間食のキムチを温めたら、発酵食品としての意味はなくなるのか。加熱で変わる菌数、発酵でできた物質の熱への強さ、発酵キャベツの成分実験を分けて読む。人を対象にした研究の血糖変化も確かめ、糖質制限中や運動日の食べ方を、菌が生きているかだけで決めない視点を示す。
夕方、冷蔵庫のキムチを小皿に取り、少し温めようとして手が止まる。「温めたら、乳酸菌はどうなるのか」。温かい物を食べたいだけなのに、電子レンジの前で菌の生存確認が始まる。
答えの芯は、加熱で生きた菌の数が減ることと、発酵食品の成分がすべて失われることは別、という点である。キムチの食品実験では低温殺菌によって菌数が減った。一方、発酵キャベツや菌が作った物質の実験では、加熱への反応は成分ごとに異なる。[1][3][7]
ただし、熱に強い物質があることから「温めたキムチでも腸に同じ効果がある」とは進めない。人の健康を調べた研究と、食品や分離した物質を調べた研究は、答えている問いが違う。[7][8] 既存記事「ダイエットのヨーグルトは温めると無意味?生きた菌とたんぱく質を分けて読む」では乳製品を扱っている。こちらは野菜の発酵と、加熱後に何を数え、何を測ったかに焦点を絞る。

加熱すると変わるのは、まず菌の数である
キムチは原材料に由来する乳酸菌が主に関わって自然に発酵する食品である。乳酸菌はひとつの菌の名前ではなく、発酵に関わる複数の菌を含む呼び方だ。キムチの機能を検討したレビューでは、ロイコノストック属、ワイセラ属、ラクトバチルス属などが参加すると整理されている。[16] 同じ赤い漬け物に見えても、内部の微生物まで単一ではない。
加熱の影響を直接調べた食品実験がある。キムチの熟成と流通中の品質管理を検討した研究では、低温殺菌によって初期菌数が5.20から1.92 log CFU/gへ下がった。[1] ここでいう低温殺菌は食品加工の処理であり、家庭で軽く温める行為をそのまま再現したものとしては扱わない。
CFUは、培養したときに集落を作れる菌の数を表す指標である。logは桁の違いを扱うための対数表示だ。5.20と1.92は、そのまま菌の個数ではない。どちらも食品の重さ当たりの菌数を、対数の目盛りで表した値である。[1] 数字だけを見て「菌が少し減った」と読むと、目盛りの意味を取り違える。
この処理では菌数だけでなく、その後の酸性度や有機酸、二酸化炭素、微生物の構成などの変化も遅くなった。[1] つまり、加熱は完成品にある菌の数を変えると同時に、その後に食品の中で進む変化にも関わったのである。食べる瞬間だけを切り取るより、製造から食卓までの時間を含めた結果として読むほうが近い。
未処理のキムチの熟成過程では、pHが6.39から4.34へ低下し、酸度は0.06%から0.35%へ上昇した。[1] pHは酸性の程度を示す指標で、この実験では時間とともに酸性側へ動いた。酸度も併せて測ることで、菌の構成の変化と、食品の性質の変化を追っている。[1] 菌数は単独の成績表ではなく、こうした品質の指標と並んでいた。
ここから日常へ持ち帰れるのは、「加熱しても生菌数は同じ」と考えないことだ。[1] 一方、冷蔵庫にある製品を温めたときの残存菌数まで、この実験の数字を貼り付けることもできない。研究で行った処理と、今から作る料理の条件を同一視しない、という読み方である。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
菌が作った物質は、菌そのものと熱への反応が違う
生きた菌の話からいったん離れよう。乳酸発酵した果物や野菜を扱ったレビューでは、食品には微生物だけでなく、乳酸や酢酸、フェノール性化合物、バクテリオシン、アミノ酸由来の物質なども含まれると整理されている。[14] 発酵食品を見る窓は、菌の生死だけでは足りない。
バクテリオシンとは、菌が作る、ほかの菌の増殖を抑える性質を持つ物質である。キムチから分離した乳酸菌の一株が作るバクテリオシンを精製した実験では、その活性が100℃で10分間の加熱まで安定していた。[7] この結果は、菌が作った物質の働きが、加熱後も保たれる場合があることを具体的に示す。
