初めてミットの前に立った人は、多くが似た打ち方になりやすい。肩をすくめ、肘を外に張り、腕だけを前へ放り出す。音は「ぺち」。三十秒もすると肩が熱くなり、息が止まっていることに本人が気づく。溶岩の床から立ちのぼる熱の中で、額の汗が目に入る。もう一度打つ。やはり「ぺち」。
ここで腕を鍛えようとする人がいる。順番が違う。軽い拳の原因は、たいてい腕ではなく足にある。ジャブとストレートは、キックボクササイズの中でいちばん単純に見えて、いちばん体の使い方がばれる技だ。この記事では、1対1のレッスンで最初の数回に必ず直されるところを、構えから打って戻すまでの順に書いていく。

ジャブとストレートは、役割が違う
右利きの人は、ふつう左足を前に、右足を後ろに置いて構える。前にある左手で打つのがジャブ、後ろにある右手でまっすぐ打つのがストレートだ。左利きの人は左右が逆になる。
ジャブは速さと距離の技である。相手との間合いを測り、リズムを作り、次の一発のための道を開ける。強く打つことより、速く出して速く戻すことのほうが大事になる。ボクシングで「ジャブを制する者は世界を制する」と言われるのは、間合いを測り、試合の流れを組み立てる起点になるからだ。
ストレートは体重の技である。後ろ足から始まった力を、腰と肩の回転に乗せて、まっすぐ拳へ運ぶ。ジャブより遠くから届き、ジャブより重い。そのかわり、出すのにも戻すのにも少し時間がかかる。
二つを続けて打つのが「ワン・ツー」だ。ジャブで距離を測り、ストレートで決める。キックボクササイズの組み立ての多くは、このワン・ツーが土台になる。逆に言えば、ワン・ツーが崩れていると、フックもアッパーも蹴りも、すべてがその崩れを引き継ぐ。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
拳が出る前に、構えを整える
まずはジャブとストレートの土台になる、足と手の置き方を押さえる。
足幅は、肩幅より少し広い程度。前足と後ろ足は一直線に並べず、線路の二本のレールのように左右にも幅を持たせる。一直線に並べると、横から押されただけでぐらつく。前足のつま先は相手のほうへ、後ろ足のつま先は少し外へ向ける。後ろ足のかかとは軽く浮かせておく。
膝は伸ばしきらない。ほんの少しゆるめて、いつでも床を押せる状態にしておく。棒立ちの膝は、床を押す前に一度曲げなければならない。その一瞬の遅れが、拳の遅れになる。
両手は顎の高さ。肘は脇腹のあたりに軽く寄せる。顎は引き、目は上目づかいで前を見る。肩は上げない。肩をすくめると、首と肩の筋肉がずっと働き続け、腕が前に出る前から疲れてしまう。
この姿勢で、体重は前足と後ろ足にほぼ半分ずつ。どちらかに寄りすぎると、ジャブを出すたびに体が前に突っ込むか、後ろに残って届かないかのどちらかになる。
構えた時点で、打つ準備の大半は終わっている。うちの1対1では、後ろ足のかかとまで見る。気づかれて、直される。そこがこの一時間のいちばんの値打ちだ。

息は、打つ瞬間に短く吐く
ミットを打つとき、「シュッ」と短く息を吐く人を見たことがあるだろう。あれは格好をつけているわけではない。打つ瞬間に息を吐くと、お腹のまわりが締まり、体が一つにまとまる。息を止めたまま打ち続けると、顔が赤くなり、肩に力が入り、すぐに苦しくなる。
慣れないうちは、「打つ、吐く」をそろえるだけで精いっぱいになる。それでいい。吐いたあとは自然に吸える。打つたびに吐いていれば、吸う時間は勝手に生まれる。
溶岩の部屋は、室温が35〜40℃、湿度が60〜70%ある。常温の部屋より息が上がりやすい。息を止める癖があると、ふだん以上に苦しくなる。ここでも「打つ瞬間に吐く」を練習するが、暑さそのものを上達の条件にはしない。苦しいときは無理に続けず、構えを解いて呼吸を整える。めまいや吐き気があれば、その場でやめて休む。汗の量で頑張りを競わず、動作の正確さを目印にする。
ジャブは前足で床を押し、拳を置きにいく
ジャブは、前足の小さな踏み込みと一緒に出す。左手を前へ伸ばしながら、前足をほんの数センチ前へ滑らせるか、その場で前足の母指球(親指の付け根のふくらみ)で床を軽く押す。この「床を押す」が、腕だけの手打ちとの分かれ目になる。
拳は、顎の前からまっすぐ前へ出す。下から振り上げたり、横から回したりしない。最短の線を通る。出ていく途中で拳を内側へ回し、当たる瞬間に手の甲が上を向くようにする。拳を回すと肘が内側に締まり、腕が一本の棒になる。肘が外に開いたまま打つと、当たった力が肘で逃げ、手首にも負担がかかる。
肘は伸ばしきらない。伸ばしきってロックすると、肘の関節に衝撃が集まる。ミットに当たる瞬間に肘がわずかに余っているくらいが、ちょうどいい。
