ボクシングや総合格闘技(MMA)が脳に何をするのかは、長らく「パンチドランカー」という俗称と引退選手の逸話で語られてきました。それが2011年以降、米国クリーブランド・クリニックがプロ格闘家を毎年MRIで追う長期コホート研究を始めたことで、数字で議論できる領域に変わりました。

先に断っておくと、ここで扱う研究の対象は、頭部への打撃を実際に受ける競技者、つまりプロやアマチュアの試合とスパーリングです。殴らず殴られない運動としてのボクシングは脳への負荷という点で別の活動であり、以下の数字をそこに当てはめて読むことはできません。

結論を先に述べると、プロ格闘家では試合数に比例して脳の特定部位が縮み処理速度が落ちるという証拠が積み上がっている一方、元アマチュア選手が後年に神経疾患を多く発症するという証拠は、現時点では見つかっていない——これが公表された研究の最も正確な要約です。この分かれ方の理由を原典の数字で追います。

プロ格闘家を毎年追いかけた研究

この分野の中心にあるのは、Professional Fighters Brain Health Study(PFBHS)と呼ばれる前向きの観察研究です。現役と引退したプロのボクサー・MMA選手、それに年齢と学歴を揃えた対照群を集め、毎年MRI、コンピュータによる認知検査、血液採取を繰り返します。

試合数と視床の体積

最初の横断解析は、現役の224名(MMA 131名、ボクサー 93名)と対照22名を比べたものです。

Bernick C, Banks SJ, Shin W, et al. Repeated head trauma is associated with smaller thalamic volumes and slower processing speed: the Professional Fighters’ Brain Health Study. British Journal of Sports Medicine. 2015;49(15):1007–1011.

プロの試合数、競技年数、両者を合成したファイト曝露スコアのいずれで測っても、曝露が多いほど脳の体積は小さく、とくに視床と尾状核で差が出ました。視床は感覚情報の中継点で、その体積が小さいほど処理速度が遅く、曝露スコアが高いほど認知障害に分類されやすいという関係も見られています。

同じ論文の考察には、種目差を説明する数字が載っています。125〜145ポンド級の連続60試合で打撃を数える専門サービスの記録を調べたところ、ボクサーは1試合に平均175発、MMA選手は58発のパンチを受けていました。MMAは寝技で決着することがあるため被弾数が少ないのです。

1年でどれだけ縮むか

横断研究は「曝露の多い人は脳が小さい」としか言えず、もともと脳が小さい人が格闘技を選んだ可能性を排除できません。そこで同じコホートで、2回以上の測定がある204名を追った縦断解析が出ました。

Bernick C, Shan G, Zetterberg H, et al. Longitudinal change in regional brain volumes with exposure to repetitive head impacts. Neurology. 2020;94(3):e232–e240.

群(対照群との比較)部位年間の体積減少
現役ボクサー左視床102.3 mm³/年(p=0.0004)
現役MMA選手左視床57.5 mm³/年(p=0.036)
引退ボクサー左扁桃体32.1 mm³/年(p=0.002)
引退ボクサー右海馬33.5 mm³/年(p=0.01)

現役ボクサーの視床は対照群より年に約100 mm³速く縮み、MMA選手はその6割弱でした。試合数で調整してMMA選手を基準にしても、ボクサーは左視床で44.7 mm³/年、右海馬で19.1 mm³/年、余分に減っています。試合数が同じでも、ボクシングのほうが減り方が大きいのです。

注目すべきは、引退ボクサーで減るのが視床ではなく扁桃体と海馬だったことです。著者らは、曝露の時期によって異なる病理過程が進んでいる可能性を挙げています。

何試合から症候群の確率が跳ね上がるか

慢性外傷性脳症(CTE)は、死後の脳にタウというタンパク質の特徴的な沈着が見つかることで診断される病理学上の病名で、生きている人にあるかどうかは確定できません。そこで生前の臨床像を記述する枠組みとして外傷性脳症症候群(TES)の診断基準が設けられました。反復性頭部外傷の曝露歴を持つ人に記憶や実行機能の低下などが進行性に見られる状態を指し、CTEそのものではありません。

Kleven BDC, Chien LC, Cross CL, Labus B, Bernick C. Traumatic Encephalopathy Syndrome: Head Impact Exposure and Blood Biomarkers in Professional Combat Athletes. Journal of Head Trauma Rehabilitation. 2025;40(5):346–355.

