「一、二、三」。大きな道場の稽古は、号令で動きます。何十人もの突きが同じ瞬間に空気を切り、気合いが重なって床が鳴る。あの音の中にいると、自分の体が群れの一部になったような感覚があります。空手と聞いて、あの景色を思い浮かべる人は多いはずです。
オンザショア立川店と同じ場所で稽古をしている、ワールド極真会空手連盟 東京支部の稽古は、その景色とは少し違います。号令をかける人と、それに応える人が、一人ずつ。極真空手 三段・師範代である代表が、あなた一人と向き合って教えます。
この記事では、空手を1対1のパーソナルで習うということを、大勢の道場の稽古と並べて書いてみます。選ぶときの分かれ目は、周りの勢いに乗りたいか、自分の一本をその場で直してほしいかです。同じ空手でも、大勢で習うのと一人で習うのとでは、稽古の性質がまるで違う。その違いを知っておくと、自分に合う習い方を選びやすくなります。

大勢の道場と1対1は、どちらが上かではなく性質が違う
号令の中では、流せてしまう
大勢で気合いを出すと、もう一本出せることがあります。ただ、その勢いに乗って動いた一本が、自分の癖を直した一本かどうかは別です。後ろの列で前の人をまねていれば、分からないところを分からないまま通り過ぎることもできてしまう。
拳を出した数は揃っている。でも、左の肩は上がったまま、右足には体重が乗らないまま。号令が次へ進めば、その一本をやり直すきっかけも流れていきます。私たちは、数が揃ったところで終わりにしたくありません。「いま、どこでつまずいたか」を見たいのです。
先輩を見て覚える楽しさや、仲間と張り合う面白さはあります。それでも、目の前の人の突きが伸びないなら、まずその突きの話をする。それがこの小さな道場の順番です。
その代わりに起きやすいこと
一方で、大勢の稽古では、指導者の目は全員に分かれます。号令は全員のための号令なので、一人ひとりの体に合わせて速さや強さを変えることはできません。右の突きは伸びるのに左が縮こまる、蹴るときに軸足のかかとが浮く。そういう自分だけの癖は、指摘されるまで、あるいは自分で気づくまで、そのまま残ることがあります。
質問も、しにくいものです。稽古の流れを止めてまで聞くのは気が引けるし、終わったあとには何を聞きたかったか忘れている。周りがみんなできているように見えて、「分からない」と言い出せない日もあるでしょう。
全員への号令をかけながら、一人ずつの足首の古傷や、拳を出す瞬間のためらいまで追いかけるのには限りがあります。うちでは、その細かいところを稽古の真ん中に置きます。小さい道場なので、あなたの左肩ひとつに時間を使えるのです。
1対1の稽古にあるもの
1対1の稽古は、この裏返しになります。場の熱はありません。隣で気合いを出してくれる仲間もいない。その代わり、指導者の目と手と声のすべてが、最初から最後まであなた一人に向いています。
号令は、あなたの呼吸に合わせてかけられます。速すぎれば落とし、余裕があれば上げる。先輩の背中の代わりに、師範代が目の前で動いて見せ、あなたの腕や肩の位置をその場で直す。比べる相手がいない代わりに、比べる基準は「先週のあなた」になります。
大勢の道場が「場に体を合わせていく稽古」だとすれば、1対1は「体に稽古を合わせていく稽古」です。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
受講対象(女性・小中学生限定)
オンザショア立川店と同じ場所で行う極真空手の稽古は、代表との1対1のパーソナルです。対象は女性と子ども(小中学生。男の子も習えます)で、大人の男性は対象外です。
1対1の稽古は、大人の女性にとっては「周りの目を気にせず、自分の体に合わせて始められる」習い方です。子どもにとっては、大勢の中だと緊張して動けなくなってしまう場合でも、指導者と二人なら自分のペースで始められる習い方になります。礼をする、返事をする、話を最後まで聞く。空手の稽古の基本は、1対1でも大勢でも変わりません。

