マラソンに向けて走り込んでも、体重計の数字が動かない人はいる。市民ランナーの試験と観察研究から、走る力と体脂肪の変わり方のずれ、練習の時期で揺れる食事、食べなさすぎた3日間に減ったもの、食べる時間を区切る二つの試験の食い違いまで、論文の数字で確かめる。
0.1 kg。普段どおりに食べながら4週間、持久走の練習を続けた男性ランナーたちの全身の脂肪の量は、平均でこれだけ増えていた[6]。減ったのではなく、わずかに増えていた。しかもその数字には±4.3 kgの幅が添えられていて、同じ4週間でも、人によって脂肪の動き方がかなり違ったことがうかがえる[6]。
大会に申し込み、週末の距離を伸ばし始めた人の多くは、走った分だけ体が軽くなることを心のどこかで当てにしている。練習の手応えはある。前より楽に同じペースで走れる。それなのに、朝の体重計の数字は先月とほとんど同じ。そういう人は珍しくない。練習の手応えと体重計の数字が別々に動く例は、ランナーを調べた論文の中にもいくつも出てくる。
練習が足りないのか、食べすぎなのか、それとも体重計という物差しが合っていないのか。答えは一つに決まらず、何を測ったかで景色が変わる。体重計に表れない変化があり、体重計にしか表れない変化もある。
走る力は伸びたのに、体重計は動かなかった
ポルトガルのリスボンの大学で体育を学ぶ18〜30歳の男子学生16人が、2020年9月にある試験へ加わった[1]。全員が持久走に慣れた人たちで、1人は決まりを守れずに1週目で外れ、15人が最後まで残った。4週間は普段どおりに食べ、別の4週間は午後1時から9時までの8時間に食事を2〜3回収め、残りの16時間は水とお茶、何も足さないコーヒーだけで過ごす。どちらを先にするかはくじで決め、どちらの期間も決められた練習の予定に沿って走った[1]。

写真: KeepActive Australia from Melbourne, VIC, Australia / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
結果は、走る力と体の中身で分かれた。最大酸素摂取量(体が取り込める酸素の最大量)と、その値に達するときの速さ、呼吸が急に増え始める地点の目安である第1換気閾値は、どちらの期間でも有意に改善した[1]。最大酸素摂取量とその速さは、長距離の記録を左右する主な要素とされる生理学の指標である[11]。一方で、体重、脂肪の量、脂肪を除いた体の量には、どちらの期間にも観察できる変化がなかった[1]。この結果をそのまま「走っても痩せない」と読むのは早い。参加者はもともと走り慣れた若い男性で、期間は4週間だった。練習がすでに日常になっている人が、同じような練習を続けたときに体重が動かなかった。この試験が示したのはその範囲である。それでも、練習の効果が出ることと、体重が減ることが別の出来事だという点は、市民ランナーが覚えておいてよい。
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
マラソンの10週前と直前で、体脂肪率は下がっていた
反対向きに見える結果もある。マラソンを男性は3時間未満、女性は3時間30分未満で走る経験豊富なランナー8人(平均34歳、うち女性5人)を、大会の10週前と1〜2週前に測った研究では、水中で体重を量る方法で求めた体脂肪率が18.7%から16.7%に下がった[12]。同じ期間に、最大酸素摂取量は体重1 kgあたり毎分51.6 mlから63.9 mlへ上がり、マラソンの強さで走ったときに使っている酸素の割合は、最大値に対して82.1%から72.3%に下がった[12]。同じペースが、体にとって相対的に軽い仕事になっていた。
この研究は比べる組を持たない8人の記録で、練習の中身も食事も人によって違う。それでも、大会に向けて練習を積む期間に、体脂肪率と持久力が同時に動いた例として読める[12]。リスボンの試験とは、測った物も違う。こちらは体脂肪率を求めた研究で、論文の要約には体重そのものの変化が書かれていないので、この8人の体重計の数字がどう動いたかは分からない。体脂肪率は下がったが体重は分からない、という記録の残り方そのものが、体重計だけでは練習の成果を見落としうることを物語っている。
練習の時期が変わると、皿の中身も変わる
競技として長距離を走るランナー7人を、準備期、試合期、移行期の三つの時期で追った探索的な研究がある[3]。各時期に食事の内容と体組成を調べると、エネルギー、たんぱく質、脂質の摂取量は時期によって有意に違い、炭水化物は統計的に差があるとは言えなかった[3]。腸内細菌も調べているが、研究者は、食事と練習の時期が同時に変わっていたため、細菌の違いを食事だけの効果として読まないよう注意を促している[3]。7人という人数も小さい。ただ、ランナーの食事が一年を通して一定でなく、練習の波と一緒に揺れていることは、この記録からも見える。
