読書の健康効果は寿命にも出るのか。本を読む人の死亡の危険が12年で20%低かった追跡、毎日読む70歳の男性、読書をテレビと同じ箱に入れた認知症の研究、読書と認知の高さの関連が若い頃の知能で消えた研究、絵本の講座の試験を読み、相関と因果を分けて考える。
中央線の車内で、文庫本を開いている人がいる。隣の人はスマホで短い動画を流している。20年後、2人の体に違いは出るのだろうか。
答えの芯を先に書く。本を読む人を最長12年追った研究では、年齢、学歴、持病、資産、抑うつなどをそろえたあとでも、本を読む人の死亡の起こりやすさは読まない人より20%低かった[1]。ただし、これは追跡の観察研究で、読書が寿命を延ばすと確かめた実験ではない。別の追跡では、毎日読む人はもともと学歴や社会経済の地位が高く、飲む薬が少なかった[2]。
もう1つ、筋の違う結果がある。55歳以上の人を最長15年追った研究では、本をよく読む人は言葉と記憶の検査の点が高かったが、読む頻度は衰える速さとは関係しなかった。一部の参加者で若い成人の頃の知能の因子を入れると、中年期の読書と認知の高さの関連は消えた[6]。読書を割り付けた試験が確かめているのは、週1回の絵本の講座のような短い介入のあとの、記憶や言葉の検査の変化である[13][14]。寿命の話と検査の話は、分けて読む必要がある。

「12年で20%」は、どう測った数字か
出発点は、2016年の「A chapter a day(1日1章)」という題の研究である[1]。全国を代表する標本で行われた健康と退職の調査(Health and Retirement Study)の参加者3,635人が、最初に読む物の習慣を答え、そこから最長12年の生存が追われた[1]。
本を読む量で3つの群に分けると、死亡のハザード比(死亡の起こりやすさの比)は、真ん中の群で0.83、いちばん多い群で0.77だった[1]。読む量が多いほど低いという、量と反応の関係が出ている。調整した項目には、年齢、性別、人種、学歴、持病、自分で感じる健康、資産、婚姻の状態、抑うつが含まれる[1]。本を読む人と読まない人の2つで比べると、すべてを調整したあとのハザード比は0.80で、著者らはこれを12年の追跡で死亡の危険が20%低いと表した[1]。
本と、新聞や雑誌の違いも調べてある。本を読むことの生存の利点は、新聞や雑誌を読むことより有意に大きかった[1]。生存率が80%まで下がる時点で比べると、本を読む人は読まない人より23か月長く生きていた。ただしこれは調整前のモデルの数字である[1]。
仕組みの手がかりもある。本を読むことと生存の関係を、認知(考える力)が媒介していた[1]。著者らの結びの一文は洒落ている。本を読むことの利益には、本を読むための長い人生が含まれる、というのだ[1]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
毎日読む70歳の男性は、どんな人たちだったか
エルサレムの追跡研究は、1920〜1921年に生まれ、目と認知に問題のない地域の住民を、70歳と78歳で詳しく調べ、8年分の死亡のデータを集めた[2]。読書の頻度は「毎日」と「それ未満」の2つに分けた[2]。
毎日読む人は多数派だった。70歳で62%、78歳で68%である[2]。社会、医療、健康の多くの要因を調整したあと、8年の追跡での男性の死亡のハザード比は0.44で、95%信頼区間は0.23〜0.84だった[2]。半分を下回る大きな差だが、幅も広い。
見ておきたいのは、毎日読む人の顔ぶれだ。最初の時点で、毎日読むことは、女性であること、西洋の出身であること、社会経済の地位と学歴が高いこと、働いていること、薬が少ないことと結びついていた[2]。読む人は、読む前から違う人たちだった可能性がある。それでも著者らは、人と会うことも体を動かすことも伴わない余暇が、よい年の取り方に役立つかもしれず、男性の死亡の低さを予測したと結論している[2]。
一人で過ごす時間と孤独の話は、同じ特集の「孤独が健康に与える影響、平均65歳未満の研究で強く出た死亡との関連と一人暮らしの数字」に譲る。

フィンランドの19年では、読書は音楽と同じ箱に入っていた
