30代になっても学生時代の曲ばかり選ぶのは、音楽の好みが十代に固定されたからなのか。若い頃の曲への愛着を調べた国際調査、年齢別の大規模調査、親世代の曲が好まれる研究を読み比べる。曲と出会った時期、育った家の音楽、今の場面を分けて、昔の曲と新しい曲が並ぶ理由を考える。
伴奏が始まる前から、学生時代の曲の歌い出しが口に浮かぶ。最近の曲は途中で歌詞を見失うのに、昔の曲はすぐ歌える。この差は、音楽の好みが十代で完成した証拠なのだろうか。
若い頃に聴いた音楽に愛着が残る現象は、幅広い国や年代で見つかっている。ただし、愛着が残ることと、好みが固定されることは別である。年齢別の大規模調査では好む音楽の特徴に違いがあり、別の調査では親世代の音楽にも好みの山があった。若い時期の重みと、その後の広がりは両立する。[1][2][7]
既存記事「ストレス発散の曲は昔の思い出で変わる?懐かしさと聴き慣れを分けて選ぶ」には、気分を変えるための選曲という問いを譲る。ここで考えるのは、今夜どの曲を流すかよりも、長い時間の中で「好きな曲の棚」がどう作られるかである。

若い頃の曲に山があることと、好みの締め切りは違う
音楽研究では、思春期や成人期の初めに親しんだ音楽への愛着が大人になっても残る現象を扱っている。その背景にある「回想の山」とは、自分の人生の出来事を思い出すとき、思春期の終わりから成人期初めの出来事が多く挙がる現象である。若い頃の曲を好むことと、その曲に結びつく人生の記憶を思い出すことは、関連するが同じ質問ではない。[2][7]
Renwickらの国際調査では、102か国の4,824人に曲名と歌手名を5曲ずつ思い出してもらい、計24,120曲分の回答を集めた。初めて聴いた年齢、懐かしさ、結びつく感情なども尋ねている。回想の山は、調べた年齢群のいずれにも、男女のいずれにもみられ、国をまたいで広く認められ、特定のジャンルだけに限られなかった。男女と幅広い年齢群を含む調査なので、18〜39歳の女性にそのまま当てはめて個人の好みを予測することはできない。[7]
これは、昔の曲に戻る経験が広く共有されていると知る手掛かりになる。一方で、この調査が集めたのは思い出して挙げた曲である。今日聴いたすべての曲や、これから好きになる曲の一覧ではない。記憶から選び出した曲に若い時期の重みがあっても、日々の再生履歴が同じ割合になるとは限らない。測った対象を「記憶に残る選曲」から「生涯の好み全部」へ広げないことが大切だ。[7]
カラオケの履歴が示すのは、人前で歌うために選んだ曲である。歌いたい曲、聴きたい曲、人と共有したい曲を、まず自分の中で分けて眺めるとよい。これは研究で確立された判定法ではなく、回答の意味を取り違えないための整理である。「よく歌うから、ほかの音楽は好きになれない」という飛躍を避けられる。
また、国際調査の結果は、30代の日本人女性だけに固有の締め切り年齢を与えるものではない。男女に現象がみられることと、女性なら特定の年齢で好みが止まることは別の主張だ。若い時期の音楽に愛着が残るという結果は受け取りつつ、「何歳までに好みを完成させるべきか」という宿題には変えない。[7]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
年代別の違いはあるが、同じ人の成長記録ではない
Bonneville-Roussyらは、合計25万人を超える人が参加した大規模な横断研究を2つ用い、思春期から中年期までの音楽との関わりと好みを調べた。横断研究とは、異なる年齢の人を比較する研究である。同じ人を若い頃から中年まで追い続けた記録とは区別して読む必要がある。思春期から中年期までの比較を、18〜39歳の女性にそのまま当てはめて将来の変化を決めることはできない。[1]
音楽との関わりを調べた研究では、年齢が高いほど音楽に置く重要性は低い傾向があったが、大人も音楽を重要だと考えていた。若い人は中年の人より頻繁に音楽を聴き、幅広い場面で聴いていたのに対し、大人は主に私的な場面で聴いていた。単に「好きかどうか」だけでなく、音楽が生活のどこに置かれているかにも年代差がある。[1]
好みを調べた研究では、音楽の好みを年齢によらず共通する5つの次元で捉えられた。そのうち、激しさや現代的な特徴に関する好みは年齢が高いほど低く、気取りのなさや洗練された特徴に関する好みは高い傾向だった。年齢による傾向は性格とも密接に関連していた。著者らは、好みが生涯を通じてさまざまな発達上の影響を受けることを示唆している。[1]