1対1だからできること
体の癖と左右差に合わせて稽古を組める
人の体は左右対称ではありません。利き手、利き足、デスクワークで固まった片側の肩、昔ひねった足首。同じ突きを教わっても、出てくる形は一人ひとり違います。
1対1なら、稽古の組み立てそのものをその人の体に合わせられます。左の突きが縮こまる人なら左を多めに、軸足がぐらつく人なら蹴りの前に立ち方を丁寧に。全員が同じ数を同じ順でこなす必要がないので、「その人にいちばん必要なこと」から始められます。
癖は、悪いものとは限りません。その人の体がこれまでの暮らしの中でつくってきた、動き方の履歴のようなものです。1対1の稽古では、癖を消すことより先に、その癖がどこから来ているのかを一緒に見ていきます。
怖さの感じ方に合わせられる
空手を始めようとするとき、怖さを感じるのは自然なことです。拳が顔の前に来ること、大きな声を出すこと、強く打つこと、そもそも人と正面から向き合うこと。どこに怖さを感じるかは、人によってまるで違います。
大勢の稽古では、その怖さは自分で何とかするしかありません。1対1なら、怖さのありかを指導者に伝え、そこに合わせて距離や強さを調整しながら進められます。大きな声が恥ずかしい人は、最初は小さな声からでいい。打つのが怖い人は、まずミットに拳を当てるところから。怖さを無理に押しつぶすのではなく、「平気な範囲」を少しずつ広げていく稽古が組めます。
ちなみに、オンザショアには護身術の専用クラスはありません。護身術は、キックボクササイズと極真空手のレッスンの中で教えています。怖さと向き合う稽古は、そこにもつながっています。
質問がその場でできる
「いまの、どうして腰を回すんですか」。1対1の稽古では、そう思った瞬間に聞けます。流れを止めることに気を遣う必要はありません。止めて聞くことも、稽古の一部だからです。
理由が分かった動きは、体に入りやすいものです。ただ真似をするのではなく、なぜそうするのかを知ったうえで繰り返す。同じ十本の突きでも、意味を知って打つ十本は、号令に合わせて数を数えるだけの十本とは中身が違ってきます。質問を胸にしまったまま帰る日が、1対1の稽古にはありません。
ミットと受けの感触を、指導者の体で確かめられる
1対1の稽古で、いちばん贅沢なのはここかもしれません。あなたの突きや蹴りを受けるミットを持っているのは、三段・師範代本人です。
ミットを持つ側には、打つ側には分からないことが伝わります。拳がまっすぐ入ったか、少し斜めに逸れたか。力が腰から乗っているのか、腕だけで押しているのか。手のひらに返ってくる手応えでそれを読み取り、その場で言葉にして返します。「いまのは腕だけ」「いまのは腰が来た」。打った本人の感覚と、受けた側の手応えを、その一本ごとに照らし合わせられる。これは、ミットを持つ人と教える人が同じだからできることです。
受けの稽古も同じです。相手の突きや蹴りをどう受けるか、腕のどこで受ければ痛くないか、受けたあと体がどこへ流れるか。指導者の体を相手に、加減を確かめながら覚えていけます。目の前の人の腕の重さに触れながら覚えた受けの感覚は、頭だけで覚えるよりも忘れにくい。これは、私が指導の中で実感していることです。
周りの目を気にせず失敗できる
蹴ろうとしてよろける。突きと足の出がばらばらになる。気合いの声が裏返る。始めたばかりのころは、失敗のほうが多くて当たり前です。
大勢の前でそれをやるのは、大人でも子どもでも、それなりに勇気が要ります。1対1の稽古では、失敗を見ているのは指導者ひとりだけ。そしてその一人は、失敗を直すためにそこにいます。笑う人も、ため息をつく人もいません。失敗した回数だけ、直すきっかけが増える。そう思えると、稽古はずっと気楽になります。
