オピオイドは痛み止めの薬の名前であると同時に、体の中で食べる快楽に関わる物質と受容体の名前でもある。抗精神病薬の体重増加を抑えた試験、メサドンを使う人の握力、妊娠中の体重、肥満の薬を依存症の治療に試す研究から、言えることと言えないことを分ける。
「オピオイド」という言葉は、たいてい薬の顔をして現れる。手術の後やがんの痛みに使う強い痛み止め、海外のニュースで繰り返される依存と過量服用の話。ところが同じ言葉は、私たちの体が自分で作って使っている物質と、その受け皿の名前でもある。体の中のオピオイドの受容体は、食べ過ぎにも食べなさ過ぎにも関わると考えられている[17]。
だから「オピオイドと体重」という問いには、二つの別の話が混ざりやすい。一つは、痛み止めや依存症の治療薬を使う人の体重や体がどう動くか。もう一つは、体の中のオピオイドの働きが、おいしい物に手が伸びる仕組みや太りやすさとどうつながるか。前者を後者で説明すると、薬を必要としている人を根拠なく不安にさせ、後者を前者で説明すると、食べ方の悩みを薬の問題にすり替えてしまう。
薬の名前と体の物質を取り違えないこと。この題材では、それが最初の手間になる。そのうえで手元に集めた 20 本の論文を読むと、思いがけない空白に行き当たる。メサドン(オピオイド使用障害の治療に使う薬の一つ)を使う人の体重がどれだけ増えるかを、直接測った研究は 1 本も無かった。

「オピオイド」は痛み止めの名前であり、受け皿の名前でもある
高齢者の痛みの治療について複数の専門家がまとめた合意の文書は、オピオイドが痛みを和らげる主な道筋を、μ(ミュー)、κ(カッパ)、δ(デルタ)と呼ばれる受容体を刺激することだと整理している。どの受容体にどれだけ選んで働くかで、効き目と副作用の出方が変わるという[9]。受容体は、物質を受け取る鍵穴のようなものだと考えると分かりやすい。薬は外から差し込む鍵で、体はもともと自前の鍵を何本も持っている。
その自前の鍵の受容体を、食べる行動の乱れから見直したのが、Nature Communications に載った総説である。肥満と神経性やせ症(いわゆる拒食症)は、体重の向きだけ見れば正反対の状態だ。総説は、この二つが共通の神経回路とシナプスの仕組みを持つと考え、その中心に体内のオピオイド受容体の働きを置いた。痛みを併せ持つことも論点に入っている。ただしこれは動物のモデルを含めて仕組みを論じた総説で、人の体重を追って結論を出した研究とは性格が違う[17]。食べ過ぎと食べなさ過ぎを一本の物差しの両端として見る視点は、「オピオイドは人を太らせる物質」という一語の理解を、最初の段階で崩してくれる。
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
おいしい物が止まらないとき、脳の中のオピオイドは何をしているか
むちゃ食い症(短い時間に大量に食べ、自分では止められない状態を繰り返す病気)と肥満が増えてきた背景を、食べ物の「ごほうび」を調節する神経の道筋から読み解こうとした 2026 年の総説がある。動物の実験と人の試験をまとめて語る形のレビューで、体内のオピオイドを、食べる喜びと、それを繰り返す行動をつなぐ仲介役として扱っている。物質ごとの役割は少しずつ違う。β-エンドルフィンは食べ物の快さの値打ちを調節するように見えるが、その働きは状況によって変わる。エンケファリンは食べ物へ向かう意欲に関わる可能性がある。ノシセプチンという別の仲間の信号は、むちゃ食いに似た条件で、おいしい物を選んで食べることと結びついていた。その受容体(NOP)をふさぐと、高脂肪食のむちゃ食いに似た摂取が減り、ふだんの空腹を満たす食べ方には影響しなかったという報告もある[11]。
同じ総説は、おいしい物によってμ受容体が長く刺激され続けると、受容体の感度が落ち、ドーパミンの D2 受容体が減り、ごほうびへの反応が鈍るという変化が起こりうると述べる。この変化は、物質の使用障害で見られる仕組みと重なるという。とはいえ書き方は慎重で、乱れたオピオイドの信号が強迫的な食べ方にどうつながるかは「まだはっきりしない」とし、物質ごとの仕組み、男女の差、長い目で見た影響には研究が要るとまとめている[11]。夜にポテトチップスの袋が空になったことを、脳の受容体の感度だけで説明するには、まだ材料が足りない。

食事でインスリンが多く出る理由を、受容体をふさいで探った試験
