前立腺肥大と体重の関係を、腹囲109 cm以上の男性の89 cm未満に対する手術のオッズ比2.38、メタボのある人の前立腺の大きさ、向きの違う症状スコアの研究から読む。運動で尿の悩みが軽くなるかを調べたコクランのレビューが不確かとした理由まで確かめる。
「前立腺が大きくなるのは年のせいだから、仕方がない」。夜中に何度もトイレに立つようになった男性が、笑いながらこう言う。隣で目を覚ました家族も、たいていそこで話を終える。
腹まわりの話を持ち込むと、論文の答えは割れる。シリアの泌尿器の外来で前立腺肥大の男性426人を調べた研究では、メタボリックシンドローム(腹囲、血圧、血糖、脂質の異常が重なる状態[15])のある人の症状スコアは21、ない人は18だった[9]。8本の研究、5,403人をまとめたメタ分析は、同じ症状スコアに差を見なかった[12]。同じ問いに、向きの違う答えが出ている。
年のせい、で終わらせるには腹囲の数字が出すぎていて、腹囲のせい、と言い切るには試験の数字が足りない。尿の悩みと体重のあいだには、いま、そのくらいの距離がある。

「前立腺肥大」と「尿の悩み」は同じ言葉ではない
泌尿器の医師たちはかつて、男性の排尿の問題の原因を前立腺の肥大だけに求めていた[3]。その後、症状が細かく分けられ、いまは下部尿路症状(LUTS)という広い呼び名が使われる[3]。ためる時期の症状が、頻尿、夜間の排尿、急な尿意、尿もれ。出す時期の症状が、出始めの遅れ、途切れ、勢いの弱さ、いきみ、終わりのしたたり。出した後の症状が、残尿感と排尿後のもれである[3]。どの時期の症状も暮らしの質を下げ、加齢とも関連するという[3]。
前立腺肥大症は、40歳以上の男性で下部尿路症状のいちばん多い原因とされる[9]。ただし、違う仕組みが同じ症状をまねることがあり、患者ごとの背景をつかむのは臨床でも難しいとレビューは書く[3]。夜中に起きる回数だけで「自分は前立腺肥大だ」と決めることはできない。診断は医師の仕事で、この記事は体重と腹囲の研究を読むところまでを担当する。
研究で症状の強さを測るときによく使われるのが、国際前立腺症状スコア(IPSS)という質問票である[9]。病名と、質問票の点数と、超音波で測る前立腺の大きさは、それぞれ別の物差しになる[10]。同じ「前立腺と肥満」の論文でも、どの物差しを使ったかで書いてあることが違う。これから出てくる数字は、その違いを頭に置いて読むと迷わない。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
腹囲109 cmの線が示したもの
医療専門職の男性を追った研究がある[2]。1986〜87年に40〜75歳の男性が体重、身長、腹囲、腰まわりを報告し、1992年1月までの前立腺肥大の手術を追跡して、同じ年の質問票で排尿の症状を尋ねた[2]。情報のそろった25,892人のうち837人が手術を受け、手術を受けていない人の中で2,581人が頻繁な症状を報告した[2]。年齢、喫煙、BMIを調整したうえで、腹囲109 cm以上の男性は89 cm未満の男性に比べ、手術のオッズ比が2.38(95%信頼区間1.42〜3.99)、手術を受けていない人の頻繁な症状のオッズ比が2.00(同1.47〜2.72)だった[2]。オッズ比は、起きた人と起きなかった人の比が相手の何倍かを示す数字で、「2.38倍起きた」と同じ意味にはならないが、関連の向きと強さの目安になる。109 cmは研究の区切りで、日本の健診で聞く腹囲の基準とは別のものだ。対象も医療専門職の男性で、一般の男性全体ではない。
この研究で読み飛ばせないのは、体重そのものの扱いである。BMIも腰まわりもウエスト・ヒップ比も、腹囲を考慮すると、前立腺肥大との独立した関連を示さなかった[2]。この研究に限って言えば、関連が残ったのは体重計の数字ではなく巻き尺の数字だった。
もっとも、体重の数字が無関係と決まったわけでもない。肥満と前立腺肥大の文献をまとめたレビューは、BMI、腹囲、ウエスト・ヒップ比のいずれの指標でも強い正の関連が多く報告されていて、肥満が前立腺の大きさ、病院での診断や治療、質問票の症状の三つの面でリスクを高めると書いている[13]。腹囲が他の指標を押しのけた研究と、指標を問わず関連を見たまとめ。どちらも、体脂肪の多さと前立腺が同じ方向を向いているという点では一致している。
