脳卒中は、脳の血管が詰まるか破れるかして、その先の脳組織が傷つく病気です。生き延びた人の多くに、片側の手足の麻痺、感覚の低下、バランスの障害、歩行の困難が残ります。発症から6か月を過ぎて症状の変化が緩やかになった段階を慢性期と呼び、この時期に機能をどこまで回復・維持できるかは、リハビリテーションの大きな課題です。
その慢性期の運動としてピラティスはどうか。2023年に公表されたメタアナリシスは「バランスの改善には中程度のエビデンス、歩行と生活の質には限定的なエビデンス」と結論しました。この記事では、その結論の根拠となった研究の規模と質を正確に示します。結論から言えば、統合されたのは5試験122名で、効果の大きさは公表された抄録には示されていません。「効く」と言うには、根拠がまだ薄い領域です。
要点(結論から)
- 担当のリハビリテーション医・理学療法士との相談が前提。 麻痺の程度、痙縮、血圧、認知面の状態によって、適切な内容はまったく違う。
- バランスについては「中程度」のエビデンス、歩行と生活の質は「限定的」。 根拠は5試験122名に留まる。
- 効果の大きさは公表された抄録に示されていない。 「有意に改善」と「大きく改善」は別である。
脳卒中後のバランス障害は、何が違うのか
健康な高齢者のバランス低下と、脳卒中後のバランス障害は、性質が異なります。前者は筋力や感覚の衰えが主な要因ですが、後者には次の要素が加わります。
- 片麻痺:身体の左右で筋力と制御が違うため、重心が非麻痺側に偏る。立位で麻痺側の脚に体重をかけにくい。
- 感覚障害:足の裏や関節の位置感覚が鈍り、「どこに体重がかかっているか」が分かりにくい。
- 痙縮:麻痺側の筋肉の緊張が高まり、動きが硬くなる。
- 半側空間無視・注意の障害:片側の空間を認識しにくい、注意を持続しにくいなど、認知面の問題がバランスに影響する。
この違いは重要です。健常な高齢者で示されたピラティスの効果(シリーズの高齢者向け記事参照)を、そのまま脳卒中後の人に当てはめることはできません。麻痺側の脚に体重を乗せる、体幹の左右差を修正する、といった課題は、健常者向けのクラスには含まれていないからです。
何を測っているのか
- BBS(Berg Balance Scale):14項目の動作でバランスを採点する。56点満点。
- TUG(Timed Up and Go):椅子から立ち、3m 歩いて戻り、座るまでの秒数。
- 10m歩行テスト:10m を歩く速度。歩行速度は脳卒中後の自立度と強く関連する。
- 5回立ち座りテスト:椅子から5回立ち座りするのにかかる秒数。下肢の筋力と動作の速さ。
- 足圧中心(COP)の動揺:床反力計の上に立ったとき、重心がどれだけ、どれだけ速く揺れるか。数値が小さいほど安定している。
2023年のメタアナリシス——5試験122名
Cronin E, Broderick P, Clark H, Monaghan K. What are the effects of pilates in the post stroke population? A systematic literature review & meta-analysis of randomised controlled trials. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2023;33:223–232.
この解析は、脳卒中後の人を対象にピラティスの無作為化比較試験を集め、5件、合計122名を統合しました。結果は、バランス(p<0.00001)、生活の質(p=0.0002)、歩行の指標(p=0.001)で、ピラティス群が有意に改善したというものです。著者らはエビデンスの水準を、バランスについては「中程度」、生活の質・心肺機能・歩行については「限定的」と評価しています。
この結果をどう読むか
まず規模です。122名は、このシリーズで扱ってきたメタアナリシスの中で最小級です。多発性硬化症の901名、パーキンソン病の5,948名と比べると、桁が違います。5件の試験はそれぞれ20名前後で、1件の結果が統合値を大きく動かします。
次に効果の大きさです。公表された抄録には p 値だけが示され、効果量(どれだけ改善したか)は記載されていません。p<0.00001 は「偶然ではなさそうだ」という意味であって、「大きく改善した」という意味ではありません。改善が BBS で何点、歩行速度で何 m/s だったのかが分からなければ、それが日常生活に意味のある大きさかどうかは判断できません。本稿では、確認できていない数値を書かないという方針に従い、効果量を記載していません。
そして比較の相手です。著者らは今後の課題として「長期の追跡、在宅プログラム、他の運動形式との比較」を挙げています。つまり、現在の5試験は主に通常ケアや無介入との比較であり、脳卒中リハビリテーションの標準的な運動と比べてどうかは、調べられていません。
個々の試験から見えること
メタアナリシスの内側にある試験を2つ見ておきます。どちらも規模は小さいが、何が測られたかを具体的に示しています。
Lim HS, Kim YL, Lee SM. The effects of Pilates exercise training on static and dynamic balance in chronic stroke patients: a randomized controlled trial. Journal of Physical Therapy Science. 2016;28:1819–1824.
片麻痺の慢性期脳卒中患者19名(ピラティス群10名、対照群9名)を、8週間・週3回・計24回のプログラムで比較した試験です。静止立位での足圧中心の動揺と速度は、左右方向・前後方向ともピラティス群でのみ有意に減少しました。トレッドミル歩行中の動的バランスも、麻痺側・非麻痺側の両方で改善しています。
この試験が示しているのは、体幹の制御に働きかける運動が、麻痺側への荷重と重心の安定に影響しうるということです。ただし19名という規模では、これは「示唆」であって「証明」ではありません。
Promkeaw D, Pumpho A, Nanbancha W, Kaewsitthidech P, Khempromma N, Kamphimai P, Luebaesa N, Boonwang T. The Effects of Pilates Exercise on Balance Control, Muscle Strength and Walking Ability in Patients with Stroke: A Randomized Controlled Trial. NeuroRehabilitation. 2025;57:543–551.
