ヨガが恥ずかしい男性へ、周囲の視線と分けて考える自分らしさと参加のためらい

ヨガに興味はあるのに、自分のイメージに合わず恥ずかしい。そのためらいを、男性らしさと体の理想を扱うレビュー、男性のヨガ実践者への聞き取りから考える。周囲の視線の予想と自分の価値観を分け、筋肉や見た目だけに偏らない参加の目的と、体験前に確かめたいことを整理する。

運動着を用意しかけて、ヨガに行く自分の姿を想像すると手が止まる。「誰かに見られたら」より先に、「自分がヨガをするのは、なんだか違う」と思う。予約欄に進む前から、自分の中の人物紹介と相談している。

男性の運動へのためらいを考えるとき、体力や周囲の視線だけでなく、どんな体と行動を自分にふさわしいと思っているかも手がかりになる。男性の身体づくりを扱ったレビューは、筋肉の理想と男性らしさの規範が、体や食事、運動の評価と結びつく様子を整理している。[1] 少年と男性の身体実践を扱うレビューであり、18〜39歳の女性のためらいにそのまま当てはめるには、性別や生活背景の違いを考える必要がある。恥ずかしさを意志の弱さと決める必要はない。

ヨガがその感覚を必ず消すわけでもない。韓国の男性実践者への聞き取りには、外からの見た目の評価から、体を受け入れる方向へと捉え直した語りがある。[2] まず試せるのは、男性らしさを捨てることではなく、自分が大切にしたいことと、運動に貼られたイメージを分けて考えることだ。

ヨガとからだの記事のイメージ写真 立川駅徒歩1分年中無休の溶岩ホットヨガスタジオ

「見られるのが嫌」と「自分らしくない」は別の問いだ

既存記事「ホットヨガを体験する男性へ、見られる予想と周囲の記憶を分けて考える初回の視点」では他人の視線を扱う。ここでは、誰も自分を知らない教室でも残る「自分がする運動ではない」という感覚に目を向ける。人に覚えられるかどうかと、自分の選択を自分で認められるかどうかでは、確かめたいことが違う。

たとえば、同僚に知られなければ参加したいのか。知られなくても気が進まないのか。前者なら誰に何を話すかが気になっているのかもしれず、後者ならヨガをする自分の姿に抵抗があるのかもしれない。これは心理検査ではなく、検索窓の「恥ずかしい」を自分の言葉へ戻すための問いである。両方が混ざっていてもよい。

男性の身体づくりに関するスコーピングレビュー、つまり研究領域を広く見渡して論点を整理する研究では、男性らしさと筋肉への志向の関係が検討された。そこで描かれたのは、引き締まって筋肉の輪郭が見える体を理想とし、それに沿って食事や運動を評価する社会的な文脈である。[1] 運動を選ぶつもりが、自分の人物像まで選び直す気分になる。その読み方は、レビューの論点を日常に置き換えたものだ。

ただし、目の前の男性がためらう理由を、性別だけで決めてはいけない。レビューも男性らしさの複数性と、男性の多様なアイデンティティーに注意を向けている。[1] アイデンティティーとは、ここでは「自分はどんな人か」という自己像のことだ。筋肉を増やすのが好きな人、競争が好きな人、静かに動きたい人を、同じ説明に押し込める必要はない。

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男性らしさの理想は、勧められ方と受け入れ方で違う

レビューは男性の身体実践を、理想が提示されること、それを受け入れること、日々の行動として体現すること、というつながりで整理している。大衆文化が「男らしい体や行動」を望ましく到達すべきものとして示し、男性がその考えをさまざまな形で取り込み、自分や仲間の体と行動を評価する、という見取り図である。[1]

ここで役立つのは、広告や周囲の会話で見た理想と、自分が選びたい理想を同じものにしない姿勢だ。「男の運動なら力を出すもの」という言葉を聞いた経験と、自分が力を出す運動を楽しむことは区別できる。前者に従うために選ぶのか、後者を望んで選ぶのかを、いったん言葉にしてみる。この整理は、レビューの分類を参加前の振り返りに応用した提案である。[1]

筋肉を好むこと自体を問題にする話ではない。レビューが扱っているのは、理想の男性の体を追求する実践と、男性らしさの規範がどう結びつくかである。[1] ヨガに参加する条件として筋力トレーニングをやめる理由はないし、柔らかい体を新しい正解に据える必要もない。入口で理想の体を交換しただけなら、比較の物差しは手元に残る。