この研究は35歳以上でプロ10試合以上の格闘家192名を対象に、TESの診断と試合数の関係を調べています。結果は、現役では30試合以降、引退者では15試合以降、1試合ごとにTESと診断される確率が急に上がるというものでした。オッズ比は現役で5.44(95%CI 2.48〜11.94)、引退者で10.75(95%CI 3.52〜32.85)。血液中のGFAP(星状膠細胞の損傷を反映するタンパク質)が1 pg/mL上がるごとに確率が2.0%上がる一方、NfLやリン酸化タウとの関係は見られませんでした。著者ら自身が予備的と呼ぶ後ろ向きの解析です。

この一連の研究が示すのは、生前のMRI・認知検査・血液で測れる変化が試合数と関係する、ということです。それがCTEの病理と同じ現象かどうかは死後の脳を調べなければ分からず、後述するレビューでは、将来のリスクを推定できる設計の病理研究は1本も採用基準を満たしていません。「格闘家はCTEになる」と一般化するには、証拠の種類が足りていないのです。

やめると何が起きるか

曝露が原因なら、やめれば変化は止まるはずです。この問いに答えた研究があります。

Zhuang X, Bennett L, Nandy R, Cordes D, Bernick C, Ritter A. Longitudinal Changes in Cognitive Functioning and Brain Structure in Professional Boxers and Mixed Martial Artists After They Stop Fighting. Neurology. 2022;99(20):e2275–e2284.

公式戦もスパーリングも2年間行っていない「移行群」45名と、背景を揃えた「現役群」45名を比べたものです。移行群は言語記憶・精神運動速度・処理速度が改善し、血中NfLは低下しました。現役群は認知成績が下がり、NfLは横ばいでした。調べた68の皮質領域のうち54で、移行群では皮質の厚さが安定し、現役群では緩やかに減り続けていました。試合だけでなく練習の打撃も含めて曝露を定義している点が重要です。

スパーリングの逆説

被弾の大半は試合ではなく練習で起きます。ところがEsagoffらが現役MMA選手94名を横断的に解析すると、週あたりのスパーリング回数が多い人ほど尾状核が大きく(左13.5 µL/回、右14.9 µL/回)、視床・被殻・海馬・扁桃体では有意な関係がありませんでした。著者らは、運動学習の効果、もともと尾状核が大きい人が長く続けている選択効果などを候補に挙げ、横断研究では区別できないとしています。無害だという証拠ではなく、単純な用量反応では説明できないというのが現状です。

アマチュアとプロで数字が別物になる

アマチュアではどうか。ボクシングの頭部外傷を扱った35本の系統的レビューとメタ解析があります。

Donnelly RR, Ugbolue UC, Gao Y, Gu Y, Dutheil F, Baker JS. A Systematic Review and Meta-Analysis Investigating Head Trauma in Boxing. Clinical Journal of Sport Medicine. 2023;33(6):658–674.

本文で引かれた比較では、脳振盪はアマチュアで100試合あたり0.33件、プロで2.62件と、およそ8倍の開きがありました。ボクシングでは頭部が全傷害の74〜96%を占め、他の格闘技と比べた脳振盪のリスク比も0.253対0.065と高い。一方で、萎縮やCT・脳波の異常、認知障害の割合が示された対象者の多くは長いキャリアのプロで、アマチュアにそのまま当てはまる数字ではありません。

Maoらが21世紀の疫学研究14本を統合したメタ解析では、単位を揃えた発生率が出ています。

指標全体(統合値)プロアマチュア(2010〜2019年)
1,000人あたりの傷害223.9399.8
1,000試合出場あたり233.3379.876.6(以前は250.6)
試合1,000分あたり13.023.99.2(以前は15.4)

