産後ダイエットの食事量を授乳回数だけで決めてよいのか。母乳の量、エネルギー密度、産生効率から必要量を考え、授乳のエネルギーコストと食事に追加する量の違いを読む。人を対象としたレビューと食事・運動の比較試験をもとに、平均値を自分の制限量へ置き換えないための見方を整理する。
授乳を終え、冷めたご飯の前に座る。「今日は授乳が多かったから、その分だけ食べてよいのだろうか」。記録には回数が残っている。けれど、母乳をつくるために体が使ったエネルギーまで、回数の欄に書かれているわけではない。
結論からいえば、授乳回数だけで産後の食事の必要量を決める考え方は、授乳のエネルギーを推定する研究の仕組みとは異なる。健康な妊婦・授乳婦を扱ったレビューでは、母乳の産生量、母乳のエネルギー密度、体の組織から供給されるエネルギーを使って必要量を考えている。[5]
しかも、母乳をつくるエネルギーと、食事に追加するエネルギーは同じ数字ではない。[5] この区別が、授乳しているのに体重が思うように動かない日を、失敗として数えないための出発点になる。運動再開や食事支援全般は既存記事「産後の体重と運動、安全に戻すには何が必要か 授乳と食事支援を論文で読む」に譲り、ここでは必要量の計算に何が入っているかを追う。

授乳の記録と、必要量を求める材料は違う
必要なエネルギーを考えるとき、まず区別したいのは「授乳という出来事」と「母乳として体の外へ移るエネルギー」である。ButteとKingのレビューは、完全母乳栄養のエネルギーコストを、平均母乳産生量749g/日、母乳のエネルギー密度2.8kJ/g、エネルギー利用効率0.80から推定している。[5] ここで使われるのは、授乳の回数ではなく母乳の量と性質だ。
エネルギー密度とは、一定の重さの母乳に含まれるエネルギーのことである。利用効率は、母乳のエネルギーを用意するために必要な側のエネルギーを考える際の係数だ。このレビューは、母乳に含まれるエネルギーそのものと、それをつくるためのコストを分けて推定している。[5] 「母乳が出た量」だけでも、計算は終わらない。
生活の記録として、授乳回数には使い道がある。しかし、回数の欄をそのまま食事の追加量へ換算するには、研究で必要量の推定に使われた母乳量などとの橋渡しが要る。[5] 記録が細かいことと、エネルギーを細かく測れていることは別だ。アプリの入力欄は整然としていても、栄養の計算には母乳量など別の情報が必要になる。
たとえば授乳の多かった日と少なかった日を比べる場面で、回数の差だけを理由にご飯を減らすか増やすか決めると、母乳量と密度を飛ばして結論へ進むことになる。研究の考え方に沿うなら、回数は生活の状況を伝える情報として持ち、食事の必要量とは分けて相談するほうが筋が通る。[5] 記録をやめる必要はない。記録に任せる仕事を増やしすぎないことである。
このレビューで授乳の必要量を導く材料になったのは、母乳産生量、母乳のエネルギー密度、組織から動員されるエネルギーである。[5] つまり、母乳の側で必要になるものと、母親の側から供給できるものを合わせて考える設計だ。食事を相談する際にも、「授乳で消費するらしい」という言葉だけより、どんな栄養方法で授乳しているか、食事がどのような状況かを分けて伝えるほうが、質問の焦点を定めやすい。
また、この推定は健康な妊婦・授乳婦を対象としたレビューによるものである。[5] 健康状態について個別に判断が必要な人が、平均値だけを自分の必要量と決めるのは適切ではない。自分の条件が研究対象と重なるかを考え、異なる部分は医師への相談事項として残す。研究を暮らしへ持ち込む際には、答えを急ぐより対象を確かめる手間が役に立つ。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
母乳をつくるコストと食事の追加量を分ける
同じレビューで、完全母乳栄養に伴うエネルギーコストは2.62MJ/日と推定された。一方、栄養状態のよい女性では、体の組織から約0.72MJ/日が供給される可能性を考慮し、妊娠も授乳もしていないときに対する必要量の純増を1.9MJ/日としている。[5] MJはエネルギーを表す単位である。大事なのは、ここに異なる役割の数字があることだ。
2.62MJ/日は授乳のコストの推定であり、1.9MJ/日は組織からの供給を考慮した追加分の推定である。[5] 前者をそのまま「毎日必ず食べ足す量」と読むのも、後者を「授乳婦が食べる総量」と読むのも違う。追加分には、その土台となる授乳前の必要量が別にある。
