PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療には、長期的・時間集約的・費用のかかる関与が必要になることが多く、成功の度合いにもばらつきがあります。補完的なアプローチへの需要は大きい。
その文脈で、ブラジリアン柔術(BJJ)が注目されてきました。2019年に米国の現役軍人・退役軍人を対象に5か月(40セッション)のBJJ訓練プログラムを行った試験は、PTSD症状に加えてうつ病、全般性不安、アルコール使用量の減少を報告し、効果量は0.80から1.85にわたりました。
ところが2025年、軍の退役軍人と緊急サービス従事者を対象に、BJJとクロスフィットの60日プログラムを直接比較した混合法研究は、次の結果を報告しています——「調査結果はすべての測定領域で有意かつ臨床的に意味のある改善を示したが、両様式のあいだに有意差は認められなかった」。
効いているのは格闘技なのか、それとも運動と仲間なのか。この記事は、その問いを追います。

単群試験が示した効果量
まず、最初の報告から。タンパ地域の男性現役軍人・退役軍人が5か月・40セッションのBJJ訓練プログラムに参加し、開始前・中間・終了時に妥当性の確認された自己報告尺度で評価されました。
結果——参加者はPTSD症状に臨床的に意味のある改善を示し、加えてうつ病、全般性不安の症状とアルコール使用の減少も認められました。効果量は0.80から1.85(Willing, 2019, Military Medicine)。
著者らは結論で慎重な留保を付けています——「この種のものとしては初のパイロット研究の結果は、BJJをPTSDの標準治療への補完的治療として含めることに価値がある可能性を示唆する。これらの有望な結果を日常的にこの補完療法を推奨する前に検証するには、より大きな被験者コホートとより厳密な実験デザインが必要である」。
単群前後比較の効果量を、どう読むか
この研究は被験者内・単群・前後比較のデザインです。対照群がないため、効果量には介入以外のすべて——自然経過、平均への回帰、期待効果、他の治療の並行実施、測定の反復による慣れ——が含まれます。
効果量1.85は非常に大きな数字ですが、それは「BJJの効果が1.85である」ことを意味しません。「BJJを含む5か月のあいだに起きたことの総体が1.85である」という読み方が正確です。
同種の報告は他にもあります。BJJ未経験の25〜50歳の軍人・退役軍人・救急救命職員32人が、20時間のBJJを完了するごとに5種の質問紙に回答した縦断研究では、全員が当初PTSD症状を示し、研究期間を通じて有意に減少しました。質的データからは、断言性、自信、自己制御、忍耐、共感、エンパワメント、睡眠の改善、マインドフルネスといった治療的利益が報告されています(Weinberger, 2021, Journal of Community Engagement and Scholarship)。
直接比較すると、差が消える
ここが本題です。
軍の退役軍人と緊急サービス従事者を、BJJまたはクロスフィットの60日プログラムに参加させ、標準化された質問紙(n = 60/n = 40)と半構造化面接(n = 20)で比較した混合法研究があります。不安、抑うつ、PTSD、睡眠の質、全般的well-beingを、ベースライン・中間・終了時に測定しました。
| 結果 | 内容 |
|---|---|
| 測定領域(不安、抑うつ、PTSD、睡眠、well-being) | すべてで有意かつ臨床的に意味のある改善 |
| BJJ 対 クロスフィット | 有意差なし |
出典: Channon ら (2025) より作成。
面接から浮かび上がった説明は明快でした——「支援的なコミュニティのなかで経験される建設的な困難を通じて能動的に成長していくことの価値が、両様式に共通しており、それが調査結果を説明するかもしれない」。
そして著者らは、この研究の意義をこう位置づけています——「本研究は、トラウマ的経験や継続的ストレッサーに曝露されたコミュニティにおいて、身体活動がメンタルヘルスをどのように支えうるかについてのさらなる証拠を提供する。また、この点に関する格闘技の独自の価値についての主張に、批判的な考察を可能にする」(Channon, 2025, Martial Arts Studies)。

合気道は、女性にだけ効いた
もう一つ、対象を分けたときに結果が変わった例があります。
退役軍人向けの証拠に基づく入院型PTSD治療プログラムに、集団指導形式の合気道を上乗せした準実験研究です。合気道は板割りなどの打撃を伴わない武道で、他者を傷つけずに攻撃性を中和し自分を守ることに焦点を当てます。男性108人・女性85人の入院PTSD患者で、合気道を受けた群と受けなかった群の症状変化を比較しました。
| 対象 | 結果 |
|---|---|
| 女性退役軍人 | 自己報告のPTSD症状(偏η² = .05)と抑うつ(偏η² = .05)の低下がより大きい |
| 男性退役軍人 | 有意な利益は認められず |
出典: Weiss ら (2017) より作成。
著者らの結論——「本知見は、退役軍人に対する証拠に基づく入院型PTSD治療への実行可能な上乗せとして合気道を支持する。とくに抑うつ症状を併存する女性退役軍人において」(Weiss, 2017, Military Psychology)。