体の中のオピオイドが代謝に関わる手がかりは、古い試験にもある。肥満の人では体内のオピオイドが多く作られているという報告を受けて、ナロキソン(オピオイドの受容体をふさぐ薬)を静脈に入れ、インスリンの出方がどう変わるかを調べた 1989 年の報告だ。ふつうの食事に近い混合食を食べたときのインスリンの上がり方は、ナロキソンによって大きく下がった。一方、アルギニンやブドウ糖を点滴で入れたときのインスリンの反応は変わらず、グルカゴンの分泌も、食事のときとアルギニンのときの両方で変わらなかった[6]。
著者らはこの結果を、肥満で体内のオピオイドが多く作られることが、食べることで刺激されるインスリンを増やしている一方、血中の糖やアミノ酸による刺激にはあまり関わらない、と読んだ[6]。口から食べることと、点滴で糖が入ることの違いの間に、体内のオピオイドが入り込んでいるのかもしれないという話である。論文の要約からは参加者の人数も分からず、30 年以上前の小さな生理学の試験として控えめに受け取っておく。インスリンの出方が下がることは、それだけでは体重が減ることを意味しない。
受容体をふさぐ薬で、抗精神病薬の体重増加はどこまで抑えられたか
オランザピンは統合失調症や双極性障害に使う第 2 世代の抗精神病薬で、効き目の高い薬の一つとされる一方、抗精神病薬の中で体重増加の多い薬の一つでもある。そこで、オピオイドの受容体をふさぐ薬を上乗せして体重増加を抑えられるかを調べた無作為化比較試験(くじ引きで組を分ける試験)を集めた系統的レビューがある。条件を満たしたのは 6 本で、5 本がサミドルファン、1 本がナルトレキソンを上乗せし、オランザピンだけの組と比べていた。参加者は合わせて 1,752 人、そのうちサミドルファンを受けたのは 952 人、ナルトレキソンは 14 人だった。サミドルファンはオランザピンによる体重増加を 1.0 kg 抑え、ナルトレキソンを調べた 1 本では体重の増加に統計的に意味のある差は出なかった[4]。
もう一つのメタ分析は、サミドルファン 6 本、ナルトレキソン 3 本の試験の論文と、延長試験 2 本を見つけ、4 本の試験(1,416 人)を数字でまとめた。オランザピンとサミドルファンの組み合わせは、オランザピンだけの場合に比べて、体重の増え方が平均で 1.18 kg 小さく、BMI(体重を身長の 2 乗で割った体格の指標)の増え方は 0.65 kg/m2、腹囲の増え方は 1.5 cm 小さかった。体重が 7% 以上増える危険の差(サミドルファンを加えた組からオランザピンだけの組を引いた差)は −12.4%、10% 以上では −10.8% である。一方、ナルトレキソンは体重でも BMI でも偽薬と差がつかなかった。著者らは、効果が小さいこと、二つの薬で結果が食い違うことから、この働きは受容体をふさぐ薬に共通の性質というより、使う時期や組み合わせる抗精神病薬によるのかもしれないと書いている[2]。
これは、オランザピンを処方された人の体重増加を抑える試験であって、体重を落とすための薬の試験ではない。どの薬を使うかは処方する医師が判断することで、治療を受ける人が自分で薬を足したり替えたりする話でもない。抗精神病薬の体重増加に食事と運動で向き合う道は「抗精神病薬による体重増加に食事と運動はどこまで効くか 治療を続けるための支援」の記事に、ナルトレキソンを別の薬と組み合わせた減量の薬は「ナルトレキソンとブプロピオンの併用薬 食べたい気持ちに働く減量薬の試験と副作用」の記事に譲る。
数字で読むオピオイドと体の研究
- −1.18 kg:オランザピンとサミドルファンの組み合わせと、オランザピンだけを比べた体重の増え方の平均の差。4 本の試験・1,416 人のメタ分析で、95% 信頼区間は −1.67〜−0.68 kg[2]
- 25% 高いオッズ:注射による薬物の使用歴がある人の追跡で、虚弱に当てはまるオッズを、メサドンを使っている人と使っていない人で比べた値。人の割合の差とは別物で、オッズ比で表した 95% 信頼区間は 1.09〜1.43[13]
- 26.7 と 28.4:妊娠中にオピオイド使用障害がある人と無い人の、妊娠前の平均 BMI(kg/m2)。順に障害がある人、無い人[10]
- 0.99:生まれた後 14 日間の、出生体重から最も減った割合(%)について、母親が妊娠中に依存症の治療薬を処方されていたことと結びついた回帰係数。95% 信頼区間は 0.50〜1.48[1]
- 40%:GLP-1 受容体作動薬のリラグルチドを使った 1 本の小さな試験で、オピオイドへの渇望が減った幅[15]
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
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