ため息はなぜ出るのか。答えの芯は数分おきに肺の小さな袋を開き直すためで、集中治療室の人工呼吸にため息を足す方法まである。心を切り替える説、毎日5分の吐く呼吸の試験、多すぎるため息の話まで、幸せが逃げるという言い伝えより先に読みたい研究を順に追う。
集中治療室の人工呼吸には、ため息を足す方法がある。1分に1回、3秒だけ気道の圧を30 cmH2Oまで上げる。258人の患者が参加した試験で実際に使われた手順で、機械にため息をつかせるようなものだ[13]。
ため息はなぜ出るのか。答えの芯はここにある。肺の中の小さな袋(肺胞)は、放っておくと少しずつつぶれていく。ため息はそれを防ぎ、つぶれかけた肺胞をふくらませ直す呼吸で、ガス交換を保つために欠かせない[8][21]。頻度は数分に1回で、数秒おきの普通の呼吸とは違う周期で現れる[12]。
幸せが逃げる、という言い伝えとは、ほぼ逆の役目である。ため息が止まって困るのは、まず肺のほうだ。そのうえで、ため息には気分を切り替える働きがあるという説と、毎日5分の意図的なため息の試験、そして多すぎると話が変わるという研究がある。

普通の呼吸の中に、別の呼吸が混ざっている
息は1種類ではない。普段の規則的な呼吸の合間に、ため息、あくび、くしゃみ、しゃっくりといった別の行動が差し込まれている[8]。研究者はこれらをひとまとめにして、脳の他の領域とつなぐ経路を探っている[8]。ため息と普通の呼吸を作っているのは、延髄にあるプレベッツィンガー複合体という同じ回路である[8][12]。
同じ回路から、違うリズムが同時に出る。普通の吸気は小さな山で頻度が高く、ため息は二段の大きな山で頻度が低い[20]。駅のアナウンスを流しながら、数分に1回だけ発車ベルを鳴らしている放送室のようなものだ。2つの違いには別々の調節の仕組みがあり、脳の別の領域からの入力も関わると考えられている[12]。発達の面でも別物で、普通の呼吸のリズムとため息のリズムは、胚の発生の中で始まる時期が異なり、必要とする回路の性質も違う[20]。生まれる前から、ため息の準備が別に進められている。
ため息には、専用のスイッチまで見つかっている。2016年の論文はマウスで、呼吸の中枢の少数の神経細胞が2種類の神経ペプチドを作り、プレベッツィンガー複合体の約200個の神経細胞へ届けていることを示した[21]。このペプチドを入れるとため息が起き、受け手を両方抑えるとため息は消えた[21]。受け手の神経細胞そのものを除くと、普段のため息も低酸素で増えるため息もなくなったのに、普通の呼吸は少なくとも当初はそのまま続いた[21]。
呼吸は残り、ため息だけが消える。ため息が呼吸のおまけではなく、別に配線された動作だということである。著者たちは、この回路が体の信号と、おそらくは感情の信号も受け取って、普通の息をため息へ変えていると考える[21]。マウスの結果なので、人でも同じだと決まったわけではない。
低酸素はため息を左右する重要な要因で、ため息が目覚めの反応に関わることを示すとされる[12]。つぶれた肺胞を開き直すことは肺の機能を保つうえで重要で、早く生まれた赤ちゃんの呼吸の治療につながることが期待されている[20]。呼吸の専門家にとって、ため息はまず肺の保守点検の話である。
なお、ヨガの最中に出るため息の話は「リラックスヨガでため息が出るのはなぜ?ゆっくり吐く呼吸と違う働きを読む」が、深呼吸との違いは「呼吸法で深く吸う練習はため息と同じ?一度の深呼吸と繰り返す息の働きを読む」が先に書いている。こちらはもう少し手前の、なぜ体がわざわざこの呼吸を用意しているのかを見る。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
病棟では、機械がため息をつく
ため息の値打ちは、麻酔や人工呼吸を受ける人の研究で調べられてきた。全身麻酔を受けた患者の90%に、術後の無気肺(肺の一部がつぶれた状態)が起きるとされる[14]。麻酔で止まる自然の動きの中には、無気肺を防ぎ肺に空気を戻すものがあると報告されている[14]。
そこで腹部の開腹手術を受ける70人を2組に分け、片方に横向きの姿勢と定期的なため息を組み合わせる試験が行われた[14]。肺の超音波の点数(低いほど良い)は、中央値で組み合わせの組が6、対照が8。酸素の取り込みの指標は平均で378と309、肺の柔らかさの指標も、組み合わせの組で良かった[14]。ため息だけの効き目を分けた試験ではない。危険な血圧の変動や圧による肺の損傷は見られなかった[14]。
先の258人の試験は、自発呼吸を補助する人工呼吸を受ける重い呼吸不全の患者が対象で、補助の継続に失敗した割合は、ため息の組が23%、ため息なしの組が30%だった[13]。差はマイナス7ポイントで、ため息を足しても悪くならないことが確かめられた[13]。酸素の状態は良くなり、普通の呼吸の回数や1回の量はむしろ減ったが、死亡率は16%と21%で統計的な差はなかった[13]。この手順が検討されたのは、肺の硬さを和らげ、肺の中のむらを減らし、肺の表面を保つ物質の放出を増やす、とする先行の生理学の研究があったからである[13]。