体重が動かない理由を考えるとき、この揺れは外せない。練習の量が増える時期に食べる量も増えれば、走って使ったエネルギーの一部は皿の上で埋め合わされる。ただし、集めた論文の中に、練習を増やした分だけ食べる量が増えたかを直接測った試験は無かった。ここは仮説のまま置いておく。
埋め合わせること自体は悪い話でもない。超長距離走の栄養について国際スポーツ栄養学会がまとめた見解は、練習で使うエネルギーをまかなえるよう、個人に合わせて練習の時期ごとに変える食事を、まず食べ物から組み立てることを勧めている[16]。長い距離を走った日曜と走らない月曜で同じ皿を前にしていいのか。この問いに見解が直接答えているわけではないが、練習の時期に合わせて食事を変えるという考え方ははっきり示している[16]。
食べなさすぎた3日間に、減ったもの
では、練習の重い時期に食べる量が足りないと何が起きるのか。男性の長距離ランナー6人で、3日続けての持久系の練習を、利用できるエネルギーの異なる2つの条件で比べた試験がある[2]。毎日、最大酸素摂取量の70%の強さで75分走る。違うのは利用できるエネルギーで、除脂肪量(脂肪を除いた体の重さ)1 kgあたり1日20 kcalに絞る条件と、45 kcalに保つ条件を比べた[2]。
絞った条件では、2〜4日目の体重と筋肉のグリコーゲン(筋肉にためた糖)が1日目より有意に低く、除脂肪量も2日目と4日目に低かった[2]。保った条件では、練習の期間を通して有意な変化は見られなかった。さらに、鉄の代謝に関わるヘプシジンというホルモンの血中の値が、4日目には絞った条件のほうで高かった[2]。走る前の筋グリコーゲンが少ないほど、運動後の血清鉄、ヘプシジン、炎症に関わるIL-6の値が高いという負の相関も報告されている。体重は確かに数日で減った。けれども、減った中身として測られていたのは筋肉の糖の貯えと脂肪を除いた体の量で、脂肪が燃えた証拠ではない。大会の前に体を軽くしようと食事を急に絞ると、減るのは走るための燃料の側かもしれない。6人の3日間という小さな試験ではあるが、向きははっきりしていた[2]。
ブラジルでは、サンパウロ国際マラソンを完走した30〜55歳の男性の市民ランナー44人を調べた研究がある[13]。大会前の週に3回分の食事の記録を取ってもらい、レースの前日、直後、1日後、3日後に採血した。このランナーたちのエネルギーの摂取量は推奨を下回り、炭水化物、食物繊維、葉酸、ビタミンE、ビタミンD、カルシウム、マグネシウム、カリウムも推奨より少なかった[13]。ゴール直後にはIL-6、IL-8、IL-1β、IL-10といった炎症に関わる物質が上がり、炭水化物が1日に体重1 kgあたり3 g未満の人は、5 gを超える人よりIL-8が高かった[13]。エネルギーを十分に取っていた人は、不足していた人よりゴール直後のIL-1βとTNF-αが低かった[13]。これは食事と炎症の結びつきを見た観察研究で、炭水化物を増やせば炎症が抑えられると確かめたわけではない。ただ、完走できる力を持つ市民ランナーの集団で、大会の直前の食事が推奨に届いていなかったという事実は、体重を気にしながら走る人の台所を少し照らしている。
数字で読むマラソンの練習と体
- 研究に加わった44人のうち、64日・4,486 kmの大会でゴールにたどり着いたのは30人(68%)(ヨーロッパを縦断する大会を移動式のMRIで追った研究)[17]
- 体脂肪率は18.7%から16.7%へ(マラソンの経験豊富なランナー8人を大会の10週前と1〜2週前に測った値。比べる組は無い)[12]
- 最大酸素摂取量は体重1 kgあたり毎分51.6 mlから63.9 mlへ(同じ8人の同じ期間)[12]
- 利用できるエネルギーは、絞った条件で20 kcal、保った条件で45 kcal(除脂肪量1 kg・1日あたり。男性の長距離ランナー6人の試験で、3日間の練習中に設定した値)[2]
- ゴール直後のIL-8は、炭水化物が体重1 kgあたり1日3 g未満の人のほうが、5 gを超える人より高かった(完走した男性の市民ランナー44人を食事の記録で分けた比較)[13]
- 脂肪の量は、FTO遺伝子のCの型を持つ54人で17.3 kg、持たない54人で14.2 kg(運動を続けている108人の横断研究)[19]
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
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