プロはどの指標でもアマチュアより高く、アマチュアは2010年代にそれ以前の3分の1前後まで下がっています。傷害の内訳では脳振盪が12.3%、皮膚の裂傷が21.4%、軟部組織の打撲が30.2%で、件数として最も多いのは打撲と切り傷です。

元アマチュア選手の後年

若い頃にアマチュアで頭を打たれた人は、後年に認知症やうつ病を多く発症するのか。コホート研究と症例対照研究に絞った系統的レビューがあります。

Iverson GL, Castellani RJ, Cassidy JD, et al. Examining later-in-life health risks associated with sport-related concussion and repetitive head impacts: a systematic review of case-control and cohort studies. British Journal of Sports Medicine. 2023;57(12):810–821.

元アマチュア選手の研究10本と元プロ選手の研究18本が採用されました。元アマチュアでは、うつ病を調べた5本も、自殺や自殺念慮を調べた9本も、リスクの上昇を見いだしていません。元プロでは認知症や筋萎縮性側索硬化症(ALS)による死亡との関連を報告した研究がありますが、多くは交絡(遺伝・健康状態・環境)を調整しておらず、バイアスのリスクが高いと評価されています。結論は「元アマチュア選手で精神疾患・神経疾患のリスク上昇を支持する証拠はない」「元プロの所見はより質の高い研究で確認が必要」というものです。

「証拠がない」は「安全である証拠がある」とは違います。ただ、プロで見えている用量反応が、曝露のはるかに少ないアマチュアで同じ形で現れるという想定にも、いまのところ根拠はありません。

ヘッドギアは何を防ぎ、何を防がないか

deWeber K, Parlee L, Nguyen A, Lenihan MW, Goedecke L. Headguard use in combat sports: position statement of the Association of Ringside Physicians. The Physician and Sportsmedicine. 2024;52(3):229–238.

リングサイドの医師の団体による立場表明の要点は2つです。第一に、ヘッドギアは顔面の裂傷を減らす効果が高く、試合前のスパーリングのように切り傷と血液感染を避けたい場面では使うべきである。第二に、脳振盪やその他の外傷性脳損傷を減らす目的でヘッドギアに頼ってはならない。生体力学の実験では直線・回転加速度が下がるものの、守られていると感じた選手がより危険な行動を取ることで相殺されうる、と述べています。

2013年にAIBA(当時の国際ボクシング協会)がエリート男子の大会でヘッドギアを禁止したことを受けたTjønndalらの系統的レビュー(39本)も同じ結論です。裂傷と頭蓋骨骨折にはよく効くが脳振盪への効果は不確かで、無作為化比較試験も縦断研究もレクリエーション競技者のサンプルもほぼ存在しない。「ヘッドギアなしのほうが安全」という主張を研究は十分に支持していない、と著者らは書いています。Donnellyらの解析でも、ヘッドギアを着けたアマチュアの試合はレフェリーストップが有意に多く(OR 1.75対0.53)、着用が試合の運び方を変えている可能性があります。

研究の限界

  • 対照群と自己選択。 PFBHSの対照群は学歴が高めで、格闘技を選び長く続けられる人の背景要因が脳の指標に独立に影響している可能性は残ります。
  • 無作為化がない。 殴られる群を無作為に作る試験は倫理的に不可能で、因果は用量反応と縦断的な変化から推定するしかありません。
  • アマチュアの追跡が短い。 後年のリスクを否定するには数十年の追跡が要り、「証拠がない」はその追跡が済んでいないという意味を含みます。