12本の研究を統合したメタ分析でも、腹囲と下部尿路症状の関連はオッズ比1.49(95%信頼区間1.34〜1.64)で、腹囲が大きいほど関連が強い形が多くの切り口で見られた[18]。著者らは発表の偏りの可能性に触れ、仕組みの解明には研究が要るとしている[18]。いずれも観察の研究であり、腹囲を減らせば症状が減るところまでは示していない。

前立腺の大きさの差と、尿の症状の差は重ならなかった
冒頭で触れた8本のメタ分析を開く。メタボリックシンドロームのある人の前立腺全体の体積は、ない人より1.8 mL大きかった(95%信頼区間0.74〜2.87)[12]。大きさの差は、年齢が高く、肥満があり、HDLコレステロールが低い人でより開いていた[12]。それでも症状スコアには、全体の点でも項目別の点でも差が出なかった[12]。大きさの差が、そのまま尿の悩みの差になっていたわけではない。
手術を受けた男性を調べた研究は、また別の面を見せる。単純前立腺摘除を受けた271人のうち86人(31.7%)にメタボリックシンドロームがあり、前立腺の体積はその構成要素の数が多いほど大きかった[10]。尿の勢いを測ると、最大尿流量はある人で8.6、ない人で10.1と、ある人のほうが弱かった[10]。閉塞の症状の点数はある人で高い傾向だったが、P値は0.064で、はっきりした差とは言いにくい[10]。
英国の大きな追跡では、関連の数字はぐっと小さい。男性163,975人を中央値で13.40年追った研究では、メタボリックシンドロームのある人の中で6,614人が前立腺肥大を発症し、発症のハザード比は、ない人に比べて1.07(95%信頼区間1.03〜1.10)だった[15]。ハザード比は、追跡の途中で病気が起きる速さの比を表す。腹囲、中性脂肪、血圧、血糖の指標、HDLコレステロールのそれぞれと、当てはまる項目の数も、発症のリスクと関連していた[15]。関連はある。ただ、1.07という大きさは、腹囲の研究のオッズ比とは別の種類の数字として受け取りたい。測ったものも、比べた相手も違う。
症状スコアの食い違いを、対象の違いから見る
冒頭の食い違いに戻る。シリアの研究は1つの病院の泌尿器外来に来た前立腺肥大の患者を2か月かけて集めたもので、重い症状の人はメタボリックシンドロームのある人で59.3%、ない人で36.2%だった[9]。
そもそも、メタボリックシンドロームのある人の割合からして研究ごとに開きがある。シリアの外来では46.2%、手術を受けた男性では31.7%、メタ分析では26.4%だった[9][10][12]。誰を集めたかで、比べる土台が違う。
差を見なかったメタ分析と、差を見たシリアの研究の開きは、どちらの論文の要約にも説明が無い。シリアの論文自身が、これまでの結果は一致していないと書いている[9]。読み手に言えるのは次のことまでだ。シリアの研究はある時点の断面で、腹囲が先か症状が先かは決められない。病院に来た人の数字を、健診の結果を手にして家にいる人へ、そのまま写すこともできない。
数字で読む前立腺と腹囲
2.38:腹囲109 cm以上の男性の、89 cm未満の男性に対する前立腺肥大の手術のオッズ比。40〜75歳の医療専門職の男性の追跡[2]。
1.49:腹囲が大きい人の下部尿路症状のオッズ比。12本の研究を統合した値で、比べた腹囲の区切りは論文の要約に書かれていない[18]。
1.8 mL:メタボリックシンドロームのある人の前立腺全体の体積が、ない人より大きかった幅。8本の研究のメタ分析で、症状スコアには差がなかった[12]。
1.07:メタボリックシンドロームのある英国の男性の、ない男性に対する前立腺肥大の発症のハザード比。追跡の中央値は13.40年[15]。
59.3%と36.2%:シリアの外来の前立腺肥大の患者で重い症状があった人の割合。順にメタボリックシンドロームのある人、ない人[9]。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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