なぜ男性では効かなかったのか、この研究は答えていません。しかし「格闘技はPTSDに効く」という一文が、対象によって成り立ったり成り立たなかったりすることは記録に値します。
メタ解析——攻撃性は、下がらない
より広い視野で見たとき、格闘技のメンタルヘルス効果はどう評価されているか。
50万件を超える引用をスクリーニングし、14研究からデータを抽出したメタ解析があります。
| アウトカム | 効果量 d(95%CI) | 異質性 |
|---|---|---|
| well-being | 0.346(0.106〜0.585):小さいが有意 | I² = 59.51% |
| 内在化するメンタルヘルス | 0.620(0.006〜1.23):中程度 | I² = 84.84% |
| 攻撃性の低減 | 0.022(−0.191〜0.236):わずかで有意でない | I² = 58.12% |
出典: Moore ら (2020) より作成。
著者らの結論は「well-beingの向上と内在化するメンタルヘルスに関連する症状の軽減について、スポーツに基づくメンタルヘルス介入としての格闘技訓練を支持する」というものです(Moore, 2020, Journal of Bodywork and Movement Therapies)。攻撃性については支持されていません。
成人の格闘技実践者を対象とした系統的レビュー(横断研究70本・縦断研究2本)は、さらに慎重です——「格闘技・コンバットスポーツの実践と自己関連構成概念との関連は、一貫性においても証拠の強さにおいても結論が出ていない」。ill-beingの下位領域(外在化・内在化の情動調節)とwell-beingについては限られた証拠で有意な関連が認められた、と。認知面では知覚能力と抑制能力について一貫した正の関連がある一方、注意と記憶については限られた証拠にとどまります(Ciaccioni, 2023, Psychology of Sport and Exercise)。
著者らはこの領域の性質を次のように要約しています——「格闘技・コンバットスポーツの多面的な性質は、メンタルヘルスに異なる、ときに相反する結果をもたらしうる」。

運動一般としてのPTSD介入
ここで比較対象を見ておく価値があります。格闘技ではない運動介入が、PTSDにどれだけ効いているか。
有酸素運動とレジスタンス運動に、PTSDを持つ退役軍人に適したマインドフルネスに基づく実践を組み合わせた統合的運動(Integrative Exercise)プログラムの無作為化パイロット試験では、47人の退役軍人を介入群と待機対照群に割り付け、12週間・週3回の1時間セッションを課しました。結果——PTSD症状の重症度の低下がより大きく(d = −0.90)、心理的QOLの改善がより大きく(d = 0.53)、身体的QOLの改善は相対的に小さい(d = 0.30)(Goldstein, 2018, Journal of Affective Disorders)。
60歳以上・DSM-VでPTSDと診断された退役軍人54人を、監督下の運動(36人)と待機対照(18人)に割り付けたパイロットRCTでは、有害事象なし、脱落14%、アドヒアランス82%、そしてPTSDと関連する状態に臨床的に有意な改善(Cohenのd = 0.36〜0.81)が認められました(Hall, 2019, Journal of Behavioral Medicine)。
機序についての総説は、有酸素運動がPTSD症状に正の影響を与えうる経路として、内的覚醒手がかりへの曝露と脱感作、認知機能の向上、運動誘発性の神経可塑性、視床下部-下垂体-副腎軸機能の正常化、炎症マーカーの低減を挙げています(Hegberg, 2019, Frontiers in Psychiatry)。
この5つの機序のうち、格闘技に固有のものは一つもありません。「格闘技だから効く」ではなく「運動だから効く」で説明できる範囲が、かなり広いということです。
比較の物差しとして、格闘技でも運動でもないプログラムの数字も見ておく価値があります。心的外傷後成長(PTG)理論に基づく7日間の集中リトリート型プログラムを完了した米国退役軍人184人の研究では、ベースラインから終了時にかけてPTG尺度(PTGI-X)が54%上昇(50.2 → 77.4、t(183) = −8.78、p < 0.001)、PTSD症状(PCL-5)が49%低下(39.7 → 20.1、t(183) = 11.75、p < 0.001)しました。抑うつは60%、ストレスは50%、不安は28%低下しています。18か月後の追跡データが得られた74人では、成長関連・症状関連のすべての有意な変化が維持されていました(Rhodes, 2024, Frontiers in Psychology)。
同じプログラムを待機対照と比較した準実験研究(164人)では、PTGI-X(F(1, 205) = 23.667、p < .001、偏η² = 0.103)とPCL-5(F(1, 205) = 262.460、p < .001、偏η² = 0.561)の両方で有意な群間差が認められました(Renner-Wilms, 2025, Journal of Affective Disorders)。
