経頭蓋直流刺激(tDCS)と経頭蓋磁気刺激(TMS)で、食べたい気持ちや食べる量、体重は変わるのか。期待の力を切り分けた試験、渇望のメタ分析、体重まで測った小さな試験、空腹が増えた試験、拒食症の研究から、いま言えることと家庭用の機器を勧めない理由を確かめる。
偽の刺激で電流が流れたのは、20分のうち最初と最後の1分ずつだけだった。それでも「本物の刺激を受けている」と告げられた人たちは、「偽の刺激だ」と告げられた人たちより、食べたい気持ちが弱く、実際に食べた量も少なかった。[1]
頭に電極を付けて弱い電流を流す経頭蓋直流刺激(tDCS)は、過体重や肥満の人の食べたい気持ちを抑える方法として試験が重ねられてきた。過体重・肥満の成人74人を調べたRayらの試験は、その働きのどこまでが電流で、どこからが期待なのかを分けようとした。差が出たのは告げられた内容のほうで、電極の下で起きていたことより、耳に入った一言のほうが食べる量を左右した。[1]
同じ道具でも、電極を置く場所を変えた別の試験では、空腹感がむしろ増えた。拒食症の人では、体重を増やす方向の治療として研究が進んでいる。脳への刺激は、食欲を一方向に下げるつまみとは呼びにくい。誰に、どこを、何回刺激し、何を測った試験なのか。その順に見ていくと、「脳に電気で食欲が消える」という一行と論文の結果の距離が測れる。[17][10]

tDCSとTMSは、頭の外から何をしているのか
この記事で取り上げるtDCSの試験の多くがねらうのは、脳の前の方にある背外側前頭前野である。イランで登録された試験の計画書は、左右のこの部位に電極を置き、2mAの電流を20分流す条件を組んだ。計画書が根拠として挙げるのは、この部位を刺激すると、報酬を求める働きと、それを抑える制御の働きの釣り合いが制御の側へ寄り、食べ物を見て湧く欲求が弱まる可能性がある、という考え方だ。試験を組む前提となった仮説であって、効き目を確かめた結果とは区別して受け取りたい。[4][6][9]
経頭蓋磁気刺激(TMS)は、磁気を使って脳を刺激する方法で、繰り返し刺激するものはrTMSと呼ばれる。神経刺激と食べること、体重の研究を集めた系統的レビューは、tDCSとTMSのほかに、脳深部刺激(DBS)や迷走神経刺激(VNS)という方法も並べて扱っている。同じ「脳への刺激」という言葉でも、中身の方法は一つではない。この記事が中心に扱うのはtDCSとTMSで、比べる材料として他の方法の結果にも少し触れる。[19]
もう一つ、言葉をそろえておく。渇望は、特定の食べ物を強く欲しくなる気持ちのことで、空腹感とは重なりながらも別の指標として測られる。tDCSの研究をまとめたメタ分析が効果の物差しにしたのも、体重ではなくこの渇望だった。物質への渇望と食べ物への渇望を同じ物差しで扱う研究の流れがあり、脳への刺激はその中で試されてきた。[2]
この特集を読む人の多くにとって、気になるのは体重のほうだろう。ところが、脳への刺激の試験で体重は、渇望の点や試験の場で食べた量のさらに先に置かれる指標である。どの物差しで測った結果なのかを先に確かめておくと、同じ「効いた」という言葉の重さが試験ごとに違って見えてくる。[2][5]
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
「本物です」の一言が、電流より大きく働いた
Rayらの試験では、参加した74人に、tDCSには渇望と食べる量を抑える働きが知られていると先に説明した。電極を頭に付けたあと、半数には「本物の刺激です」、残りの半数には「偽の刺激です」と告げ、それぞれの組の約半数に本物を、残りに偽の刺激を実際に行った。本物は2mAの電流を20分、陽極を右、陰極を左に置いて背外側前頭前野をねらう条件で、それまでにこの研究室を含む試験で渇望と食べる量を減らしたとされたものだった。解析では、年齢などの属性、空腹の程度、衝動性、ダイエットの経験、むちゃ食い、暗示へのかかりやすさ、もともとの渇望と食べる量を考慮している。[1]
結果は、告げ方による差だけだった。本物と告げられた人は、偽と告げられた人より渇望が弱く、食べた量も少なかった。どちらの差もp値は0.01未満である。実際に本物の電流を受けたか偽だったかでは、渇望にも食べる量にも差がなく、告げ方と実際の刺激の組み合わせで結果が変わる関係も見られなかった。1回の刺激で、参加者の数も多くはないので、「tDCSには何の働きもない」と言い切る材料にはならない。言えるのは、期待を厳しく管理した条件では、電流そのものの差が見えなかったことだ。ここからは試験が確かめたことではなく私の推測だが、広告が「脳に効く」と強く言えば言うほど、その言葉だけで食べる量が減る人がいてもおかしくない、という皮肉な可能性も残る。[1]

