷を置いておく。50歳以上の健康な人31人で、右足の体積を体積計で測り、10分のトレッドミル歩行と10分のアップライト式自転車を、順を無作為にしている。各条件の前に安静を取り、運動の直後に再び体積を測った比較だ。[4]
歩行では、前が平均742.39 ml(95%信頼区間685.23〜799.55)、後が平均753.03 ml(95%信頼区間697.51〜808.55)で、差は有意だった。著者らは、10分のトレッドミル歩行のあと足の体積が1.4%増えた、とまとめている。数字つきで有意とされた前後差は、体重が乗る歩行のほうである。著者らはこの結果に基づき、もともと浮腫のある活動的な高齢者には、体重の乗りにくい運動を考慮してよい、と述べている。[4]
この1.4%を、20代の女性が夜に走る距離へ移さない。対象は50歳以上で、女性だけでは歩行後の体積に有意な変化がなかった。男性の平均は、歩行前871.00 ml(95%信頼区間793.95〜948.05)、歩行後886.20 ml(95%信頼区間811.28〜961.13)だ。全体の1.4%は、男女を分けたあとも同じ意味を持たない。[4]
20代の読者が「女性はむくまない」と短絡すると、50歳以上の10分歩行を、26人の10〜20km走の上に重ねてしまう。後者では足の体積を含む形が有意に変わっている。前者の女性の変化なしは、その年齢、その10分、その体積計の話だ。今夜の甲の感覚を、どちらか一方で打ち消さない。[2][4]
時計の針も、むくみの占いとしては出来が悪い。10分の歩行で体積計は動き、あとで見る24時間の競技では下肢の浮腫が否定されている。長いほど腫れる、短いほど無事、という並びは、この二つの手続きを同時に置くと崩れる。運動の種類と、測った量の名前を残すほうが、分数より先に来る。[3][4]
数字で読む足の体積と靴
26人:かかとから着地するレクリエーション走者。10kmと20kmのあと、足の形、自己評価、足底圧を測った人数である。[2]
1.4%:50歳以上31人で、10分のトレッドミル歩行後にまとめた足体積の増加。歩行前の平均は742.39 ml、後は753.03 mlだった。[4]
871.00 mlから886.20 ml:同じ歩行試験の、男性だけの前後の平均。女性では有意な変化はなかった。[4]
3.3から3.8:大学年齢の男性19人で、8週間の走り込みの前後。脚を上げたときの足の血液排出量で、単位は100 ml当たりのml。最大酸素摂取量は10%増えている。[5]
64%:同じ19人の筋ポンプ効率で、足関節の運動による排出を、脚を上げたときの排出で割った比。トレーニング後も変わらなかった。運動側の排出量は100 ml当たり2.7 mlのままだった。[5]
49人:24時間のウルトラマウンテンバイクに出た人数で、男性37、女性12。下肢の浮腫はなかった、と結ばれている。レース後の体重と脂肪量の相関はr=0.63だった。[3]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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