口笛はなぜ鳴るのか。口の中は舌と唇で区切られた共鳴の部屋として働き、部屋が大きいほど音は低く、その大きさは顎の開け閉めより舌の位置で変わっていた。高い音で頬の内側にできる横の部屋、歌より正確な口笛の音程、カナリア諸島の口笛の言葉、口笛を覚えたオランウータンも読む。
立川駅北口の夜、イヤホンを外して歩いていると、前を行く人の口笛が聞こえてきた。唇をすぼめ、息を吐いているだけに見える。それなのに、なぜ笛のような澄んだ音が鳴り、しかも旋律になるのだろう。
答えの芯を先に書く。口笛の音は、口の中が共鳴の部屋として働くことで生まれる、という仮説が実験の模型で支持されてきた[1]。部屋の後ろの出口は、舌を上あごの硬い部分へ持ち上げてつくり、前の出口はすぼめた唇がつくる[1]。2018年の研究は、この部屋の形をX線の動画とMRIで撮り、部屋が大きくなるほど音が低くなることを確かめた[1]。そして部屋の大きさを変えていたのは、顎の開け閉めよりも、主に舌の位置だった[1]。
翌年のリアルタイムMRIの研究も、舌の形と口笛の音の高さが強く結びつき、その使い方が母音を言い分けるときの舌の使い方と似ていると報告した[2]。口笛の音程は、唇でつくるように見えて、実は舌がかなりの部分を握っている。その舌の上に、口笛で話す言葉まで成り立っている。

口の中は、2つの出口を持つ空気の部屋
口笛を流体の側から見ると、こうなる。空気の噴流が不安定になり、渦の輪が生まれ、その輪が硬い壁と関わり合う[1]。口笛の流体の仕組みには、こうした流れの動きが関わっている[1]。
そこに口の中の形が加わる。実験の模型は、人の口笛の音がヘルムホルツ共鳴器でつくられるという仮説を支持してきた[1]。ヘルムホルツ共鳴器とは、ここでは口の中を、2つの出口に挟まれた共鳴の部屋として見る考え方である[1]。後ろの出口は舌を硬口蓋(上あごの硬い部分)へ持ち上げてつくり、前の出口はすぼめた唇がつくる[1]。
ところが、その部屋が実際の口の中でどう形を変え、それが音の高さとどう結びつくのかは、それまで詳しく記述されていなかった[1]。理屈は先にあり、体の中の姿はまだ見えていなかったわけだ。
空気の流れと穴の形だけで笛のような音が出ることは、声の研究からも見える。声帯の隙間のおおよその形をまねたゴムの穴に、一定の空気を流した2004年の実験では、出口に向かって広がる形の穴で、流量が少ないときに笛のような音程のある音が出た[9]。同じ形でも流量が多いと、音の出方は別の仕組みが主になった[9]。人の口笛そのものの実験ではないが、穴の形と流れの強さで音が切り替わる例として面白い。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
X線の動画が見せた、舌の位置と音の高さ
2018年の研究は、唇をすぼめて吹く口笛の吹き方を調べた[1]。吹いている人をX線の動画で撮りながら、同時に音を録音した[1]。さらに1人については、MRIでも口の中を撮った[1]。
結果は理論の予想どおりだった。共鳴の部屋が大きくなるほど、出る音の高さは下がった[1]。この関係は、さまざまな吹き方の課題を通じて保たれ、吹き手が違っても一貫していた[1]。
部屋の大きさを変えていたのは、主に舌の位置で、顎の開け閉めではなかった[1]。口笛で音を上げ下げするとき、顎を動かしている感覚の人もいるかもしれない。だがX線で見ると、主役は口の中で動く舌のほうである。
著者らは、これが人の口笛の音の出し方について、動きを伴う解剖学的な証拠としては初めてのものだと書く[1]。そして、これまでの理論の模型に、ずっと確かな数量と体の仕組みの足場を据えたと位置づけている[1]。

高い音のとき、頬の内側に横の部屋ができる
同じ研究には、もう1つの発見がある。高い音を出すとき、頬の内側の空間に、横の部屋ができていた[1]。著者らは、2人の吹き手がどちらも、高い音を出すために、この横の空気の流れを使う仕組みを用いていたと報告し、新しい仕組みとして記録している[1]。
