がん治療を終えたあとに残る強い疲労感と、眠れない夜。この2つは、がんサバイバーがもっとも高頻度に訴える症状でありながら、有効な薬物療法が乏しい領域です。そこに運動療法や心理社会的介入が入り込む余地が生まれ、ヨガもその候補のひとつとして研究されてきました。

この分野は、ヨガ研究のなかでもっとも試験の規模が大きく、設計が整っている領域のひとつです。数百人規模の多施設無作為化比較試験があり、客観的な測定機器が併用され、結果は米国臨床腫瘍学会(ASCO)の診療ガイドラインにも反映されています。ここではその中身を、評価の粒度を落とさずに見ていきます。

がん関連倦怠感とは何か

まず対象となる症状を正確に理解しておく必要があります。がん関連倦怠感(cancer-related fatigue)は、単なる「疲れ」ではありません。

  • 活動量に見合わない——何もしていなくても強い疲労がある。
  • 休息で回復しない——寝ても取れない。
  • 生活機能を損なう——仕事・家事・対人交流が維持できなくなる。

ASCOのガイドラインによれば、この症状は治療中の患者の30〜60%に生じ、治療終了後も20〜30%のサバイバーに長期にわたって残ります。原因は単一ではなく、炎症、貧血、内分泌の変化、睡眠障害、抑うつ、身体活動量の低下などが絡み合います。

睡眠障害も同様に高頻度です。化学療法・ホルモン療法の影響、疼痛、再発への不安、入院中の生活リズムの乱れなど、複数の要因が重なります。そして倦怠感と睡眠障害は互いを悪化させる関係にあります。

最大規模の試験——YOCAS

この領域で最も規模が大きいのが、米国ロチェスター大学がん研究センターのネットワーク(URCC CCOP)が全米の施設で実施した多施設無作為化比較試験です。

Mustian KM, Sprod LK, Janelsins M, et al. Multicenter, Randomized Controlled Trial of Yoga for Sleep Quality Among Cancer Survivors. Journal of Clinical Oncology. 2013;31(26):3233–3241.

設計

対象は410名のがんサバイバー。平均年齢54歳、96%が女性、治療終了から2〜24か月が経過し、中等度以上の睡眠障害が持続している人たちです。

介入は YOCAS(Yoga for Cancer Survivors)と名づけられたプログラムで、次の要素から構成されます。

  • 穏やかなハタヨガのポーズ(アーサナ)
  • 受動的に保持するリストラティブヨガのポーズ
  • 特定の呼吸法(プラーナーヤーマ)
  • 瞑想

75分のセッションを週2回、4週間。対照は標準ケアです。

評価方法——ここが重要

この試験が方法論的に評価されるのは、主観と客観の両方で測っている点です。

  • ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)——自己報告による睡眠の質の標準尺度
  • アクチグラフィ——手首に装着する加速度計で、睡眠・覚醒のパターンを客観的に記録する

運動や心理社会的介入の試験では参加者を盲検化できないため、自己報告だけに頼ると期待効果を切り分けられません。客観的な測定を併用する設計は、その弱点を部分的に補います。

結果

ヨガ群では、全般的な睡眠の質および主観的な睡眠の質が有意に改善しました。加えて次の2点が改善しています。

  • 日中の機能障害の有意な減少
  • 睡眠薬の使用の有意な減少

睡眠薬使用量の減少は、行動的なアウトカムであり、自己報告バイアスの影響を受けにくい指標です。「よく眠れた気がする」だけでなく「実際に薬を飲む回数が減った」という変化が観察された点は、この試験の結果を支える材料になります。具体的には、ヨガ群で週あたりの睡眠薬使用が21%減少したのに対し、標準ケア群では5%増加していました(p < .05)。

数字を正確に見る——群間差は0.79点

ただし、効果の大きさを見るときには内訳を確認しなければなりません。PSQI合計点(低いほど睡眠が良い)の変化は次の通りでした。

PSQI合計点の改善p値
ヨガ群−1.96点< .001
標準ケア群−1.07点.005
群間差−0.79点.009

ここで注目すべきは2つあります。第一に、何もしていない標準ケア群も1.07点改善していること。治療終了から2〜24か月という時期は、睡眠の問題が自然に軽快していく時期でもあります。試験に参加して睡眠日誌をつけること自体の効果(測定反応性)も含まれます。

