ピラティスの呼吸で唇をすぼめると、腹筋はどう働くのか。健康な人の呼吸実験と呼吸器疾患の研究を分け、口の形、器具による抵抗、立つ姿勢と座る姿勢の違いを読む。その場の筋活動を長期の筋力向上やお腹の形の変化と取り違えず、レッスンで確かめたい点を具体的に整理する。
「細く吐く」の合図で唇をすぼめたら、お腹の横が動いた気がした。マットの上で次の動作に移る前に考える。この感覚は、口の形で変わったのか、それとも吐く力を変えたからなのか。
答えの芯は、唇をすぼめる呼吸には吐くときの腹筋の参加を増やす働きがあるが、唇を狭くするほどよいとは決まらない、である。健康な人の実験では、口すぼめ呼吸によって呼吸の速さや深さと、呼吸に参加する筋の働きが変わった。一方、腹横筋の収縮を調べた研究で注目されたのは、口の形に器具の抵抗を組み合わせた条件だった。[1][7]
そこで、口の形、吐く抵抗、腹筋を測る方法を順に分けてみる。呼吸中に筋が働くことと、練習を重ねて筋力や体の形が変わることは別の問いだ。ここで扱う健康な人の研究は、呼吸課題を行っているときの反応を調べたものである。[1][3][7]

唇をすぼめると、息の出方と筋の参加が変わる
口すぼめ呼吸とは、唇をすぼめて息を吐く呼吸である。健康な人を対象とした呼吸実験では、この方法で吐くときの抵抗が増し、それに対応して胸郭や腹部の筋の参加が増えた。胸郭とは肋骨などで囲まれた胸の部分を指し、この研究では胸と腹の動きや呼吸の力学を合わせて調べている。[7]
対象は健康な11人で、安静時と一定の強度で自転車をこいでいるときに、口すぼめ呼吸をする場合としない場合を比較した。口すぼめ呼吸では息を吐く時間と呼吸全体にかかる時間が延び、ゆっくりと深い呼吸になった。吐くときの抵抗に逆らう呼吸の仕事も増えた。[7]
この「仕事が増えた」を、体幹のトレーニング効果が大きいという意味に置き換えてはいけない。測っているのは、その場で息を出すために必要になった仕事である。たとえば同じ動きをしながら息の音だけを大きくしても、研究で比べた抵抗や呼吸の深さが同じになったとは判断できない。[7]
また、ゆっくり深く呼吸することと、単位時間に多くの空気を出し入れすることも同じではない。この実験の運動中には、ひと息の量が増えても呼吸回数の減少を補いきれず、単位時間の換気量は減った。深く吐いている感覚だけで、換気が増えたと決められない点が興味深い。[7]
立川駅から急いで帰って、すぐ動画を再生した場面を考える。画面の呼吸音をまねる前に、自分が安静なのか、まだ運動の途中のように息が上がっているのかを区別したい。研究でも安静時と自転車運動中を分けて調べている。口の形が同じでも、体が置かれた条件も確認する必要がある。[7]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
腹横筋の研究は、口の形だけを比べていない
腹横筋は、この話題でよく登場する腹部の筋である。健康な男性20人を対象とした横断的な課題比較研究では、腹横筋に加え、内腹斜筋と外腹斜筋の厚さを超音波で測った。比較したのは、口の形と吐く抵抗を変えた呼吸課題、それからお腹を引き込む動作である。男性を対象とした結果であり、18〜39歳の女性にも同じ筋厚の変化が起きるかは、この比較だけでは確かめられない。[1]
吐く抵抗には、呼気閾値負荷という器具による負荷を使った。これは吐くときに一定の圧を必要とする負荷で、実験では最大呼気圧に対する0%、5%、15%を設定した。最大呼気圧は、吐く力の基準として使われた圧である。口元も通常の形と、口すぼめ型のマウスピースに分けた。[1]
腹横筋の厚さは、通常の口の形で15%の負荷を加えた条件、口すぼめ型で5%の負荷を加えた条件、お腹を引き込む動作で増加した。内腹斜筋は口すぼめ型の各条件で厚さが増した一方、外腹斜筋の厚さには、どの課題でも有意な変化がなかった。腹筋をひとまとめにすると、この違いが消えてしまう。[1]
著者らは、口すぼめ型と5%の負荷の組み合わせで、お腹を引き込む動作と同程度の腹横筋活動を促せると解釈している。ただし、これは決められた器具と設定で行った比較である。家で唇をきつく閉じることを、その5%の代わりにする計算はできない。[1]
ここが、レッスンの言葉に戻すときの分岐点になる。「口をすぼめる」という説明だけなら覚えやすい。しかし実験の結果を説明するには、口の形に何を組み合わせたかまで必要だ。数字が小さく見えても、その数字は本人の最大呼気圧に対して設定した割合であり、口の穴の大きさを示してはいない。[1]
