塗り絵は右脳だけを使うのか?左右の分担と見ながら手を動かす研究を読み解く

塗り絵は右脳だけを使う時間なのか。描画の脳画像メタ分析、目で見ながら手を動かす実験、左右の手への学習の移り方から、脳の分担を読み解く。描画課題で測る動作と日常の塗り絵を区別し、活動が強いほどよいとは限らない理由も確認する。右脳を鍛えるという説明との距離を考える。

葉の先の細い隙間で、色鉛筆が止まる。緑のまま塗るか、青に持ち替えるか。色が決まれば、今度は輪郭からはみ出さないように手を動かす。「塗り絵は右脳を使う」と聞くと、この一連の作業を脳の右側にまとめて置きたくなる。

しかし、描画の創造性を調べた脳画像研究のメタ分析では、左側と右側の領域がともに関わっていた。少なくとも、絵を描く活動を右脳だけの仕事とする説明は合わない。ただし、自由に描く研究を、そのまま輪郭のある塗り絵の実験として扱うこともできない。[8]

既存記事「自律神経を整える塗り絵は自由に描くよりよい?不安と体の反応を分けて読む」では気分と体の反応を扱う。ここでは、完成後に落ち着くかという問いを離れ、見て、選び、手を動かす作業を左右の脳にどう結び付けて読めるかに絞る。

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絵を描く脳は、右側だけに収まらない

音楽の即興、描画、文学的な創作を比較したメタ分析がある。個々の脳画像研究で報告された活動位置を統合し、芸術に共通する部分と分野ごとの違いを検討した研究だ。統合の結果、これらの創作に重なる領域として、前補足運動野、左の背外側前頭前野、右の下前頭回が挙がった。共通部分の時点で、左と右が登場する。[8]

さらに、描画の創造性を音楽の創造性と比べると、左の紡錘状回と楔前部、右の海馬傍回と中前頭回の関与が認められた。領域名をすべて覚える必要はない。大切なのは、「絵だから右」という分類では、この左右にまたがる結果を説明できないことである。描画と文学的な創作の比較では、脳活動の有意な違いは認められなかった。芸術の種類で脳をきれいに色分けできるわけでもない。[8]

この研究は、共通する神経の仕組みがありながら、分野ごとにも一定の固有の回路を使うと結論している。全部が同じだという話でも、全部が別だという話でもない。似た部分と異なる部分が併存する。塗り絵の説明でも、この両方を残した方がよい。[8]

ただし、創造的な描画と塗り絵は課題が違う。白紙から構図を考えることと、用意された図柄の中を塗ることは、日常の手順としても区別できる。描画の研究は「右脳だけ」という説明を見直す手がかりにはなるが、塗り絵の色選びがどの領域で進むかを直接決める答えにはしない。[8]

たとえば、同じ花の図柄でも、見本どおりに塗る日と、見本を閉じて配色を考える日がある。どちらも塗り絵だが、読者が実際にしている作業の説明は異なる。研究を読む際にも、題材名だけでひとまとめにせず、何を求められた実験かに目を向けたい。創作の分野を比較するメタ分析も、まさに共通点と違いを分けて検討している。[8]

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見た線に手を合わせることも、描く作業の中身だ

色を選び終えたあとも、作業は終わらない。葉の先に鉛筆を運び、輪郭を見て、線の向きを変える。こうした「見ながら手を動かす」過程を考える手がかりとして、画面に表示されるペンの動きを操作した描画実験がある。これは塗り絵の気分を調べた試験ではなく、視覚と運動の対応を学ぶ実験である。[3]

参加者は中心から外へ向かって線を描いた。普通の表示だけでなく、手の動きに対して画面上の表示が回転する条件でも描き、そのときの脳の電気活動と手の動きを調べた。自分が動かした方向と、画面で見える方向の関係が変わるため、その対応に適応する必要がある。[3]

表示の回転に慣れるにつれて、課された方向のずれは減り、後半の試行では移動する経路の長さと運動時間も減少した。表示のゆがみを取り除いたあとには、その影響が残る現象も確認された。脳活動の時空間的なパターンは、前頭・頭頂の領域、感覚運動領域、前帯状皮質の関与と整合していた。[3]

この実験が面白いのは、描かれた線の美しさより、手と目の対応の変化を見ている点だ。絵を描く研究と聞くと想像力を測っているように感じるが、実際には方向のずれ、経路、動かす時間を調べている場合もある。同じ「描く」という動詞の中に、異なる研究の問いが入っている。[3]

