おいしい食べ物には、なぜ満腹のあとも手が伸びるのか。おいしさと品数が目の前の食べる量を押し上げる研究、脂質と糖質を合わせた菓子への入札実験、加工度と栄養の質を変えた食事の比較、寝不足の翌日の実験を並べ、影響の受けやすさの個人差と、体重への影響がまだ測れていない部分を確かめる。
「目は胃より大きい」。英語圏で食べ過ぎを言い表すこの言い回しを、食べ物の報酬と肥満の関係を論じた2011年の総説は、冒頭近くでわざわざ取り上げている[4]。胃が満ちても、目と脳はまだ欲しがる。この言い回しが改めて注目される背景には、脳の報酬の回路の乱れが、薬物への依存だけでなく、おいしい食べ物の食べ過ぎと肥満にも関わっているかもしれない、という動物と人の研究の示唆がある[4]。
高嗜好性の食品とは、おいしさ、つまり嗜好性の高い食べ物のことだ。研究の中では、嗜好性は「おいしさの評価」としてたびたび測られる。こうした食品がそろい、しかも種類が多いことは、肥満を生みやすい西洋型の食環境の大きな特徴の一つとされている[3]。
それなら、おいしい物を遠ざければ解決するのか。研究を読むと、話はそれほど単純ではない。おいしさが目の前の食べる量を押し上げることは、実験室でははっきりしている。一方で、それがどれだけ体重に響くのか、誰がどれだけ影響を受けるのかは、意外なほど分かっていない[3]。この記事は、その「分かっている部分」と「分かっていない部分」の境目を引くために書く。

おいしさと品数は、目の前の量を確かに押し上げる
Johnsonらの2014年の総説は、この分野の土台を整理している[3]。人と動物の食べ方を調べた実験室の研究は、おいしさと品数の多さが、食欲をかき立て、満腹を遅らせ、エネルギーのとり過ぎを促すことを確かめてきた。おいしさと品数が短い時間の食べる量に与える影響は「頑健」、つまり条件を変えても安定して表れる、と総説は書く[3]。
品数の効き目は、ビュッフェやパーティーを思い出すと分かりやすい。一皿目で満ちたはずなのに、別の料理が来るとまた箸が動く。動物の実験では、品数とおいしさを増やすと、体重の増加まで起きることが示されている[3]。
同じことは家の食卓にも置き換えられる。大皿が一つの夕食と、小鉢が五つ並ぶ夕食では、料理の総量が同じでも、箸の進み方は違ってくるだろう。総説が「おいしさ」と「品数」を一組で扱うのは、どちらも食欲をかき立て、満腹を遅らせる側に働くからだ[3]。
だが総説は、すぐに限界も書き添えている。実験室の設定は、自然な暮らしの中の食事の複雑さを再現しない。人の体重に与える影響の大きさを見積もるための証拠は、足りていない[3]。実験室で一回の食事の量が増えることと、何か月かのうちに体重が増えることのあいだには、食事の回数、ほかの食事での埋め合わせ、生活の条件が挟まる。その距離をつなぐ疫学研究と介入研究が求められている、というのが総説の結論である[3]。
総説が強調するもう一つの点は、個人差だ。おいしさの影響の受けやすさには大きな個人差があり、それが一人ひとりの体重の増えやすさを決める鍵の一つかもしれない[3]。同じテーブルに同じ菓子が並んでも、皆が同じだけ食べるわけではない。この個人差を何が決めているのかが、この記事の後半の問いになる。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
「好き」と「欲しい」は、脳の中で別の道を通る
おいしい物に手が伸びる理由を、研究は二つに分けて考えてきた。食べたときの快さとしての「好き」と、食べに向かわせる動機づけとしての「欲しい」だ。Peciñaらの総説は、食べ物の報酬はこの二つの分けられる仕組みで動き、脳のμオピオイドという系が両方に大きく関わると述べる[20]。
ところが、「好き」と「欲しい」の信号は、脳の中で働く部位も、部位どうしをつなぐ経路も、一つひとつの神経細胞の発火の仕方も分かれている[20]。だから、二つを一緒に動かすことも、別々に動かすこともありうる。人の食欲の研究でも二つの役割は確かめられつつあり、「欲しい」の信号の行き過ぎ、そしておそらく「好き」の行き過ぎも、食べ過ぎの一部の形に関わる可能性がある、と総説は書いた[20]。
満腹なのに、もう一つ食べたい。味わいはそれほどでもないのに、袋に手が戻る。日常のこの感覚は、「好き」より「欲しい」が先に立っている状態と読める。