測定したのは、分離・精製した物質の抗菌活性である。キムチを食べた人の便通や血糖、体重を測った試験ではない。[7] 「熱に強かった」という文の主語を、物質から食品全体へ、さらに食べる人の健康へと移してしまうと、元の実験とは別の話になる。主語を保ったまま読むことが大切だ。
同じバクテリオシンの活性は、pH 2.0〜11.0の範囲でも安定していた。[7] 温度だけでなく、酸性からアルカリ性まで条件を変え、物質の性質を調べた実験である。このように複数の条件で性質を確かめる研究は、食品の中で利用できる可能性を考える手掛かりになる。しかし、物質の安定性を調べる段階と、食べ方の推奨量を決める段階には区別が必要だ。[7][8]
この実験のバクテリオシンは、特定のたんぱく質分解酵素によって不活化された。[7] 熱への安定性と、酵素による分解への耐性は異なる。同じ物質について、温度への反応と酵素への反応を別々に調べている。したがって、「加熱に耐える」という性質を「食べればそのまま体内で働く」という意味に広げることはできない。
加熱によって何かが残るという話は、加熱を勧める話とも違う。炒め物を選ぶ理由が温かさや味なら、それは食べ方の選択である。そこへ特定の健康効果まで付け足すには、人を対象にした結果が必要になる。[7][8] フライパンの中で起きることと、体の中で起きることを、ひと続きの確定事項にしない。
発酵による成分の変化を論じた別のレビューも、植物性発酵食品には有機酸や多糖類、ペプチドなど複数の物質が生じる一方、人の血糖への影響は小さく、条件に左右されると整理している。[17] 成分が豊富という説明と、食べた後の効果が大きいという説明は、同じではない。
野菜の成分も、全部残るか全部消えるかではない
発酵キャベツを加熱し、複数の成分を測った食品実験では、80℃で5〜30分の低温殺菌を行っている。[3] これはキムチそのものの実験ではない。近い発酵野菜の成分が、熱で一様に変化するのかを考えるために読む研究である。
調べた物質は、アスコルビゲン、インドール-3-カルビノール、インドール-3-アセトニトリル、ジインドリルメタンである。10〜30分の加熱では、キャベツ中の測定対象成分の合計が約20%減少した。その損失は、主な成分であるアスコルビゲンの熱分解によるものとされた。[3] ここでの約20%は「野菜の栄養全体の損失率」ではない。
名前の長い成分を覚える必要はない。大事なのは、研究者が測定した範囲での合計値だという点である。菌数を数える実験では菌数が減り、特定の成分を測る実験では成分量が減る。その両方が加熱の話でも、同じものを測った結果ではない。[1][3] 「発酵食品の力が何割残る」とまとめるための共通の物差しにはならない。
同じ発酵キャベツの実験で、インドール-3-アセトニトリルとインドール-3-カルビノールの量には、加熱による大きな影響がみられなかった。汁の中で測った対象成分にも影響はみられなかった。[3] 固形部分と汁、さらに成分の種類によって、得られた結果が異なるのである。
この結果を食卓で読むなら、温めたキムチを「菌が減るから何も残らない」と片付けるのは早い。一方、熱に強い物質の実験を根拠に「発酵でできた成分はすべて残る」とするのも行き過ぎだ。[1][3][7] 減るものと、大きく変わらなかったものを、同じ紙の上に並べておく必要がある。
また、食品実験で使った温度と時間は、健康のために守るべき調理の正解ではない。キャベツ中の特定成分を比較するための条件である。[3] 電子レンジの設定をその温度に合わせれば、研究と同じ処理を再現したことにはならない。冷たい小皿、温かいスープ、炒め物を、成分の残存率だけで順位付けするのはやめてよい。
数字で読むキムチと加熱の研究
5.20→1.92 log CFU/g:低温殺菌したキムチの初期菌数の変化。家庭調理の残存菌数ではない。[1]
80℃・5〜30分:発酵キャベツの成分を比較した食品実験の処理条件。[3]
約20%減:10〜30分加熱したキャベツ中の測定対象成分の合計。栄養全体の減少率ではない。[3]
100℃・10分:キムチ由来の特定菌株が作ったバクテリオシンの活性が安定していた加熱条件。[7]
205人:発酵キムチの健康指標を検討したメタ分析に含まれる介入研究の参加者数。[8]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2






