毎日の運動を習慣化したいのに、帰宅すると予定が消える。理想の姿と目の前の障害を対にするメンタル・コントラスティングを、女性や働く人の比較試験から読む。活動量が増えた研究と効果を確認できなかった研究を分け、楽しさの描き方、障害の書き方、行動へのつなげ方を考える。
運動着は用意した。動き終えたあとの爽快な気分も想像した。ところが帰宅すると、荷物を置いて椅子に座り、そのまま夕食の支度が始まる。運動後の晴れやかな顔は想像できるのに、玄関から着替えまでが抜けている。
運動を続けるために、理想と、始める前につまずく場面を一緒に考える方法がある。望む未来と、それを妨げる今の障害を対にして考える「メンタル・コントラスティング」を使い、身体活動が増えた無作為化比較試験がある。女性を対象にした試験では、健康情報にこの方法と行動計画を加えた群が、情報だけの群より活動的だった。[14]
ただし、これは毎日欠かさず運動できる保証ではない。研究の中心は活動時間や歩数の変化であり、活動量が増えたことと、意識せず自然に始める習慣が完成したことは分けて読む必要がある。[1][6][14] ここで考えるのは、理想の映像に、今日つまずく場所をどう描き足すかである。

理想のあとに現実を置くと、問いが変わる
メンタル・コントラスティングは、望ましい結果を思い描き、その実現を妨げる現在の障害と対照させる方法である。そこに「もし障害が現れたら、こう行動する」という実行意図を組み合わせたものが、MCIIと呼ばれる。ドイツの医療機関で働く看護職を対象にした無作為割付の介入研究では、願い、望む結果、障害、障害を越える条件付きの計画という順に取り組んだ。対象は職場のストレスであり、18〜39歳の女性の運動にそのまま当てはめられるかは別に検証する必要がある。[20]
日常に置き換えるなら、願いは「仕事のあとに体を動かす時間を持ちたい」、望む結果は「画面から離れて気持ちよく動く場面」、障害は「帰宅直後に通知を見ると、そのまま座り込む」である。これは研究の手順を運動場面に当てはめた応用例である。[20] 手帳には運動したい理由だけでなく、運動が始まらない場面も入る。
「自分は怠け者だ」と書いても、いつ何が起こるかは見えない。「通知を開く」「着替えを後回しにする」なら、次の動作を考える対象になる。障害を書く欄を人格の採点欄にしない、という使い方である。研究で用いられたのも、障害を見つけたところで止まらず、それを越える計画まで組む手順だった。[20]
理想だけを考える場合との直接比較もある。2型糖尿病の患者64人を対象にした試験では、望ましい将来だけを想像する群と、その将来を現在の障害と対照させる群を比べた。1か月後、後者では自己管理、とくに食行動の改善が大きかった。[12] 対象は糖尿病患者で、主な改善は食行動に関するため、18〜39歳の健康な女性の運動参加にそのまま当てはめることはできない。
この比較から受け取れるのは、明るい未来を描く作業と、障害を含めて考える作業は同じではない、という点である。[12] 「想像したから実現する」と期待するより、「想像した未来に行く途中で何が起こるか」と問い直す。運動着を買った未来には、洗濯かごも同居している。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
女性の試験では、情報に方法を足すと活動量が増えた
ドイツの都市部に住む30〜50歳の女性256人を対象にした無作為化比較試験では、全員が同じ健康情報を受け取った。そのうえで、一方の群だけがメンタル・コントラスティングと実行意図を組み合わせる方法を学んだ。評価したのは、本人が報告した週あたりの中等度から高強度の身体活動時間である。30〜50歳の女性の結果なので、18〜39歳の女性全体への適用には、年齢と生活条件の違いを考える必要がある。[14]
方法を加えた群は、情報だけの群と比べて約2倍活動的で、週あたりの差は約1時間だった。この差は介入後の最初の週から現れ、4か月の観察期間を通じて維持された。情報だけの群にも、開始前からの活動量の小さな増加はあった。[14] 知識が無意味だったという結果ではなく、同じ知識に自己調整の方法を足すことで差がついた試験である。
この「約2倍」は読み方を誤りやすい。自分の運動時間が必ず倍になる倍率でも、全員が同じだけ増やしたという意味でもない。比較した群の身体活動の結果であり、本人の報告をもとにした評価である。女子大学生の試験の偏η二乗0.065とも指標が違うため、共通の増加率として並べることはできない。[6][14] 毎日運動した人数の割合に置き換えたり、特定のレッスンへの出席率として使ったりしない。