肥満のある人とない人で、報酬の感じ方は違うのか。Sticeらの2009年の総説によれば、本人の申告と行動のデータからは、肥満のある人のほうが、食べる前の期待としての報酬も、食べている最中の報酬も高い傾向が示されている[6]。脳画像では、おいしい食べ物を待つときと口にするときに、味覚の皮質や口の感覚に関わる領域の活動が強かった[6]。
一方で、同じ総説は逆向きにも見える結果を挙げている。肥満のある人では、おいしい物を食べているときの背側線条体という部位の活動が弱く、線条体のドーパミンD2受容体の密度も低かった[6]。期待の側の反応は強く、食べている最中の一部の反応は弱い。こうした組み合わせを持つ人、とくにドーパミンの信号が弱くなる遺伝子型を持つ人が、食べ過ぎの危険を抱える可能性があるという[6]。前向きのデータも出始めていて、これらの部位の反応の異常が、のちの体重増加の危険を高めることが示唆されている[6]。
Ziauddeenらの総説は、代謝の必要ではなく食べる報酬に動かされる食べ方を「快楽的な食べ方」と呼び、二つの見方を対比させた[8]。一つは、高次の認知の働きで摂取を抑えられる人がいるという見方。もう一つは、食べ物への依存のモデルが描く、摂取の制御を失う見方である[8]。依存という見方そのものの是非は「食べ物への依存はあるのか やめられない食べ方と体重を分けて考える研究の現在」で扱っているので、ここでは深入りしない。
脂質と糖質の組み合わせに、人はいくら払うか
甘いだけでも、脂っこいだけでもない。脂質と炭水化物を同じくらい含む食べ物は、ひときわ強く欲しがられるのではないか。Perszykらは、この点を「入札」で確かめた[11]。
参加したのは、健康的な体重の30人(BMI平均21.92)と、過体重か肥満の30人(BMI平均29.42)だ[11]。米国でよく食べられる菓子を120 kcalずつに分けた写真を見せ、好き嫌い、なじみ、食べる頻度、満腹の見込み、健康的か、エネルギー量、エネルギー密度、値段を評価してもらった。その後、それぞれの菓子を食べる権利に、自分でお金を入札した[11]。菓子は、主に炭水化物のもの、主に脂質のもの、両方をほぼ同じ割合で含むものの3種類に分けられていた[11]。
健康的な体重の人たちは、脂質と炭水化物を組み合わせた菓子にもっとも高い値を付けた。先行研究と同じ結果である。ところが過体重か肥満の人たちでは、この傾向が見られなかった[11]。さらに、先行研究とは逆に、菓子の実際のエネルギー密度が高いほど入札額は低く、その関係は菓子の値段を通じて生じていた[11]。
著者らは、肥満では栄養素による報酬の強まり方が変化していること、そして食環境、たとえば値段が食べ物の報酬の調節に影響しうることを示す結果だと述べている[11]。組み合わせの菓子をほかの菓子より高く評価したのは、健康的な体重の人たちだけだった。高嗜好性の食べ物に弱いのは太った人だ、という思い込みは、この入札実験の前では少し居心地が悪い。
ただし、これは写真と入札で測った「欲しさ」であり、実際に食べた量や体重を追ったわけではない。値段に引っ張られたという結果も、米国の菓子の市場で得られたものだ。それでも、脂質と糖質が重なった食べ物の魅力が、体格によって同じようには働かない可能性を示した点は覚えておきたい。
数字で読むおいしさと食べる量
30人と30人:健康的な体重の人は3種類の菓子のうち組み合わせの菓子にもっとも高く入札し、過体重か肥満の人ではその傾向が見られなかった入札実験[11]。
−744 kJ:栄養を工夫した主菜のあと、同じ昼食の残りで減った摂取。おいしさの評価はわずかに高く、差は有意ではなかった[12]。
585.7 kcalと503.0 kcal:加工が少なく栄養の質の高い食事と、加工度が高く栄養の質の低い食事で、それぞれ食べた量[16]。
33%:寝床にいる時間を減らした一晩。翌日は空腹感と食べたい欲求が増え、チョコレートをより多く食べた[9]。
14.4%:昼食の60分前に運動した条件で、休んでいた条件より少なかった昼食の摂取。有意差はなかった[10]。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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