この道場には、隠れる場所がない代わりに、恥をかく相手もいないのです。
三段・師範代が直接教えるということ
1対1のパーソナルといっても、誰が教えるかで中身は変わります。ワールド極真会空手連盟 東京支部の稽古では、東京支部長であり、極真空手 三段・師範代である代表が、直接あなたと向き合います。最初の礼から最後の礼まで、向き合う相手は代表本人です。
教えが伝言にならない
組織が大きくなると、上の人の教えが指導員に伝わり、指導員から生徒に伝わる、という形になることがあります。それ自体は悪いことではありませんが、伝わる途中で少しずつ形が変わることもあります。
代表が1対1で直接教える稽古には、その途中がありません。稽古を組み立てる人と、ミットを持つ人と、あなたの動きを直す人が、同じ一人です。前回の稽古で何がうまくいき、何が残ったかを覚えている人が、今回の稽古も組み立てる。積み上げが途切れずにつながります。
師範代という立場
師範代は、師範に代わって門下生を教える人のことです。教えることそのものを任された立場だと言っていいでしょう。その立場にある代表が1対1で教えるというのは、教える役目のすべてを、あなた一人の稽古のために使うということでもあります。
道場の考え方が、目の前の一人に向く
この道場は、大山倍達総裁の極真精神「頭を低くして(謙虚)、目を高くして(野心)、口を閉じて(静寂)、親孝行を基本とし、他を利する」を大切にしています。あわせて、総合格闘技・柔術・古武術の技も積極的に取り入れ、強さとは何かを追求しています。
大勢の道場では、こうした言葉は道場訓として全員で唱えるものかもしれません。1対1の稽古では、それが目の前の一人に向けた具体的な話になります。分からないことを分からないと言えること。人と比べるのではなく、自分の目標を高く持つこと。稽古の間は余計なことを考えず、目の前の一本に集中すること。言葉の意味を、汗をかきながら体のほうで知っていく稽古です。

稽古の1回の流れ
1対1の稽古の中身は、その日の体の調子と目的によって変わります。ここでは、一般的な流れを書いておきます。
礼で始まる
稽古は礼で始まります。「押忍」。向き合って頭を下げるその一瞬で、仕事や学校のことをいったん頭の外に置き、ここからは稽古の時間だと体に知らせます。1対1だからといって、礼が省かれることはありません。むしろ二人きりの稽古だからこそ、始まりと終わりの区切りをはっきりさせます。
準備運動
次に体を温め、関節をほぐします。1対1の良さは、ここにも出ます。今日は肩が重い、昨日歩きすぎてふくらはぎが張っている、といった体の状態を最初に伝えれば、準備運動もそれに合わせて変えられます。
基本
突き、受け、蹴り。空手の基本の動きを、一つずつ確かめます。大勢の稽古なら号令に合わせて全員が同じ数を繰り返すところです。1対1なら、うまくいかない動きには時間をかけ、できている動きは先に進む、という組み立てができます。一本ごとに「いまのは良かった」「もう少し腰から」と声が返ってくるのも、1対1の基本稽古ならではです。
ミット
基本で確かめた動きを、ミットに向けて打ちます。空を突くのと、ミットに当てるのとでは、体の使い方が驚くほど違います。当たった瞬間の乾いた音、拳から肩へ返ってくる手応え、何本か続けたあとの息の上がり方。汗がこめかみを伝い、呼吸が荒くなっても、ミットの向こうからの声が次の一本を引き出します。
最後に礼
最後は呼吸を整え、礼で終わります。「押忍」。最初の礼と同じ言葉でも、汗をかいたあとの「押忍」は少し違って聞こえるものです。その日の稽古で何ができて、何が残ったかを短く振り返るのも、1対1なら自然にできます。
1対1の稽古で気をつけたいこと
良いところばかり書いてきましたが、1対1には1対1の気をつけ方があります。
後ろの列がない