第二に、ヨガに帰属できる差は0.79点にとどまること。PSQIは0〜21点の尺度で、臨床的に意味のある変化量はおおむね3点程度とされています。0.79点という差は、その4分の1程度です。統計的には有意(p = .009)ですが、個人が体感できる差かどうかは別の問題です。

この構図は、慢性腰痛の領域で見たものとまったく同じです。有意であることと、意味のある大きさであることは違う。 そして論文の抄録や報道は前者を強調し、後者はしばしば省略されます。

客観測定が示したこと、示さなかったこと

アクチグラフィによる客観的な測定では、項目によって結果が分かれました。

  • 中途覚醒時間(入眠後に目が覚めている時間):ヨガ群で有意に改善(p < .01)
  • 睡眠効率(床にいる時間のうち実際に眠っていた割合):ヨガ群で有意に改善(p < .01)
  • 入眠潜時(床についてから眠るまでの時間)有意差なし(p = .813)

入眠潜時に差が出なかったことは、機序を考えるうえで示唆的です。ヨガや呼吸法は「寝つきが良くなる」文脈で語られることが多いのですが、この試験のデータはその主張を支持していません。改善したのは寝つきではなく、眠りに入ったあとの継続性でした。

主観尺度(PSQI)と客観尺度(アクチグラフィ)の両方で同じ方向の変化が出ていることは、この結果の信頼性を高めます。同時に、項目ごとに結果が違うという事実は、「睡眠が良くなる」という大雑把な表現がいかに情報を落としているかを示しています。

限界

一方で、この試験にも明確な限界があります。

  • 対照が標準ケアであり、能動的対照ではない。週2回外出して集団で過ごすこと自体の効果を切り分けられない。
  • 参加者の96%が女性、93%が白人。男性や人種的マイノリティへの一般化には慎重さが要る。
  • 介入期間が4週間と短く、長期の持続性は評価されていない。
  • 盲検化できないため、PSQIという主観尺度が主要評価項目である点は残る弱点。

倦怠感と炎症——分子レベルの研究

倦怠感の生物学的な基盤として、慢性的な炎症が注目されてきました。がん治療後に炎症性サイトカインの上昇が持続し、それが中枢神経系に作用して倦怠感を引き起こすという仮説です。

この仮説を直接検証したのが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のグループによる研究です。

Bower JE, Greendale G, Crosswell AD, Garet D, Sternlieb B, Ganz PA, Irwin MR, Olmstead R, Arevalo J, Cole SW. Yoga reduces inflammatory signaling in fatigued breast cancer survivors: a randomized controlled trial. Psychoneuroendocrinology. 2014;43:20–29.

持続的な倦怠感を抱える乳がんサバイバーを、12週間のアイアンガーヨガ群(16名)と健康教育の対照群(15名)に無作為に割り付け、介入前・介入後・3か月後に採血を行いました。分析はゲノムワイドの転写プロファイリング——数万の遺伝子の発現量を一度に測る手法——です。

結果として、ヨガ群では炎症性シグナル伝達(NF-κB経路)に関連する遺伝子発現の低下が観察され、倦怠感と活力の改善も認められました。

この研究をどう扱うべきか

この研究は機序を分子レベルで扱った点で意義があります。しかし、参加者は合計31名です。この規模で行われた網羅的な遺伝子発現解析には、多重比較の問題——数万の項目を比較すれば偶然に差が出るものが必ず含まれる——が常につきまといます。統計的な補正は行われますが、小標本ではその補正後に残った所見の再現性も保証されません。

したがってこれは「ヨガが炎症を下げることを証明した研究」ではなく、「その仮説を支持する小規模な予備的知見」と位置づけるのが正確です。 論文自体もそのように慎重に書かれていますが、引用される際にはしばしばこの留保が落ちます。

