ビーツに多い硝酸塩で、血圧と運動中の酸素の量はどう動くのか。高血圧の人のメタ分析、2型糖尿病の人の試験、同じ人で繰り返した試験を読み、体重の数字が論文に見当たらないこと、体力による差、洗口液の影響、長く摂る場合の安全の論点までを一つずつ確かめる。
ビーツのジュースを飲むと、体重は減るのだろうか。硝酸塩という成分は運動の補助として人気を集めてきた[20]。走りが楽になる、血圧が下がる、と聞けば、減量にも一役買ってくれないかと考えたくなる。
その問いを抱えて論文目録を引くと、少し拍子抜けする。体重や肥満の語も検索に入れて集めた20本の要約に、ビーツや硝酸塩で体重がどれだけ変わったかという数字は1つも無かった。並んでいたのは血圧、運動中の酸素の量、走った距離、筋肉の出力である。
答えが無くても、読む意味は残る。痩せる話として読むと外れる。血圧と酸素の話として読むと、誰に何が起きて、誰に何も起きなかったかの輪郭が見えてくる。

硝酸塩は、口の細菌を通って形を変える
硝酸塩は、野菜から入ってくる成分である。とくに緑の葉物とビーツに多い[12]。英国の平均的な摂取量は1日およそ70 mgで、菜食の人などではその3倍になることもある[12]。ビーツだけが抱えている成分とは言えない。
食べた硝酸塩は、途中で形を変える。口の中にすみつく細菌が硝酸塩を亜硝酸塩に変え[2]、その先で一酸化窒素になるとみられている[16]。一酸化窒素は血管を広げたり、細胞の中で働くミトコンドリアを増やしたりする方向に働く可能性がある物質で[16]、血圧と運動の話はここから始まる。硝酸塩そのものより、細菌を中継ぎにして届く先の物質が働く、という見立てである。
この分野の試験には、うまい仕掛けがある。比べる相手の飲み物に、硝酸塩を抜いたビーツジュースを使うのだ[9][10][11]。飲む人も測る人もどちらか知らない二重盲検にしておけば、ビーツという野菜全体ではなく、硝酸塩があるかないかだけを比べられる。偽薬までビーツなのだから、ビーツ好きには居心地のよい分野かもしれない。
裏を返すと、「ビーツの試験」と呼ばれていても、問われているのは硝酸塩の働きである。ビーツという食品を毎日の献立に入れたときの体の変化を追った試験とは、別物と考えたほうがいい。
もう1つ、飲み物の量に惑わされないほうがいい。1日70 mLで6.43 mmolの硝酸塩を含むジュースを使った試験もあれば[10]、1日250 mLで7.5 mmolの試験もあり[9]、1回140 mLで約14 mmolの試験もある[11]。同じ「ビーツジュース」でも、コップの大きさと中身の硝酸塩は一致しない。市販の飲み物で試験をなぞったつもりになっても、入っている硝酸塩が同じとは限らない。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
酸素の節約は、脂肪が燃える話とは別の問い
中くらいの強さの運動に要る酸素の量が、硝酸塩を摂ると減る。健康な人で報告されてきた、この分野の看板の結果である[10][17]。同じ速さで走っているのに、使う酸素が少なくて済む。競技の世界が飛びついた理由はここにある[16]。
減量の頭のまま読むと、ここで取り違えが起きる。同じ運動に要る酸素が減るという結果は、私の見立てでは、車で言えば燃費が良くなる話に近い。燃費が良くなった車が、同じ距離で燃料を多く使うことはない。ただしこれはたとえで、集めた論文に脂肪の燃焼を測ったものは無い。レビューの説明は、一酸化窒素が細胞の呼吸の行き過ぎを抑え、組織の酸素の使用を抑えるという筋道までである[16]。いつもの歩きが楽になることと、いつもの歩きで減る脂肪が増えることは、別の問いである。試験が答えているのは前者に近い問いだけだ。
もちろん、これで体脂肪が増えると言いたいのでもない。そう言える材料も無い。はっきりしているのは、「酸素の使い方が変わる」と「痩せる」の間に、論文の中で橋が架かっていないということだ。この記事で取り上げる個々の試験は、1回の摂取から2週間までの長さで[9][11]、体の組成がゆっくり変わるのを見届ける設計にはなっていない。

上の血圧は下がる、ただし数字の形が2通りある