たとえば「力を出せる自分でいたい」という希望は、そのまま持っていてよい。その隣に「知らない動きを習う時間も持ちたい」を置けるかどうかを考える。これはヨガの効果を予測する言葉ではなく、選択の理由を増やすための言い方だ。参加を大きな自己変革として説明しなくても、予定表に運動の名前を書き込むところから考えられる。

男性のヨガ実践者は、体の見方をどう語ったか

韓国で行われた質的研究では、ヨガを少なくとも1年間実践していた男性11人への詳しい面接が分析された。[2] 質的研究は、経験にどんな意味を見いだしているかを語りから検討する方法である。18〜39歳の女性にそのまま当てはめられるかは、この男性実践者の聞き取りだけでは判断できない。[2]

分析では、西洋的な男性の体の理想を退けること、ヨガを通して体を捉え直すこと、内面とのつながりというテーマが示された。参加者の語りには、外から見た自己評価から内側での自己受容へ移り、体を肯定的に捉える様子があった。[2] 注目したいのは「もっと見栄えのする体になった」だけではない、体との付き合い方の変化が語られた点である。

研究者は、身体を通じた捉え直しを中心概念として提示している。[2] これを日常の問いに置き換えるなら、鏡にどう映るかだけでなく、動いている間に何を感じ、どう自分を扱ったかにも目を向けることだろう。「人より深く曲がれたか」だけで体験を採点せず、「分からない動きを質問したいと思ったか」といった経験も振り返りに含められる。

ただし、この語りを初回参加者への約束にはできない。対象はすでに実践を続けていた男性であり、韓国の文化的背景の中で行われた研究である。[2] 続けた人の経験を聞くことと、ためらう人が始めれば同じように変わると確かめることには距離がある。「ヨガをすれば自信がつく」と短く売るより、体の見方を広げた人たちがいる、と読むのが適切だ。

この研究で背景として扱われたのは、集団との関係や伝統的な性別規範、外見を重視する傾向を持つ韓国社会である。[2] 文化を離れて「男性なら同じ」と読むのではなく、参加者がどんな環境の中で自分の体を評価していたかまで含めて読む必要がある。日本でヨガを探している自分に重なる言葉があっても、重ならない部分を無理に合わせなくてよい。

研究者は、ヨガのように現在の経験へ注意を向け、体の内側の感覚を意識する余暇活動が、支配的な男性らしさへの別の語りになりうると論じている。[2] これは、ヨガを男性らしさに反対する活動として選ばなければならない、という意味ではない。本人がそれまで持っていた体の評価とは異なる見方を語れることに、研究上の関心がある。

予約前の場面に戻ろう。「自分には似合わない」の中身が、静かに動くことなのか、教わる側になることなのか、体の硬さを見せることなのかで、聞いておきたい説明は変わる。静かな時間に興味がないなら別の運動を候補にすればよく、初心者として習うことが気になるなら、初めての参加であると伝える言葉を考えられる。これは性格を分類する作業ではなく、選択に必要な情報を見つけるための場面分けである。

体験に同行する人がいる場合も、相手が考える「似合う」と自分の興味を同じ答えにしなくてよい。勧めた人に良い感想を返すことまで予定に入れると、自分が何を確かめたかったのかが埋もれる。出かける前に、どの動きを習うのか知りたいのか、教室の進め方を見たいのか、気になる点を短く残しておく。それを体験後の感想と並べるためのメモにする。申し込みを急ぐためではなく、知りたかったことが確かめられたかを自分の言葉で振り返るためだ。参加を見送る場合にも、そのメモは判断の理由として残せる。

数字で読む男性の体とヨガの研究

11人:韓国のヨガ実践者への聞き取りの対象人数。男性全体の代表値ではない。[2]

1年以上:そのヨガ研究の参加者が実践していた期間。初心者に必要な期間の基準ではない。[2]

11人:減量支援を受ける成人男性への自己への思いやりに関する面接人数。ヨガの参加者とは別の集団である。[3]

502人と625人:摂食関連の質問票を検討した研究の男子大学生と女子大学生。症状や態度の尺度を調べた人数である。[13]

150人:同じ質問票研究で比較対象となった摂食障害のある人の人数。大学生の調査結果を診断に置き換えないためにも、集団の違いを押さえたい。[13]

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宮川涼 Founder

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