同じ31名が2本の論文になっている

もうひとつ、引用の際に見落とされやすい点があります。この UCLA の研究チームは、同じ31名のデータから2本の論文を公表しています

  • 2012年 Cancer 誌:倦怠感と活力という臨床症状を主要評価項目とした報告。12週間のアイアンガーヨガ群(16名)が健康教育群(15名)に対して、倦怠感の重症度(p = .032)と活力(p = .011)で有意な改善を示し、その差は3か月後の追跡時点でも維持された。
  • 2014年 Psychoneuroendocrinology 誌:同じ参加者の血液検体を用いた遺伝子発現の報告。

1つの試験から複数の論文が出ること自体は、まったく正常な研究実務です。臨床アウトカムと生物学的アウトカムでは読者も査読者も異なりますし、分析に要する時間も違います。

問題は引用のされ方です。「複数の研究でヨガの効果が確認されている」という形で2本が並べられると、独立した2つの証拠があるように見えます。実際には参加者31名の1つの試験です。系統的レビューはこの重複を検出して1件として扱いますが、一般向けの紹介記事ではしばしば2件に数えられます。

研究の数を数えるときは、論文の数ではなく試験の数、そして参加者の数を見る必要があります。

同じ試験で「変わらなかった」もの

そしてこの試験は、変わらなかった項目も明記しています。二次評価項目のうち、

  • 睡眠:有意な変化なし
  • 身体パフォーマンス:有意な変化なし
  • 抑うつ症状と知覚ストレス両群とも改善(p < .05)——つまり群間差ではない

抑うつと知覚ストレスが両群で改善したという結果は、とくに示唆的です。健康教育の対照群でも同じように改善している以上、この変化をヨガの効果と呼ぶことはできません。12週間にわたって週に何度か外出し、専門家の話を聞き、同じ状況にある人と過ごす——その共通部分が働いたと考えるのが自然です。

ここでも、倦怠感に対するヨガの位置づけは慎重なものになります。倦怠感と活力という主要評価項目では差がついたが、睡眠・身体機能・気分では差がつかなかった。 「ヨガでがんサバイバーの生活の質が全般的に改善する」という言い方は、このデータからは出てきません。

なお、この試験では睡眠に差が出ませんでしたが、先に見た YOCAS 試験では睡眠に差が出ました。参加者の選び方(YOCAS は睡眠障害のある人だけを組み入れている)と規模(31名対410名)の違いを考えれば、矛盾ではなく、対象と規模によって検出できるものが変わるということです。

ガイドラインはどう位置づけたか

2024年、ASCOと統合腫瘍学会(SIO)は、成人がんサバイバーの倦怠感管理に関するガイドラインを更新しました。

Bower JE, et al. Management of Fatigue in Adult Survivors of Cancer: ASCO–Society for Integrative Oncology Guideline Update. Journal of Clinical Oncology. 2024.

このガイドラインにおけるヨガの位置づけは明確です。

  • サバイバーシップ期における中核的な介入は、運動・認知行動療法・マインドフルネス
  • ヨガは「中程度のエビデンスを持つ追加的な治療」として挙げられている。
  • 治療中の患者には、個別化された運動処方(有酸素・レジスタンス・両方)、認知行動療法、マインドフルネスプログラム、太極拳・気功が推奨される。
  • 覚醒促進薬(モダフィニル等)は推奨されない。

「中核ではないが、中程度の根拠を持つ追加選択肢」——これが専門家集団による現時点の評価です。ヨガを第一選択として推奨してはいませんが、選択肢の一覧から除外もしていません。

興味深いのは、中核とされた「運動」のなかにヨガが含まれていない点です。ガイドラインが運動として想定しているのは有酸素運動とレジスタンストレーニングであり、ヨガは別枠で扱われています。これは、ヨガの平均的な運動強度が有酸素運動の推奨水準に届かないという生理学的な事実と整合的です。