日常の塗り絵を、画面の回転課題と同じものとして説明することはできない。それでも、手を動かす作業について「考えずに右脳を使う」と片付けるより、見えた結果と動作の対応を研究者がどう確かめているかを知る方が具体的だ。線を描くことは、完成した絵を眺めることとは別の測定対象になっている。[3]

左右の分担があることと、片側しか働かないことは違う

では、左右差という考え自体が間違いなのか。そこまで言う必要はない。右手を主に使う若い成人と高齢者を対象に、見える動きが回転し、動きの倍率も変えられた描画課題を練習する研究では、練習の成果が反対の手へどう移るかが調べられた。若い成人と高齢者の比較なので、18〜39歳の女性の塗り絵に同じ左右差が現れるかは別に検証する必要がある。[2]

各年齢群で、右手で練習する人と左手で練習する人に分け、練習前後に両手の成績を測定した。結果は、何を成績とするかで違った。最初に動かす方向については、反対の手への学習の移り方に非対称性があり、運動時間と軌道の長さについては対称的だった。このパターンは若い成人と高齢者で似ていた。[2]

著者らは、視覚情報を変えた図形への到達課題で、運動方向を計画する右半球の専門的な機能が、高齢者にも保たれていることを示唆した。ここでいう専門性は、実験条件と運動の指標に結び付いた話である。「右脳は芸術」「左脳は計算」という大きな仕分けとは粒度が違う。[2]

方向の学習と動作にかかる時間で結果が異なるのだから、ひとつの成績から描画全体の左右差を決めるのも早い。同じ人が同じ道具で行った課題でも、測った要素を変えると見える分担が変わる。右手で塗ったか左手で塗ったかだけを聞いて、どちら側の脳を鍛えたかを決める説明には、この違いが落ちてしまう。[2]

また、この研究の参加者は全員が右手優位だった。左利きの人の塗り方や、利き手を変える練習の健康効果を示した研究としては読まない。対象と課題を保ったまま読むことで、左右差の知見を、趣味の優劣や人のタイプ分けに広げずに済む。[2]

ここで、反対の手にも練習の影響が現れるという結果そのものにも注目したい。練習した手だけを測れば、課題に慣れたという話で終わる。練習前後に両手を測ることで、学んだ内容が手をまたいでどう利用されるかを検討できる。しかも、その移り方はすべての指標で同じではなかった。左右差を考えるなら、右か左かの名前を探す前に、研究者が何を比較したのかを確かめる必要がある。[2]

創造性のメタ分析にも、比較の読み方がある。描画で音楽より関与した領域があるという結果は、その領域が描画専用だという意味ではない。この分析は芸術形式の共通部分も検出している。比べた相手を省略して「絵を描くとここが働く」とだけ伝えると、共通する活動と比較で目立った活動の違いが消える。比較の相手も結果の一部なのだ。地図の色だけを切り抜かず、図の横にある課題名まで読むことが大切だ。[8]

机の上にある図柄に戻ろう。細かい模様を同じ色で塗り続ける日もあれば、隣り合う色の組み合わせを何度も考え直す日もある。そこで自分が面白いと感じた手順を言葉にしておけば、研究の説明との接点を探しやすくなる。線を動かす課題なのか、創作を求める課題なのかという違いは、研究の側にもある。「塗り絵」という本の名前だけでは、その日の作業内容までは説明しきれない。[3][8]

もうひとつ、画面の表示を回転させた実験は、普段と違う対応を学ぶ過程を見ている。普通の紙を塗っているときにも同じ大きさの反応が起こる、と置き換えることはしない。研究で方向のずれが減ったことと、紙の上ではみ出しが減ることは、似て見えても別の結果である。似た動作を手がかりに仕組みを考えることはできるが、実験で測られた成果の名前まで変えてはいけない。脳の説明を生活へ近づけるときほど、この境目を残しておきたい。[3]

数字で読む描画と脳の研究

2011年の描画と暗算の研究は、高齢者20人と若年者20人の健康な成人を比較した。年齢群を比べる研究であり、18〜39歳女性の塗り絵の反応へ直接当てはめるには課題と対象が異なる。[1]

2020年の創造性のメタ分析は、音楽の即興・描画・文学的創作という3つの芸術形式を比較した。[8]

2013年の左右の手への学習の移り方を調べた研究では、運動時間と軌道の長さの2指標で対称的な移行が見られた。[2]

2004年の描画実験では、画面の表示を回転させ、動かす方向と経路、運動時間の変化を調べた。[3]

2026年の作業記憶訓練のメタ分析は、45件の神経画像研究をもとにしており、塗り絵の試験数ではない。[14]

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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宮川涼 Founder

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