口の形を変えれば、腹筋全部が同じ割合で働くという結果でもない。内腹斜筋の変化、腹横筋の変化、外腹斜筋に有意な変化がなかったことを並べると、研究の答えは「腹筋に効く」という一言より具体的になる。狙う筋と呼吸条件の組み合わせを読んだほうが、実験の内容に近い。[1]
この研究でさらに目を向けたいのは、腹部の横側にある筋の厚さを合計した結果だ。合計の厚さは、15%の負荷を使う課題やお腹を引き込む動作に加え、口すぼめ型と5%の負荷の組み合わせでも増えた。腹横筋だけを抜き出した結果と、複数の筋を合わせた結果は、同じ表現で片づけず読み分けたい。[1]
たとえば講師に「お腹の横が働く感じがする」と伝えることはできる。しかし、その感覚だけで内腹斜筋なのか腹横筋なのかを選び出したことにはならない。研究では超音波で筋ごとの厚さを測っている。日常の感覚と言葉は質問の出発点になり、筋を特定する測定値とは役割が違う。[1]

厚さ、筋活動、筋力を同じものにしない
超音波で確認したのは、課題中にどれほど筋の厚さが変わったかである。この研究では厚さの変化を収縮の評価に使っている。一定期間後に腹筋が大きくなったという筋肥大の測定と、呼吸している最中の厚さの変化は区別する必要がある。[1]
別の研究では、健康な33人が立位と座位で安静呼吸や複数の呼吸課題を行い、筋の電気的な活動を比較した。筋活動は最大随意等尺性収縮、つまり自分の意思で強く力を入れたときの基準に対する割合で示している。こちらは超音波による筋厚の比較とは測定のものさしが異なる。[3]
この実験では、内腹斜筋と腹横筋の活動はまとめた指標として扱われている。したがって、その指標が上がったときに、腹横筋だけが単独で増えたと読み替えるのは適切でない。論文に腹横筋という名前があっても、どのように測ったかまで見ると、言えることの細かさが変わる。[3]
測り方の違いは、専門家だけの問題ではない。動画の説明に「腹横筋が使える」とあったとき、呼吸中の筋厚なのか、筋の電気的活動なのか、長く続けた後の力なのかを聞き分ける手がかりになる。研究が示した指標に名前を戻せば、宣伝の大きな言葉から自分の練習で確認することへ話を移せる。[1][3]
ピラティス全体の呼吸原則と腹腔内圧の話は、既存の「【連載】ピラティスの6原則を科学で検証する 第5回|呼吸——側方拡張呼吸と腹腔内圧」に譲る。ここで確かめたいのは、唇をすぼめるという小さな操作が、どの条件で、どの筋の指標に表れたかである。
立つか座るかでも、腹筋の答えはそろわない
健康な33人の研究では、内腹斜筋・腹横筋、多裂筋、外腹斜筋の活動は座位より立位で大きかった。一方、腹直筋と脊柱起立筋の活動は立位より座位で大きかった。多裂筋と脊柱起立筋は背部の筋として測られており、姿勢による活動の増減は筋ごとに異なっていた。[3]
比べた呼吸は、口すぼめ呼吸、横隔膜呼吸、それらを組み合わせた呼吸、呼吸筋持久力トレーニングなどだった。研究では、安静呼吸より呼吸の要求を高める課題で脊柱の安定に関わる筋の活動が増え、とくに呼吸筋持久力トレーニングで大きかった。口すぼめ呼吸が、調べた方法の中で最も活動を高めたという結論ではない。[3]
姿勢の結果を、立って呼吸すれば座るより優れたピラティスになると使うのも早い。どの筋の活動を見ているかによって、立位と座位の関係が逆だったからである。仕事机で座って確かめたお腹の感覚と、立って準備運動をしたときの感覚を比べるなら、姿勢も変わっていると記録しておきたい。[3]
呼吸の言葉だけをそろえても、姿勢までそろえなければ同じ比較にはならない。自宅で先生のまねをするときも、「今日は強く吐けた」だけで終えず、立っていたか、座っていたかを添えるほうが、次に質問しやすい。これは立位と座位で筋活動の違いを認めた研究を、日常の観察に置き換える方法である。[3]
数字で読む口の抵抗と腹筋
20人:口元の形と器具による呼気負荷を比べた研究の対象は、健康な男性だった。[1]
5%:口すぼめ型と組み合わせ、腹横筋の収縮を促した器具の設定を示す。本人の最大呼気圧に対する割合だ。[1]
15%:通常の口の形でも、腹横筋の厚さが増えた負荷条件である。[1]
11人:安静時と自転車運動中に、口すぼめ呼吸の力学を調べた健康な対象者数に当たる。[7]
33人:立位と座位で、呼吸課題による体幹の筋活動を比べた健康な対象者数である。[3]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2