2000年の健康調査と2019年までの死亡の記録をつないだ研究は、30歳以上の6,548人を追い、1,789人の死亡を数えた[4]。この記事で読む追跡のうち、30代と40代を含むと分かるのはこの研究である。文化的な活動は3つの領域に分けられた。劇場、映画、コンサート、美術展などの催しへの参加。本を読むことと、レコードやテープを聴くこと。歌、楽器、絵、手芸、写真、収集といった芸術や物をつくる活動である[4]。2000年の調査らしく、音楽はレコードとテープで数えられている。
女性では、3つの領域すべての中くらいの参加が死亡の低さと関連し、催しと芸術の領域では多い参加も関連した[4]。男性で関連が報告されたのは、催しへの中くらいと多い参加、芸術の領域の多い参加である[4]。読書と音楽の領域で関連が報告されたのは、女性の中くらいの参加だった[4]。
著者らは、文化的な活動が死亡の低さと関連するという先行研究を裏づけたとしつつ、多くの交絡を調整しても、逆の因果や測っていない要因の役割は除けないと書く[4]。因果を確かめる研究がさらに要る、というのが結びである[4]。
80歳以上の3万人では、テレビも庭仕事も同じ幅に並んだ
中国の22の省で1998年から2014年の調査に参加した、80歳以上の30,070人(平均92.7歳)を追った研究がある[12]。110,278人年の追跡で、23,661人が亡くなった[12]。テレビを見るかラジオを聴く、トランプか麻雀をする、本か新聞を読む、庭仕事をする、動物やペットを飼う、宗教の活動に出る。これらを「ほぼ毎日」する人は「しない」人より死亡の危険が有意に低く、調整後のハザード比は0.82〜0.89の幅にあった[12]。活動の数が多いほど低い傾向も出た[12]。
ここで読書は特別な位置にいない。テレビもペットも、同じ幅の中にいる[12]。平均92.7歳の人々では、毎日何かを続けられること自体が、元気さの目印になっているのかもしれないと私は読む。
読む人が長生きするのか、長生きする人が読めるのか
観察研究の数字を前にしたとき、疑う道は2つある。1つは交絡で、読む人はもともと学歴が高く、暮らしに余裕があり、健康だという道だ。エルサレムの研究で毎日読む人の顔ぶれを見ると、この道は太い[2]。12年の研究は学歴、資産、持病、自分で感じる健康まで調整したが[1]、測っていない違いは残りうる。
もう1つは逆の因果である。目が悪くなる、集中が続かなくなる、体の具合が悪くなる。そうなれば人は本を閉じる。読まないから弱るのではなく、弱ったから読まない、という向きだ。この道を細くする設計を取った研究もある。エルサレムの研究は、目と認知に問題のない人だけを選んでいた[2]。後で読む香港の認知症の研究は、最初の3年以内に認知症になった人を除いて計算した[8]。フィンランドの著者らは、それでも逆の因果は除けないと書いた[4]。
認知が読書と生存をつないでいたという12年の研究の結果[1]も、私の読みでは2通りに取れる。読書が認知を保つ道とも、認知の高い人が本を読み、かつ長く生きる道とも矛盾しない。運動で同じ問題を扱った記事として、同じサイトの「運動習慣と寿命の研究は体調の差を除ける?動ける人が長生きする逆因果を読む」がある。
数字で読む読書と寿命
- 0.80: 本を読む人と読まない人の、12年の追跡での死亡のハザード比(すべて調整後)。20%低い計算になる[1]。
- 23か月: 生存率80%の時点で比べた、本を読む人の生存の差。調整前のモデルの数字[1]。
- 0.44: 毎日読む男性の8年の死亡のハザード比。95%信頼区間は0.23〜0.84と広い[2]。
- 62%と68%: 70歳と78歳で、毎日読んでいた人の割合[2]。
- 0.82〜0.89: 80歳以上の30,070人で、読書やテレビや庭仕事などを「ほぼ毎日」する人の死亡のハザード比の幅[12]。
- 1,789人: 30歳以上の6,548人を2019年まで追った間の死亡[4]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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