さらに、体の組織からの供給を計算に入れることと、本人が意図して食事を削ることは同じではない。このレビューが述べているのは、栄養状態のよい女性で組織からエネルギーが供給されうるという推定である。[5] そこから「体に蓄えがあるのだから、空腹でも食べなくてよい」という行動指示は導けない。計算上の供給源は、我慢の目標ではないのだ。
「授乳で使う」と聞くと、その分だけ体脂肪が減る想像をしやすい。しかし、この推定では食事と組織の両方がエネルギーの出どころとして扱われている。[5] 授乳のコストを、そのまま自分の体脂肪の減少予定表へ移すことはできない。何に使うかを示す数字と、どこから調達するかを示す数字を、同じ欄に書かないようにしたい。
完全母乳栄養の平均値を、混合栄養の人へ授乳回数の比で割り振る読み方にも飛躍がある。ここで示されたコストは、完全母乳栄養と平均母乳量を前提にした推定だからだ。[5] 自分に当てはめる際には、まずその前提が合うかを確かめる。研究の数字を丁寧に使うとは、小数点まで暗記することより、数字についていた条件を落とさないことである。
母乳の量が同じでも、エネルギーは同じとは限らない
母乳量を考えればすべて解決、というわけでもない。健康な授乳婦と乳児の組を対象にした無作為化比較試験では、母親7人が、順序を無作為に変えながら異なる食事をそれぞれ8日間とった。食事の総エネルギーと窒素量をそろえ、高脂肪の食事と高炭水化物の食事を比べた研究である。[4]
この比較は、摂取エネルギーを必要量より控えた食事条件で行われた。[4] したがって結果を読む際には、脂肪と炭水化物の配分だけでなく、摂取量も調整された試験だったことを押さえたい。
高脂肪側はエネルギーの30%を炭水化物、55%を脂肪からとり、高炭水化物側は60%を炭水化物、25%を脂肪からとった。[4] これは研究条件の説明であって、授乳中の献立の推奨比率ではない。家庭で同じ比率を目指す前に、この試験が何を測ったのかを見る必要がある。
結果として母乳の量、乳糖とたんぱく質の濃度には食事による影響が認められなかった。一方、高脂肪の食事では母乳の脂肪、エネルギー、乳児の摂取が高く、母親のエネルギー消費も高かった。[4] 母乳の量に違いが出なくても、エネルギーの側には違いが出たのである。
この結果は、授乳の必要量を考える際に母乳量とエネルギー密度を分ける意味を具体的に示す。母乳の量という容器の目盛りだけでは、中身のエネルギーまで同じとは扱えない。[4][5] まして授乳回数から、一気に消費量を確定するのは難しい。量、成分、産生に伴う消費は、関連していても別々に確かめる対象だ。
ただし、食事を高脂肪にすればよいという結論には進めない。この試験では高脂肪側の負のエネルギー収支が大きかったが、対象は少人数で、比較したのは短い食事期間である。著者らも、母乳産生を保ちながら長期の体重減少につながるかについて、追加研究を必要としている。[4] 代謝の変化を見つけたことと、日常の食事法を決めたことは違う。
この食事試験では、母乳産生量と乳児の摂取に加え、母親のエネルギー消費や、どの栄養素がエネルギー源として使われるかも測定された。消費と栄養素の酸化には、呼吸から代謝を調べる間接熱量測定が用いられている。[4] 母乳を介したエネルギーの移動と、母親自身の代謝を別々に追った点が、この問いに役立つ。
授乳の生活記録からは、食事を用意できた場面や相談したい困りごとを整理できる。一方、この試験のような代謝の測定結果まで、記録した回数から読み取ることはできない。[4] 自宅の記録に研究室と同じ仕事を求めなくてよい。必要量の数字が気になるときも、まず記録で説明できることを整理し、測れていない部分を推測で埋めない。それが回数だけの計算から離れる具体的な一歩になる。
数字で読む授乳のエネルギー
749g/日:健康な授乳婦を扱うレビューが、完全母乳栄養の推定に用いた平均母乳産生量。[5]
2.8kJ/g:同じ推定に用いた母乳のエネルギー密度。授乳回数とは別の材料である。[5]
2.62MJ/日:母乳量、密度、利用効率から推定した授乳のエネルギーコスト。[5]
1.9MJ/日:栄養状態のよい女性で組織からの供給を考慮した、非妊娠・非授乳時に対する必要量の純増。[5]
7人・各8日間:食事の組成を変えて母乳と代謝を比較した試験の規模と期間。長期の減量結果とは分けて読む。[4]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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