より新しい試験では、45〜65歳の慢性期脳卒中患者20名を、わずか3週間・週3回・60分のマットピラティスで比較しています。結果は、TUG で 2.23秒、5回立ち座りで 1.72秒、10m歩行で 0.15 m/s の改善でした。
3週間という短さで動作の指標が動いたことは注目に値しますが、読み方には注意が要ります。短期間の改善は、筋力や神経の変化というより、動作の「慣れ」や自信の回復を反映している可能性があるからです。3週間で筋肉の構造が変わることは考えにくく、この改善が3か月後にも残っているかは分かりません。
なぜ研究がこれほど小規模なのか
脳卒中後の運動療法の研究が小さくなりがちな理由は、対象の異質性にあります。同じ「慢性期脳卒中」でも、麻痺が右か左か、上肢か下肢か、感覚障害や失語や半側空間無視を伴うか、発症から何年経っているか、歩行が自立しているかどうかで、能力の幅は健常者の比ではありません。研究に組み入れる条件を絞れば参加者は集まらず、緩めれば結果がばらつく。5件の試験がいずれも20名前後で、統合しても122名に留まるのはそのためです。
この規模の帰結として、サブグループの検討——どの程度の麻痺の人に、発症後どのくらいの時期に、どの頻度で効くのか——はまったくできません。「慢性期脳卒中にピラティスが効く」という一般化は、この5試験からは導けず、言えるのは「歩行が可能な慢性期の人を対象に、専門家の監督下で修正されたプログラムを行った試験で、バランスの指標が改善した」というところまでです。
本稿で確認できた2つの試験は、どちらもマット上のプログラムを週3回行っています(期間は3週間と8週間)。週3回という頻度は、一般的なスタジオの通い方(週1回)より高い。週1回で同じ結果が出るかは調べられていません。 また、動作の内容が脳卒中患者向けにどう修正されたかの詳細は、抄録からは確認できていません。
脳卒中リハビリテーションの中での位置づけ
脳卒中後の運動療法で最も根拠が厚いのは、課題指向型訓練——歩く、立ち上がる、階段を上るといった実際の動作そのものを、十分な回数、段階的に難しくしながら繰り返す方法——と、心肺持久力を高める有酸素運動です。「使わなければ失われる」という原則が脳卒中後の回復にはよく当てはまり、練習量が結果を左右することは繰り返し示されています。
ピラティスはこの枠組みの中で、体幹の制御と左右対称性に焦点を当てた補助的な運動として位置づけられます。歩行そのものを練習するわけではないので、歩行能力を直接高める方法としては課題指向型訓練に劣ると考えるのが自然です。一方、体幹の安定は歩行と立位の土台であり、そこに働きかけることに意味がないわけではありません。2023年の解析で、バランスは「中程度」、歩行は「限定的」と分かれたのは、この位置づけと整合します。
安全性——研究が言っていないこと
脳卒中後の人が運動する際には、健常者にはない注意点があります。血圧の管理、麻痺側の関節の保護(特に肩関節は亜脱臼しやすい)、痙縮のある筋肉への無理な伸張の回避、転倒の危険、そして再発の徴候への注意。
2023年の解析に含まれた試験は、いずれも理学療法士や訓練を受けた指導者のもとで、脳卒中患者向けに修正されたプログラムを行っています。マット上で行う動作でも、床からの立ち上がりや仰臥位からの起き上がりは、麻痺のある人にとって単独では危険な場合があります。一般のクラスに参加すればよいという結論は、この研究群からは導けません。 研究が示しているのは「専門家の監督下で、修正されたプログラムを行った場合」の結果です。
この結果の使い方
- 担当のリハビリテーション医・理学療法士との相談が前提。 麻痺の程度、痙縮、血圧、認知面の状態によって、適切な内容はまったく違う。
- バランスについては「中程度」のエビデンス、歩行と生活の質は「限定的」。 根拠は5試験122名に留まる。
- 効果の大きさは公表された抄録に示されていない。 「有意に改善」と「大きく改善」は別である。
- 脳卒中リハビリテーションの標準的な運動との比較は行われていない。 課題指向型訓練の代わりにはならない。
- 短期間の改善が持続するかは分かっていない。 長期の追跡データはない。
- ピラティスを行うなら、脳卒中後の身体を理解した指導者のもとで、体幹の制御を補う位置づけで。
出典
- Cronin E, Broderick P, Clark H, Monaghan K. What are the effects of pilates in the post stroke population? A systematic literature review & meta-analysis of randomised controlled trials. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2023;33:223–232.
- Lim HS, Kim YL, Lee SM. The effects of Pilates exercise training on static and dynamic balance in chronic stroke patients: a randomized controlled trial. Journal of Physical Therapy Science. 2016;28:1819–1824.
- Promkeaw D, Pumpho A, Nanbancha W, Kaewsitthidech P, Khempromma N, Kamphimai P, Luebaesa N, Boonwang T. The Effects of Pilates Exercise on Balance Control, Muscle Strength and Walking Ability in Patients with Stroke: A Randomized Controlled Trial. NeuroRehabilitation. 2025;57:543–551.
この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。脳卒中の既往がある方が運動を始める際は、必ず主治医とリハビリテーションの担当者にご相談ください。運動中に激しい頭痛、めまい、ろれつの異常、片側の脱力の悪化があれば直ちに中止し、救急医療機関に連絡してください。