また、ここで試されたのは、障害を考える方法と実行意図を組み合わせた介入である。無作為に割り付けた介入全体の比較であり、障害の具体化だけを取り出した因果効果や、障害を書いた人ほど動くという相関を測った試験ではない。[14] 紙を埋める作業だけを目的にすると、研究で扱った行動へのつながりが抜け落ちる。書く量より、望む行動と障害への対応がつながっているかを見たい。
立川駅北口に着いた時点で「今日は健康のために頑張る」と唱える場面を考える。それに対し、「帰宅して座ると着替えが後回しになる。ならば荷物を置いた流れで着替える」と書けば、検討する対象は具体的になる。これは試験の方法を暮らしに移すための例であり、着替えという動作自体に同じ効果量を約束するものではない。[14][20]
健康のためだけでなく、動く楽しさも理想に入れる
理想の内容を変えた試験もある。十分に活動していない女子大学生110人を、楽しさなどの感情的な側面を扱う群、役立つかどうかという実用的な側面を扱う群、標準的な方法の群に無作為に分けた研究である。開始時と介入4週間後に評価した。[6]
感情的な側面に焦点を当てた群では、ほかの比較群より中等度から高強度の身体活動が多かった。群間差の検定は有意で、報告された効果量は偏η二乗0.065だった。[6] これは統計上の差の大きさを表す指標であり、運動時間が6.5%増えたという意味ではない。運動を続ける人の割合でもない。
この研究は「将来の健康など考えなくてよい」と言っているのではない。何を望む結果として描くかを比べた試験で、十分に活動していない女子大学生では、楽しさに焦点を当てる方法が比較対象より有望だったという結果である。[6] 同じ結論を、運動経験や生活条件の違う人全員に広げる必要はない。
日常への応用例なら、「体に良いことをした自分」だけでなく、「好きな動きをしているときの楽しさ」を描いてみる。その場面を妨げるものも、「時間がない」だけで済ませず、「動きに自信がなく、始める前に気が重くなる」のように考える。感情に焦点を当てた研究を使うなら、楽しい結果と、その楽しさに届く前の引っかかりを対にする発想が合う。[6]
同じ試験内で参加者が挙げた結果や障害を質的に分析した報告では、感情的な判断と実用的な判断の関係が、生活の文脈を含む複雑なものとして整理された。[5] 楽しいか、役に立つかを完全に別々の箱に入れる必要はない。仕事終わりに動く時間を持ちたい理由には、健康への期待も、その時間の楽しさも入ってよい。
なお、この質的報告は、同じ110人の試験に関係する分析である。[5][6] 論文が別々にあるからといって、異なる集団で同じ効果が再現された証拠として数えない。理想を具体化するヒントとして読み、効果の確認は比較試験の結果として読むのが妥当である。
結果の受け取り方にも、気持ちと行動の区別が要る。試験で比べたのは、理想を鮮明に描けたという満足だけではなく、その後の身体活動だった。[6][14] 帰宅後の動きを考える場合も、書いて気分が上向いたことと、実際に着替えて動いたことは、別々に振り返るとよい。これは研究の評価対象にならった見方であり、ノートの完成度を評価する方法ではない。
また、同じ運動を望んでいても、楽しみにしている場面は本人の言葉で考えたい。「健康に役立つ」と「動いていて楽しい」は、試験でも異なる焦点として扱われた。[6] 好きな動作があるならその場面を描き、気の重さがあるなら何に引っかかるのかを考える。誰かの理想を写すより、自分の望む結果と自分の障害が対応しているかを見直すための使い方である。[20]
書き出した障害と、実際に始められなかった場面が違うこともあるだろう。その場合は、理想をさらに大きくする前に、何を妨げとして扱ったかを見直す。願いと障害と対応する行動をつなぐという、練習の骨格に戻るためである。[20]
数字で読む理想と障害の対照
256人:30〜50歳の女性を対象に、健康情報のみと自己調整法の追加を比較した試験の人数。[14]
約1時間/週:同試験で方法を加えた群と情報だけの群との身体活動時間の差。本人の報告による評価である。[14]
4週間:女子大学生の試験で、介入後の活動量を評価した時点。長年の定着を示す期間ではない。[6]
73人:勤務中の身体活動と間食を調べた日誌研究の従業員数。活動量は加速度計でも評価した。[1]
80人:睡眠情報にMCIIを追加しても、睡眠への追加効果が確認されなかった大学職員の試験人数。[4]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2