大勢の道場なら、きつい日は後ろの列で少し力を抜いて、呼吸を整えることもできます。1対1の稽古には、後ろの列がありません。指導者の目はいつもあなたに向いているので、こっそり休む場所がないのです。
だからこそ、休みたいときは自分から言ってください。息が上がって苦しい、足が痛い、少し気分が悪い。言わなければ、指導者はまだ続けられると受け取るかもしれません。1対1の稽古では、自分の体の声を口に出すことも稽古の一部です。「少し休みます」と言えることは、弱さではありません。極真精神の「頭を低くして」は、自分の限界を正直に認めることにも通じています。
体の状態は先に伝える
ケガや持病のある方は、稽古の前に医師へ相談してください。医師から運動を止められている方、妊娠中の方はご利用いただけません。そのうえで、昔ケガをした場所、痛みが出やすい場所、今日の体調は、稽古の最初に伝えておくと、そこに合わせた稽古が組めます。
1対1は、伝えたことがそのまま稽古に反映される習い方です。裏を返せば、伝えなかったことも、そのまま稽古に反映されてしまいます。遠慮は、この習い方ではいちばんの損になります。
比べる相手がいない
大勢の道場なら、仲間を見て自分の上達が分かります。1対1では、それがありません。自分が上達しているのかどうか、分からなくなる時期もあるでしょう。
そんなときは、比べる相手を「少し前の自分」にしてください。最初の日にできなかったこと、怖かったことを思い出してみる。前は届かなかった高さに蹴りが届く、前は出なかった声がいまは出る。上達は、他人との差ではなく、自分との差で見えてきます。気になったら、指導者に「前と比べてどうですか」と聞いてみてください。それも1対1だからできる質問です。
稽古の外にもつなぐ
1対1の稽古は、指導者がいつも隣にいる習い方です。だからこそ、稽古の外で何もしないと、稽古の時間だけが空手の時間になってしまいます。教わった基本の動きを家で一つだけ繰り返してみる。稽古と稽古の間に浮かんだ疑問をメモしておき、次の稽古で聞く。そうやって1対1の時間をつないでいくと、教わったことが少しずつ自分のものになっていきます。
まとめ
大勢の道場には、場の熱と先輩の背中と、比べ合う仲間がいます。1対1の稽古には、それがない代わりに、指導者の目と手と声のすべてがあなた一人に向いています。ここでは、周りに合わせて通り過ぎてしまう一本を、師範代と二人で拾い直します。
1対1の稽古では、体の癖や左右差、怖さの感じ方に合わせて稽古を組めます。質問はその場でできる。ミットの手応えも受けの感触も、三段・師範代の体で直接確かめられる。失敗を見ているのは、それを直すためにそこにいる一人だけです。
その代わり、後ろの列はありません。休みたいときは自分から言う。体の状態は先に伝える。比べる相手は少し前の自分にする。教わったことを稽古の外にもつなぐ。それが、1対1で空手を習うときのコツです。
号令をかける人も、それに応える人も一人ずつ。礼で始まり、汗をかき、礼で終わる。そういう稽古が、立川駅のすぐそばにあります。
立川で空手の相談をする
ワールド極真会空手連盟 東京支部の極真空手は、極真空手 三段・師範代の代表が直接教える1対1のパーソナルです。対象は女性と子ども(小中学生。男の子も可)です。
空手の相談は公式サイトにある公式LINEの案内からどうぞ。子どもの稽古の相談・申込は、保護者の方から送ってください。どんなことが不安か、どんな体の状態か、何をしてみたいか。最初のメッセージに書いてもらえれば、それがそのまま1対1の稽古の出発点になります。
場所はオンザショア立川店と同じ、東京都立川市曙町2-14-10 エトロワビル3F。JR立川駅北口から徒歩1分です。後ろの列がない稽古で、待っています。押忍。
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