右手はどうするか。顎の横に置いたまま動かさない。ジャブに気を取られると、右手が胸のあたりまで下がる。相手がいる競技なら、そこに打ち返される。ミットを打つエクササイズでも、ガードを残す癖をつけておくと、打つ体の形がきれいにそろう。
ジャブの目安は、「強く」ではなく「置く」。ミットの真ん中に、拳をまっすぐ置きにいく。それを速くする。最初の数回は、音が小さくても気にしなくていい。まっすぐ出て、まっすぐ戻ることが先だ。

ストレートは後ろ足のかかとで拳を押し出す
ストレートは、後ろ足から始まる。後ろ足の母指球で床を押し、かかとを外側へ回すように持ち上げる。すると後ろ足の膝が内側へ入り、腰がくるりと前を向く。腰に引っぱられて胸が回り、肩が前に出て、最後に右の拳が前へ伸びる。
順番を言葉にすると、足、膝、腰、胸、肩、腕、拳。力は床から始まり、下から上へ受け渡されていく。どこか一か所で止まると、その先には届かない。たとえば腰が回らないまま腕だけを伸ばすと、肩から先の力しか乗らない。逆に腰だけを勢いよく回して腕がついてこないと、体はねじれても拳は軽い。
よく見かけるのは、後ろ足のかかとが床に張りついたままのストレートだ。かかとが床にあると、腰は途中までしか回らない。回らない腰の代わりに、上半身が前へ倒れて距離を稼ごうとする。顎が前に出て、頭が拳より先に相手に近づく。これがいちばん危ない形で、いちばん直しやすい形でもある。かかとを回す、と意識するだけで、腰の回り方が変わる。
ストレートの拳も、ジャブと同じく途中で内側へ回し、当たる瞬間に手の甲が上を向くようにする。打つ側の肩は、顎を隠すように少し持ち上がる。左手は顎の横に戻しておく。ストレートの瞬間に左手が下がりやすいので、ここは意識して残す。
頭の位置は、前足の膝より前に出さない。それより前に出ると、打ち終わりに体が前へ流れ、次の動きに移れなくなる。打ったあと、その場で次のジャブが出せるか。それがストレートの体重移動がうまくいったかどうかの判定になる。
打った手は、打つより速く戻す
ジャブでもストレートでも、初心者がいちばん忘れるのは「戻し」だ。打つことに一生懸命になって、打った手が前に出たまま止まる。次の一発を打つために、わざわざ一度引き戻してから打つことになる。リズムが途切れ、ガードも空く。
拳は、出したのと同じ線を通って顎の横へ戻す。ゴムで引っぱられて戻ってくるような感覚だ。出す速さと戻す速さが同じか、戻すほうが少し速いくらいがいい。戻しが速いと、次の一発がすぐ出る。ワン・ツーがつながり、ワン・ツー・ワンがつながる。
戻しの意識は、体を守るためだけではない。打って戻すまでを一つの動きとして覚えると、肩や腕の力みが抜けやすい。打つときにだけ力を入れ、当たったらすぐゆるめて戻す。ずっと力を入れたまま打ち続けると、三分ももたない。力を入れる時間と抜く時間を、拳の往復で覚えていく。
ワン・ツーを組み立てる順番
いきなり速いワン・ツーを打とうとすると、たいていどちらかが雑になる。ジャブが当てるだけの手になるか、ストレートが体ごと飛び込む一発になるか。だから、組み立てには順番がある。
最初は、ジャブの単発。打って戻す、打って戻す。一発ごとに構えに戻ってから、次を出す。ここで「戻し」の速さを体に入れる。
次に、ジャブを二回続ける「ダブル」。一発目で距離を測り、二発目は少しだけ踏み込んで深く打つ。一発目のあと、拳を顎まで戻しきらずに二発目を出したくなるが、そこをこらえて一度戻す。戻しを省くと、二発目が腕だけになる。
三つ目に、ストレートの単発。後ろ足のかかとを回して打ち、構えに戻る。このとき、打ち終わりに前足へ体重が残りすぎていないかを見る。残りすぎていると、戻るときに体がよろける。
そして、ワン・ツー。ジャブが戻り始めるのと同時に、後ろ足が床を押し始める。ジャブの戻りとストレートの出だしが、一本の動きの中で入れ替わる。この「入れ替わり」がつかめると、二発の間の切れ目が消える。最後に、ストレートのあとにもう一度ジャブを足したワン・ツー・ワン。三発目のジャブが出せるかどうかで、ストレートの体重移動が行き過ぎていないかが分かる。
この順番を飛ばさずに一つずつ進めると、遠回りに見えて結局いちばん早い。速さは最後に足すもので、最初に求めるものではない。
よくある崩れ方と、その直し方
1対1のレッスンで、ジャブとストレートについて繰り返し出てくる崩れ方を並べておく。自分に当てはまるものがあれば、それが最初の課題だ。
一つ目は、肘が外に開く。腕を横から回すような軌道になり、当たる面がずれる。拳を途中で内側へ回すこと、肘を脇から離しすぎないことで直る。
二つ目は、顎が上がる。打つたびに顔が前へ出て、顎が持ち上がる。目線を少し上目づかいにし、顎を軽く引いたまま打つ。打つ側の肩で顎を隠すつもりで。