32研究のメタ分析は「中くらいの効果」と言う
tDCSと渇望の研究をまとめたChenらのメタ分析は、2008年1月から2020年1月までに発表された32研究を採用した。対象は食べ物への渇望だけでなく、依存の対象になる物質への渇望を含む。効果の大きさは、群の平均の差をばらつきの大きさを単位にして表すHedges’ gで示され、本物の刺激は偽の刺激より渇望を減らす方向で、gは0.536、95%信頼区間は0.389〜0.683だった。研究の偏りを調整したあとのgは0.416、信頼区間は0.262〜0.570に縮んだ。著者らは、これを全体として中くらいの効果と表現している。[2]
刺激の回数では差があり、1回だけの刺激より繰り返した刺激のほうがよかった。刺激の時間が長いことも、良い方向に関わる可能性があった。一方、刺激する部位、電流の強さ、渇望の対象の種類、試験の組み方では、有意な違いは見つからなかった。ただ、成績は渇望の点であり、食べる量や体重を直接まとめたものではない。また、本物と偽を比べる試験は、参加者が両者を見分けられないことを前提にしている。前の節の試験の研究者が重く見たこの条件が、採用された32研究でどう管理されていたかは、ここで読める範囲では分からない。[2][1]
体重まで測った試験は、まだ数えるほど
体重の変化を報告した試験として、病院で行われたFerrulliらの無作為化試験がある。肥満の22人(男性5人、女性17人、平均44.9歳、平均BMI37.5)を3つの群に分け、高頻度の深部TMS、低頻度の深部TMS、偽の刺激を、週3回、5週間で合計15回行った。5週間後の体重の変化は、順に高頻度群が−4.1%、低頻度群が−1.9%、偽の刺激群が−1.3%で、高頻度群の減少は他の2群より大きかった(p=0.042)。高頻度群では血中のノルアドレナリンが開始時より61.5%減り、腸内細菌ではフィーカリバクテリウム属とアリスティペス属が増え、ラクトバチルス属が減った。[5]
数字だけ見れば大きい。ただ、この試験のもともとの目的は、脳への刺激が腸内細菌の構成を変えるかを調べることだった。22人を3群に分けているので、1群の人数は少ない。5週間で15回、病院で刺激を受けるという条件も、日常から遠い。刺激をやめたあとの体重がどうなったかは、要約には書かれていない。体重の差は、この小さな試験の中で見えた差として受け取るのが妥当である。[5]
tDCSを3日続けて行った試験もある。Aydinらの試験では、肥満の成人29人(男性12人、平均42歳、平均BMI39)が入院し、好きなだけ食べられる期間に、左の背外側前頭前野へ本物か偽のtDCSを受けた。本物の群では、偽の群に比べて炎症に関わるインターロイキン6が下がり(β=−0.92pg/ml)、摂った熱量を考慮してもこの差は残った。一方、食欲に関わるホルモンのグレリン、PYY、GLP-1や、オレキシン、コルチゾールには変化がなかった。食欲のホルモンが刺激で動いた、という結果ではなかったのである。[9]
二つの試験を並べると、刺激のあとで動いた数字は、ノルアドレナリン、腸内細菌、炎症の物質と、試験ごとに違う。どれも体の中で何かが変わったことを示すが、それが体重の減少を長く支えるかどうかは、どちらの試験も確かめていない。人数の少ない試験で動いた指標を一つずつ見ていくと、減量の方法として固まるまでの道のりの長さが分かる。[5][9]
数字で読む経頭蓋刺激と食欲
74人:期待の働きを分けたtDCSの試験の参加者(過体重・肥満の成人)。「本物」「偽」の告げ方と、実際の刺激の本物・偽を掛け合わせて組を分けた。[1]
0.416:渇望に対する本物のtDCSの効果を、偽の刺激と比べたHedges’ g。32研究の偏りを調整したあとの値で、食べ物と物質の渇望を合わせている。[2]
−4.1%:5週間に15回、高頻度の深部TMSを受けた群の体重の変化。順に低頻度群は−1.9%、偽の刺激群は−1.3%で、22人の試験の値である。[5]
−0.92pg/ml:3日間の本物のtDCSで、偽の刺激に比べて下がったインターロイキン6の差(β)。食欲に関わるグレリンなどは変わらなかった。[9]
0.634:拒食症の人へのTMSで、摂食障害の症状の質問票(EDE-Q)の点が下がった大きさを表す標準化平均差。6研究をまとめた値で、同じレビューでBMIの増加を表す標準化平均差は、大きさ0.025(論文の表記は−0.025)と小さかった。[10]
読んだ分のカロリーは、石の上で返せる。
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