血圧のほうには、無作為化比較試験だけを集めた分析がある。75本を合わせた用量反応のメタ分析では、硝酸塩の量が1 mmol(ミリモル)増えるごとに、上の血圧(収縮期血圧)が1回の摂取で0.28 mmHg、中期の摂取で0.48 mmHg低くなる関係が示された[5]。下の血圧(拡張期血圧)は0.12 mmHgである[5]。血管の硬さや広がりやすさの指標にも、量に沿った変化が見られた[5]。
「1 mmolあたり」という言い方は見慣れないが、量の違う試験を同じ物差しにならすための形である。試験で飲まれた量は先に見たように6.43 mmolから約14 mmolまで開いているので、この値は1杯の差ではなく、飲んだ量に換算して読む。著者らは、対象を絞った質の高い研究がまだ要ると書いている[5]。別のレビューは、集団全体の上の血圧がわずかに下がるだけでも、高血圧の発症や脳卒中などによる死亡を大きく減らせる可能性に触れている[12]。
高血圧の人に絞った分析の数字は、形が違う。こちらは量あたりの傾きではなく、ビーツジュースと比較の飲み物の差そのものである。診察室の血圧が140/90 mmHg以上の成人を対象にした11試験349人のメタ分析では、ビーツジュースで上の血圧が比較の飲み物より5.31 mmHg低かった(95%信頼区間−7.46〜−3.16)[8]。単位が違うので、先の0.28や0.48と並べて大小は言えない。また、下の血圧と24時間の血圧には有意な差が無く、証拠の確かさは低いと評価されている[8]。
健康診断の日の数字が5 mmHg低く出ることと、仕事中も眠っている間も低いことは別の話だ。この分析は薬に添える手段として考えられるかも問うていたが[8]、血圧の薬を減らしてよいという話はどこにも出てこない。薬の量を変えるかどうかは、処方した医師が判断することだ。
同じ人で繰り返すと、効き方の幅が見える
平均の数字は、一人ひとりの数字ではない。健康な男性15人が研究室に4回通い、硝酸塩の多いビーツジュースと硝酸塩を抜いたジュースを2回ずつ飲んだ試験がある[11]。同じ人に同じ条件を繰り返すと、その日の揺れと本人の反応を分けて考えられる。偽薬と比べた平均では、上の血圧が7 mmHg、下の血圧が6 mmHg下がった[11]。
ところが上の血圧の個人差は±7 mmHgと見積もられた[11]。平均の下がり幅と同じ大きさの幅が、人によって乗る。よく下がる人の陰に、ほとんど下がらない人がいてもおかしくない数字である。原因はこれから調べる段階にある[11]。
性別の差を示唆する試験もある。黒人18人と白人20人の若い成人が1回だけ飲んだ試験では、安静時の上の血圧が偽薬と比べてどちらの人種でも平均4 mmHg下がった[18]。開始時の血圧は黒人の成人のほうが高かったのに、下がり幅はそろっていた[18]。ただし、この低下を生んでいたのは男性で、女性では血圧が有意に下がらなかった[18]。先の15人も全員が男性である[11]。女性には効かないとまで言える試験ではないが、平均の数字を支えた顔ぶれは見ておく価値がある。ここで読んだ個々の試験の対象は若い成人か、高齢の糖尿病の人かに寄っていて、30〜50代の女性は真ん中で空いている[9][17][18]。
数字で読むビーツの硝酸塩
1,823人:硝酸塩の量と血圧の関係を調べたメタ分析の参加者の合計。無作為化比較試験75本の分である[5]。
−5.31 mmHg:高血圧の成人349人で、ビーツジュースを比較の飲み物と比べた診察室の上の血圧の差(ビーツジュースの側が低い)。下の血圧と24時間の血圧には有意な差が無い[8]。
±7 mmHg:健康な男性15人の試験で、上の血圧の下がり方に見られた個人差の幅。同じ試験の平均の低下は7 mmHgだった[11]。
0.33:硝酸塩と偽薬を比べた、疲れ切るまでの運動時間の標準化平均差。95%信頼区間は0.19〜0.47で、kgや秒のような単位は無い[3]。
約70 mg:英国の人の硝酸塩の1日の平均摂取量。許容1日摂取量のほうは、体重1 kgあたり1日3.7 mgとされている[12]。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2