7日間のプログラムで、格闘技の5か月プログラムと同等かそれ以上の変化が起きている。これは格闘技を否定する材料ではなく、この領域の効果量が介入の種類だけでは決まらないことを示しています。構造化された集団、明確な目的、支援的な関係——共通する要素のほうが、様式の違いより大きく効いている可能性があります。
それでも、当事者が語る「固有の何か」
一方、量的研究では捉えられないものを記述した研究もあります。
性暴力被害歴を持つ格闘技実践者50人(主にシスジェンダーの女性)を対象に、格闘技実践が回復にもたらす利益についての回答を内容分析した研究です。
報告された利益は二つに分かれました。一つは他の身体活動と共通するもの——社会的支援へのアクセス、身体的健康の改善、well-beingの向上。もう一つは格闘技に固有のものです。
| 格闘技に固有とされた利益 |
|---|
| 身体的自律性(bodily autonomy)を取り戻す手段としての実践 |
| 将来の性暴力に対する知覚された脆弱性の低下 |
| PTSD症状とトリガーの管理 |
出典: Higgins ら (2024) より作成。研究の表題は参加者の言葉から取られている——「文字どおり、自分が殺しにくくなったと感じる」。
著者らは「知見はサバイバーにとって強力な回復ツールとしての格闘技の可能性を支持する。今後の研究は、格闘技の実践が癒しとエンパワメントをもたらすようにどう構造化できるかを評価すべきである」と述べています(Higgins, 2024, Sex Roles)。対人トラウマ後の格闘技訓練を9人に面接した質的研究も、メンターシップ、達成感、自信の向上、育児の改善、物質乱用からの回復という利益を報告しています(Vargas, 2019)。
戦争退役軍人のリハビリテーションにおける格闘技の国際的な使用を体系化したレビューは、PTSD症状・不安・抑うつの重症度の低下と、定期的な身体活動への従事の増加を報告する一方、プログラムの期間・強度・組織形式にかなりのばらつきがあることを指摘し、集団形式、社会的相互作用、マインドフルな動きの要素の組み込みがプログラムの有効性に重要な役割を果たしたとまとめています(Latyshev, 2026, Yedynoborstva)。
読むときの手がかり
| 論点 | いま言えること | まだ言えないこと |
|---|---|---|
| BJJの効果量 | 単群前後比較で 0.80〜1.85 | 対照群がない |
| 他の運動との比較 | — | クロスフィットとの60日比較で有意差なし |
| 合気道 | 女性退役軍人でPTSD・抑うつが改善 | 男性では有意な利益なし |
| well-being | メタ解析で d = 0.346(小さいが有意) | 異質性 I² = 59.5% |
| 攻撃性 | — | d = 0.022、有意でない |
| 運動一般 | 統合的運動で d = −0.90、高齢退役軍人で 0.36〜0.81 | — |
| 機序 | 覚醒手がかりへの脱感作、神経可塑性、HPA軸、炎症 | 格闘技に固有の機序 |
| 当事者の語り | 身体的自律性の回復、脆弱性の知覚低下という固有の記述 | 量的検証 |
実務的な読み方を三つ。
「格闘技だから」を証拠なしに主張しない。BJJとクロスフィットを直接比較した唯一の研究で、差は出ませんでした。改善を説明したのは支援的なコミュニティのなかで建設的な困難を経験すること——両方に共通する要素です。運動、集団、継続、困難の克服。この4つが揃えば、様式は問わない可能性があります。
「攻撃性が下がる」という主張は、支持されていない。格闘技を勧める文脈でしばしば語られる命題ですが、14研究のメタ解析では効果量 d = 0.022、信頼区間はゼロを跨いでいます。上がるという証拠もありませんが、下がるという証拠もありません。
確立された治療の代わりにしない。合気道の研究は証拠に基づく入院型PTSD治療への上乗せとして検証されました。BJJのパイロット研究も「標準治療への補完的治療として」と位置づけています。PTSDには持続エクスポージャー療法、認知処理療法、EMDRといった有効性の確立した治療があります。運動や格闘技は、それらを受けながら並行して行うもの、あるいは治療につながるための入口として考えるのが、現在の証拠の形に合っています。
出典
- Willing AE, et al. Brazilian Jiu Jitsu Training for US Service Members and Veterans with Symptoms of PTSD. Military Medicine. 2019. DOI: 10.1093/milmed/usz074
- Weinberger K, et al. Benefits of Brazilian Jiu-Jitsu in Managing Post-Traumatic Stress Disorder: A Longitudinal Study. Journal of Community Engagement and Scholarship. 2021. DOI: 10.54656/msfa1684
- Channon A, et al. Comparing Mental Health Outcomes of Brazilian Jiu-Jitsu and CrossFit Training among Trauma-Exposed Professionals: Findings of a Mixed-Methods Study. Martial Arts Studies. 2025. DOI: 10.18573/mas.299