なぜ「効くかもしれない」のか——3つの経路

効果が観察されるとして、そこには少なくとも3つの異なる経路が混在している可能性があります。

1. 身体活動としての経路

がん関連倦怠感に対して身体活動が有効であることは、ヨガとは独立に確立しています。「疲れているから動かない、動かないから体力が落ちてさらに疲れる」という悪循環(デコンディショニング)を断ち切る効果です。ヨガも身体活動である以上、この経路を共有します。ただしこの経路に限れば、ヨガでなければならない理由はありません。

2. 呼吸法と弛緩の経路

YOCAS が呼吸法とリストラティブポーズを明示的に含んでいるのは偶然ではありません。緩徐呼吸が副交感神経活動を高め、覚醒水準を下げることは、健常者を対象とした研究で一貫して示されています。入眠困難に対しては、この経路が直接的に働きうると考えられます。

3. 集団と構造の経路

週に2回、決まった時間に外出し、同じ状況にある人たちと同じ空間で過ごす。治療を終えたあとの孤立感が強い時期に、これ自体が持つ意味は小さくありません。標準ケアを対照とした試験では、この要素は介入群にのみ与えられています。

この3つを分離できていないことが、現在の研究デザイン上の最大の課題です。 能動的な身体活動対照(同じ頻度・同じ集団形式で別の運動を行う群)を置いた大規模試験が行われれば、ヨガに固有の寄与がどれだけあるかが見えてくるはずですが、そうした試験はまだ限られています。

安全性について

がんサバイバーがヨガを行う際には、一般の実践者にはない配慮が必要になる場合があります。骨転移がある場合の脊柱への負荷、リンパ節郭清後のリンパ浮腫、化学療法による末梢神経障害に伴うバランスの低下、ポートやドレーンの存在、骨粗鬆症を伴う場合の前屈や捻転などです。

YOCAS が「穏やかな(gentle)」ハタヨガとリストラティブポーズで構成されていることは、この配慮の反映です。試験で示された効果は、この強度と内容のプログラムについてのものであり、強度の高いクラスに外挿できるものではありません。

整理

  1. 睡眠の質について、410名の多施設無作為化比較試験で有意な改善が示された。日中機能障害と睡眠薬使用量の減少も観察された。
  2. ただし対照は標準ケアであり、「集まって身体を動かすこと」の効果と分離できていない
  3. 炎症シグナルの低下という分子レベルの知見はあるが、31名の小規模試験であり予備的。
  4. ASCO–SIO ガイドラインは、ヨガを中核ではない「中程度のエビデンスを持つ追加療法」と位置づけている。
  5. 中核とされているのは運動・認知行動療法・マインドフルネス。

倦怠感と睡眠障害という、薬物療法の選択肢が乏しい症状に対して、副作用の小さい選択肢が「中程度の根拠」を持って存在する。これは臨床的に意味のある状況です。同時に、それは第一選択を置き換えるものではありません。この2つを同時に保持することが、この領域の証拠に対する正確な態度です。

出典

  1. Mustian KM, Sprod LK, Janelsins M, et al. Multicenter, Randomized Controlled Trial of Yoga for Sleep Quality Among Cancer Survivors. Journal of Clinical Oncology. 2013;31(26):3233–3241.
  2. Bower JE, Garet D, Sternlieb B, Ganz PA, Irwin MR, Olmstead R, Greendale G. Yoga for persistent fatigue in breast cancer survivors: a randomized controlled trial. Cancer. 2012;118:3766–3775.
  3. Bower JE, Greendale G, Crosswell AD, Garet D, Sternlieb B, Ganz PA, Irwin MR, Olmstead R, Arevalo J, Cole SW. Yoga reduces inflammatory signaling in fatigued breast cancer survivors: a randomized controlled trial. Psychoneuroendocrinology. 2014;43:20–29.
  4. Bower JE, et al. Management of Fatigue in Adult Survivors of Cancer: ASCO–Society for Integrative Oncology Guideline Update. Journal of Clinical Oncology. 2024.

この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。がん治療中・治療後の運動については、必ず担当の医療者にご相談のうえ判断してください。

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宮川涼 Founder
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