三つ目は、体が前に突っ込む。届かない距離から無理に届かせようとして、上半身が倒れる。距離は足で詰める。前足の踏み込みを少し大きくするか、立つ位置を半歩前にする。
四つ目は、肩に力が入る。ずっと力を入れたまま打つので、拳が重くならず、肩だけが疲れる。構えの時点で肩を一度すとんと落とし、当たる瞬間だけ握る。
五つ目は、息を止める。打つ瞬間に短く吐く。
この五つは、一人で鏡を見ながら練習しても気づきにくい。自分では肘がまっすぐ出ているつもりでも、横から見ると外に開いている。自分では顎を引いているつもりでも、打った瞬間にだけ上がっている。崩れは、動いているその瞬間にしか起きないからだ。1対1のレッスンでは、受け手がミットの手応えと目で、その一瞬を拾う。
家でできる、静かな練習
レッスンの合間に、家で一人でできる練習もある。大きな音を立てず、集合住宅でもできるものだけを挙げる。
一つは、ゆっくりのシャドー。鏡の前で構え、ジャブを五秒かけて出し、五秒かけて戻す。速く打つと見えない崩れが、ゆっくりだと見える。肘が開いていないか、顎が上がっていないか、反対の手が下がっていないかを確かめる。
二つ目は、後ろ足だけの練習。手は構えたまま、後ろ足の母指球で床を押して、かかとを外へ回す。腰が前を向くところまで回したら、元に戻す。拳を出さずに、足と腰の動きだけを繰り返す。ストレートの軽さに悩む人ほど、この練習で変わる。
三つ目は、壁押し。壁の前に構えて立ち、拳を壁に軽く当てた状態から、後ろ足で床を押して壁を押す。腕ではなく足で押す感覚を、ゆっくり確かめる。強く押しすぎず、手首をまっすぐに保つ。
どれも痛みのない範囲で十回を目安に、速さより足裏の感覚を確かめる。次の1対1では、「家でかかとを回すと膝がつまる」「拳を戻すと肩が上がる」と、そのまま持って来てほしい。ミットの受け手は、拳だけを受けるのが仕事ではない。あなたの足元の疑問まで拾って、次の一本につなげる。
なぜ、1対1で習うのか
オンザショアのキックボクササイズは、1対1のパーソナルで、女性限定にしている。一人ひとりの骨格や癖に合わせて、足の位置から拳の戻りまで細かく調整できる。
一時間のあいだ、受け手はあなた一人の拳だけを見ている。ジャブの肘が何センチ開いたか、ストレートのかかとが回ったか、三発目から息が止まっていないか。気になったところは、その場で止めて直す。直したら、もう一度打つ。音が変わる。その変化を、本人が自分の手で確かめられる。
ごまかしの効かない一時間になる。疲れてきてフォームが崩れたら、それも見えてしまう。逆に言えば、うまくなったところも、すぐに見つけてもらえる。直すところが一つ分かれば、一発の音は変わりうる。かかとを回しただけで、肘を締めただけで、ミットの返事が変わる。その違いを耳と手のひらで知ることが、上達のいちばん確かな目印になる。
まとめ
ジャブとストレートは、腕ではなく足から打つ。ジャブは前足で床を押して、拳をまっすぐ置きにいく。ストレートは後ろ足のかかとを回し、腰と肩の回転に乗せて拳を押し出す。拳は途中で内側へ回し、肘は伸ばしきらない。打った手は、打つより速く戻す。打つ瞬間に短く息を吐く。この六つが、キックボクササイズのすべての技の土台になる。
一人で覚えるのは難しくない。ただ、自分の崩れに一人で気づくのは難しい。止まった構えが整っていても、打ち終わりまで整っているとは限らないからだ。
オンザショア立川店のキックボクササイズは、溶岩の暑い部屋(室温35〜40℃)で行う1対1のパーソナルで、女性限定。初めての方の体験は、1回 税抜4,980円(税込5,478円)で、事前決済になる。金曜19時からは「パーソナル美ボディ・キック」もあり、通常1回 税抜10,000円(税込11,000円)、会員の方は初回 税抜5,000円(税込5,500円)で受けられる(いずれも事前決済)。男性も一緒に出られる大勢のクラスとしては、ホットボクササイズがある。時間割は予約ページか公式LINEで確認できる。
スタジオはJR立川駅の北口から徒歩1分、東京都立川市曙町2-14-10 エトロワビル3F。年中無休で、8:00から23:30まで開いている。予約は公式サイトの予約案内からWebへ進むか、公式LINEへ。Webの受付は24時間だ。レッスン中は電話に出られないことが多いので、質問も LINE でどうぞ。なお、妊娠中の方は常温のマタニティクラスを除いて利用できず、このキックのパーソナルも対象外になる。医師から運動を止められている方も利用できない。持病や怪我のある方は、事前に医師に相談してください。
最初の一発は、「ぺち」でかまわない。一時間後のミットの返事を、自分の耳と手で確かめに来よう。
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