口の中で空気の通る部屋は、舌と唇のあいだの1つの空間だけではなかったことになる。高い音のときには、頬の内側にも横の部屋ができていた。ただ、この研究で横の部屋を確かめたのは2人で、誰でも同じ使い方をするとまでは言えない[1]。
吹ける人の口の中の地図は、こうして少しずつ描かれてきた。一方、この記事で読む研究は、吹ける人がどう吹いているかを測ったもので、吹けない人と比べたものではない。「吹けない理由」を研究の数字で言うことは、ここではできない。
口笛の舌は、母音の舌と似た使い方をする
2019年の研究は、リアルタイムMRIで、口笛を吹くときの筋肉の制御を調べた[2]。その結果、舌の形と口笛の音の高さのあいだに、強い結びつきが見られた[2]。この音の出方の特徴は、母音をつくるときの舌の使い方と並行していた[2]。
ここから著者らは、口笛の言葉の話へつなげる[2]。口笛の言葉は話し言葉の代わりとして使われ、そこでは話し言葉の音の特徴の1つが、高さの揺れる口笛に置き換えられている[2]。舌で母音を言い分ける力が、そのまま口笛の音の高さを動かす力になっているなら、口笛が言葉の代わりになれるのも筋が通る、という見方である[2]。
研究は、人の伝え合いの大半は声の揺れで運ばれるが、さまざまな文化が、口笛の音を使う別の伝え方を育ててきたと書き出す[2]。その使われ方も並べている。人の注意を引く目立つ合図として使われ、冷やかしの口笛のような文化的な意味を持つこともあり、船の甲板長の笛のような決まった合図の体系にもなり、口笛の言葉では話し言葉の代わりになる[2]。
歌より口笛のほうが、音程が正確だった
では、口笛の音程はどれくらい正確なのか。声の真似は、話すことと歌うことを学ぶ力の土台で、人の伝え合いの大きな特徴だとされる[3]。2018年の別の研究は、簡単な旋律を、歌うか口笛で吹くかして真似してもらった[3]。歌は喉頭(声帯のある部分)で音の高さをつくり、口笛は唇と舌で音の高さをつくる[3]。
結果は、歌のほうが不利だった。歌った音は、それぞれの人がふだん出しやすい高さのほうへ、決まって引き寄せられていた[3]。著者らは、これが筋肉の手間を節約する働きなのではないかという仮説を立てている[3]。歌を正確に真似できる人ほど、口笛も正確に真似できたが、全体として、歌の真似は口笛の真似より正確さが低かった[3]。
著者らの結論は、声を出す喉頭の筋肉は、口笛に関わる口の筋肉ほど細かく制御されていない、というものだ[3]。理由として、人が自分の意思で喉頭を動かせるようになったのは進化の上では比較的新しく、話し言葉の大まかな声の高さを動かす程度にしか調整されていないのかもしれない、と考えている[3]。舌や唇を思い通りに動かす力は、霊長類の進化のもっと早い段階で現れたという[3]。
研究は冒頭で、声の真似が苦手な人は一般の人の中に意外に多く、熟練の歌い手でも楽器ほどの正確さには届かないと書く[3]。カラオケで音を外す人が、帰り道の口笛では意外に音程が合っている。そんな場面があっても、この研究の結果とは矛盾しない。
数字で読む口笛
- 2つ: 口の中の共鳴の部屋の出口の数。後ろは舌と硬口蓋の隙間、前はすぼめた唇[1]。
- 1人: 2018年の研究で、X線の動画に加えてMRIでも口の中を撮った吹き手[1]。
- 2人: 高い音で頬の内側に横の部屋をつくり、空気を横へ逃がしていた吹き手[1]。
- 4つ: 口笛にしたスペイン語の母音の数。口笛の言葉を知らないスペイン語、フランス語、標準中国語の話者に分類してもらった[6]。
- 10頭: 口笛を吹くと報告されていた飼育下のオランウータンの数[8]。
- 13: 言語の基本的な設計の特徴として1960年に挙げられた数。そのうちいちばん研究の少ない特徴を、人工の口笛の言葉の実験が調べた[4]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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