この証拠から言えること

  1. プロ格闘家では、試合数に応じて視床などの体積が年単位で減り、処理速度が落ちる。ボクサーはMMA選手より減り方が大きい。
  2. 現役で30試合、引退者で15試合を超えると、外傷性脳症症候群の診断確率が急に上がるという予備的な報告がある。
  3. 試合とスパーリングを2年間やめた選手では、認知成績が改善し、皮質の厚さと血液指標が安定した。
  4. アマチュアの脳振盪は100試合あたり0.33件で、プロの2.62件とは桁が違う。元アマチュアが後年に神経疾患を多く発症するという証拠は、現在のところない。
  5. ヘッドギアは切り傷を防ぐが、脳振盪を防ぐ道具として頼ることはできない。

ルール・医療監督・スパーリングを控えるべき状況

研究が一貫して指摘しているのは、リスクを決めるのは種目名ではなく「頭部への打撃の総量」だという点です。アマチュアの傷害率が2010年代に下がった背景には、ラウンドの短縮、レフェリーの早い介入、リングサイドの医師の診察といった運営上の変更があります。脳振盪の疑いがあれば当日は中止し、症状が残る間は打撃を受ける練習に戻らないのが最低限の線です。脳振盪を繰り返している人、頭痛・めまい・集中困難が続いている人、神経疾患の診断や治療を受けている人は、スパーリングを始める前に医師に相談する必要があります。

出典

  1. Bernick C, Banks SJ, Shin W, et al. Repeated head trauma is associated with smaller thalamic volumes and slower processing speed: the Professional Fighters’ Brain Health Study. British Journal of Sports Medicine. 2015;49(15):1007–1011.
  2. Bernick C, Shan G, Zetterberg H, et al. Longitudinal change in regional brain volumes with exposure to repetitive head impacts. Neurology. 2020;94(3):e232–e240.
  3. Kleven BDC, Chien LC, Cross CL, Labus B, Bernick C. Traumatic Encephalopathy Syndrome: Head Impact Exposure and Blood Biomarkers in Professional Combat Athletes. Journal of Head Trauma Rehabilitation. 2025;40(5):346–355.
  4. Zhuang X, Bennett L, Nandy R, Cordes D, Bernick C, Ritter A. Longitudinal Changes in Cognitive Functioning and Brain Structure in Professional Boxers and Mixed Martial Artists After They Stop Fighting. Neurology. 2022;99(20):e2275–e2284.
  5. Esagoff AI, Heckenlaible NJ, Bray MJC, et al. Sparring and the Brain: The Associations between Sparring and Regional Brain Volumes in Professional Mixed Martial Arts Fighters. Sports Medicine. 2023;53(8):1641–1649.
  6. Donnelly RR, Ugbolue UC, Gao Y, Gu Y, Dutheil F, Baker JS. A Systematic Review and Meta-Analysis Investigating Head Trauma in Boxing. Clinical Journal of Sport Medicine. 2023;33(6):658–674.
  7. Mao Y, Zhao D, Li J, Fu W. Incidence Rates and Pathology Types of Boxing-Specific Injuries: A Systematic Review and Meta-analysis of Epidemiology Studies in the 21st Century. Orthopaedic Journal of Sports Medicine. 2023;11(3):23259671221127669.
  8. Iverson GL, Castellani RJ, Cassidy JD, et al. Examining later-in-life health risks associated with sport-related concussion and repetitive head impacts: a systematic review of case-control and cohort studies. British Journal of Sports Medicine. 2023;57(12):810–821.
  9. deWeber K, Parlee L, Nguyen A, Lenihan MW, Goedecke L. Headguard use in combat sports: position statement of the Association of Ringside Physicians. The Physician and Sportsmedicine. 2024;52(3):229–238.
  10. Tjønndal A, Haudenhuyse R, de Geus B, Buyse L. Concussions, cuts and cracked bones: A systematic literature review on protective headgear and head injury prevention in Olympic boxing. European Journal of Sport Science. 2022;22(3):447–459.

この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。頭部を打った後に頭痛・嘔吐・意識の混濁・手足の脱力・けいれんがある場合は直ちに、脳振盪の症状が数日以上続く場合や繰り返す場合は早めに、医療機関にご相談ください。

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宮川涼 Founder
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