赤ちゃんでも短時間の変化が調べられている。人工呼吸を受ける早産児16人(出生時の週数の中央値25.5週)に、1分間に3回のため息を足すと、肺の後ろ側と左側を中心に肺に残る空気の量が増え、酸素飽和度が上がった[4]。心臓の手術のあとの乳児(解析できたのは11人)では、1分に1回のため息で酸素の状態と肺の動きが改善した[16]。
胸の手術のあとに渡されるあの呼吸の練習器も、仲間である。ため息に似た最大の吸気を続けて再現する道具で、冠動脈の手術のあとの患者89人で、看護師が付き添って48時間、2時間ごとに使った組は低酸素の回数が少なく、入院も短かった[15]。
万能だとは言わない。筋萎縮性側索硬化症では、吸う筋肉が弱って自然なため息の反射が損なわれる[1]。この患者44人に人工呼吸のため息を足した試験では、安全で受け入れやすかったものの、主な結果である夜間の酸素低下の指標に差はなかった[1]。探索的な解析で生存への影響の可能性が示された段階である[1]。
肺を開けば開くほどよい、という話でもない。重い呼吸不全の肺の総説は、肺の単位が開いたり閉じたりを繰り返すこと自体の害を論じ、肺の一部を閉じたままにしておくことの重要性にも触れ、ため息の換気の役割は短く扱うにとどめている[10]。
ため息は足せば必ず効く魔法ではなく、いまのところ、足しても安全で、一部で役に立つ、という段階である。

気分を切り替えるボタンなのか
肺の話だけなら、なぜ人は疲れたときに、ふうっと息をつくのか。ため息は悲しみ、安堵、疲れを表す長く深い呼吸とされ、低酸素のほかストレスや一部の精神疾患でも増える[21]。ため息の心理の側を整理した総説は、ため息がある心身の状態から次の状態へ移るのを助け、呼吸と感情をリセットするという仮説を示している[9]。呼吸の症状に関わる機械的な性質と代謝の性質を整えてリセットする、という説明である[9]。
立川駅北口の階段を降りて、改札の手前で一度ふうっと息が抜ける。あの感じを、この仮説はうまく言い当てる。ただし、この総説はあくまで仮説の枠組みとして書かれていて、研究課題を並べている段階である[9]。別の総説も、ため息と認知の調節のつながりを潜在的なものとして扱い、目覚めや警戒、ある状態を伝える役割を今後の課題に挙げている[8]。
面白いのは、総説がこの効き方を確率共鳴という考え方で説明しようとしている点だ[9]。たまに出る自発的なため息は適度な雑音として調節を助け、過剰になると今度は調節が乱れる、という提案である[9]。ため息は多ければ多いほどよいものではないらしい。
毎日5分、わざとため息をついた試験
呼吸は自律の仕組みと自分の意志の両方で調節されている[12]。では自分でため息をつくとどうなるか。遠隔で行われた無作為化比較試験で、周期的なため息(吐く息を長くする呼吸)、ボックス呼吸(吸う、止める、吐くを同じ長さで)、速い呼吸と息止めの繰り返しの3種類を毎日5分、1か月続け、同じ長さのマインドフルネス瞑想と比べた[7]。呼吸法は瞑想より気分の改善と呼吸数の低下が大きく、とくに吐く息を重視した周期的なため息で効果が目立った[7]。著者たちは、毎日5分でもストレス管理の方法として見込みがあるとしている[7]。ただし、参加者が各自で行う遠隔の試験である[7]。
運動のあとでも調べられている。士官候補生62人(平均21歳、女性18人)が全力の運動のあとにボックス呼吸か周期的なため息をすると、何もしない呼吸に比べて、回復の1〜3分から4〜6分にかけて、副交感神経の活動の指標である高周波の心拍変動の増え方が大きかった[3]。ただし心拍数の回復そのものには、組の差がなかった[3]。指標は動いたが、心拍の戻りまでは変えなかったということである。
この2本は、自然に出るため息の役目を確かめた試験ではない。わざと行う呼吸法の試験である。運動のあとのため息が疲れの合図かどうかは「朝の運動はため息が増えると疲れた証拠?呼吸の変動と回復の指標を分けて読む」に譲る。
数字で読むため息
- 数分に1回: 自然なため息の頻度。普通の呼吸は秒の単位で起こる[12]
- 90%: 全身麻酔のあと術後の無気肺が起きるとされる割合[14]
- 23%と30%: 補助呼吸の継続に失敗した割合。ため息ありと、なしの差[13]
- 1分に1回・3秒: 集中治療室の試験で機械に入れたため息の頻度と長さ[13]
- 毎日5分・1か月: 周期的なため息の練習を瞑想と比べた試験の条件[7]
- 約200個: マウスでため息の信号の受け手となる神経細胞の数。除くとため息が消えた[21]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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