- Weiss T, et al. Aikido as an Augment to Residential Posttraumatic Stress Disorder Treatment. Military Psychology. 2017. DOI: 10.1037/mil0000194
- Moore B, et al. The effect of martial arts training on mental health outcomes: A systematic review and meta-analysis. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2020. DOI: 10.1016/j.jbmt.2020.06.017
- Ciaccioni S, et al. Martial arts, combat sports, and mental health in adults: A systematic review. Psychology of Sport and Exercise. 2023. DOI: 10.1016/j.psychsport.2023.102556
- Goldstein LA, et al. Veterans Group Exercise: A randomized pilot trial of an Integrative Exercise program for veterans with posttraumatic stress. Journal of Affective Disorders. 2018. DOI: 10.1016/j.jad.2017.11.002
- Hall KS, et al. Pilot Randomized Controlled Trial of Exercise Training for Older Veterans with PTSD. Journal of Behavioral Medicine. 2019. DOI: 10.1007/s10865-019-00073-w
- Hegberg NJ, et al. Exercise Intervention in PTSD: A Narrative Review and Rationale for Implementation. Frontiers in Psychiatry. 2019. DOI: 10.3389/fpsyt.2019.00133
- Higgins M, et al. “It Literally Makes Me Feel Harder to Kill”: A Qualitative Study of the Perceived Benefits of Recreational Martial Arts Practice Among Women Sexual Assault Survivors. Sex Roles. 2024. DOI: 10.1007/s11199-024-01495-w
- Vargas AG. Psychological Effects of Training in Martial Arts After Interpersonal Trauma. Doctoral dissertation, Walden University. 2019.
- Latyshev M, et al. International experience in the use of martial arts in physical activity and rehabilitation programs for war veterans. Yedynoborstva. 2026. DOI: 10.15391/ed.2026-2.04
- Rhodes JR, et al. Posttraumatic growth-oriented peer-based training among U.S. veterans: evaluation of post-intervention and long-term follow-up outcomes. Frontiers in Psychology. 2024. DOI: 10.3389/fpsyg.2023.1322837
- Renner-Wilms S, et al. Outcomes from a posttraumatic growth-oriented program among veterans: A quasi-experimental retrospective study. Journal of Affective Disorders. 2025. DOI: 10.1016/j.jad.2025.120234
本記事は研究論文の要約であり、医学的・心理学的助言ではありません。PTSDには有効性の確立した心理療法があります。トラウマ的な出来事のあとに、フラッシュバック、悪夢、過覚醒、回避などの症状が1か月以上続く場合は、精神科・心療内科または公認心理師にご相談ください。格闘技の練習は、人によってはトラウマ反応を誘発することがあります。指導者と治療者の双方に状況を共有したうえで行ってください。