ここでいう次元は、個々の曲名を年齢順に並べたランキングではない。学生時代の激しい曲を今も好きでいることと、現在は穏やかな曲もよく選ぶことは、論理的には矛盾しない。曲への愛着を保ちながら、ほかに選ぶ音の特徴が広がるという読み方ができる。ただし、これは年代差を生活に引き寄せた解釈であり、誰もが同じ順番で変化するという結果ではない。[1]
とくに避けたいのは、「年上の人に多かった特徴だから、自分もその年齢になれば必ずそうなる」と読むことである。異なる時代に育った人は、出会った曲や音楽を聴く環境も異なる。年齢別の比較だけから、時間がたつこと自体の影響をすべて切り出すことはできない。大人数の研究でも、比較の型は変わらない。[1][4]
仕事帰りの中央線で昔の曲を聴く日があっても、それだけで音楽への関心全体を採点する必要はない。研究が示したのは、重要性、頻度、聴く場面、好みの特徴という別々の側面である。新曲を知っている数だけで「音楽好き」を決めるより、自分にとって今どんな位置を占めているかを考えるほうが、この研究の問いに近い。[1]
生まれる前の曲も好きになる、家の音楽という入口
「若い頃の曲が好き」という説明だけでは、親が聴いていた曲への愛着がこぼれる。Krumhanslらは、若い成人を対象に、5年代半にわたるヒット曲について、個人的な記憶、曲を知っているか、好み、質の評価、感情反応を調べた。これらの指標は参加者が生きてきた約20年間に発表された音楽で高まるだけでなく、親世代の音楽にも山を示した。若い成人の結果は出会い方を考える参考になるが、18〜39歳の女性全体に同じ山が現れるかは、この結果だけでは判断できない。[2]
著者らは、この親世代の山を、子ども時代の音楽の影響や家庭で流れていた音楽の多さを示唆する結果と考えている。さらに1960年代の曲にも山があり、その理由として曲の質、または複数世代を通した伝達の可能性を挙げた。親世代の山が見つかったことと、その仕組みが確定したことは分けたい。[2]
ここで効いてくるのは、曲の発売年と自分が出会った年齢の違いである。自分が生まれる前に発表された曲でも、家で幼い頃から聴いていたなら、出会いは自分の子ども時代にある。「昔の曲だから親の趣味」「新しい曲だから自分の趣味」と、発売年だけで線を引くと、この入口を見失う。[2]
たとえば、家族の車でかかっていた曲と、学校帰りに自分で選んだ曲を思い浮かべてみる。どちらも今の好きな曲の候補になり得るが、出会い方は異なる。前者には家庭で聴いた音楽という視点、後者には自分の若い時期の音楽という視点が役立つ。これは自分の音楽史をたどる例であり、家庭環境が好みを一方的に決めるという意味ではない。[2][7]
親世代の曲への山があることは、十代の友人関係だけですべてが決まるという説明にも収まらない。好きな曲を並べたとき、そこには自分が選んだ時間だけでなく、自分で選ぶ前から耳にしていた音楽も含まれ得る。好みの起点を卒業アルバムだけに探さず、家の風景にも戻してみる余地がある。[2]
曲を知っていること、好きなこと、質が高いと評価すること、感情が動くことも、それぞれ別の指標だった。親世代の音楽の山は、これらを分けて尋ねる中で見つかっている。「知っている曲ばかり挙がった」という経験を考えるときも、知識の有無だけで好みの強さを代用しないほうが、研究の測り方に忠実だ。[2]
たとえば、曲名を見てすぐ分かるが自分からは選ばない曲と、曲名を覚えていないのに流れると聴きたくなる曲を、別々に置いてみる。これは自分で試すための例であり、回答を特定の型に分類する検査ではない。記憶、認識、評価、感情を同じ言葉で片付けないだけでも、「好きな曲はいつ決まるか」という問いが、どの反応の話なのかを確かめやすくなる。[2]
数字で読む音楽の好みと出会い
25万人超:思春期から中年期の音楽との関わりや好みを調べた、2つの横断研究の合計規模である。[1]
102か国:曲を思い出して回答する国際調査に参加者がいた国の数である。[7]
4,824人:その国際調査の参加者数。30代女性だけの人数ではない。[7]
24,120曲分:各参加者が5曲ずつ挙げた回答の合計。重複を除いた別々の楽曲数とは読み替えない。[7]
5年代半:親世代の音楽にも好みの山が見つかった研究が対象にしたヒット曲の期間である。[2]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
1
2







